本日のラシアは休みだ。
いつもの受付嬢が休みだからとかではない。おやっさんの弟である医者から、ドクターストップがかかったからだ。
理由は……ストレス過多。これは発散するところがないからどうしようもない。
後は勇者ローリスと戦った時、ロビルカロンに腹を刺されたことだ。
その時に剣を折って抜いたが、破片が残っていたらしい。そこを回復薬で塞いだせいで体の中で膿み、高熱が出ていたとのこと。
それにいつものストレス過多が重なり、高熱が出ていることにも気づかず活動していたらしい。そして限界を迎えた。
そこにティアが飛びついて……激痛で意識が飛んだのだろうとのこと。
その辺はあまり覚えていないので、正確なところは分からない。
今は弟さんが、ラシアが眠っている間に手術して欠片を取ってくれたので、もう膿んでもいない。
普通の回復薬では跡が残るので、いつも使っている上級回復薬を使ったら、綺麗に傷跡が消えた。
この辺は本当にゲームとは違うなーとラシアは思う。
襲撃に関しては、パルサーが言っていたように、言うほどおとがめなし。セレット曰く、ガロニアとかいう人はまったく反省していないので、まだこの街にいるとのこと。
Xランクの護衛も普通にこの街にいるとか。ただラシアが武器防具を破壊したので、少しは活動に支障が出るだろうとのこと。
その辺はやり返してきたらやり返すからいいとして、武具破壊のことがラシアの中で悩みの種になっている。
アーマメルトクラッシャーで武器と防具を破壊したが、服は残った。
巻き込まれたダード達に聞いたが、身につけていたアクセサリーもぶっ壊れたそうだ。
被害が…………甚大だ。だが下着も靴も残っている。
これはかなりおかしい。アーマメルトクラッシャーはアクセサリーを壊す力はなかったはず。明確に武器と防具のみ。
ローブみたいな防具もちゃんと消えていた。後は男性陣だ。
ダード達は股間を守るために、下着との間にファールカップみたいな物を入れていたらしいが、それも消えていたらしい。
流石に見せろとは言えないが、詳しく聞いたらかなり恥ずかしがっていた。重要なことなので仕方がない。
そうなってくると……服と防具の違いって何だ? という話になってくる。
「わっ、わけが分からん! 仮に金属繊維で服を編んだらどうなるんだ?」
頭から湯気が出そうになっていると、そっと水が入ったやかんを頭の上に置かれた。
「あの……セレットさん。人の頭の上にやかん置かないでもらえます?」
「ちょうどお湯が欲しかったから~ラシアちゃんに沸かしてもらおうかと」
頭の上に載っているやかんを下ろしてから、ラシアはセレットに今悩んでいたことを質問する。
「なるほど~」
「何か、心当たりってありますか?」
少し考えた後に、セレットはラシアを怒った。
「ラシアちゃん。ストレス過多でぶっ倒れて皆を心配させて、また答えのないことで悩んでストレス溜めてるのって、どうかなーと私は思うなー」
「きっ、気になって仕方ないので……」
「ラシアちゃんは金属繊維で服を作る気があるの? 気にはなるだろうけど……世の中そんなものってことは結構多いわよ?」
「でも気にはなりますから……」
「じゃあ、人はどうして人の形をしているの? って考え始めたらどうするの?」
「……人の形してるからしゃーないって話ですよね」
「そういうこと~。『世の中の全てに答えはある。だけど全てを知る必要はない』。これは錬金術師が習う言葉なんだけど、ラシアちゃんも覚えておいた方がいいわね」
「……勉強になりました」
「ラシアちゃんって……お墓に入ることになっても、右足から入るか、左足から入るか、悩んでそうね」
セレットにそう言われて、自分が死んだ時のことを考えるが……確かに考えてそうだと苦笑した。
「セレットさん。相談に乗ってもらってありがとうございます。少し気分転換に散歩してきます」
「うん。それがいいかも。ラシアちゃんってダンジョン行かない時は宿から出ないからねー」
もう一度礼を言ってからラシアは宿から出ていく。そんなラシアをセレットは微笑ましく見送った。
