小さなうめき声と共にリレッサが目を覚ます。
まだモンスターかも知れない。ラシアは兜を被り、ティア達を守る様に構えた。
そしてリレッサは辺りを何度か見てから、ラシアに話しかける。
「ふふっ……流石はわたくしの騎士様といった所でしょうか。この展開は予想外ですね」
意識もちゃんとある。ラシアは大きく息を吐き出してほっとする。
「ティアちゃん、おやっさん、セレットさん。後で頑張って話しますので少し二人にしてもらっていいですか?」
そういうとおやっさんとティアは分かったと言ってすぐに出ていった。だがセレットは少し言いたい事があったのだろう。後で言うねとだけ言って部屋から出ていく。
そしてラシアはリレッサと向き合った。
ラシアでも生唾を飲み込むような、本当に美しい人だった。人気投票、不動の一位は伊達ではない。
それは良いのだが……まだ体の何処かに異常があっては駄目なので、回復薬と異常状態を治療する万能薬を取り出してラシアは飲ませる。
少し落ち着いたのを見て、ラシアはようやく話しかけた。
「姫様……大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとうございます。ラシア・ラ・シーラよ。貴方のおかげですね……それでここは何処なのでしょう? 冠の中から少しは見えていましたが……ローウェンテニアがある世界とは違う様に思えます」
「分かる範囲で話しますが……その前に体は本当に大丈夫ですか?」
さっきまで体と魂は離れていた。それこそモンスターという形になっていたのだ。そう思って心配したのだが……なんというか普通に元気そうなのでラシアは話を続ける。
姫様はゲームのキャラだ。どう説明していいか難しい。だからラシアはこの世界に来てからの事を、簡単にだが一通り話した。
知らない間にこの世界に来た事。
ダンジョンと呼ばれる場所がある事。
ローウェンテニア城もダンジョンになっている事。
スキルや魔法なども酷似している事。
そして自分がこの世界で生きている事。
ラシアが話し終えるまで、リレッサは一言も話さなかった。
「なるほど……これは夢にまでみた異世界転生ということですね」
「はい?」
「はい? ではありませんよラシア。……いえ、貴方に助けてもらって世界を渡ったのですから転移でしたか」
ラシアが困っているのに、何故かリレッサはとても楽しそうだ。
そして次はリレッサがいくつか質問をする番になった。答えられないものもあったが、分かる範囲でラシアは答える。
「なるほど……これはやはり異世界転移ですね」
なんでゲームの中の姫が異世界転移という言葉を知っているのか。色々と引っかかる事はある。
だが一番の疑問は、どうしてそんなに楽しそうなのかという事だ。
だからラシアはそれをそのまま聞いた。
「そうですね。ローウェンテニアなら私は王女ですが……この世界なら私はただのリレッサとして生きていけるからですね。お父様やお母様……臣下や民、そういったものがこの世界にはありません。元の世界でも滅びました」
「……」
「生きていけるではありませんね。生きていかないと駄目という事です。過ぎたもの、失ったものは戻りません。貴女のおかげで第二の生が得られたのです。これを喜ばずしてどうしましょう」
そう話すリレッサの瞳の奥に、ラシアは何かを見た。
気丈に振る舞っている訳ではない。だがきっと、自分が死んだ時の記憶も、両親が殺された記憶もあるのだろうとラシアは思った。
そのタイミングでティアがドアをノックする。おやっさんからの伝言で、今日は遅いから明日ゆっくり説明しろとの事だった。
「ラシアさん。姫様だいじょぶ?」
「ええ。ティア、大丈夫ですよ。貴女のおかげでもありますね。ありがとうございました」
「うん! よかった。姫様またお話しようね。おやすみー」
「ええ。おやすみなさい」
部屋に戻っていくティアにラシアとリレッサは手を振った。
「ラシア。私達もそろそろ眠りましょうか。貴女も疲れているでしょう」
たしかに色々あって、ラシアは肉体的には大丈夫だが精神的に疲れている。聖銀鋼の鎧を脱いで動きやすい服装に着替えるが……肝心のベッドはリレッサが使っている。
しかも今は満室だ。この部屋にソファーすらない。
「……床かー。まぁ床でもいいか」
「床でもいいかではありません。私と一緒に寝ればいいのです」
ラシアがアホみたいな顔をしている間に、リレッサはベッドの端に寄る。ラシア一人が寝られる程度のスペースは十分に空いた。
その場所をパンパンと叩いて、ここですと目で促してくる。
「……流石に駄目では?」
「何が駄目なのですか? ここは異世界で元の世界の常識は通用しません。ですから私とラシアが寝ても何の問題もありませんが?」
「問題しか無い!」
そこからしばらく寝る寝ないの水掛け論が始まった。
するとリレッサは強行手段に出る。
「なるほど。両親を殺され国をなくし慕った勇者に殺された儚げな少女の頼みを聞いてくれないと言うのであれば……ラシアが寝てくれるまで私も立って起きておきましょう」
「いえ、寝てください」
「それは私の台詞です。家臣にだけ働かせるなど暴君以外の何物でもありませんからね」
「今やってるのは脅しでは?」
「脅す要素がないので脅しではありません。と言うか……そこまで私と寝るのが嫌なのですか?」
泣きそうな顔のリレッサを見て……ラシアは色々と諦めて布団に入る。
するとリレッサも横になり、当たり前のようにラシアに布団を掛けた。
「こう、一国の姫なのにいいんですかね?」
「ですからもう姫ではなくリレッサです。と言っても気が立っているのか、なかなか寝付けませんね。ラシアが元気ならお話しましょう」
