エリゼがデルパロア大公の首を刎ね飛ばした瞬間にそれは起こった。
自身が死んだ時に、殺した者を一人でも多く道連れにする為の魔法だ。身につけていた宝石に仕込んであった。
法の上で処刑されるのならその魔道具は発動する事はない。だが人が人を殺すなら、そこには悪しか存在しない。
自分自身が悪だから言い切って良い。
人を殺す奴に碌な奴はいない。
ただ……最期に娘に投げかけた言葉のように、育て方を間違えた事だけは否めないなと……魔道具が輝き、弾け飛ぶ瞬間を見ながらそう思ったのだった。
凄まじい爆発が起こり、デルパロア家の書斎は簡単に吹き飛び、炎が上がった。
「……ごほっ、ごほ。お父様の事だからそれぐらいはやるって話よね。しかもそこそこ痛いっていう」
そう言うだけで、傷を負ったエリゼの体はゆっくりと治っていく。そして影が伸び、多少焦げて欠けた大公の頭部を捕食した。
「……なるほど、メニスとか暗部とか食べた時に分かったけど、捕食した者の記憶とかが手に入るのね。全部ではないと思うんだけど……。へぇー。お父様ってまだちゃんとお母様のこと愛してたのね。なかなかロマンチストじゃない」
うんうんと頷き、エリゼは空へと飛び上がる。人間であるなら空など飛べないが、もう飛べる事が当たり前のように浮かび上がる。
そして幾つもの魔法陣を描いた後に雨のように炎を降らせ、デルパロアの屋敷全てを火の海へと変えた。
「もっとこう……思う所があるかなーとは思ったけど、嫌いな物が燃えるのってけっこう気持ちが良いわね。ちょっと放火魔の気持ちが分かるかも」
燃えゆく家も人も……エリゼは何も考えずに眺めている。ただ本人も無自覚だが、その顔は笑っていた。
……
大公は自分が殺された時の為に残しておいた物がもう一つある。それは騎士団長であるデゴットと聖騎士長であるロディーに渡しておいた小さな水晶だ。
それは大公の命に連動していて、命が消えた瞬間に砕けるようになっていた。
デゴットは屋敷で妻と夕食を食べていた。
ロディーは書斎で聖騎士の書類と睨めっこをしていた。
同じタイミングで爆発音が耳に届くが、二人の瞳は割れた水晶に釘付けになっていた。
それからの二人の行動は速かった。
カオスドラゴンや天使が王都を攻撃した事があった。だからデゴットは準備もしていた。すぐに立ち上がり大きな声を出し、屋敷を守る兵を呼んだ。
その鬼のような形相に妻は驚き声をかける。
「あなた……大丈夫ですか?」
「ああ。すまない。大公が死んだ。爆発音も聞こえたからな……お前は兵士と使用人を連れてルインエルデに逃げておけ。あそこの友人と陛下にはもう声はかけてある。そしてそこが戦場になるようなら妖精の国へ行け」
「そうですか、デルパロア様が……分かりました。ご武運を」
「ああ」
それからのデゴットの行動は素早く、即座に騎士団を集め、デルパロア大公家へと向かった。
そしてそれ以上に速いのがロディーと新設された竜騎兵団だ。
ロディーは長年の相棒である火竜が戻ってきてから、何処に行く時でも必ず近くに竜がいた。
書斎の隣の部屋にも竜専用の部屋があるぐらいだ。ローウェンテニアの竜に乗る者達には古くから受け継がれてきた言葉がある。
「竜と共にあれ」だ。
この言葉は新設された竜騎兵団でも徹底的に叩き込まれた。
だからこそロディーは燃え上がるデルパロア家の上空ですぐに犯人を見つける事ができた。
「ドラゴニックノヴァ!」
ロディーの掛け声と共に火竜の喉に大量の魔力と炎が集まり、流星のようにエリゼに向かって放たれる。
「ちょっと!」
驚きながらエリゼが左手を突き出すと、夜空の黒色がそこに集まったかのような動きをした。その後に半円の黒いシールドが現れ、ロディーの攻撃を凌いだ。
「ちょっと、おばさま! もう少しこう何かないんですか!?」
自身の攻撃を軽く防いだ者を見て、激高していたロディーはすぐに冷静になる。
「子供の頃に教えたったやろ? 挨拶は大きな声で元気よくって」
「あー……そればっかり言われてましたね」
「初めて会った時はびっくりするぐらい暗かったもんな。ほんで? 一応は確認やけども……大公殺して家焼いたのも自分か?」
「はい。私はこのデルパロア家が嫌いでしたから」
「なるほどな。殴って大公の鼻とか折った事もあるし……気持ちだけは分かるわ」
「……アレっておばさまの仕業でしたか。私はこれからこの国の貴族達を殺しに行くつもりですから、お世話になったお礼として帰るなら追いませんけどどうします?」
「正直に言うたら……この国の貴族には思う所も多い。けども……これでも聖騎士長やしな。それは無理やし、エリゼはここで倒させてもらう」
「まぁそうですよねー」
とため息をついたタイミングでさらにドラゴンのブレスがエリゼに着弾し、竜騎兵団の隊長を筆頭に兵士達が集まってくる。
地上にもデゴットを筆頭に騎士団が集まり始めている。
「流石は王都の精鋭。本当に速いですね」
