ラシアのことがバレて、セレットからは変な汗が噴き出す。
だが……いくら自分の師といえども、まだカマをかけている可能性がある。だから迂闊には肯定しない。
できる範囲で、ラシアを守ってあげたいからだ。
「さぁー? どうしてそう思ったんですか? ラシアちゃんはまだBランクの冒険者ですし、似てる特徴は髪ぐらいじゃないですか?」
「まどろっこしいのは嫌いでね。これを見な」
それはセレットも見たことがない魔道具で、水を張ったお盆のような物だった。
セレットがそれは? と尋ねると、ガロニアは見た方が早いと言った。
そして、いくつかの小瓶に入れられた物を取り出し、そのお盆に浮かべる。
一つ目は小さな水晶の欠片、二つ目は砂のような物、最後の一つは長い綺麗な髪だ。
お盆の水は入れ替わる度に色が変わるが、全てが綺麗な金色をしていた。
「これは魔力の色を見る物さ。私が昔に作って放っておいた物を手直しした。一つ目に入れたのは水晶の泉の欠片。二つ目は灰の砂漠の砂。三つ目は……」
「流石に先生でも、女の子の髪の毛を持って帰るとか気持ち悪くないですか?」
「別にセレットに気持ち悪がられても何の問題もない。最後の一つは、あんたの宿で採取したラシアとかいう女の髪だ。この魔道具は、全く違う物なら違う色になる。三つとも同じ金色なら、ラシアが白の騎士だよ」
そう言って自分の髪を入れると、水は濃い青へと切り替わった。
これはもう駄目だなと思い、セレットは大きくため息をつく。
そして、白の騎士を知ってどうしたいのかと質問した。
「そうだね……まずはどうやって水晶の泉を作ったのかが知りたい。後は灰の砂漠もだね。大公の娘を助けたとかはどうでもいいんだよ」
セレットは色々と駄目だなーと思う。
セレットの中で、ラシアの人付き合いは1か0か-1だ。0の幅が異常に長い。
自分やティア、旦那は1だが……弟子やその他の他人は0。悲しいがノアもたぶんここだ。
ただ、0が悪いわけでもない。困っているなら助ける。それがラシアにとっての0だ。
セレットは偶然だが見たことがある。
宿の近くの溝に荷物が満載された馬車がはまっていて、商人が困っていた。ティアが注意を引き、その間にラシアが片手で持ち上げて……すぐに逃げた。
驚くより笑ってしまった。だからラシアは、人付き合いが0までなら助ける。嫌いと思う人もここに収まるはずだ。
だけど-1になると、もう人ではない。モンスターと一緒の扱いだ。
ラシアはよく、人とモンスターの違いを悩んでいる。ここに区別される人間はいないだろうが……もしいたら敵だ。
二度と0に上がることもないだろうし……もしかしたらラシアは殺すだろう。見た目は人でも、中身はモンスターだから。
「ふぅ……合ってますけど、付き合い方を間違えたら……色々と駄目ですよ。先生は特にそういう所が多いんですから」
「そう思って、ファーストコンタクトは弟子達に任せているよ。まぁ血の気は多いが、Xランクもいるし問題ないだろう」
どうして私を通して話をしなかったのだろうと思う。暴力になったら……ラシアの独壇場だ。一人で月齢の王を倒す人物なのだから。
「私が先生とお慕いするのも、今日で最後になるかもしれませんねー」
ことの深刻さが分かっていないのか、ガロニアはそれは残念だと笑うが、セレットは何もないことを祈った。
その頃、ガロニアの弟子やその護衛達は宿に近づいていた。
「ベニユッド、そのラシアとかいう女が白の騎士なのか?」
「はい。ガロニア様が言うにはそうなのですが……」
「ですが……?」
「どう考えても、人ができることの限界を超えているように思います。ですから私的には、私達が知らない魔道具が原因ではないかと考えています」
「なるほどねー」
そう話す男達の片方はガロニアの弟子で、自身も冒険者としてAランクと言われ、セレットをも超えると言われている者だ。
そしてもう片方は、Xランクで活躍するガロニアの護衛だ。
護衛の男が腕を組み、考え、ベニユッドに告げた。
