2026年、夏の夕暮れが墨田区の街路をオレンジ色に染めていた。
墨東署近くの路地裏駐車場。まだ熱を帯びたアスファルトの上に、白黒のホンダ・トゥデイ(JW1前期型)が静かに停まっていた。
屋根の大きな散光式警光灯が夕陽を反射し、RAYS Volk Racing TE37の白い13インチホイールがわずかに埃をかぶっている。
その前に、腕を組んだままこちらを見上げている少女がいた。
ピレネーブラックの三菱ランサーエボリューションⅢ。
ボンネットに刻まれたエアスクープが、まるで獣の牙のように鋭い。
ハリエット・ミルズは、メイドエプロンの白いフリルを風に揺らしながら、わずかに首を傾げていた。緑色の長い髪が肩に柔らかく落ち、黄金色の瞳が好奇心と少しの生意気さを湛えている。
黒い手袋をはめた指で、自分の長い三つ編みを軽く弄んでいた。
「……お前も走り屋ですか?」
その声は、いつもの棘を含んだトーンを少しだけ抑え、どこか期待を隠しきれない響きを帯びていた。
美幸は婦人警官らしい凜々しい笑顔で、眼鏡の奥から静かに答えた。
「私達は婦人警官よ。墨東署交通課の、小早川美幸です」
ハリエットは小さく鼻を鳴らし、黒い手袋の指で三つ編みをくるくると巻きながら続けた。
「私達、榛名山に向かおうとしているのですが……何か思ったより少ないですね。走り屋のクルマ」
隣で、明るい声が口を挟んだ。
ケイト・フルニエ。紫色の髪を夕焼けに揺らしながら、にこにこと笑っている。
「え? もっと賑やかだと思うよ? 東京って走り屋の聖地だって聞いたのに」
ハリエットは涼しい顔で肩をすくめ、しかしその黄金色の瞳はトゥデイに釘付けになっていた。
「私、走り屋っぽいクルマ見かけたら嬉しくなっちゃって……どれどれ、ちょっと見せてくれますか?」
その瞬間、彼女の声がさっきまでの生意気な響きから一転、少女らしい純粋な興奮に変わった。
ハリエットは腕を組んだ姿勢のまま、大きく目を見開いた。
「わー、トゥデイですよ! これ! JW1前期型! しかもミニパトでまだ現役で走ってたんですね……!」
その興奮した声に、ケイトが紫色の髪を揺らして目を丸くした。
「漫画の影響って凄いんだね。現実だったらあり得ない……よね? ホントにこれでカーチェイスとかするの?」
ハリエットは黒い手袋をはめた手を軽く口元に当て、くすくすと笑いながら答えた。
「実際走るのは夢か漫画の中だけにしておいた方が良いですけどね。ぷぷぷ」
ケイトが青い瞳を優しく細め、ハリエットの袖を軽く引っ張った。
「そんな事言ったら悪いよ、ハリィちゃん。本人も気にしてるみたいだし。くすくす」
美幸は少し困ったような、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。眼鏡を押し上げながら、トゥデイのボンネットを優しく撫でる。
「気にしてるっていうか……この子はもう20年以上、私の相棒みたいなものなのよ。新人婦警時代から一緒に走り回って、逮捕しちゃうぞって叫び続けてきたんだから」
その言葉が終わらないうちに、ミニパトの運転席から勢いよくドアが開いた。
バンッ!
