逮捕しちゃうぞ2026   作:マブラマ

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FILE.25 自信に満ちた『ケイト』に

2026年、夏の翌日。

墨田区役所前。

 

中嶋剣は白バイをゆっくり走らせながら、墨田区役所前の通りを巡回していた。

午後の陽射しが穏やかに降り注ぐ中、彼はふと視線を路肩に止めた。

「ん? あれは……ケイトか?」

紫色の髪をなびかせた女性が、慌てた様子で歩道を早足で進んでいる。

中嶋はヘルメットのシールドを上げ、声を掛けた。

「おーい、ケイト」

ケイトはビクッと肩を震わせ、振り返った瞬間、顔を青ざめさせた。

「ヒィ……!」

そのまま、彼女は全力で逃げ始めた。

中嶋は呆然としながらアクセルを捻った。

「あ、おい! (声掛けただけで何故逃げるんだ!?)」

その様子を少し離れた場所から見ていたリィズ・ホーエンシュタインが、腕を組んで呟いた。

「あの白バイは墨東署の……何でフルニエを追いかけてるの? 何故か逃げて行ってるし」

隣にいたファルカが首を傾げた。

「危ない奴なんですか? リィズ先輩」

リィズは金髪を軽く払い、冷ややかに答えた。

「ええ、『墨東署の白き鷹』と呼ばれてる警官よ」

ファルカは目を丸くした。

「そんなに凄い人なんですか?」

リィズはため息をつきながら言った。

「表向きはね……その実態は長年好意を抱いてる女性を想ってる純粋な男よ。所謂唐変木ね」

中嶋は内心で(変に注目が……早くケイトを追いかけよう。『アレ』を渡さないと行けないし)と焦りながら、白バイを加速させた。

しかし、彼は正直、舐めていた。

白バイがランエボを追跡するなど、月とすっぽんのレベルだった。

中嶋はアクセルを全開にしながら、歯を食いしばった。

「(は、速い……! 流石WRCに参戦するために造られたラリーカーだな)」

ケイトのエボⅣは極端なカーブを四輪を巧みに使いながら曲がり、交差点も鮮やかに抜けていく。

中嶋は白バイを低く構えながら、必死に追走した。

「(何だこの動き……タイヤを四個で応用するとは……)だがな、俺は『墨東の白き鷹』と呼ばれてる警官だ。捕まえてみせるぜ!」

 

 

数時間後

東墨田二丁目公園中嶋は息を切らしながら、白バイを停めてケイトの前に立ちはだかった。

「ハァ…ハァ…やっと捕まえた……!」

ケイトはエボⅣから降りた瞬間、悲鳴を上げて後ずさった。

「嘘っ……!? いやあああああああああああああっ!」

中嶋は慌てて両手を上げた。

「おい、落ち着けって! (これじゃ俺が誘拐犯扱いじゃねえか!)」

ケイトは体を震わせながら叫んだ。

「あ、あああああなた、何者ですか!? 何で付いてこれるんですか!? 化け物ですか!? 怪物ですか!? エイリアンですか!? プレデターですか!? わたしは食べても美味しくないですよおぉ~!」

中嶋は苦笑いを浮かべ、ポケットから小さなものを取り出した。

「食べない食べない。それに俺はエイリアンやプレデターでもないぞ。ほら! これ、落とし物を届けに来たんだ!」

ケイトは恐る恐るそれを見た。

裏に可憐な刺繍で『Kate Fournier』とある、写真の入った定期入れ。

彼女の落とし物だった。

ケイトは目を丸くした。

「い、いつの間に落として……!? あ、ありがとうございますっ!」

中嶋は息を整えながら微笑んだ。

「いいよ。これも警官の務めだ」

ケイトは定期入れを胸に抱き、ようやく安堵の表情を浮かべた。

「あっ……と、ということは、あなたは、ほ、本当に届け物をしたかっただけで……?」

中嶋は頷いた。

「そうだな」

ケイトは深々と頭を下げ、慌てて謝った。

「ご、ごめんなさいごめんなさい! お手を! いや足を煩わせてしまって本当にごめんなさい! 化け物扱いしてごめんなさい!」

中嶋は苦笑いを浮かべた。

「大丈夫だ。気にしてないから。な(素早くて、追いかけるのは凄く大変だったけど…)