すると入れ替わるように、ティアとリレッサが帰ってきた。
「お母さん、ラシアさんは部屋にいる?」
「ううん。気分転換に散歩してくるって。ラシアちゃん、友達とかいれば遊びに行けばいいんだけど……姫様、ラシアちゃんに友達の作り方とか教えてあげてくれない?」
「セレット……そんな国を落とすことより難しいことを言われても、流石の私でもできないことはありますよ」
「姫様……友達作るのはそこまで難しいことじゃないからね」
あの騎士にしてこの姫ありだなーとセレットは笑う。
「でも姫様って、私とお友達だよね?」
ティアの一言にリレッサはキョトンとする。
「私とティアがですか?」
「うん! 今日も一緒にお買い物行ったし、一緒にサンドイッチ作って売ってるから、お友達!」
「確かに一緒に買い物行ったりするのは友達かも~」
とても嬉しそうにリレッサは微笑んだ後に、何かを思い出したようにピタリと止まり考え始める。
「姫様どうしたの?」
そして次の瞬間、前にガロニア達を制圧した天使達より明らかに上位の天使を数体召喚した。
そのことにセレットはとても驚く。
リレッサの顔は笑っているが、明らかに怒気が含まれているからだ。
「姫様本当にどうしたの!?」
「どうしたの? ではありませんセレット! よく思い出してください! 私の友人が怪我をさせられたのですよ! このような狼藉を見過ごせるはずがありません! 今から乗り込んで、あの者達の首を刎ね、貼り付けてきます!」
セレットは一瞬で頭が痛くなる。何処の暴君かなと……。
だけど冗談ではなく本気で行きそうなので、慌ててその体にしがみつく。
「ティアちゃん助けて! 姫様がご乱心! そこの天使さんも止めて! 主君が道を間違ったら止めるのも家臣の仕事だから!」
ティアも慌ててリレッサに抱きつく。
「姫様! 私は大丈夫、大丈夫だから!」
「ティア! セレット! 離しなさい! 友を守れずして何が姫でありますか!」
「世の中は姫にそこまで求めてないから!」
リレッサに二人がしがみつく……天使達はどうしていいか分からずオロオロとしていると、おやっさんが帰ってきて、その光景を見て何をやっているんだと呆れていた。
そんなことになっているとはつゆ知らず、ラシアは冒険者ギルドのポータルを抜けて王都に来ていた。
人は多く酔ったりもするが……一人になりたい時は、人の多い所に行くことがある。
人が多いだけで、皆、人を見ていないからだ。
前に地図で見た、少しだけ高い場所にある公園へと向かった。そこで静かに街を見ながらボーッとする。
ただ性格のこともあるので、先ほどのセレットとの会話を思い出していた。
「人の形……もしかして服ってアバターの扱いになるのか? ゲームでも裸にはなれないし、職業グラフィックで服とかあったしな。なんか流石セレットさんって感じ」
そんなことを考えていると、後ろから声がかかる。
「あれ……ラシアさんだ」
その声に聞き覚えがあったのでラシアが振り返ると、ギョッとして驚く。
「ノッ、ノアさん!? 大丈夫ですか!」
「えへへ……だっ、大丈夫」
松葉杖のような物をつき、体の左半身には包帯のような物を巻いている。
見える肌には所々に火傷の跡があり、とても痛々しそうだった。
全然、大丈夫そうには見えないので、慌ててラシアは近づき、その体を支えて座っていたベンチの隣に座らせた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと……ダンジョンでミスって……こうなっちゃった」
喉の辺りもやられているようで、とても話しづらそうで、可愛い声もガラガラだ。
その痛々しい姿をラシアは見ていられなかった。
いつも使っている回復薬を出そうとすると、ノアが泣き始めた。
急に泣き始めたノアをどうしていいかラシアは困ったが、自分が泣いた時はリレッサが優しく抱きしめてくれたのを思い出したので、今度はラシアが優しくノアを抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫」