辻本夏実が、54歳とは思えない勢いで飛び出してくる。
肩までの髪を揺らし、制服の胸元を大きく膨らませながら、目を輝かせた。
「美幸ー! 誰と話してんの? ……って、え? 外国のメイドさん? しかもエボⅢ!? すげー! これ本物だよね!? ピレネーブラック! あの伝説のランエボじゃん!」
夏実はそのままハリエットのエボⅢに近づき、黒いボディを目を細めて眺め回した。
怪力の持ち主らしい豪快な笑顔で、思わずボンネットに手を置こうとする。
「触っていい? ちょっとだけ! エンジンルーム見たい! あ、でも美幸のトゥデイの方がやっぱり最高だけどな! この子、ニトロ入ってるんだぜ?」
ハリエットは黄金色の瞳を細め、生意気そうに腕を組み直した。
でも、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
「ふん……婦人警官が本物のランエボに興味津々なんて、意外と可愛いじゃないですか」
ケイトがくすくす笑いながら、紫色の髪を指でくるくると巻いた。
「ハリィちゃん、嬉しそうだね。トゥデイに夢中になってるくせに」
墨田区の路地に、夕陽とエンジンの残熱が混じり合う不思議な空気が流れていた。
美幸は眼鏡の奥で小さく微笑み、夏実はすでにハリエットのエボⅢの横で「足ブレーキ」のポーズを練習し始めていた。ハリエットは、黒い手袋の指で三つ編みを弄びながら、わずかに頰を赤らめて呟いた。
「……このミニパト、榛名までついてこれるのかな?」
その言葉に、美幸と夏実は同時に顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「もちろんよ」
「フルスロットルで、逮捕しちゃうぞ!」
「でも大丈夫なんですか? そのミニパト。管轄内はともかく管轄外はダメなんじゃ……」
ハリエットの声は、いつもの生意気なトーンを少し抑え、本気で心配している響きを帯びていた。
美幸は眼鏡の奥で柔らかく微笑み、凜々しい婦人警官らしい落ち着いた声で答えた。
「心配してくれてありがとう。でも、この子はもう20年以上、私たちの相棒よ。墨東署の管轄外でも……必要とあれば、ちゃんと走るわ」
その言葉に、運転席から勢いよく飛び出してきた辻本夏実が豪快に笑い飛ばした。
「ははっ! ハリエットちゃん、意外と心配性なんだね! 大丈夫大丈夫! あたしたち、フルスロットルで全国どこだって飛ばしてきたんだから! 榛名山? 余裕余裕! このトゥデイ、ニトロ噴射装置だってバッチリ積んでるわよ!」
夏実はそう言いながら、トゥデイのボンネットをバシンと叩いた。54歳とは思えない怪力で、車体が少しだけ揺れる。
ハリエットは黒い手袋をはめた指で自分の長い三つ編みをくるくると弄びながら、スマホを取り出して画面を二人に向けた。
「あ、そう言えばこんな動画とかありますよ。JA4型のトゥデイ前期型の2ドアモデル……これは中国の走り屋がお二人が乗ってるミニパトを再現したクルマです。まあ、流石にPC-9801ではないですが、Windows95ですね」
画面には、精巧に再現された白黒のミニパトが夜の山道を疾走する動画が流れていた。
屋根の大きな警光灯、Volk Racingのホイール、そしてダッシュボードに置かれた古いPCらしきものが映し出されている。
夏実は目を輝かせ、身を乗り出して動画を食い入るように見つめた。
「ほえー、こんなのあるんだ。美幸のミニパトの……すげー! あたしたち、海外でも人気者じゃん!」
美幸は少し困ったような、でも嬉しそうな笑みを浮かべ、眼鏡を軽く押し上げた。
「子供みたいなモノね。トゥデイの後継はライフだけど、あれは初代と異なるデザインだから別物ね」
ハリエットが黄金色の瞳を細めて、興味深そうに聞いた。
「ライフがミニパトとして使っていたケースはあったんですか?」
美幸はトゥデイのボンネットを優しく撫でながら、落ち着いた声で答えた。