中身は写真しか入ってないみたいだが、これは……」

ケイトは少し頰を赤らめながら言った。

「はい! ここに写真を入れて、持ち歩けるようにしてるんです」

中嶋は写真を覗き込み、感心したように言った。

「持ち歩くってまさか……赤木圭一郎か!?」

ケイトは首を傾げた。

「え?……誰、ですか?」

中嶋は少し寂しそうに笑った。

「1950年代に活躍した俳優さんだよ。和製ジェームズ・ディーンと呼ばれていて、21歳の若さで亡くなった名俳優だよ」

そこへ、トゥデイがゆっくりと近づいてきた。

夏実が助手席から顔を出し、ニヤニヤしながら言った。

「中嶋くん、古すぎる。それにその写真ってドロテアさんとリュシーでしょ?」

美幸も微笑みながら言った。

「凜々しい表情してるわね」

中嶋は驚いて振り返った。

「小早川に辻本!?」

夏実は興味津々で聞いた。

「それってさ、お守り?」

ケイトは照れくさそうに頷いた。

「はい! わたしのお守りなんです。いつか二人みたいに、自信に満ちた自分になれるようにって。二人は、わたしの憧れの人なんです…。えへへ……」

中嶋は優しく言った。

「ほー、尊敬してるんだな」

ケイトは少し寂しそうに、しかし温かく語り始めた。

「はい……! その、わたし、昔からいつもウジウジしちゃって、よく人を苛つかせてしまうんです……だから、ちょっと前のことなんですが、攻撃的な人達に、悪口言われちゃったりとか……ちょっかいかけられたりとか…友達のミリィちゃんやハリィちゃんも巻き込んじゃって……」

美幸は静かに頷いた。

「そう、大変だったわね」

ケイトは目を輝かせて続けた。

「でも…ある日、ドロテア様と、リュシー様が助けてくれたんです。颯爽と割って入って、堂々と言い返して…カッコ良かったなぁ……。それを機に…ドロテア様にお仕えさせていただくようになって……わたしの……理想のご主人様なんです。えへへ……」

夏実は感心したように言った。

「ほえー、理想のご主人様ねえ……あたしは課長みたいにダンディで頼りがいがあって尽くしてくれる男性が」

美幸は苦笑いを浮かべた。

「当時の課長の年齢をとっくに追い越したのに……」

夏実は手を振った。

「細かいことは気にしなーい」

ケイトは定期入れを大切そうに抱きしめながら、嬉しそうに言った。

「必要なときに、的確な指示をくれる……そんなドロテア様をご主人様と呼べることは、わたしの小さな誇りなんです……」

その時、ケイトのスマホが鳴った。

《ずっと 君の隣で笑うより君に笑ってほしい…♪》

ケイトは慌てて電話に出た。

「ちょっと失礼します。リュシー様から連絡が……」

中嶋たちは静かに見守った。

ケイトは電話を耳に当て、数秒後、顔を青ざめさせた。

「もしもし……はい…はい……はい……はい……ひぇっ!? ま、ままま、待って下さい!! リュシーさ―――あ、切れ…ちゃった…」

夏実は心配そうに聞いた。

「何があったの?」

ケイトは震える声で答えた。

「あの…えーっと…洋菓子店に行って、取り置きしていたお茶菓子を買ってくるようにって……」

夏実は目を丸くした。

「へ?」

ケイトは絶望的に叫んだ。

「しかも、わたしひとりで!?」

中嶋、美幸、夏実は揃って同情の眼差しを向けた。

中嶋は小さく呟いた。

「……そりゃあ、なあ? お使いは一人で行くモンだろ?」

美幸は静かに言った。

「……お茶菓子…まるで『はじめてのおつかい』ね」

夏実はケイトの肩を軽く叩いた。

「それ3歳~6歳ね。……お使い頼まれたのね」

ケイトは涙目になりながら言った。

「ど、どうしてそんな無茶なことをぉ……! リュシー様ぁ……」

中嶋は優しく言った。

「お使い頼まれたのなら早く行くべきだと思うぞ?」

ケイトは悲痛な声で答えた。

「え? 渋川市ですよ!?」

美幸はすぐにトゥデイのドアを開けた。

「渋川って榛名山の方角ね……」

ケイトはさらに慌てた。

「むりむりむり。無理ですよ~!! わたしの性格知ってる筈なのに、リュシー様どうしてぇ……!」

中嶋は苦笑いを浮かべた。

「ここからだと結構距離あるぞ。渋川か…温泉まんじゅうでも取り置きしてるのか?」

ケイトは小さく頷いた。

「はい、ドロテア様が最近見つけた隠れ名洋菓子店の『D Confectionery Shop』でヒンベアトルテやガトーショコラが凄く美味いらしいですよ。でも……」

夏実はすぐにアクセルを踏み込んだ。

「予約時間は何時なの?!」

ケイトは震える声で答えた。

「え…と、15時です」

美幸は凜々しく微笑んだ。

「それなら私のトゥデイの方が速いわ! ケイトちゃん乗って!」

ケイトは慌ててトゥデイに飛び乗った。

「は、はい!」

夏実は助手席から叫んだ。

「しっかり捕まっときなさいよ! 美幸!」

美幸はアクセルを踏み込み、ニトロブーストをオンにした。

「OK! 夏実。ニトロブーストオン!」

夏実は拳を握った。

「了解!」

 

グァアアアアアアアアアアアッ!!!

