ラシア達が絶冬のダンジョンの踏破に向けて突き進んでいる頃、デルパロア家の令嬢であるエリゼはルインエルデの公園に遊びに来ている。そのメイドであるメニスが、この公園で美味しい物を見つけたと言うからだ。
「白紙のスクロールとゲートポータルのお陰で前みたいに二週間とかかけてルインエルデに来なくていいのは良いんだけど……どうしてコアラのモンスターが湧いてるのよ」
「いえ、モンスターというよりは新しく登録されたコアラの獣人のようです。王都が天使に攻め込まれたときに大活躍されたので獣人登録されたそうですよ」
「……私、学校で獣人は人の体に動物のパーツがある者って習ったんだけど? このコアラ達の何処に人の要素が?」
「二本の足で歩いて人の言葉を話して意思疎通ができるからです。お嬢様。あまり気にしてはいけません。世の中そんなものです」
由緒あるデルパロア家のメイドがこんな感じで良いのかなとエリゼは思うが……こんな感じだからやっていけるのだろうと思う。
「お嬢様。コアラのクッキーとコアラ焼きどちらになさいますか?」
クッキーはまだ分かるのだが……コアラ焼きというものは流石に聞き慣れない。エリゼがメニスに尋ねると、あんこという甘い物を生地に包んで焼いた、コアラの顔をしている物だと言う。
「じゃあ……気になるから両方買ってきて」
「かしこまりました」
メニスが列に並ぶのを確認してからエリゼは近くのベンチに座った。並ばなくてもデルパロアの名を出せばすぐに売ってくれるとは思うが、そこまで急いでいることもないのでエリゼはボーッと公園に来ている人達を眺める。
冒険者もいれば休憩中の兵士達もいる。名も知らぬ街人もいれば王都でも有名な錬金術師が娘を連れてクッキーを食べている。ここはそんな平和な空間だ。
もう半年以上も前のことになるが、エリゼは仕事でこのルインエルデに来ていた帰りに襲撃された。ラシアに助けてもらったときのことだ。
あのときに比べればこの街も変わり始めたなと思う。ただまだ襲われる心配はあるのでエリゼが知らないところでけっこうな数の護衛がついてきていたりもする。
エリゼが考えているのはシエルオーテスから貰った喋る宝玉のことだ。
その宝玉は「冥王ヘリオン」と名乗った。
そんな名のモンスターは聞いたこともない。
ちなみにモンスターの名はどこから来ているのかというと、ダンジョンにあるローウェンテニア城や図書館のダンジョンと呼ばれる場所から、幾つものモンスターの名などが書かれた物が見つかっている。それを読み解いて今の名前になっているのだ。
そういう物で学生時代にモンスターの名を習ったので、書かれていない冥王ヘリオンがモンスターかそうではないかはエリゼには分からないのだ。
ただ超級ダンジョンや月齢の王やボスモンスターの名前は、かなり歯抜けになっていたりそもそも載っていないことも多いので知らない者も多い。
目の前にいっぱいいるコアラはどう見てもコアラマンだと思うのだが……国は何を基準に獣人に認定したのかは不思議なことだ。
ヘリオンはエリゼに様々なことを教えた。もちろんこの世界がダンジョンと繋がってからのことになるが、それでも千年以上の歴史がある。ヘリオンは自分が見たこと、人から聞いたことについてエリゼの質問に答えていった。
そして冥王というぐらいなのだから人間が嫌いとか、矮小な者とか思っているのだろうと思っていた。だがその逆で、ヘリオンが言うには人間が好きだそうだ。
善人、悪人、今日を必死に生きる人、今日をいい加減に生きる人。歴史に名を残すような勇者であれ、その逆の歴史に刻まれた極悪人であれ、そういう者達全ての生き方が好きだという話だ。
それが本当かどうかは分からないがエリゼはヘリオンに望むのならば力をやろうと言われた。
だけど力をやろうかと言われてすぐに信用して「では、ください」と言うほどエリゼもバカではない。
それにヘリオンから言われたのは、自分で選ばないといけないということだった。だからヘリオンから誘導することもしない。選んでも正解、選ばなくても正解と言われた。
ただ選ぶのであればその覚悟だけは見せてもらうという話だった。
「はぁ……よく分からない相手に何かをしてもらおうって人がどこにいるのよって話なんだけど」
もう一度、エリゼが大きくため息をつくと近くに気配があった後に話しかけられる。
「どこのご令嬢かは存じ上げぬが……こんな良い天気の日にため息をつくなど、さぞ難しいことを考えているのであろうな」
話しかけられたのでエリゼがそちらを向くが……現実がおかしくなっているようで何度も目を擦り何度も瞬きをする。だが……そこには中身をくり抜かれ顔のように作られた小さなカボチャを頭にのせ、マントを羽織ったコアラがいた。
