名探偵コナン:星の維持者(プレザーバー)と明日への事件録 作:凜々
深い夜の帳に包まれた森。静寂を切り裂いたのは、獣の唸り声ではなく、か細い赤子の泣き声だった。
落ち葉の上に打ち捨てられた小さな命。しかし、その身に宿る魔力は、あまりにも純粋で膨大だった。異界の歪みから這い出した泥の怪物――エネミーたちが、その芳醇な魔力を喰らわんと闇の中から這い寄る。
絶体絶命の瞬間。赤子の無意識が、生存の本能が、世界の外側へ救いを求めた。
「――召喚、に応じ、参上した」
溢れ出した光の中から現れたのは、一人の青年だった。星の意志を代行する末端、アヴァターラ・エンキ。しかし、現界したての彼の霊基は、最高峰の格を持ちながらも、今はまだ白紙に近い「レベル1」の状態にあった。
「……君が、俺を呼んだのか」
背後で泣きじゃくる赤子を振り返り、誠は微かに目を細めた。襲い来るエネミーの爪が彼の肩を裂く。本来なら一撃で塵に帰せるはずの相手だが、今の彼には、その一振りの重さが生存を危うくさせる。
誠は己の傷を顧みず、ただ赤子を包み込むように盾を構えた。背後からの追撃を己の背で受け、衝撃に歯を食いしばる。赤子を傷つけるわけにはいかない。それは、プログラムされた使命を超えた、胸の奥を突くような衝動だった。
「案ずるな。俺が……守り抜く」
不利な撤退戦。次々と湧き出るシャドーサーヴァントの群れに、誠の呼吸は荒くなる。命の灯火が揺らいだ、その時だった。
「――全く。同類が窮地に陥っていると聞いて来てみれば、随分と不格好だね」
銀色の閃光が闇を切り裂いた。無数に伸びた「鎖」がエネミーを蹂躙し、瞬時に大地へと縫い留める。
そこに立っていたのは、神々しいまでの美しさを湛えた中性の存在、エルキドゥだった。
「君……は」
「話は後だ。ここは僕が引き受ける。さあ、僕の主が待つ拠点へ」
エルキドゥの先導により、誠は赤子を抱いたまま森を駆け抜けた。辿り着いた先は、結界によって隔てられた静謐な洋館。そこに、一人の男が傲然と待ち構えていた。
「ほう。星の末端ともあろう者が、人の子一人のためにこれほど霊基を摩耗させるとはな。滑稽だが……退屈しのぎにはなりそうだ」
黄金の輝きを纏う王、ギルガメッシュ。その傍らから、不機嫌そうに白衣を翻した男が歩み寄る。アスクレピオスである。
「どけ。そのガキを診せろ。……ふん、極限状態だったようだが、外傷はない。生命力も異常なほどに高いな」
アスクレピオスの荒っぽい、だが確かな診察を受け、赤子は誠の腕の中でようやく安らかな寝息を立て始めた。
その小さな体温が、誠の胸に確かな重みとして伝わる。
神造端末として「世界」を維持するために遣わされた彼は、この時初めて、世界よりも重い「一人の命」をその手に抱いているのだと悟った。
「お疲れ様、プレザーバー。……さて、この子が目覚める前に、僕たちのこれからについて話をしようか」
エルキドゥの言葉に、誠は深く頷いた。星の維持者と、歴史に名を刻んだ英霊たち。そして、一人の名もなき赤子。
神話が現代(いま)へと溶け込み、一人の「父親」としての人生が動き出す、これが静かなる幕開けだった。