ラシアは心臓バクバクで全く眠気がこない。今だけは女の体で良かったなと思う……男の体だったら襲ってる自信はあるなと……
そして少し二人で話をして分かった。
ラシアとリレッサはよく似ている境遇の者だ。お互いに別の世界からこの世界に来た。
本当にこの世界の人達と同じ人間かも分からない。リレッサと自分も違うかも分からない。
ラシアは一人だった。だから誰かに聞いて欲しかった。
自分は別の世界から来た事を。
ラシアはリレッサに全てを話した。ゲームという物を通してリレッサに出会った事。元の世界の事。事故にあってこの世界に来てしまった事。本当に全部だ。
先ほどと同じ様にリレッサは何も言わずに聞き、全てを聞き終えた後、上を見ているラシアの頬にキスをした。
あまりの事にラシアは飛び起きようとするが……リレッサはラシアを優しく抱き留める。
「……ラシア。大変でしたね」
「姫様……」
「貴女の言う事が本当かは私には判断ができません。ですが、貴女に助けられたのは本当の事です。ですから……貴女が元の世界に戻ると言うのなら私は手を貸しましょう」
そう言ってリレッサは静かにラシアの頭を優しく撫でる。
誰にも言えなかった事を話し、少し心が軽くなったラシアはリレッサの胸で静かに泣いた。
……
…………
そして朝になり、ラシアはリレッサと一階に降りる。おやっさんとセレットがいたので、助けに行った経緯などを伝え、ラシアとリレッサの関係も話した。
おやっさんはそういうのは気にするタイプでは無かったので、金を払えば何でも良いし、美女が増えれば嬉しいだけと言った。
隣に奥さんいるのによくそれを言うなーとラシアは感心するが……セレットが困った様に言う。
「ラシアちゃん……大昔は大丈夫だったんだけど、ダンジョンからモンスター連れ出すのって本当に重罪だからね。ガチガチに国の許可とって何ヶ月待ちとかで申請が通るものだから……」
「ラシア。わたくしはモンスターなのですか?」
「うーん……人型問わずダンジョンにいる者で魂が無い者はモンスター扱いって書いてあった気がします。でもそれだと姫様は魂入ってるので人扱いになるのでは?」
「それでも同じぐらいアウトで、ダンジョンに住む者を連れ出してはダメなのよ……」
セレットの言う事も一理ある。だがこういう時はあれだ。大昔から人類が行ってきた対処法がある。
賄賂だ。
なんか良い物あげるから知らん顔しててくれない? これが一番いい。
セレットも得をするし良い事ずくめだ。
ラシアは静かにアイテムバッグの中からレアアイテムをいくつか取り出す。
黒竜の生き血。マンドラゴラの植木鉢。分裂の小壺。ミミックボックス。
全部課金アイテム。この世界では確実に手に入らない。ラシアは簡単にそれぞれの効果を説明した。
黒竜の生き血は精練する時に武器が壊れるのを防ぐ。
マンドラゴラの植木鉢は抜いてもマンドラゴラが生えてくる植木鉢。
分裂の小壺は入る物限定だが、片方に入れるともう片方に同じ物が出る。
ミミックボックスは家具アイテムだが、中にアイテムを入れると勝手にあいうえお順で整理してくれて、しかも守ってくれる。何気に便利だ。
「知らん顔してくれるなら……どれかもらえるかも知れませんけどどうします?」
「おまえな……ひとの奥さん買収すんな」
「ラシア……」
「ラシアちゃん。一つよね? というかどう見てもこれミミックにしか見えないけど?」
「はい。一つです。アイテムバッグに入るからアイテムですよ。モンスターは入りませんからね」
「あっそうか」
ラシアが思っているのはマンドラゴラの植木鉢かミミックボックスだ。マンドラゴラは本で読んだ感じ普通に貴重品。植木鉢では絶対に取れない。あとはセレットさんはあんまり片づけないからだ。
そしてメチャメチャ悩んだ後に、セレットはマンドラゴラの植木鉢を選んだ。試しに一つ引き抜くと安全に引き抜け、もう次の芽が出ていた。
「そういう訳でよろしくお願いします」
「ええ。私は何も知らないし、なんかへんな植木鉢を手に入れただけ。合ってるよねラシアちゃん」
「はい。あってます」
おやっさんと姫様とティアはなんとも言えない顔をしていたが、何も言えないので話を変えた。
「まー……変な奴だとは思っていたが騎士様とはな」
これは昨夜、姫様と話し合った事だ。誰かにどこから来たのかを聞かれたら、王族直轄の騎士という事にする。別の世界から来たなどおかしすぎる話だし、どういうデメリットがあるかも分からない。
だからラシアがラシア・ラ・シーラを名乗る間は、ゲームの中の世界だったとは言っても、その世界で手に入れたものを使う。
この世界では意味は無いのかも知れない。だがそれでも肩書きなどを気にする者には役に立つだろうという事だった。
ラシアはイベント関係はこなしていたので、王女直属の騎士という形になる。ゲームの中の設定だが、並みの貴族よりは遙かに位が高く、騎士団の中でも最も上になる。
なのでその肩書きが通用するのか、おやっさんに試してみる。
「おらっ! 王女直属の騎士ラシア様やぞ! 頭下げんかい!」
「あん? 追い出すぞボケッ!」
「すんまそん!」
おやっさんに肩書きはあまり意味はなく、ラシアは素直に頭を下げる。
そんなラシアを見ながらティアはリレッサに質問する。
「姫様。ラシアさんって騎士っぽくないね」
「ふふっ。そうですね。私もそう思います」
そう言って笑い、自分の頭にのっていた冠をもう必要ないと言ってティアの頭にのせて返した。
「そうそう。ラシア。少しお願いがあるのですが……」
そういう姫様の頼みは、もう一度古城に行って来て欲しいと言う物だった。