ラシアはアイテムバッグから食べ物を取り出し、三人に食べさせてから樹海を進み始めた。体力のステータスが上がる物だ。
崖が見える範囲に進んでいけば、いつかは街道に出るだろうという判断だ。
ノアが起きるまで待っていても良かった。
だが昨夜の戦闘であたりに血肉の匂いが残っている。
それに釣られるように他のモンスターが集まり始めていたからだ。
先頭は森の歩きが得意なアーチャーのビエットだ。
その後ろにエリエスとダード、そしてノアを背負ったラシアが続く。
ラシアが先頭でも良いのだが、森などまともに歩いた事はないし、一番後ろを歩いた者がモンスターに襲われたらどうしようもない。
見える範囲で前方を歩いてくれれば、襲われても何とか間に合う。
黙々と薄暗い森の中を歩いていく。ビエットがモンスターの気配を察知すればできるだけ迂回し、見つかった時や襲って来た時はラシアが倒す。
ノアを背負うのはラシアかダードの仕事だ。ただダードの力では人間一人を背負い歩くのはかなり体力を使うので、戦闘になるという時以外はラシアが運んでいる。
その方が進むのも早いし安定する。
ただ少し困る事もある。背負っているノアの吐息が首筋に当たる事があるのだ。その時だけは変な声が出そうになり、思わずため息が出る。
こんな可愛い娘を背負っているのが元の世界ならとても嬉しい事なのだが……異世界で自分は女の体になって、そこら中にモンスターがいる。しかもまだ助かると決まった訳でもない。
美女を背負う喜びより辛い事の方が圧倒的に多いのだ。
だからため息の一つや二つは簡単に出てしまう。
「はぁ……」
そんなラシアを心配してダードが話しかける。
「ラシア。疲れてきたなら代わるぞ?お前、ずっと戦ってたんだろ?」
「いえ。体力は大丈夫です。おうちに帰りたいだけなので……」
「おうちって……ここにいる全員帰りたいけどな」
ラシアは苦笑しながら考える。他にも不安が多いからだ。
その一つが持ち物の問題だ。ビエットとエリエスは空に巻き上げられた時か落ちた衝撃でアイテムバッグを消失している。
クロスボウは背負っていて壊れてはいないが、アイテムバッグに入っていた矢などは無くしている。
エリエスも魔法使いで本来なら杖を持っているが……同じ様に紛失だ。
ダードに関してはアイテムバッグは残っていたが、持っていた剣などは無くしてしまったようだ。
なので装備が少ないという問題があった。ただゲーム時代にガチャで当たったショボい短剣などはあったので、それを二人に貸して使ってもらっている。
ラシアの装備がSSRなら、レアとかそのあたりの短剣だ。
ラシアからすればアイテムバッグのゴミだが、装飾が少し格好いいのもあってダードとビエットには好評だった。
あとは食料の問題だ。今のように進む時はラシアが持っているステータスが上がる食べ物をダード達に食べてもらう。主に体力が上がる物だ。
これはモンスターが出会い頭に範囲攻撃をしてきて即死する事を防げればいいという考えだ。
ゲームの設定で考えるならダードのHPはかなり低い。それが少しでもマシになればいいと思ってのことだ。
ただラシアは多く持っているが無限に出てくる訳ではない。だから森で食べられる物はビエットに任せている。進みながら食べられそうな物があればエリエスが取り、ダードのアイテムバッグに仕舞う。
冒険者ギルドで買った固形食もあるが美味しくないので大量には買っていない。ラシアは多めに買ってあるが、ダードは少ないので数日持つか持たないかぐらいだ。
この樹海を抜けられるのはいつになるか分からない。だから日持ちする食べ物は取っておくに越したことはない。
先を進むビエットが手を上げる。モンスターを発見した時の合図だ。
ラシアは背中のノアをダードに預け、そのモンスターを確認する。
ゲームと同じモンスターが出てくる世界なら、ほぼ全てのモンスターを知っているラシアの知識は役に立つ。
体の能力もあってか、見ればどういうモンスターか思い出せるからだ。
ビエットが見つけたモンスターは、バスケットボールほどの体に、割り箸の様に細く人の数倍はある長い脚が特徴的な蜘蛛型のモンスターだった。
「あれなら大丈夫。こちらから攻撃しない限り攻撃してこないから、このまま進んで」
「分かりました。ちなみに強さは?」
「そこまで強くないですけど……糸に麻痺があったはずだから、動けなくする攻撃はしてくるはず」
「……できるだけ静かに通りますね」
「でもこいつによく似たトゲトゲした奴がいたら普通に攻撃してくるから覚えておいてください」
ラシアの「そこまで強くない」は、ビエット達では相手にならないという意味だ。
襲ってこないモンスター相手に不用意に怖がらせる事もないのでそういう言い方をしている。
蜘蛛の瞳がラシア達を見ている。攻撃してこないはずだが、見慣れない生き物に見られるというのはなかなかに気味が悪い。
モンスターを通り過ぎ、ダードからノアを受け取り背負ってまた進み始める。