 

ケイトは悲鳴を上げた。

「ひぃぃっ!!? 速い速い速い!!!」

中嶋は呆然とその後ろ姿を見送り、ため息をついた。

「おい! ………って行ってしまったか……」

墨田区の通りを、トゥデイの白黒のボディが疾走していく。

ケイトの小さな冒険は今日も墨東署の面々によって、全力でサポートされることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渋川市、隠れた路地裏。

 

トゥデイのエンジン音が静かに響き、美幸はハンドルを握りながら周囲を見回した。

ケイトは助手席でシートベルトをぎゅっと握りしめ、顔を青ざめさせていた。

「ここ……本当に隠れ名店なんですか……?」

美幸は眼鏡を軽く押し上げ、穏やかに微笑んだ。

「地図によると、この辺りのはずよ。ドロテアさんが見つけたお店なら、きっと美味しいはず」

夏実は後部座席から身を乗り出し、鼻をひくひくさせた。

「なんか甘い匂いがする! 絶対に正しい方向だわ!」

ケイトは震える声で言った。

「15時までに……絶対に間に合わせないと……リュシー様に怒られちゃう……」

その時、路地の奥に小さな看板が見えた。

 

『D Confectionery Shop』

 

控えめな木製の扉に、控えめな花の装飾。

まさに隠れ家という言葉がぴったりの洋菓子店だった。

美幸がトゥデイを停め、三人で店内に入ると、甘いバターとチョコレートの香りがふわりと広がった。

店主らしい穏やかな女性が、カウンターから笑顔で迎えた。

「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」

ケイトは慌てて定期入れから予約票を取り出し、差し出した。

「は、はい! ドロテア様の……取り置きをお願いします!」

店主は頷き、奥から丁寧に箱を取り出した。

「ヒンベアトルテとガトーショコラ、こちらになります。ドロテア様のご指定通り、今日一番の出来栄えですわ」

夏実は箱を覗き込み、目を輝かせた。

「うわぁ……これ、めっちゃ美味しそう! チョコの艶がすごい!」

美幸も静かに感心した。

「本当に美しいわね。芸術品みたい」

ケイトは箱を受け取り、ほっと胸を撫で下ろした。

「よ、よかったです……間に合いました……」

店主は優しく微笑んだ。

「ドロテア様は常連さんでいらっしゃいますから、いつも特別に仕込んでおります。どうぞ、お召し上がりくださいませ」

三人は店を出て、トゥデイに戻った。

夏実は箱を大切に抱えながら、ニヤニヤした。

「ケイトちゃん、リュシー様に怒られないでよかったね!これで『お遣い大成功』よ!」

ケイトはようやく笑顔になり、定期入れを胸に抱いた。

「ありがとうございます……美幸さん、夏実さん……本当に助かりました。わたし一人だったら、絶対に迷子になってました……」

美幸はトゥデイのエンジンをかけながら、優しく言った。

「いつでも呼んでね。ケイトちゃんの頑張り、ちゃんと見てるわよ」

夏実は拳を軽く突き出した。

「次は一人でお使いできるようになろうな!でも、困ったときはいつでも呼べよ!」

ケイトは少し頰を赤らめながら、こくりと頷いた。

「はい……! お二人とも、本当にありがとうございます!」

渋川の路地を、トゥデイは穏やかなエンジン音を響かせながら走り出した。

箱の中のケーキは、ドロテア様への大切なお土産として、今日もピクシス・マスールの絆を甘く優しく繋いでいた。

夏実は後部座席から声を上げた。

「よし! 無事任務完了!墨東署に帰ったら、みんなで少し味見させて貰いましょう!」美幸はくすりと笑った。

「夏実……それはダメよ」

ケイトは小さく笑いながら、窓の外の景色を見つめた。

今日の「お使い」は、

彼女にとって大きな一歩になったのかもしれない。

フルスロットルで、そして優しく——―――2026年の夏は、小さな挑戦と甘い成功に満ちていた。

 

 

 

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