「本当に弱い奴なら婆さんも相手にしねーし、興味もないだろう。少し試してみるか?」
「流石にそれは……」
「何、殺し合いをしようと思ってるわけじゃねーよ。俺も噂の白の騎士が気になるからな。一度戦ってみたい」
ベニユッドは考える。
アイテムに頼ってあの現象を起こしたのなら、この護衛の男にすぐ倒されるだろう。強ければ、あの力の片鱗が見えるかもしれない。自分も戦えるし、身を守ることもできる。
「何か策はありますか?」
「おう」
「ずぅーうぇったいにやめといた方がいいと思うにゃー……私は離れて見とくにゃー」
獣人の仲間がそう言うが……本当に駄目な方へ話は進んでいった。
その頃、ラシアはおやっさんに調味料を買ってこいと言われ、露店に向かっていた。
パルサーとグオンはギルドに戻るので、途中まで一緒に歩いている。
「前に来た時も思ったが……なかなか良い宿じゃないか。おやっさんも元は冒険者か?」
「製造系の職だとは思うけど、かなり戦えると思いますね。なんとなくだけど、結構強いと思いますよ」
「姐さんにあれ買ってこいとか言えるぐらいですから、現役時代は相当なもんでしょうな」
「性格の問題じゃないですかねー」
そんな話をしながらギルドに着いたので、三人はそこで別れて、ラシアは露店の方へと向かった。
「……しまった。姫様のところに行って、ティアちゃんについてきてもらったら良かった」
そしてラシアが露店で悪戦苦闘している頃、宿の方で動きがあった。
ダード達がおやっさんと世間話をしているところだった。
そこへ、ドアを蹴り破ってガロニアの弟子達が入ってきた。
「よう。おっさん。ここにラシアとかいう白の騎士がいると思うが、何処行った?」
「あん? ガロニアの所のクソガキか。口の利き方も知らん奴に答える義理はねーな」
「言わなけりゃ痛い目を見てもらうって言ったらどうする?」
「……そりゃやり返すわな。ここは食堂だ。ついてこい」
「おやっさん。俺達も加勢するぞ」
「おう。食った分働け」
「威勢の良いガキは何処にでもいるな! 遊んでやるか!」
「ガーゼン。やり過ぎはいけませんよ」
分かってるよと言って軽く手を上げ、ガーゼンと呼ばれたXランクの男は、その仲間と共に宿の中庭へ向かっていく。
おやっさんは冒険者時代に使っていた斧を取り出し、ダード達も戦闘態勢に入り、戦いが始まった。
ラシアはようやく買い物を終え、宿へと向かっていた。
どうして人と話すのはこうも疲れるのだろうかと思うが……自分の中で答えは出ている。
「心の傷は時間が癒やしてくれるとか言うけど……嘘だな……なんだ?」
過去のことを思い出してかなり嫌な気持ちになっていると、何か嫌な感じがラシアを覆う。
「宿で何かあったのか?」
ラシアは急いで宿へと向かった。
悪いことは重なる。
ラシアが走ったタイミングで、ティアが先に戻ってきた。知らない人達に、おやっさんが組み敷かれていた。
ティアは慌てて、おやっさんの上に座るガーゼンに駆け寄る。
「何してるの! お父さんを放して!」
「おー元気なちびっ子だな」
「ティア! 危ないから離れてろ!」
ガーゼン達はラシアの力を見るために来た。
ティアは自分の父親を助けたかった。
ダード達は気を失っていた。
ガーゼンの払った手が、上手くティアに当たり、ティアは宙を舞った。
上位冒険者の身体能力は、普通の人間を遥かに凌駕する。だから人との距離には、本当に気をつけなければならない。
「ティア!」
そう叫ぶおやっさんの声を遮るように、何かが切れる音がした。
…………
ラシアが中庭に抜ける扉を開けた瞬間、ティアが空を舞っていた。
その光景は、ラシアが子供の時に見た光景と重なった。
小さな女の子だった。自分のことを兄と言ってくれる、可愛い女の子だった。
だけど……奪われた。
飲酒運転だった。
自分の手を引いて先を歩いてくれる妹は、目の前から消えた。
一度も謝りに来なかった。家族はバラバラになってしまった。
その時の光景と重なった。
どうして妹の葬式に来なかった? 一度も謝りに来なかった?
