逮捕しちゃうぞ2026   作:マブラマ

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FILE.3 4WDの神髄

2026年、墨田区を抜けて首都高を北上し、夜の関越道へ向かう峠道の入り口。

四台のエボリューションが織りなす列の後ろに、新たなエンジン音が迫ってきた。

銀色のボディで鮮やかなギャランVR-4が、ヘッドライトを眩しく輝かせながら美幸のトゥデイにぴったりと付いてくる。

運転席から聞こえてきたのは、クールで少し高飛車な女性の声。

コトハだった。

「ん? あのクルマ……まさかトゥデイ? ミニパトとしてまだ現役なのが奇跡としか言えないわね……」

ギャランVR-4のターボが甲高く唸り、旧式の軽自動車をあざ笑うように加速して並走しようとする。

コトハの声が、再びトゥデイの無線に割り込んできた。

「旧式の軽自動車で……ギャランVR-4に勝てるわけがないわ!」

助手席の夏実が、ドアを少し開けて後方を振り返り、目を細めた。

「美幸、後ろから追いかけてくるわ! 銀色のギャランVR-4! すっごい速い!」

美幸は眼鏡の奥で冷静にルームミラーを確認しながら、静かに答えた。

「ギャランVR-4……ランエボの原点と呼ばれた名車よ。WRCで三菱の最初の本格的なグループA兵器として、1988年から1992年まで活躍したの」

夏実はシートに体を預けながら、興奮を抑えきれずに叫んだ。

「えっ、そんなすごい歴史があるの!? 美幸、詳しく教えて! この子に負けないように、もっとブースト上げて!」

美幸の指が、ダッシュボードのNEC・PC-9801に素早く走る。

量子通信で繋がったデータと、自分の知識を重ねながら、落ち着いた声で語り始めた。

「ギャランVR-4は、グループBの時代が終わってグループAに移行した1987-88年頃に、三菱がWRC復帰のために開発したマシンよ。6代目ギャランのボディをベースに、2.0Lの4G63ターボエンジンを搭載。フルタイム4WD(Viscous Realtime 4WD)と4輪操舵(4WS)を組み合わせ、当時としては先進的なパッケージだったわ。ラリー仕様ではブーストを上げて300ps以上を出していたと言われている。デビューは1988年のニュージーランドラリー。篠塚建次郎選手がセミワークスで走らせたのが最初よ。本格的なワークス参戦はRalliart Europeが中心で、1989年に一気に花開いたの。特に有名なのは1989年の1000湖ラリー(現フィンランドラリー)で、ミカエル・エリクソンが総合優勝。同じ年にイギリスのRACラリーでもペンティ・アリッカラが勝ったわ。グラベルでの安定したトラクションとパワーで、『グラベルの三菱』って呼ばれるようになったの。その後もコートジボワールラリーで3連勝(1990年パトリック・トージアック、1991年と1992年は篠塚建次郎)。特に1991年のコートジボワールでは、篠塚選手が日本人としてWRC初優勝を飾ったのよ——まさに歴史的な瞬間だったわ。他にも1991年のスウェディッシュラリーでケネス・エリクソンが勝利。合計でWRC6勝、表彰台14回。マニュファクチャラーズ選手監でも上位に食い込む活躍を見せたけど、車体が大きく重いハンデを背負っていたから、ランサーエボリューションにバトンを渡す形で1992年頃にWRCの表舞台から退いたの。でも、このギャランVR-4の技術——4G63エンジンと先進的な4WDシステム——が、そのままランサーエボリューションの基礎になった。ランエボが1996年から4年連続ドライバーズタイトルを獲ったのは、このVR-4が積み上げた経験とデータのおかげよ。ランエボの『原点』って呼ばれる所以ね」

