自分に怯えるメニスを見てエリゼは微笑み、冥王ヘリオンとの会話を思い出していた。
「ヘリオンって大昔から、この世界を見てたり滅んだ世界とかも含めて色々見ているのよね。英雄と悪人の違いってなんなの?」
「そもそも英雄と悪人は対になるものではない。英雄と凡人、善人と悪人を比べる方が妥当だろう。これは余の考えであるが、同じ者が英雄にも悪人にもなり得ると考えた方が良い」
この喋る球はまた面白いことを言っているとエリゼは思う。
「なんで?」
「滅ぼすために先頭に立った者は、味方から見れば英雄だ。だが滅ぼされた方から見れば悪人だ」
「まぁーそれはそうなんだけど……そうなると世の中には正義も悪もないのでは?」
「それは捉え方次第であろうな。だが余が長い時を生きて思ったのは、お前が思う正義は世の中には存在しないかもしれないということだ。だが悪だけは必ずある」
「どうしてそう思うの?」
「平和な時が続いても悪はいる。乱世にも悪はいるからな」
エリゼ的には皆が自分の中に違う形の正義を持っていて悪などないのかなーと思っていた。だからその辺りは少し意外だと思った。
そしてまた時間は過ぎていく……
「世の中には力を持つ者は多いと思うけど、歴史に残ってる人達って結局何のために使ってたの?」
「自分のため、人のための二つになりそうだが……突き詰めれば自分のためになる。だが何を成そうか、何を残そうかの違いであろうな。エリゼ・デルパロア。貴殿は力を得たら何をしたい?」
それはよくヘリオンにされる質問だ。だからエリゼはそのことに関して悩むことが多くなった。
力があれば何がしたい?
そしてよく思うこともある。自分は大公の令嬢で地位や資金という面で強者の部類に入るだろう。自分の言うことも聞いてくれる者もいる。
今持っている力ならこれ以上は必要ない。次の王妃としての話も出ている。政略結婚はなくなってきているが……今回の話はそれに近い。だが人を好きになったこともないので、その辺は貴族としての仕事というのなら喜んで引き受けようと思う。
だから……自分が持っていない力。「暴力という力を手に入れたら?」とエリゼは深く考えた。
すると、子供の頃に仕舞った小さな、本当に小さな思いを見つけた。
「もしお前が望むような力が欲しいのであれば……お前が大事にしている者の命をもらう。というよりも交換に近いかもしれないな」
それからエリゼはまたよく考えた。どうして子供のときに思っていた気持ちを忘れていたのだろうと……だからそのことをエリゼはヘリオンに質問した。
「それは教育や教えてもらった生き方であろう。世の中にはもっと悪人が多いはずだが、それが姿を現さないのは生き方や常識というもので抑えられているからだ。それは悪いことではない。それがあるからこそ人は人であれるという話でもある」
「へー。話は変わるけど……ヘリオンが力を与えた者ってどうなったの?」
「そうだな。基本的には人でなくなる。形も人でなくなる者が多い。そんなに多くには与えていないがな。大事な者を犠牲にすることを選ぶ者は本当に少ない。ただそれでも選ぶ者は必ずいる」
…………
「お嬢様……」
そんなことを思い出していたが、エリゼはメニスに話しかけられたことで我に返った。
「私ね。子供の頃に思っていたことがあったの。それはね……力があったらお母様を殺した連中を自分の手で殺してやろうと思ってたの」
そう言って笑うエリゼの姿は本当に心から笑っているようだった。ただ冷静になってエリゼの姿を観察すると……黒いドレスのような服は蠢き、時折目のようなものが見えた。手袋に見えた物は、変異して黒くなった手のようだった。
「お嬢様……そのお姿は……」
「これ? 私は髪が白で肌も白いから黒ってよく似合うでしょ? モンスター化した姿なんだって。一応は仮の契約だから……私の大事な人を殺して、その魂でこの姿に定着させるって感じとのことよ」
本当に長い付き合いだからこそ分かる。誰かに騙されたとかそういう話ではない。
これがエリゼ……エリゼ・デルパロアなのだ。
だからメニスは覚悟を決めた。
「そういう不器用なところは相変わらずですね。私を大切な人と言ってくれてありがとうございます。私を殺した後はどうなさいますか?」
「別にこの世界を滅ぼそうとかはないし、この国も滅ぼそうとは思ってないわよ。だけど……この国の貴族は全員殺す。お母様も殺されたしね。あとはついでに私を馬鹿にしてた連中もね。貴女はティーガーが嫌いだったわよね。安心してちょうだい。ちゃんと殺してあげるから」
「ティーガー様に関しては嫌いですけど死んで欲しいとは思っていないので……」
「そうなの? まぁ殺すけどね。というわけでいいかしら?」
本当にいつも通りなのでメニスは少し笑ってしまった。そして最期に微笑んだ後に一言告げた。
「エリゼ様。貴女の悩みを受け止めることができない不甲斐ないメイドでしたが、貴女に仕えることができて私は幸せでした」
「ええ。ありがとう。貴女のことは仲の良い妹だと思っていたわよ」
「私が姉では?」
「どう考えても私が姉でしょうに」