「目にゴミでも入ったか? 迂闊に目は擦らぬ方が良いぞ」
「コアラが喋っている!?」
「うむ。喋っているな。我の友人と似たような反応をする」
「いや……それが普通の反応なのでは?」
「うむ。そうかもしれぬな」
宝玉が話したり、コアラが話したりと……こう、世界の常識が変わってしまったのかと少し怖くなる。
そして並んでいるメニスがまだ戻ってくる気配もないのでエリゼは人の言葉を話すコアラと少し話をしてみることにした。
話をした感じとしては何処かの国の王様かなーと思える相手で、力強くもあり懐の深い者に思えた。そこでエリゼは一つ興味本位で質問を投げてみることにした。
「貴方はよく分からない者に力をあげると言われたらもらう? 私は欲しいとは思うけど悩み中」
「我はもらわぬな。理由はある。こう見えて我はなかなかに強いのでな。武力という力なら持っているし、金という力なら貯める方法はある。そして知力となれば知恵を貸してもらえる家臣も友もいる。だからいらないというよりかは自前で用意できるといった話であるな」
「なるほどねー」
「ただこれでもコアラの上に立つ者だ。そういう問いへの答えも知っている。その答えは『やめておけ』だ」
「そうよね。無償で力をくれるとか怪しいもんね」
「それもある。ただ無償で人を助けるような善意は本当にある。我もそれで助かったクチであるからな。だが……人やコアラを入れ物と考えるのなら、感情、思想、力、考えられる全てのものは中身となる。自身の容量を超えたものを入れた結果はこれだ」
そう言って紙袋の中から中身がはみ出したコアラ焼きを取り出しエリゼに渡した。
近くの人が持っているコアラ焼きはとても可愛く見えるのに、目の部分や鼻の部分からあんこがはみ出したコアラは何か別のモンスターに見えてしまった。
「人もそれと同じなら別の何かになってしまうのかもしれないな」
行き過ぎた力は身を滅ぼすという話なのだろうと思うが、このコアラ焼きで例えるなら……見た目は変わっても味は同じではないだろうかとエリゼは思う。
そしてその歪なコアラ焼きを一口食べると、少し冷えてはいたが……とても美味しかった。
「やっぱり味は一緒だから、もらってももらわなくても同じじゃない? ほらこのコアラ焼きも最後はなくなるし、人も最後は死ぬでしょう?」
「うむ。見た目にとらわれずにいるその心意気は良し。一本取られたのであるな。だが……最期が死という形で締めくくられるのなら少し違ってはくる。誰かに悲しまれて去ったか、誰かに喜ばれて去ったかでは全く違う話であるからな」
そう言われてエリゼは色んな人の死を思い出してみる。母の死には色んな人が泣いていた。エリゼも泣いたし、父も夜に一人静かに泣いていたのは覚えている。
少し前に亡くなった国王の死は喜んでいる者も多かった。貴族などが死ねば基本的に喜ばれる者が多い。
だから自身が死んだときは母のように泣いてくれる者がいれば良いなとは思う……。だけど死んだら終わりなのだから、好き勝手に生きるのも良いのではないかとも少し思う。
「でも死んだら一緒じゃない? 私も貴方もいつかは死ぬでしょう?」
「そうであるな。だからこそ同じであるならば残った人に惜しまれる生き方がよかろうな」
「まーそれはあるわね」
「死んだ後に続きがあることもあるのでな。聖人であれとは言わぬが、善人であれよ若人よ」
「はいはい。悪人になれる度胸なんてないわよ。知らないコアラさん。話を聞いてくれてありがとうね」
「うむ。どういたしましてであるな。我はこの辺によくいるので気が向いたらまた来ると良かろう」
「ええ。気が向いたらね」
そしてそのタイミングでメニスが戻ってきたので、話すコアラも紙袋を持って何処かへと行った。
「お嬢様。お待たせしました。何かありましたか?」
「人の言葉を話すコアラがいたわね」
「なるほど。一応、この辺りのコアラは獣人扱いですので、まだたどたどしいですけど言葉は話します」
「なるほど、世界は広いわね」
そう言ってメニスが買ってきた出来立てのコアラ焼きを手に取ると先ほどの形が崩れた物と違い可愛らしい顔をしていた。
「うん。美味しいわね」
「来て良かったですね。お嬢様」
「そうね」と返事をするがエリゼは違うことを考えていた。今食べているものは中のあんこが少し熱いので、先ほど食べたものの方が自分には合っているなと思っていたのだ。
「お嬢様。どうかしましたか?」
「ん? 内緒」
奇しくも、エリゼが座っている場所はラシアが公園に来てよく座っている場所で、見ている方向だけは全く逆だった。