名探偵コナン:星の維持者(プレザーバー)と明日への事件録   作:凜々

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第8話:風の女神、あるいは秘密の共有

横浜、山手の丘に位置する『カルデア・グループ横浜支部』。

 歴史ある洋館を改装したその邸宅は、潮風に洗われ、静かな威容を誇っていた。

 

「へえ、いいところだね。……でも、なんというか、空気がピリッとしてる。紬、あんたの家って、もしかしてかなり厳格な家系だったりする?」

 ジーンズにレザージャケットを羽織った萩原千速が、校門ならぬ門扉を見上げて、からりと笑った。

「あはは……。厳格というか、個性的というか。さあ、入って、千速ちゃん」

 

紬に案内され、大学2年生の親友・千速がリビングへ足を踏み入れると、そこには異様な、けれどどこか調和の取れた光景が広がっていた。

 ソファで優雅にワインを傾ける金森彰(ギルガメッシュ)。その傍らで静かに本をめくる神代翠(エルキドゥ)。そして、キッチンから完璧な所作で茶葉を淹れる守(エミヤ)。

 

「……なるほど。オープンキャンパスの時も思ったけど、あんたの家族、オーラが尋常じゃないね。現職の警視総監でもこうはいかないよ」

 千速は圧倒されつつも、臆することなく室内を見渡した。そこへ、奥の執務室から楠木誠が姿を現す。

「お帰り、紬。……お友達を連れてきてくれたんだね」

「お邪魔してるよ。紬の親友の萩原千速だ。……あんたが紬の自慢のパパかい? 噂通りの男前だね」

 千速は屈託のない笑顔で誠に右手を差し出した。誠はその手を優しく握り返し、「娘がいつもお世話になっている」と、誠実な笑みを浮かべた。

 

守が淹れた紅茶が運ばれ、ソファに腰を下ろしたところで、紬は意を決して切り出した。

「千速ちゃん。……驚かないで聞いてほしいんだけど。私の家族は、普通の人間じゃないの」

 紬は、誠たちが神話や歴史に名を残した『英霊』であることを、一つひとつ丁寧に説明した。

 

しばしの沈黙。千速は一度、金森が持つ黄金のグラスを眺め、次に翠の人間離れした美貌を凝視した。そして、ふう、と息を吐いて笑った。

 

「……ははっ、道理でね。合点がいったよ。あんたの家の『パパ』たちが、なんであんなに浮世離れした強さを持ってるのか」

 千速はカップを置き、紬の両手を力強く握りしめた。

「いいかい、紬。あんたの家族が英雄だろうが、神様だろうが、私には関係ない。私が信じてるのは、大学で一緒に笑って、一生懸命に歴史を語る『楠木紬』っていう一人の女の子だ。……あんたが何者でも、私の親友なのは変わらないよ。むしろ、そんな凄い連中に囲まれて真っ直ぐ育ったあんたを、私はもっと尊敬しちゃうね」

 

「千速ちゃん……!」

 紬の瞳が潤む。その様子を、金森が僅かに口角を上げて見守っていた。

「不遜な雑種かと思えば、情に厚いか。良かろう、紬。その娘との縁、王として認めよう。……おい、守。この娘に、我が蔵の菓子を出せ」

「……言われずとも用意している」

 守が差し出したのは、名古屋から取り寄せた最高級の茶菓子だった。

 

千速は菓子を頬張りながら、少しだけトーンを落として自分の話を始めた。

「実はさ、私の実家もちょっと複雑でね。……弟の研二っていうのがいるんだけど、それがまた、お調子者でさ。その親友の松田っていうのも、手先は器用だけど口が悪くて。二人とも将来は警察官になりたいなんて言ってるけど、危なっかしくて見ていられないんだよ」

 千速の瞳に、姉としての温かな光が宿る。

「だからさ、私も負けてらんない。あいつらがもし道を踏み外しそうになったら、私が一番前で捕まえてやらなきゃいけないから。……紬、あんたの家が『世界の綻びを直す』なんて格好いいことしてるなら、私もその端っこに混ぜてよ。法の番人を目指す大学生として、学ぶことは多そうだしね」

 

「うん! もちろんだよ、千速ちゃん!」

 

誠は、二人の少女の間に結ばれた確かな絆を見守りながら、胸の内で『千里眼』の断片を反芻していた。

 萩原研二、松田陣平。

 運命が彼らを過酷な未来へと誘うとしても、今、この横浜の地に「風の女神」と「カルデア」の接点が生まれた。その事実が、鉄壁の悲劇を塗り替えるための、最初の一滴になる。

 

「……千速さん。君のその真っ直ぐな意志があれば、きっと守れるものがある。困った時はいつでもここに来るといい。ここはもう、君の家も同然だ」

 誠の言葉に、千速はニカッと笑って応えた。

「ああ、頼りにしてるよ、探偵さん!」

 

横浜の潮風が、カーテンを揺らす。

 秘密を共有した二人の大学生の笑い声が、新しい「聖域」に響き渡っていた。

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