ラシア達が絶冬のダンジョンへたどり着いた頃、王都にあるデルパロア家では少しだけ変化があった。
大きな変化ではない。誰も気がつかないような小さな変化だ。
「初めて言葉を話した時は驚いたけど……モンスターが話すんだから宝玉から言葉が出てもおかしくはないわね」
「それはどうだろう。相手の顔も姿も見えない物から声が出ているのだ。まずは疑い、気をつけた方が良いとは思うぞ」
「そうかも知れないけど何もできないじゃない」
「数日前までは話せなかったのだ。これからどうなるかを警戒した方が良いとは思うぞ?」
「自分で言うな」
エリゼが話している相手はシエルオーテスにもらった宝玉、冥府の種と呼ばれるアイテムだ。
このアイテムはゲームにもあったが、電話の様に誰かと話せる様な物ではなかった。手に入れても換金アイテムとして売るだけの物だったので、ラシアも知らない。
「貴方は深淵のダンジョンにいるのよね? 退屈じゃないの?」
「そうでもない。ダンジョンの中は時の流れがあってない様な物だからな。する事は無いかもしれぬが、思案すべき事は多いのだ」
「へー。そもそもダンジョンってなんなの?」
「それが正解か間違っているかという事は置いておき、自分で考える事は大事だぞ。余が嘘を言っている事もあるのだからな。だが、話し相手になってもらっている礼だ。答えよう」
「何故、モンスターがこうも偉そうなのか」
「そういう性格なのだろうな。先の質問だがダンジョンとは記憶の欠片だ。滅んだ世界の記憶であり魂でもある。それがこの世界の魔力に引き寄せられ、もう一度命をもらった物だ」
「うわ……すっごい嘘くさい」
「そうであろう。だから自分で考え答えを出す事だ。自分が納得するという事は大事であるからな」
それほど人生経験が多くないエリゼでも、この宝玉が嘘を言っているとは思えない。だから質問したのは良いが、なんとも難しい答えだった。
「じゃあ……他に聞きたいんだけどいいかしら?」
別の事を話そうかと思ったエリゼだったが、宝玉からは少し待ったがかかる。
「あのメイドが来たようだ。話はこれまでとしよう。余は構わぬが……何か面倒な事になってはかなわぬであろう?」
「……それもそうね。まだまだ話してみたい事も多いしね。それで? 貴方の名前はなんていうの? 余とか言うぐらいだから何か名前があるんでしょう?」
「余の名は……」
……
ラシア達LLLが絶冬のダンジョンに入ったが……大半の者がまず最初に思ったのは、来ない方が良かったという事だと思われる。
今は一階層だが……雪が腰ぐらいまであり凄まじく動きづらいというのが原因の一つだ。その上で……全員が寒さ対策で甘酒を飲んでいるがそれでも寒さを感じる。
では甘酒を飲まなかったらどうなるのか。それが気になったラオメが試してくれたが……体の上から凍り付き始め、動く事もましてや装備を替える事も不可能になる。
そして無理矢理手から装備を外そうとすると装備と手が凍り付いていて皮膚が剥がれ大怪我をするのが現状だ。
「なるほどな。一番の敵がモンスターでは無く環境だというのも分かる話だな」
「……分かる話だな。ではなくてですね。ラオメさんそろそろ甘酒と回復薬を飲んでもらえますか?」
「そうだな……ではすまないが飲ましてくれるか? 実は体が凍り付いてまともに動かん」
「ぎゃーーー! そういう事はもう少し早く言ってくださいよ!」
ラオメをよく見ると首筋から氷が上がってくる様に見え始めていたので、ラシアはすぐに甘酒を取り出しラオメに飲ませ、動ける様になってから回復薬を取り出して飲ませた。
すると剥がれた皮膚も綺麗に再生し問題なく動ける様になっていた。
「ラシの次に硬いというか耐性あるラオメ様でそんなんなるんやろ? 他の奴でこのダンジョンって踏破というか進めるんか? 一階でこれやで?」
「にゃー……ワッチはラシアに借りた装備で耐えてるけども、確実に無理にゃ。そもそもこんなに雪で埋まった場所でまともに闘えるかも怪しいにゃ。キノコ怪人とかは戻った方が良いかもしれないにゃ」
「誰がキノコ怪人だ!」
みたいな感じで、ダードが雪玉を作ってフウコウに投げ、二人で雪合戦して遊び始めた。ラシアはティーガーやパルサーといった国の事に詳しい者達に相談する。
「今フウコウさんが言ったみたいにこの感じで進むとなればダードさん達には相当キツいと思うので、ランクで言うA以下は戻ってもらった方が良いですかね?」
ラシアの質問にレクトアが答えた。本当に無理なら戻るのもありだが死の危険が少ないのであれば進んだ方が良いとの事だ。
