デルパロア大公の元に一枚の手紙が届けられた。
内容は、白の騎士ラシア・ラ・シーラがクランを設立したというものだ。
特に面白い内容ではなかったはずだが、大公は笑った。
「今まで隠れていた割には……面白いことをする」
機嫌良く笑う大公に、執事の男が尋ねる。
「どういった内容でしたか?」
「LLLでスリーエルという名前のクランらしい」
「デルパロア様はその名に何を見ましたか?」
「リミナル・ランゲージ・ラインとでも言うのだろうな」
「ふむ。『ここを越えると、もう言葉では通じない』という意味でしょうか?」
「だろうな。遠回しに、これ以上踏み込めば言葉では対処しないとでも言いたいのだろう。どうだ? なかなか面白くはないか?」
「はい。若かりし頃のデルパロア様にならまだしも……なかなかに面白い御仁でございますな」
自分の座を狙っている公爵達でも、このようなことはしない。煽っているというよりは……自分を試しているのか? と大公は思う。
こちらも白の騎士のことは分からないが、あちらもこちらのことは分からないはず。
この煽りのようなクラン名にどう反応するのかも見ているのだろう。
大公になってなお、自分がどういう者かを計る者がいようとは思わなかった。
だからその手紙を見て、大公はもう一度笑った。
結構な勘違いをされている頃、ラシアはクランを立ち上げたので……色々やりたいことはあるのだが、なんせ時間がない。
いつ言われるか分からないので、先にノアの装備を整えないと駄目だからだ。前にノアが身につけていた物は、クランから借りていた物だからだ。
アクセや他の物で自分の物はあるが……ローブや杖といった物はなくなっている。
後、ダード、ビエット、エリエスの装備も見てあげたいが、本当に忙しいので弁償の代金として一人、百万セルほど渡して……グオンといった他のメンバーに任せる感じだ。
本当に忙しいからだ……
グオンに関しては流石はベテランだ。ラシアが意見しなくても良いぐらいに、装備は丁寧にまとめられていて隙がない。
そしてラシア的に何が嬉しいかというと、グオンは片手ハンマー型の盾持ちタンク。
職も剣士職のソードマン→ナイト→ハイズナイトの中位職。スキルに関してもハンマー型になるので、ラシアは誰よりも詳しく相談に乗れる。
「この世知辛い世の中でクランメンバーにハンマー使いがいる。それだけでこんなに嬉しいとは思わなかった」
「ちょっ、ちょっと姐さん」
「ラシアさん。嬉しそう!」
ノアが言うように、ラシアはグオンの手を取って喜んでいる。この世界に来て初めての、同じ武器を使う知り合いだ。しかも自分の命を狙ってるわけでもないので、嬉しくないわけがない。
自分が取っていないスキルのこととかも聞けるからだ。
「グオンさん。合併してくれてありがとうございます。スキルの事は聞いてください。ハンマーならどの型でも覚えているので、私と同じ型は全然おすすめできませんけども」
ラシアのような美少女に近寄られて、流石のグオンも顔を赤くし、落ち着いたらお願いしますと頭を下げた。
「後はノアさんの装備だけど……行く場所によって耐性の方向だけ決めたい所ですね」
樹海で貸したローブを貸しても全然いいが……それだとノアのためにならない。何処かで聞いた言葉だが……魚を渡すのではなく、乱獲する方法を教えた方が良いという、そんな感じの名言だ。
ラシアの目的は帰ること。帰った後にクランをどうするのかも考えておかないといけない。誰かが継ぐならそれでも良いし、解体してもいい。
だけど……路頭に迷うようなことをしてはいけないと思う。
だから一つの装備に依存させるようなことは避けた方が良いだろう。
ラシアが元の世界に戻ったら、持ってきた装備が消える可能性も十分にある。
「そういえば……ノアさんの職はまだウィザードですか?」
「うん。そんなにポンポン、職って変わらないからまだウィザードだと思うよ」
魔法職はマジシャン→ウィザードだ。エリエスも魔法使いで、職はマジシャン。ノアはウィザード。
マジシャンは初級職で、ウィザードは下位職になる。
何が言いたいかというと……下位職のウィザードが上級のダンジョンに行って、運だけで生き残れるはずがないのだ。
「ノアさん。前に職を調べたのっていつぐらいになります?」
「えっ? うーん……ラシアさんと会う遙か前だから……一年よりは軽く前になるよ。それがどうしたの?」
ラシアは納得する。何でも装備できて、どのスキルでも習得できるから、どの職についているとか皆あんまり気にしないのだ。
