明日には聖陽に行く予定なのだが……直前になってティーガーに少し急用があり、同行は取りやめとなった。
メンバー的にはラシア、リレッサ、ノア、グオンがいて、フウコウ、パルサー、ラオメ、レクトアが来てくれるので戦力的にはたぶん大丈夫なのだが……少し思うところがある。
……何か問題があったのは間違いない。大聖堂の倉庫を片付けていたときに天使のドロップアイテムのことをティーガーが聞いていたので、その関係のことだと思う。
ただ「何かあったときは手伝って欲しい」とも言っていた。まだ問題は出ておらず、何も起こっていない可能性もある。
それを警戒してティーガーは行かないと言っているのだとラシアは思う。だが……そのときのティーガーの表情というか雰囲気にはどこか見覚えがあるのだ。
もちろん悪い方の意味でだ。
心配であればティーガーの悩みが解決するまで待っていれば良いのだが、何に悩んでいるのかはラシアには分からない。
ティーガーだって年頃の女性で貴族だ。恋人の一人や二人なんていてもおかしくはないし、普通に仕事のことかもしれない。体調のことも十分にあり得るのだ。
だからティーガーにはティーガーの都合があるしラシアにもラシアの都合がある。
今回もラオメとレクトアが付いてきてくれるが、彼女達にも都合がある。だから予定を延ばしても、次回も予定が合う保証はないのだ。
今なら問題はないが、超級ダンジョンの聖陽は属性の関係でラシアが苦手とする場所なのでボスまでは行っていない。だから今みたいにメンバーが揃うチャンスは逃したくない。
「ただ……なーんか引っかかるんだよなー。どこかで見たあの笑顔」
もう準備も終わっているので、借りている宿の窓からティアと遊んでいるノアを見ながらそんなことを考える。
誰が見ても仲の良い姉妹にしか見えないので……見ているラシアも微笑ましく感じる。
そういえば……ラシアも昔、母親に「貴方達、兄妹は本当に仲良しね」と言われた記憶がある。
そこで……思い出した。
ティーガーの表情が誰に似ていたのかを、だ。
忘れたくても忘れられるものではない。最後に見た妹の笑顔が今のティーガーと同じだったのだ。
ダンジョンに連れて行く必要はない。だけどこのままダンジョンに行ったら、確実にティーガーとは会えない。
勘違いだったらそれでいい。だけど勘違いじゃなければ話にならないのでラシアは宿を飛び出した。
「あれ? ラシアさんどこか行くの!?」
「ちょっと用事があるので出かけてきます!」
「分かったー」
「ラシアさん気を付けてねー」
ノアとティアに出かけることを伝えラシアはすぐに王都にあるティーガーの家へと向かった。
そしてすぐに門兵にティーガーがいるかと尋ねると運良くいるそうで部屋まで案内してもらった。
門兵がドアをノックすると中にティーガーがいて、いつもと同じような感じで「どうしたん?」と言っていた。ラシアは少しホッとしてから中に入れてもらった。
女性の部屋に入るのは初めてなので少し緊張するが……それどころではない。が……少し冷静になると何の問題も起きておらず、ティーガー宅に乗り込んできただけなので説明に困るのだ。
「ほんでラシはどうしたん? なんか急用け?」
と言いながらティーガーが飲み物を用意してくれた。
「なんて言えば良いのか難しいですが……友人に死相が見えたっていうのはおかしいですね」
「なるほどな! 物騒やけどもそれやったら理解できるな!」
と笑い出したのでラシアは飲み物を飲みながらアイテムバッグの中を漁った。色々と探して取り出し、ティーガーに渡した。
「ティーガーさん。超絶嫌な予感がするので……私が超級に行っている間だけで良いですからそれを身につけておいてください」
ラシアがティーガーに渡した物は元の世界でいうところの課金アイテムだ。一度だけ死から身を守る効果を持つネックレスだ。
ゲームの効果で言えばモンスターに倒されてもデスペナもなくHP、MPが満タンとなり完全に復活するアイテムだ。
この世界ではどういう効果があるかは分からない。だけどもし何かがあって、ラシアが別の世界から来たということを知っている友人がいなくなるのはとても悲しい。
防げるならどうしても防ぎたいのだ。
「ラシも心配性やなー。天使の落とし物があるかもしれんって話なだけやからな」
そう笑うティーガーの笑顔がどうしても死んでしまった妹と被ってしまうので、やはり変な胸騒ぎは止まらない。
ただ本当に胸騒ぎがするだけでラシアの気のせいということもあるので、そのネックレスをティーガーの首につけてあげた。
「嬉しいのは嬉しいんやけど……こんな高そうなものもうてええんか?」
「どんなに高い物でも私の中では命よりは遥かに安いですからね。日頃お世話になっているのでそのお返しだと思ってください」