生き物の数は多いが、そこまで接敵する事は少ない。ビエットの歩き方が上手いのもあるが、この大樹海が広すぎるのでモンスターも散らばっている感じだ。
相手が匂いを追い追いかけてくるなら別だが、歩いていて遭遇する事は少ない。相手もこちらがどういう者か分かっていないので、賢い個体なら避けている感じだ。
ラシアがいるのも一つの原因だろう。今のところ出会ったモンスターはレベルに換算すると四十にも満たない者達だ。
だから本能的な何かでラシアを恐れ、襲って来ないのかもしれない。
ただそれも昼間だけの話だ。夜になるとモンスターは凶暴性が増し、襲ってくる。昨夜のようにだ。
昼が人の時間なら夜はモンスターの時間なのだろう。
前を歩くエリエスが少しふらつく。体調も万全ではないのもあるが、朝食を食べてから歩き続けているのでそろそろ休息が必要だろうとラシアは考え、ビエットに相談する。
「ビエットさん。どこか休憩できる所があれば少し休憩しましょう。どれだけ進めば出られるのかも分からないので、無理に進む必要もないと思うので」
「分かりました。少しだけ開けた所が見えるので、そこで休憩にしましょう」
そしてそのまま開けた所まで行き、休憩する事になった。
皆、体調はまだ万全ではないのだろう。すぐに座り込み水を飲み始める。
ラシアもノアを下ろしてから水を飲み、ノアの様子を見る。
まだ起きる気配はないが、顔色は前よりは少し良くなっている様に思える。ノアにかけてある装備にはHPMP回復の効果があったはずなので、そのおかげだろう。
森の中で太陽の位置が分からなかったが、ちょうど真上に来ているのが確認できたので、森で取った食べ物で昼食を取ろうという事になった。
ラシア的にはよく分からない物は食べたくないが……こんな時にビエットが嘘を言うことはないので、適当に何かの実を手に取る。
「ビエットさん。これはどうやって食べれば良いんですか?」
「それは少し皮が固いので、刃物を縦に入れると簡単に剥けますよ」
剥いて食べれば良いだけなら別に刃物を出さなくても良いのではと思い、ラシアは力を込めるとバキッと良い音が鳴った後に固い殻の中から真っ白な実が現れた。
「……素手で割るのは大変なはずなんですが……ラシアさんには関係無かったみたいですね。その白い実が食べられます。なかなか美味しいですよ」
ダードもエリエスも素手で割ろうと試していたが難しかった様で、ナイフを突き刺して綺麗に割っていた。
「……ラシア。お前本当に人間か?」
と失礼な事を言うダードの頭をエリエスが無言で殴る。
ラシア自身も身体能力の事もあり、薄々人間をやめているなと思っているので何も言わずに実を口に入れる。
食感は少し固いが味はバナナに近い感じの甘い実で、とても美味しく感じた。
流石にダード達の様に虫を焼いて食べようとは思わないので、ラシアは木の実や植物の果肉を食べているとエリエスが疑問を口にする。
「ラシアさんが強いのは助けてもらっているので分かり切っているんですけど、モンスターまで詳しいのはやっぱりそういう仕事をしていたんですか?」
「俺も思った。でも冒険者って血で登録するから二重登録はできないよな?名前は変えられるけどランクは残るからラシアは前は何をしてたんだ?」
「はい!別の世界から来て、モンスターのことはゲームで知ってました!」とかなんか言える訳がない。
言えない訳ではないが言った所で……なのだ。異世界から来たというのはどんなデメリットがあるかも分からない。ラシアの様な者が他にいるのかいないのかも分からない。そんな事が過去に一度も無いのならただの狂言だ。
だからまともに答えた所で仕方がないのだ。
「モンスターを狩ったりして、似たような事をしていただけですね」
嘘は言っていない。ゲームでモンスターを狩ったりしていたからだ。それが現実かゲームかの違いなだけだ。
「なるほどなー。って事は話し方も丁寧だしどっかの国の聖騎士とかその辺の類いか」
「かも知れませんねー。ラシアさんとか鎧似合いそうですし」
「違いますけどね。ところで聖騎士ってなんですか?兵士や冒険者とはまた違うのですか?」
違うのかとダード達は少し驚いた後に、聖騎士について分かる範囲で教えてくれた。
要は村や都市をモンスターから守る、冒険者に似た者達の事を騎士や聖騎士と言うらしい。
騎士も聖騎士も似たような物だが、神殿に仕えるのが聖騎士との事だ。
「俺も詳しくは知らないがそんな感じだ」
「簡単すぎる……少し補足すると国に仕える者が騎士で神殿が聖騎士ですね。でもスキルとかは違って回復魔法とか使う人は多いですね。聖騎士とは言いますがプリーストやモンクとかもいます」
「へー……色々あるんですね」
「まぁ。冒険者も聖騎士もモンスター相手なのにあんまり仲は良くないって聞くな」
同族嫌悪という言葉があるくらいだし、そんな物だろうとラシアは考える。
そして休憩が終わり、またノアを背負い森の中を歩き始めた。