名探偵コナン:星の維持者(プレザーバー)と明日への事件録 作:凜々
深い森の奥に隠された古い洋館。差し込む朝陽の中で、現界したばかりの青年は己の掌を見つめていた。
指先の感覚は、昨夜の死闘を物語るようにまだ重い。霊基は著しく摩耗しているが、隣室から聞こえる穏やかな鼓動が、彼に戦い抜いた実感を抱かせていた。
「目が覚めたか、プレザーバー」
リビングへ向かうと、そこには三人の先客がいた。傲然とソファに腰掛ける黄金の男と、その傍らで微笑む中性の存在。奥のキッチンでは、白衣の男が不機嫌そうに薬草の調合をしている。
「ここは、この国の愛知県という場所だ。僕たちが現界して数年、ようやく生活の基盤を整え始めたところでね」
翠色の瞳を持つ者が、穏やかに現状を説明する。青年は、自分たちよりも数歩早くこの世界に馴染んでいる彼らに問いかけた。
「……君たちは、この世界でどう呼ばれている?」
「名か。この時代の守り、あるいは攻めのための偽装だ」
黄金の男が口を開く。「我(オレ)は金森彰、この隣の友は神代翠だ」。そして、キッチンから男が「……浅倉慎だ。勝手に呼べ」と冷たく付け加えた。
彼らは、この世界の法に溶け込むことの重要性を説いた。
「君も名前が必要だ。そして、君を喚び出したあの赤ん坊を守り育てるつもりなら、なおさらね」
翠の言葉に、青年は思考を巡らせる。星の末端、維持者として、この歪なほどに美しい世界に誠実でありたい。
「……楠木、誠。俺は、そう名乗ることにする」
その瞬間、名を持たぬ「星の端末」は、この国に生きる**「楠木誠」**という一人の青年になった。
しかし、問題は名前だけではなかった。浅倉慎が調合の手を止め、厳しい視線を誠に向ける。
「あのガキをどうするつもりだ。召喚の余波で膨大な魔力を保有しているが、肉体はただの脆弱なヒトだ。病院一つ通わせるにも、この国では『戸籍』という公的な証明が必要になる」
「戸籍……」
「ああ。我らもすでに、役所に出向き、正式な手続きを経て取得済みだ」
金森彰が、設立したばかりの「カルデア」という小さな会社の資料をテーブルに置いた。まだ産声を上げたばかりの組織だが、だからこそ、今のうちに法的な瑕疵(かし)を無くしておく必要があるのだという。
「あの赤ん坊が君を召喚した以上、契約上は彼女が君のマスターだ。だが、この社会で彼女を独りで生かしていくことはできない。正式な手順を踏み、君との親子関係を公的に証明し、彼女の『生』を確立させる必要がある」
誠は、自らを呼んだ小さな主の、安らかな寝息に思いを馳せた。
親が誰かも知れぬまま、森に捨てられていた命。バラバラになった糸をもう一度紡ぎ直し、未来へと繋いでいく。その願いを込めて、誠は決意を口にする。
「……紬(つむぎ)。この子の名は、紬だ。俺が、この子の父として、その人生を紡いでいく」
金森彰は満足げに鼻で笑い、神代翠は優しく頷いた。
神話の名を秘し、一人の日本人として、一人の「父親」として。楠木誠の、長く険しい、けれど確かな日常がここから始まった。