夏実は目を輝かせ、ニトロの赤いボタンに指を這わせながら叫んだ。

「すげー……そんなにすごい車だったんだ! でもあたしたちのトゥデイは、ただの旧式じゃないわ! 美幸、ブースト上げて! ニトロ、いつでもいける!」

美幸はハンドルを握る手に力を込め、アクセルを深く踏み込んだ。

E07A型エンジンが一層高く唸り、ターボがブォォンと吹け上がり、Alconの4ポットブレーキが路面を強く掴む。

トゥデイの車体がグンと前へ跳ね、昭和の軽自動車とは思えない加速でギャランVR-4に食らいついていく。

後ろのギャランVR-4から、コトハの少し驚いた声が聞こえた。

「……へえ? 意外と粘るじゃない」

前方では、ハリエット、ドロテア、ミリアム、ケイトのエボ軍団がすでに少し先を走っている。ピレネーブラック、クイーンズシルバー、モナコレッドが夜の峠道に美しい光の帯を描いていた。

夏実はドアを少し開け、いつもの「足ブレーキ」体勢をチラリと見せながら、豪快に笑った。

「コトハって子! ランエボの先祖様に乗ってるのは認めてやるけど、あたしたちのトゥデイは20年以上一緒に戦ってきた相棒なんだよ! 負けるわけないでしょ!」

美幸が眼鏡を押し上げ、静かに、しかし力強くアクセルを踏み込む。

「夏実、ニトロはまだ温存よ。……本番は榛名山に入ってからよ」

トゥデイの大きな散光式警光灯が、夜の闇を赤と青に染めながら回転を続けている。

 

関越道を越えて群馬の山道に入った頃——夜の榛名山は、冷たい風とエンジンの熱気が混じり合う戦場と化していた。先頭を走るハリエットたちのエボ軍団を追うトゥデイの後方で、コトハのギャランVR-4が猛烈に迫ってきた。銀色のボディがヘッドライトを浴びて妖しく輝き、4G63ターボの咆哮が夜の森を震わせる。

「旧式の軽自動車……ここで決着をつけるわ!」

コトハの声が無線に飛び込んできた瞬間、彼女のギャランVR-4が急激に加速。

トゥデイの左後方を狙い、危険なインを突いてきた。

夏実がドアを半分開け、後方を振り返って叫ぶ。

「美幸! あいつ、明らかにヤバいラインで寄せてくる!」

美幸は眼鏡の奥で冷静に状況を読み、唇をわずかに引き結んだ。

「来るわ……ダブルクラッシュの気配。まるで妙義ナイトキッズの庄司慎吾が、EG6でAE86を潰しにかかったあの瞬間と同じ……」

コトハはアクセルを全開にし、ギャランVR-4の重いボディをトゥデイの左側に叩きつけようと猛接近。

まさに「ダブルクラッシュ」を狙った、危険極まりないブロック。

しかし——その瞬間、美幸の指が素早くダッシュボードのNEC・PC-9801を叩いた。

「夏実、右に体重かけて!」

「了解!」

夏実が怪力で体を右に預けた瞬間、トゥデイは驚異的な身のこなしで右へスライド。Alcon 4ポットキャリパーが逆スリットローターを強く握り、ADVAN NEOVAが路面を噛みつく。

コトハのギャランVR-4は、狙ったトゥデイの左側を空振りし、勢い余って外側へ大きく膨らんだ。

「くっ……!?」

次の瞬間——ギャランVR-4の左前輪がガードレールに激しく接触。金属の悲鳴が夜の山道に響き渡り、車体が激しくバウンドした。

コトハはハンドルを必死に切り返したが、衝撃で右手首に鋭い痛みが走る。

「っ……!」

ギャランVR-4はガードレールに擦れながら辛うじて停車。

エンジンはまだ唸っているが、右フロントフェンダーが大きくへこみ、ホイールが歪んでいる。

トゥデイは数十メートル先で綺麗に減速し、Uターンして戻ってきた。

夏実はドアから顔を出し、豪快に笑いながら叫んだ。

「ははっ! ダブルクラッシュ狙いかよ! あたしたちのトゥデイは、そんな安い手に引っかかるほどヤワじゃないわよ!」

 

美幸はトゥデイをギャランVR-4の横に寄せ、眼鏡の奥で静かにコトハを見つめた。

「コトハさん……あなたらしくないわ。ランエボの原点であるギャランVR-4に乗っているのに、そんな危険な走り方をするなんて」

コトハは運転席で右手首を押さえ、苦痛に顔を歪めながらも、悔しそうに唇を噛んだ。

「……っ、右手首、捻挫したみたい……。くそ……庄司慎吾みたいに……情けない……」夏実はトゥデイから降り、怪力で軽々とギャランVR-4のドアを開け、コトハを優しく引きずり出した。