グオンはたまたま一ヶ月ぐらい前にそういう話になったから見ただけとのことだった。
「確か、職ってギルド行ったら見てもらえるんでしたよね?」
「うん」
「よし。では装備を買いに行く前にギルドに寄って職を見てからにしましょう。それで方向性が決めやすいので」
「分かった! ラシアさんとデートだね! 行こう行こう」
ことの重要性が分かっていないのか……周りにいた者達も大丈夫か? という顔をするが、ラシアはノアが嬉しそうなので良いかという反応だった。
「では、グオンさん。すみませんけど後はよろしくお願いします。ギルド行って近くの武具店の辺りにいると思うので、急遽呼び出しがあれば探してもらえると」
グオンが了解しましたと言ったのを聞いて、ラシアとノアはギルドへと向かった。
そしてそれと同じタイミングで、リレッサが奥から出てきた。
「あれ? ラシアは出かけましたか?」
「はい。ノアの職を見て、装備も見てくるそうですよ」
「私も行きたかったところですが仕方ありませんね。先にやることをやっておきましょう。グオン、そこに座りなさい」
意味は分からなかったが、グオンは言われた通りに膝をつき、そこに座る。国王陛下にお会いする時に教えてもらった、謁見の作法でだ。
ただそれはリレッサにはお気に召さなかったようで、小さくため息をつく。
「ふぅ……どうして、あなたもパルサーも……謁見するような作法を取るのですか。そこの椅子に座ってもらえれば十分ですよ」
皆が『あなたが姫様だからです』と心を一つにしながら、グオンは言われた通りに椅子に座る。
するとリレッサが近づき、眼帯をかけた方の顔に手を添えた。
「ひっ、姫様?」
「ディヴァインヒール」
温かく優しく、それでいて激しい光がグオンを覆った。
「これで治っているでしょう。その眼帯を外し、目を開いてもらえますか?」
目に違和感があった。それは良い違和感だ。
グオンは言われた通りに眼帯を外し、ゆっくりと目を開く。
消えた景色が、また映っていた。
「うおっ! 目が、目が見えるぞ!」
周りからも歓声が上がる。
「グオン。戦闘ならラシアが圧倒的に上ですが、クランやこの国、ギルドのことなどは貴方が上です。恩を売るとは言いません。ですが、今の出来事が貴方にとって利益になったのなら……ラシアのことをよろしくお願いします」
そう言って頭を下げたので、グオンは再度、膝をつき分かりましたと頭を下げた。
その態度を見てリレッサがそれをやめなさいと言っていると、奥からおやっさんが出てきた。
「ん? ノアとラシアは?」
「へい。買い物に行きやしたぜ」
「なんだ。デートか?」
その言葉にリレッサがピクッと反応する。
「まー……相手がノアだから大丈夫だとは思うが……姫様はラシアを捕まえておかないと誰かに取られちまうぞ」
何気ない一言だった。だけどおやっさんは本当に知らない。
リレッサにはもう家族も、自分を知っている人もいない。
繋がりがあるのはラシアだけなのだ。
考えないようにはしていた……だけど皆が姫様と慕う彼女も、年相応の女の子なのだ。
リレッサの頬を一滴の涙が伝った。
おやっさんは思い出す。かつて愛した人に言われた言葉だ。
あなたはもっと女性の気持ちを考えて物言うべきね! いつか大変な目に遭うわ! だ。
ヤバいと思った時は遅かった。
「ううっ。ううっ……らしあぁ…………ひっぐっ、うっうっ……」
リレッサは泣き出してしまった。
そして運悪く……二階からティアが降りてきた。
「…………お母さーーーーん! お父さんが! 姫様泣かした!!」
「おい! お前ら! 大変なことになる前にラシア探してこい!」
「「「へっ、へい! 頭!」」」
ダードもビエットもグオンもすぐにその場を離れてラシアを探しにいった。
だけど……いくら判断が速くても事後では遅いのだ。
それから先はけっこう大変なことになった。
行き先を伝えていたのが良かったのだろう。冒険者ギルドでラシアはすぐに捕まえることができた。
ラシアとノアが急いで宿に戻ると、人だかりができていて……おやっさんが吊るされていた。
おやっさんが姫様を泣かしたと聞いていたので、民衆に吊るされている。
おやっさんは放っておいて、ラシアはまだ泣いている姫様を優しくあやした。
「らしあー……ひっぐ……ううっ……」
「姫様。大丈夫ですよ。私はちゃんといますから」
「お父さん! リレッサを泣かして何やっているの!!」
この日はこうなってしまったが……次の日には大公から冒険者ギルドに連絡があり、討伐するモンスターなどの取り決めが行われた。