「そこまではわからないけど多分使っていたと思うわ。ウチの警察署ではないけど。ホンダの軽自動車は昔から小型警ら車、つまりミニパトのベースとして採用されることが多かったのよ。特に初代や2代目のライフは、街中の巡回パトロールや交通取締にぴったりなサイズ感だったみたい」
隣でケイトが紫色の髪を夕風に揺らしながら、明るく口を挟んだ。
「でも4代目以降はMT廃止されちゃったんだよね」
ハリエットは涼しい顔で頷き、黒い手袋の指を軽く動かした。
「実用性を重視した結果でしょうね。一部は元々ATだったクルマを態々MTに改造した例がありますよ」
その言葉に、夏実が大きく頷きながら笑った。
「そうだよな! やっぱりマニュアルのほうが楽しいわよ! 美幸のトゥデイだって、フルチューンでMTのまま走り続けてるんだから!」
美幸は小さくため息をつきながらも、どこか誇らしげにトゥデイを見つめた。
「この子は特別よ。20年以上一緒に走ってきた相棒だもの。榛名山まで……ちゃんと連れて行ってあげるわ」
ハリエットは腕を組んだまま、しかしその黄金色の瞳には少女らしい好奇心がキラキラと輝いていた。
「ふん……じゃあ、榛名で本気を見せてくださいね、婦人警官さんたち。私のエボⅢも負けませんから」
ケイトがくすくすと笑いながら、ハリエットの袖を軽く引っ張った。
「ハリィちゃん、すっかりやる気満々だね。楽しみ!」
そこへ、低く重厚なターボの唸りが響き渡った。
クイーンズシルバーの輝きを放つ三菱ランサーエボリューションⅠが、優雅に滑り込んでくる。
ボンネットのエアスクープが鋭く夕陽を切り裂き、ワイドボディが威圧感を放っていた。運転席から降り立ったのは、気品に満ちた女性——ドロテア・カークランド。
彼女は優雅に髪を払い、静かな微笑みを浮かべながら言葉を放った。
「ハイパワーターボプラス4WD……この条件にあらずんば、クルマにあらずだ―――須藤京一の名言ですわ」
その瞬間、ハリエットとケイトが同時に声を上げた。
「ドロテア様!」
ハリエットは黄金色の瞳を輝かせ、黒い手袋をはめた手を胸に当てて一礼した。
ケイトも紫色の髪を揺らしながら、嬉しそうに駆け寄る。
夏実はトゥデイの横で目を大きく見開き、豪快に叫んだ。
「ランエボだ! しかもエボⅠ! すげー、銀色がめっちゃカッコいいじゃん!」
美幸は眼鏡の奥で冷静に分析しながら、しかしどこか楽しげに頷いた。
「エボⅠね……かつてWRC参戦のために開発されたラリーカーよ。ハイパワーと4WDを最大限に活かした、時代を先取りした一台。須藤京一の哲学そのものを体現しているわ」
ドロテアは優雅に腕を組み、クイーンズシルバーのエボⅠを軽く撫でながら、視線を美幸と夏実のトゥデイに向けた。
「ふふ……あなた方のミニパトも、なかなか味わい深い一台ですわね。昭和の香りを残しつつ、ニトロとターボで現代の峠を駆け抜けるなど、実に挑戦的。ですが、所詮は軽自動車の限界を超えられるのかしら?」
ハリエットがくすくす笑いながら、三つ編みを指で弄んだ。
「ドロテア様の言う通りです。榛名山で本気を見せていただきたいものですね。私のエボⅢと、ドロテア様のエボⅠ……そしてあなた方のトゥデイで」
夏実は拳を握りしめ、ニヤリと笑った。制服の胸を張り、怪力の気配を漂わせながら。「ははっ! 挑発か? いいわよ! あたしたち、フルスロットルで全国の峠を制してきたんだから! 榛名山? エボⅠだろうがエボⅢだろうが、ニトロ全開でぶっ飛ばしてやるよ! 逮捕しちゃうぞ……って、今回は走り屋のプライドをね!」
美幸は小さくため息をつきながらも、トゥデイのボンネットを優しく叩いた。
「夏実……本気でいくなら、足回りのセッティングをもう一度確認しないと。Alconのブレーキは頼りになるけど、相手は本物のラリー遺伝子を持つランエボよ」
ケイトが青い瞳を細めて、明るく笑った。
「わー、急に熱くなってきたね! ドロテア様もハリィちゃんも、楽しそう! 私も紫の髪が風に舞うの、楽しみだよ~」