「いや、結構遅いで……ラシア隊長が相手やったらもう終わってるんちゃうかな?」
「流石にそれは無理では?」
そして戦いが始まる。
…………
だけど、戦いの中心から少し離れた貴族街で影が蠢き、エリゼが出現する。
「いやあのね。ふつーに考えて、中身大公令嬢が王都の精鋭に勝てる訳ないのよね。頑張ったらいけるかもしれないけど、頑張る所はそこじゃないでしょうに」
そう言って影から出てきたエリゼは自身が捕食したメニスが着ていたメイド服に身を包んでいる。
そして目の前には侯爵家であるエンブレント家が映っている。ここももちろんエリゼの標的だ。
デルパロア家がある方角はまだ赤々と燃えており、少しずつだが混乱が広がっている。そこに紛れてエリゼはエンブレント家への侵入に成功した。
事を荒立てる必要もない。どこかへ逃げるというのなら逃げればいい。追いかけて殺すだけ。
そんな事を考えながらこの家の主を探していると、侯爵と夫人とその娘はすぐに見つかった。
エリゼがエンブレント家の令嬢であるリドルに気づいたタイミングとリドルがエリゼに気づいたタイミングはほぼ同じだった。
「えっ? エリゼさん?」
「こんばんは」
「どうしてここに!? デルパロア家で爆発があったと聞きましたわ!?」
「その答えは簡単。犯人は私だから」
リドルが声を出すと同時にエリゼから影が伸び……彼女の両親はこの世を去った。
「お父様!? お母様!?」
胴体と頭部が離れた両親に慌ててリドルが駆け寄ろうとするが……二人の亡骸は静かに影に沈んでいく。
「さてと……リドル。お別れになるけど、何か言いたいことはある?」
振り返ってもう一度エリゼの姿を見ると、人間をやめていたのは明らかだった。
「エリゼさん……どうして、そのようなお姿をしているんですの?」
「もちろん……あなたたち貴族を殺す為ね。泣きわめいて助けを乞えば、助けてあげるかもしれないけどどうする?」
その言葉を受けてリドルは立ち上がりエリゼに近づいていく。
パチンッ
乾いた音と共にエリゼの頬に小さく平手打ちを入れた。
「まだ子供とはいえこれでもエンブレント家の者。そのような事をするぐらいなら喜んで死を受け入れますわ!」
「そう? 私なら生きる方を選ぶけど……まぁその辺は考え方の違いよね」
その言葉が聞こえたかどうかは分からないが……リドルが死んだ事によりエンブレント家の長い歴史が幕を閉じた。
襲いかかってくる兵士を倒していき、エンブレント家の屋敷も火に包まれていく。
そしてまたエリゼが人に紛れて他の貴族を狙いに行こうとしたタイミングで、空から魔法が降り注ぐ。
「エレメントブレス!」
まさかバレるとは思っていなかったエリゼだったが防御は何とか間に合った。
「なんかド派手な事やっとると思たけど、やっぱりお前か……なぁエリゼ」
空には虹色に光るドラゴンに乗ったティーガーがいた。
こんなにすぐにバレるとは思っていなかったエリゼは少し驚きながら目線を合わせる為に自身も空へと上がる。
今のエリゼには捕食した者の記憶が少しある。だから……ティーガーとは話したい事は多い。だがどう話して良いかは少し迷う。二人は姉妹だからだ。
「色々と聞きたい事も言いたい事もあるんだけど……まずは挨拶からかしら? 姉さん? もしくはお姉様」
一瞬だけティーガーの表情が大きく変わるが鼻で笑った後にいつもの表情へと戻る。
「おとんがそんな事言う訳ないもんな。どうやってそれを知ったか教えてくれへんか?」
「仕方ないわねー。今の私って捕食した者の記憶がある程度だけど手に入るの。だからこれはお父様の記憶。ちょっと焦げてたから姉さんが前に言ってたバーベキューってやつね」
「……なるほどな。ほんで質問ばっかりして悪いんやけど、いきなり力もらって好き勝手やる気分はどうや?」
「それは自分でもびっくりするぐらい気分が良いわね。姉さんなら知ってると思うけど、部屋に木の人形が置いてあったでしょ? あのおもちゃをお父様に買ってもらった時ぐらいに気分が良いわね」
「なるほどなー。それはそうとウチの事、姉さんいうの止めへんか? 割と気分悪いで?」
「そう? 私は気分良いからやめない。私からも質問があるんだけど、姉さんぐらいならいつでも私を殺せたと思うけど……どうして殺さなかったの? というか場合によったら助けてたぐらいよね? 同情? それとも姉妹だから?」
「答えはくそくらえ。教える訳ないやんけ」
「あら。大公令嬢がくそくらえとか言うものではないと習わなかった? もう少し丁寧な言葉でね?」
「なるほどな……じゃあ。う○こ召し上がれでええか?」
「……私は賢い訳じゃないけど、姉さんも大概よね」
「女の子は少しアホな方がモテるんやで? お前みたいになるとあかんけどな。さてとこれでも聖騎士や。ここできっちり倒したるわ」
エリゼはそこではっきりと「貴方程度では無理」と告げ、戦いが始まった。