「いくら仲良く友好的に見えても……国のやりとりなので、ダードさん達にはいてもらった方がいいですね。舐められる訳では無いですが、ダードさん達が戻れば、LLLも私達騎士や聖騎士がいたから超級ダンジョンを踏破できたと思われますからね」
「別に思われても良いというのは駄目ですか?」
「駄目ではないですよ。ただダードさん達がいるからラシア様や私達騎士や聖騎士の価値が上がるというのはありますね。ダードさん達はぱっと見た感じBかAランク辺りですよね?」
「はい」
「少し言葉はキツくなりますが、そんな足手まといを連れて超級を踏破した事で、ラシア様や他のXランクの価値はかなり上がります。それにこれからもこの国と仲良くしておこうと思うのなら、『こいつら大した事ねーんじゃね?』って思わせては駄目という話なんですよ」
「くっ、国のやりとりなのになんか腹黒い!」
「ラシア。デルパロア大公のような人物が国の中枢にいるんだぞ。そんな国と仲が良い国が、根っから善の国だと思うか? 武力の違いはあれ、似たような思想だから仲が良いんだぞ。あと地理的にも遠い」
確かに地図を見ても王都とこの白の国はいくつかの国を挟んで離れている。歴史で見ても隣国と仲が良い国が無いのは異世界でも同じなのだろうとラシアは思うが……それよりも気になるのは……今、意見をくれたパルサーだ。
元より美形のパルサーがピンクの生地でできたモコモコのフードを被っているので……美少女が出現している。ただ胸から下は鎧なのでなんともちぐはぐな感じになっていて勿体ない気がするのだ。
「……なんだラシア。言いたい事があるなら言ってみろ」
「……えっと。とても似合ってますよ。ウサギさんのヘアピンいります?」
「「「ぶふっ!」」」と何人かが噴き出したので、パルサーはそちらを睨んでいる。
「ラシア。帰ったら覚えておけよ……」
「褒めたのに怒られるのは納得がいかない!」
ラシアはリレッサにも女心が分かってないと呆れられ……遊んでいるフウコウ達に声をかけダンジョンの探索を始める。
「これだけ雪が積もってるのが珍しいのもあると思うんですけど……超級ダンジョンで雪合戦して遊んでるのってどうなんでしょうね?」
「まぁ騎士や聖騎士だったらボコボコにされるかクビだな。クランマスターもこのパーティーのリーダーもラシア殿だ。だからラシア殿が良いのなら良いのではないか?」
それならまぁいいかとラシアが思ったが、実は良くなかった。
フウコウが最後に投げた雪玉が……放物線を描き、大きな大きな雪山に当たった。
そして……小さな地震の様な揺れが起きた後にその雪山は割れて巨大なモンスターが出現する。
モンスターの名はマンモスマン。二足歩行のマンモスで手には大きな棍棒を持っている。背丈にしてもラシアの何十倍もあるほど大きい。
「おい! 怪人ズ! 何やってんねん!」
「違うにゃ! 聞いて欲しいにゃ!」
「俺は悪くないぞ!」
ティーガーが切れるのも分かる。マンモスマンは超級のモンスターでは珍しく、こちらが攻撃しないと攻撃してこない程に大人しいモンスターだ。
その上でけっこう強いのでできたら戦うのは避けたいとラシアは思っていたのだが……。
そして戦闘が始まる。初手はフウコウの雪玉だった為に次に攻撃するのはマンモスマンとなる。
マンモスマンが大きく息を吸い込むと、その体がさらに大きく膨れ上がった。魔法陣が現れた後に一気にその空気を吐き出した。
マンモスマン特有の魔法、ブリザードストームだ。
積もっていた雪が一気に舞い上がり全員の視界を奪い、人の握り拳より大きな氷のつぶてが幾つも飛んでくる。
その上で対策をしていない者は瞬時に凍結状態となる魔法だ。
陣形を組んでいて戦闘になるのならまだ大丈夫だが、流石に不意打ちの様な状態だ。これは危険過ぎるとラシアはすぐにマンモスマンに向かって駆けた。
……
…………
………………
そして誰にも大きな怪我などはなく無事に倒せた訳だが……LLLの怪人二人はマンモスマンが踏み固めた雪の上で絶賛正座中だ。
ラシアが怒る前にラオメが切れたので、お任せといった感じだ。
ラオメはパルサーの上官みたいな所もあるし、姉は王族直轄の近衛騎士なので怒るとビックリするぐらい怖い。
怪人の二人が周りに助けを求めずにびくついているだけなのでその怖さがよく分かる。
そして二人に徹底的に反省してもらった後に、ようやく仕切り直してラシア達はダンジョンを進んで行く。