ドロテアは優雅に扇子を開くような仕草で髪を払い、クイーンズシルバーのエボⅠに視線を落とした。
「須藤京一の言葉を借りるなら……ハイパワーターボプラス4WDこそ、クルマの真髄。あなたのトゥデイがその条件をどこまで満たしているか、榛名の夜道で存分に確かめましょうか」
墨田区の路地に、四人の声と三台のエンジンの低い唸りが重なり合った。
三台の車——昭和の香りを残した白黒のホンダ・トゥデイ(JW1前期型ミニパト)、ピレネーブラックのエボⅢ、そしてクイーンズシルバーのエボⅠ——が並ぶ中、エンジンの残熱がまだアスファルトを温めていた。
そこへ、聞き覚えのある慌てた声が響き渡った。
「美幸ー! 夏実ー!」
二階堂頼子が、メガネを光らせながら小走りに駆け寄ってきた。
54歳になった今も、昔と変わらぬ小柄な体躯と、トラブルメーカーらしいキラキラした瞳はそのまま。制服のベストを少し乱し、息を弾ませている。
夏実はトゥデイのドアに片手をかけたまま、豪快に振り返って笑った。
「あ、頼子。どうしたのよ。相変わらず慌てて走ってきて……また何かやらかした?」
頼子は眼鏡をくいっと押し上げ、興奮気味に手を振りながら答えた。
「やらかしたっていうか、大事件よ! 署内でさっき、蟻塚警視正の監察チームが突然来てるって話が……! しかも今回は『交通課の違法チューン車両の実態調査』だって! 美幸のトゥデイと、夏実の足ブレーキの記録まで掘り返されるかもしれないの!」
その言葉に、美幸は眼鏡の奥でわずかに眉を寄せたが、すぐに冷静な笑みを浮かべた。「ふふ……またあの人が。タイミングが良すぎるわね。ちょうど今、榛名山に向かおうとしてたところなのに」
ハリエットは腕を組んだまま、黄金色の瞳を細めて興味深そうに頼子を見た。黒い手袋の指で三つ編みを軽く弄びながら、生意気な笑みを浮かべる。
「へえ……墨東署の婦警さんたちにも、そんな面倒な上司がいるんですね。監察チーム、なんて聞くと、私のエボⅢも怪しまれそうですわ」
ケイトが紫色の髪を夕風に揺らして、くすくす笑った。
「わー、ドラマみたい! 頼子さん、眼鏡っ子同士で何か通じ合うものある?」
ドロテアはクイーンズシルバーのエボⅠに優雅に寄りかかり、扇子を開くような仕草で微笑んだ。
「須藤京一の言葉を借りるなら……ハイパワーターボプラス4WDこそ正義。監察など、走る前から恐れる必要などありませんわ」
夏実はバシンとトゥデイのボンネットを叩き、怪力全開の笑顔で叫んだ。
「ははっ! 監察チームが来たって? だったら尚更、榛名山でフルスロットルだよ! 証拠隠滅……じゃなくて、走ってストレス発散してから帰ってやろう! 頼子も一緒に来る? 後部座席、狭いけど我慢してよ!」
頼子は慌てて両手を振ったが、目が明らかに輝いていた。
「え、ええっ!? 私も!? でも、ベスト脱いだらまた葵ちゃんに怒られるかも……って、いいわ! 行っちゃおう! 私、射撃の腕はまだまだ署内トップクラスなんだから、なんかあったら守ってあげる!」
美幸は小さくため息をつきながらも、嬉しそうに眼鏡を押し上げた。
「頼子……相変わらずね。でも、いいわ。みんなで榛名へ行きましょう。トゥデイのニトロ、今日はフルに使ってあげる」
ハリエットが黄金色の瞳をキラリと光らせ、ドロテアに視線を送った。
「ドロテア様、どうします? 墨東署の婦警さんたちと、監察チームの目を盗んでの夜の峠走り……なかなか面白そうですよ?」
ドロテアは優雅に頷き、クイーンズシルバーのドアを開けた。
「ええ、行きましょう。ハイパワーターボの真価を、昭和の軽ミニパトに教えて差し上げますわ」
墨田区の路地に、笑い声とエンジンの低い唸りが重なり合った。二階堂頼子が加わり、ますます賑やかになったその時、低く野太いターボの唸りが新たに響き渡った。
モナコレッドの輝きを放つ三菱ランサーエボリューションⅤが、優雅にカーブを曲がって現れる。