……それは、この世界に来たことで分かってしまった。
モンスターだからだ。見た目は人だけど、中身はモンスター。
だったら倒さないといけない。自分に迷惑がかかるのは我慢できても、優しい人に迷惑がかかるのは駄目だ。知らない人でも駄目だ。
「クラックフォール」
知人達を拘束している人型モンスターを即座に拘束し、一瞬だけ隙を作る。そのチャンスに、聖銀鋼の鎧を身にまとう。
鎧も相手をモンスターと認識しているのだろう。生き物のように、即座にラシアの体に張り付く。
「おい! ラシアやめろ!」
「いいね! やる気満々か」
即座におやっさんに乗っているモンスターを蹴り飛ばし、おやっさんを自由にする。
そしてティアに近寄ると、気を失っていたが無事だった。
おやっさんにティアと回復薬を渡し、モンスターに向き合う。蹴り飛ばしたモンスターは動けるようになったが、他はまだ拘束中だ。
何をしてくるか分からない。先に武具を破壊する。
ラシアはルインブレイカーを地面に置き、サポートウェポンを使用する。
「ディスラクシオンツール」
幾何学模様が描かれた小さな鎚が、ラシアの前に浮かび上がる。そして少し光った後にバラバラになり、ルインブレイカーに装着される。
ディスラクシオンツールはハンマーのサポート武器だ。太陽剣と同じような物だが、少し性能が違う。
ツール自体を強化することができ、それを装着した武器に強化値を足す。
ラシアのディスラクシオンツールは+10だから、ルインブレイカーも+10に強化される。そして+10になったことで、武器破壊の能力がパッシブからアクティブスキルに切り替わり、範囲内の武器防具を破壊できるようになる。
「まぁ対人用のスキルだけど、モンスターも武器持ってるし試してみるか」
「何をごちゃごちゃと! 次はこっちの番だぞ!」
モンスターが何か言っているように聞こえるが……ラシアは上手く聞き取れない。
大剣を持って飛びかかってきたので、簡単に手を掴み、軽々とその攻撃を止める。
「なっ!?」
そしてそのまま握り潰した。灰色の液体がラシアの瞳に映るが、モンスターだしそんなものだろうと思う。
なにか周りのモンスターも、恐怖に怯えているようだった。
「そういえばダンジョンのモンスターって怯えないよな? まぁいいか」
ラシアはルインブレイカーを手に取り、構える。
「アーマメルトクラッシャー」
ラシアがルインブレイカーで地面を叩くと、中心に何の変哲もない衝撃波が発生する。そして一番近くにいたモンスターの武器や防具から、ボロボロと崩れ去っていく。
服も防具に入るのでは? とラシアは思う。だが服などは残り、モンスターが身につけていた全ての武具は塵となった。
ダード達が身につけていた物も塵になったので、これは後で土下座だなとラシアは笑う。
オリスメニタを倒して魔石が出るのは確認済みなので、町中でも手に入るだろう。
後は倒すだけ。一番近くにいたモンスターに向かって、ラシアはハンマーを構える。
そのタイミングで声が聞こえた。
「ラシアちゃん待って!!」
声の方向を見ると、驚いたセレットと、知らない……モンスターがいる。老婆? のようにも見える。
「おい! ばばぁ! 逃げろこいつはやべー!」
……ああ。モンスターが何かを言っているので、仲間を呼んだのか。たまにそういうモンスターいるよねとラシアは笑う。だけどこれは現実だ。セレットを人質に取られてはかなわない。
即座に接近し、その土手っ腹に思いっきり蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされた体は、宿の壁に叩きつけられ大きな穴が空く。
そこまで強いモンスターではなかったようで、今ので気を失ったようだったが……
「お? ……なんか障壁みたいなのあったな。軽減系のアクセか?」
体術系のスキルは取ってないので、流石にハンマーのようにはいかないなと思う。
後はとどめだ。
先に蹴り飛ばしたモンスターに近寄り、ラシアはハンマーを掲げる。
そして振り下ろそうとしたタイミングで、ラシアの横腹に温かい衝撃があった。
「ラシアさん! 私はだいじょぶ! 大丈夫だから! もうやめて!」
「あっ、あれ? ティアちゃん。どうして泣いてるの? モンスターは倒さ……ない……と」
そこでラシアは意識を失った。