「それはそうやな! やけども……ラシってあれやな。人と話はせんけどもけっこう女たらしやな!」
「……何を言い出すかと思えば、そんなことはありませんよ!!」
それから少しアイテム等をティーガーに渡し、世間話をしてからラシアも忙しいので帰ることになった。
「ティーガーさん。何かあったら言ってくださいね」
「ほんだら……そこで少ししゃがんでみて」と言われた。
ラシアは意味が分からずにティーガーの背の高さぐらいまでかがむと……柔らかい感触が頬にあり、ティーガーにキスをされた。
「んなっ!?」
「今日のお礼やな! 姫様には内緒やで。ラシはウチよりだいぶ背高いからなー」
「ティーガーさん……急にはやめてください」
「急じゃなかったらええんやな?」
「駄目ですよ!」
来るときより元気になったラシアを見送りティーガーは微笑む。
「ティアはええけど、姫様とノアおるしな~。ラシア争奪戦で勝つのは無理やろな。というかパルは頑張ってるんか?」
みたいなことを笑いながらティーガーは呟く。だが、死ぬとまではいかなくとも少しだけ思うところがあるのも事実だった。それがあるからこそ、ラシア達と聖陽に行くことを諦めたのだ。
数日前に……デルパロア家のメイドであるメニスがティーガーのもとを訪れたのだ。
そのときのことはよく覚えている。メニスはエリゼ専属のメイドであり、自分のことを嫌っているメイドだ。
そんなメイドが自分を訪ねて来たということはろくでもないことだ。だからラシアが来たときのように茶も出す必要もない。
「ほんで? ウチに用事ってなんや? 自分、ウチのこと嫌いやろ?」
「はい。嫌いです」
メニスのこういうところは本当に好きだなーとティーガーは笑いながら話を続ける。それはエリゼに関することだ。
ただ先に伝えられたのは、どこか調子が悪いとかおかしいとかではないということだ。よく食べてよく眠るし……どちらかと言えば調子が良いぐらいだ。
「……それの何が不満なん?」
「不満というよりは不安です。お嬢様はこう……いつも悩み考えながら生きていました。今はそれが吹っ切れたというような感じなのです」
「性格とかはお嬢なんやんな? 大公の意見は? って思ったけど気にするようなおとちゃんとちゃうしな」
「はい。ですが……暗部達の話では内容までは分からないですが、お嬢様の部屋から話し声が聞こえたと」
遠くの人と話をするようなアイテムも魔法もない。それが暗部の気のせいでなかったら、エリゼは誰かと話していたことになる。
それがデルパロア家の者でないのなら誰にも気づかれずに大公の家に入り込むのは不可能だ。
もしものときのために王都の貴族達は精鋭達を隠している。もちろんティーガーよりも遥かに強い者達だ。そんな者達を欺いて入るのは不可能だ。
その話し声が本当なら相手は自分達よりも強い者。もしくは知らないアイテムということになる。
「ウチに相談しに来たってことは持ち物全般もお嬢がおらんときに調べたんやろ?」
「はい。何もありませんでした」
「……それやったら、なんでウチのところに来たん? もうできることないんちゃうん」
ティーガーの一言にメニスは呼吸を整えてから伝えた。「もし私に何かあったときは……お嬢様をよろしくお願いします」とのことだった。
「それ頼むんやったら、パルサーとちゃうんか?」
「パルサー様はお優しいので。ただ本当に私の嫌な予感というだけの話でもあります」
メニスぐらいになるとティーガーがエリゼを殺そうと考えていたことも知っているはずだ。そんな相手に頭を下げて頼むのだから、よほどのことだろうとティーガーは思う。
「分かった。こっちも今更、仲良くしようとは言わんが、いつでも動けるようにはしとく。これでも聖騎士やしな。なんかあるんやったら……何年も先って話ちゃうやろうしな」
「そのときは私の勘違いですので愚かなメイドと罵ってください」
「やーい! 駄メイド!!」
「…………ぶちっ」
そして二人は窓が何枚か割れるほど、少し揉めた。それからメニスは帰っていった。
その背中をティーガーは見送るが……たまに戦場で兵士達が見せる死の色のようなものがその背には映っていた。
だから、ティーガーはメニスの話を聞いたのだ。
「何もないのが一番ええんやけども……しっかし天使が出てきてからろくなことないなー」
そんなことがあり、ティーガーはラシア達に同行せずに王都に残ることを決めた。
そして……少し日が流れ、ラシア達が聖陽のダンジョンへと入っていった頃、エリゼはメニスを呼び出していた。
「お嬢様。お呼びでしょうか?」
今日のエリゼもいつもより元気で……今までで一番美しいとメニスには思えた。だが……とても怖かった。
「メニス。私はね決めたの」
「何をですか? お嬢様」
「一から十まで言う必要もないでしょう? それでね。私のために死んでくれる?」
「えっ?」