「ラシアざーーん……」
しばらくの間、ノアは本当に泣き続けた。そして聞き取りにくかったが、泣きながら話し始めた。
自分がSランクの冒険者になったこと。
クランが有名な貴族から指名を受けたこと。
そして依頼のために、少人数で上位のダンジョンに行けとクランマスターから言われたこと。
断ろうとしたが断れなかったこと……そして全滅したこと。
消えゆく意識の中で母親にもらった宝石を思い出し、それを使ったらギルドに戻ってこれたこと。
でも助かったのは自分だけだったこと。
ただ火傷や傷跡は残ってこうなったとのこと。そして最後に、ラシアが白の騎士ということがクランにバレていたこと。
「……ラシアさんごめんね」
「大丈夫ですよ」
ラシアはノアを撫でてから回復薬を取り出し、飲むように言う。自分のお腹の傷も治ったのだ。たぶん綺麗に治るだろう。
ノアは言われた通りに回復薬を飲む。
その辺で売っている物とは違う、飲めばHPが満タンになる最上級の回復薬だ。
効果は劇的だった。
焼けただれていた肌は元に戻り、曲がってくっついていたのだろう骨も、ベキベキッと嫌な音を立てた後に元の姿に戻っていった。
ただラシアと同じぐらい長かった髪は戻らなかったが、驚くよりも先に嬉しさで泣き出したので、ラシアはまた慰めた。
そしてノアは、ラシアの様子が少しおかしかったことを見抜いたので、ラシアも宿が襲撃されたことを伝えた。
「えっ!? みんな大丈夫なの!? ラシアさんもだいじょうぶ!?」
ノアがいつもの雰囲気に戻ったことがラシアも嬉しく、本当に大丈夫だと伝えた。
「それで? ノアさんはこれからどうするんですか?」
「んー……怪我も治ったから一度はクランに戻るけど、どうしようかなーって感じ。そのかなり有名な貴族様から依頼があるから、他の強い人が入ってきたりしてるし、私がいなくてもいいかなーってなってるけど。抜けるってなると、それはそれで大変だから……」
今回は本当にたまたま助かっただけ……ノアの実力で上級に行かせるとか考えられない。
ラシアの中に、強い怒りが芽生える。
その怒りの中には、自分への不甲斐なさももちろんある。
調子に乗った結果がこれだ。人を助けたことは悪くない。だが、ちゃんと隠さなかったことで、ノアが大怪我をし、ダード達がクランを抜けたのだ。
やりようはいくらでもあったはずだ。
たぶんだが……このままノアを返すと、もう会えない。そんな気がする。
この人に二度と会えないのは辛い。……ラシアがそう思った瞬間、言葉がポロッと口からこぼれた。
「ノアさん。私の所に来ませんか?」
「えっ? ラシアさんどうしたの!?」
言えば迷惑がかかることは確実にある。
だからそのことを踏まえて、白の騎士であることや、自分の国に帰りたいこと……そしてノアと会えなくなるのは寂しいから手伝ってほしいことを伝えた。
ノアは静かに悩んだ。
クランには恩もある。
だけど、あのラシアに頼られているのだから…………違う。
会えなくなると寂しいと言われたのが…………嬉しいからだ。
「分かった! だけどもう少しこう、かっこよく私を誘ってほしい!!
ノア、私の元に来なさいって耳元で囁いてほしい!
調子に乗って悪いけど、それなら落ちる!」
初めて会った時の知的な感じはどこにいった? と思うが……本人が楽しそうだからいいかと笑い、ラシアはリクエストに応えた。
そして言えないことも多いが、答えられることは答えるので、よろしくお願いしますと頭を下げた。
「うへへ……大丈夫! 私もラシアさんに言えないこととかあるから!」
「例えば?」
「うん! 古城の銅像を動かしたこととか!」
「……うん?」
「あっ……じゃあ!ラシアさん、クラン抜けてくるから宿で待ってて!」
ラシアが逃がすはずはない。
ガシッと左腕をノアの肩に載せて密着し、耳に優しく息を吹きかけて命令する。
「ふうぅ……ノア。今のことを詳しく言いなさい」
「耳が、耳がーー!」
それから色々あったが……その日の内にノアはクランを脱退した。