二人は本当の姉妹のように大きな声で笑い合った。
………………………………グシャ………………………………
そして笑い終わった後にエリゼはメニスを捕食した。
「へー。人ってこんな味がするのね。なかなか良いじゃない」
エリゼの足下に魔法陣が浮かび上がり……これで冥王ヘリオンとの契約は完了した。ここに人ではない、モンスターとしてのエリゼが誕生した。
自分の姿を鏡で見て再確認しているエリゼにヘリオンが宝玉を通じて話しかける。
「最愛の者を殺して得た力はどうだ?」
「悪くないわね。もっとこう……変な感じのモンスターになるかと思ったけどそうでもなかったのね」
「才能があったのだろう。それでもう行くつもりか?」
「誰が言い出したかは知らないけど食人令嬢とか食人のエリゼって実はけっこう気に入ってたよ? どうしてかは分からないけどね。終わったらまた会いましょう」
「ああ。深淵で待っている」
「そういえば、この力っていずれは返した方がいいの?」
「いや、確かに余の力ではある。だがその形になったのはお前の力だ。だから渡したり返したりするような譲渡はできん」
「ふむふむ、いいじゃない。じゃあまたねー」
宝玉にウィンクをして手を振った後にいつもと同じ足取りでエリゼは部屋を出た。
そして目的の場所に向かってエリゼは少し足早に歩く。すれ違う使用人、兵士、様々な者がエリゼに驚くが凄惨な殺人現場のようになることもない。
声を上げる前にエリゼの影が伸び捕食するからだ。
そして……目的の部屋への最後の曲がり角を抜けると、この屋敷の精鋭達が待っていた。
出会ったら殺すが、使用人達は追いかけて殺すほどのことでもない。だが……進むべき道を塞ぐというのならエリゼの敵となる。
「貴方達、暗部をこうやって眺めるってことは滅多にないけど……あんまり見分けってつかないわね」
「エリゼ様。貴女がモンスターになられたところで私達が何かを言うことはございません。ですが、これ以上先に進むというのなら排除させていただきます」
「うむ。その忠義に感謝を。だけど、一つ質問させてもらっていい? ……ごめん二つだったわ」
「……どうぞ」
「どうして私が子供の頃に大火傷を負ったときに助けてくれなかったの? それは百歩譲っていいとして。そこまでデルパロア家に仕える忠義がありながらお母様を救えなかったのはどうして?」
「それは……」
「大丈夫。責めているわけではないの。ただどうしてかなーと思ってね。まぁ世の中今更ってことも多いしね」
聞いたところで母親は帰っても来ないし過去が変わるわけではない。エリゼは少し笑ってから戦闘態勢へと入る。
エリゼの影の中からは武具を模した様々な形の黒い何かが幾つも出現した。その全てが暗部達の方を向いていた。
「我々も様々な者を殺して参りましたが…………まさかデルパロアの者をこの手にかけようとは思いませんでしたよ」
「大丈夫よ。私が負けるわけないのよ。私はエリゼだからね。
というか…………そんなに話ができるのなら、私が頼んだときにでも一言ぐらい返事しなさいよ!」
その一言を皮切りに戦いが始まった。
エリゼの強さは暗部達の想像を遥かに超えており、開始と同時に数人の命が消えた。
…………
いつものように書斎に座っているデルパロア大公がいる。
いつもと違うのは、今日はロディーと亡き妻が好きだったワインを書斎で一人飲んでいるということだった。
そしてノックの音がする。ノックの音も人によって違う。この音はエリゼだと判断し大公は「どうぞ」と声をかける。
すると「失礼します」と返事があった後にエリゼが入室してきた。
返り血を浴びているエリゼを見るが、デルパロア大公が娘にかける言葉はいつもと変わらない。
「エリゼか。どうした?」
「ええ。お父様を殺しに来ました。なんだけど……いたたた。やっぱりデルパロア家の精鋭というだけあって強かったわ。怪我しちゃった」
彼らが負けたのなら自分では勝てることはないなと大公は笑う。
「まさか娘に殺されることになろうとはな。命乞いのようなくだらないことはしないが理由を聞いてもいいか?」
「私ね。お爺様もお父様もこのデルパロア家の全てが嫌いだったの。この家のせいでお母様は死に私はいっつも馬鹿にされてた。火傷の痕があった頃もなくなったその後もね。だからこの国の貴族は全部殺すの。この世の中にいらないでしょ。平民とかは後で苦労するとは思うけど私の人生だしね」
「そうだな」
「少し命乞いをするお父様を見たかったけどいつも通りですね。まー前にも自分の最期は誰かに殺されるだろうと言っていましたし……最期に言いたいことはありますか?」
「特にはない……いや、あったな。大公の務めもそれなりに上手くやってきたつもりだが、子育ての方が難しいとは思わなかったな」
「そういう冗談を言えるのならもう少し娘の前で言っても良かったのでは?」
「次回があったら気をつけよう」
そしてデルパロア大公の生涯は幕を閉じた。
だが……それでもこの国の貴族を震え上がらせた男だ。いくら娘とはいえ……タダでその生涯が尽きることはなかった。
これでこの章は終わりとなります。