ワイドフェンダーと大型リアウイングが、街灯の光を鋭く反射していた。
運転席から降りてきたのは、明るい笑顔のミリアム・ヘイワード。
「ハリィ、ケイ。ごめんね遅れて」
ハリエットは腕を組んだまま、黄金色の瞳を細めて軽く睨んだ。
「全く……遅いですよミリィ。ドロテア様までお待たせするなんて」
ケイトは紫色の髪を揺らしながら、嬉しそうに手を振った。
「ミリィちゃん、このトゥデイ。ミニパトらしいよ! 見て見て、屋根の警光灯が本物!」
ミリアムはモナコレッドのエボⅤのドアを閉め、目を輝かせてトゥデイに近づいた。「お! 珍しいね! ボクも憧れちゃうよ! 昭和の軽自動車がこんなにカッコよくチューンされてるなんて……ニトロまで積んでるの?」
夏実はトゥデイの横で胸を張り、豪快に笑った。
「もちろん! E07Aを700ccまでぶち上げて、ターボにニトロ噴射装置完備よ! あんたのエボⅤも強そうだけど、うちの相棒は負けないよ!」
そのとき、ハリエットが黒い手袋の指で三つ編みを弄びながら、美幸に視線を向けた。「ところで美幸さん、眼鏡かけ始めたのはいつですか?」
美幸は眼鏡のブリッジを軽く押し上げ、柔らかな笑みを浮かべた。
「うーん、40代になったばかりの頃ね。視力が落ちてきて……メカいじりで細かい作業が増えたのもあるわ。最初は抵抗あったけど、今ではすっかり相棒よ。この眼鏡なしじゃ、PC-9801の画面もよく見えないもの」
ドロテアはクイーンズシルバーのエボⅠに優雅に寄りかかり、静かに微笑んだ。
「では始めましょう。クルマを並べてください。榛名山までの夜の峠道……存分に走りましょうか」
美幸は眼鏡の奥で凜々しく頷き、トゥデイの運転席に滑り込んだ。
「分かったわ。夏実、行くわよ!」
夏実は助手席に勢いよく乗り込み、シートベルトをガチャンと締めながら叫んだ。
「了解! 美幸、フルスロットル全開よ! ニトロの準備もバッチリ!」
ハリエット、ケイト、ミリアム、ドロテアの四人もそれぞれのエボに乗り込む。
ピレネーブラックのエボⅢ、クイーンズシルバーのエボⅠ、モナコレッドのエボⅤ、そして白黒のホンダ・トゥデイ。四台の車が墨田区の路地に並んだ瞬間、エンジンの唸りが一斉に高まった。
美幸はハンドルを強く握り、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。E07A型エンジンが低く唸り、ターボがブォンと吹け上がり、ニトロ噴射装置の準備ランプが赤く点滅を始める。RAYS Volk Racing TE37の白い13インチホイールが路面を強く掴み、ADVAN NEOVAタイヤが熱を帯びていく。
夏実は隣で拳を握りしめ、興奮を隠せない声で叫んだ。
「よし、行くわよ! 榛名山までフルスロットルだ! メイド走り屋さんたち、置いていかれないでね!」
ハリエットがエボⅢの窓から顔を出し、黄金色の瞳を輝かせて応じた。
「ふふ……楽しみですね。私のエボⅢが、昭和のミニパトに負けるわけありません」
ドロテアは優雅にアクセルを踏み込み、クイーンズシルバーのエボⅠを静かに発進させた。
「須藤京一の言葉を胸に……ハイパワーターボプラス4WDの真価を見せて差し上げますわ」
ミリアムとケイトも笑いながらエボⅤとエボⅢを並走させる。
墨田区の夜の街路に、四台のエンジン音が重なり合い、サイレンを鳴らさないままの秘密のレースが動き始めた。
美幸は眼鏡の奥で静かに微笑みながら、トゥデイのシフトを入れる。
「夏実……今日は本気でいくわよ。フルスロットルで!」
夏実が豪快に笑い、トゥデイのドアを軽く叩いた。
「もちろん! 榛名山で待ってるぜ、ランエボ軍団!」
2026年の夏の夜。墨東署の伝説の婦警コンビと、四人のメイド走り屋たちによる、予想外の峠バトルが、今、幕を開けようとしていた。トゥデイの大きな警光灯が、街灯の下で静かに回転を始め——フルスロットルの夜が、始まる。