「大丈夫か? 無理すんなよ。手首、腫れてるじゃん。ほら、応急処置してやる」

美幸も降りてきて、トゥデイのトランクから救急キットを取り出しながら小さくため息をついた。

「WRCの歴史を背負った車を、そんなふうに壊すなんて……本当にもったいないわ。ランエボの基礎を作った名車なのに」

その頃、先を走っていたハリエット、ドロテア、ミリアム、ケイトのエボ三台がUターンして戻ってきた。

ハリエットはピレネーブラックのエボⅢから降り、黄金色の瞳を細めてコトハを見下ろした。

「ミリィの遅刻より酷い遅れ方ですね、コトハ。……しかも自滅?」

ドロテアは優雅に扇子を広げながら、静かに微笑んだ。

「須藤京一の言葉を忘れたのですか? ハイパワーターボプラス4WDは、ただの武器ではなく、己を律する哲学ですわ」

ミリアムとケイトは心配そうにコトハの手首を覗き込みながらも、どこか楽しげに笑っていた。

夏実はコトハの右手首にテーピングを巻きながら、ニヤリと笑った。

「ま、結果はトゥデイの勝ちってことでいいよな? フルスロットルで榛名山制覇、続行だぜ!」

美幸は眼鏡を押し上げ、トゥデイのボンネットを優しく撫でた。

「コトハさんも、手首が治るまで大人しく後ろについてきて。……逮捕はしないけど、ちゃんと安全運転でね」

コトハは悔しそうに唇を噛みながらも、トゥデイの白黒ボディをじっと見つめた。

「……あの旧式の軽ミニパトに……ここまでやられるとは……」

夜の榛名山に、エンジンの残熱と笑い声が混じり合う。

昭和のトゥデイは、今日も相棒と共に、伝説の峠を駆け抜けていた。

コトハのギャランVR-4はガードレールに傷を残したまま、静かに夜風に揺れ——墨東署婦警コンビのフルスロットルは、まだまだ終わらない。

「よし、みんな! 榛名山頂まで、もう一息だ! 逮捕しちゃうぞ……って、今回はコトハのプライドも一緒にね!」

夏実の豪快な声が、山道に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

墨東署交通課の駐車場は、昨夜の熱気をまだ少し残したまま、穏やかな陽射しに包まれていた。

ホンダ・トゥデイ(JW1前期型)は、いつもの場所にピタリと停まっていた。

RAYS Volk Racing TE37の白い13インチホイールには夜露が光り、Alconの4ポットキャリパーがわずかに熱を帯びている。

屋根の大きな散光式警光灯も、昨夜のフルスロットルで少し埃をかぶっていた。

駐車場に、いつものドタバタが戻ってきた。

「美幸ー! 見て見て! 昨日のニトロ残量、意外とまだいっぱい残ってるじゃん!」

夏実が、制服の袖をまくりながらトゥデイのボンネットを開け、中を覗き込んでいる。

肩までの髪に白髪が混じり始めているものの、54歳とは思えない元気さで工具をカチャカチャ鳴らしていた。

美幸は眼鏡を押し上げ、NEC・PC-9801の画面を片手で確認しながら、いつもの冷静な声で答えた。

「夏実、朝からエンジンルームいじらないで。昨夜のデータだと、ターボのブースト圧が少し高めに出てたわ。ショックアブソーバーのセッティングも見直さないと」

そこへ、二階堂頼子が眼鏡を光らせながら小走りにやってきた。

「美幸ー! 夏実ー! 大事件よ!」

夏実はボンネットから顔を上げ、ニヤリと笑った。

「あ、頼子。また監察の話? 蟻塚警視正、まだ怒ってる?」

頼子は息を弾ませながら、手にしたタブレットを二人に突きつけた。

「それどころじゃないの! 昨夜の関越〜榛名山の区間、監視カメラとドライブレコーダーの映像が……一部、妙に綺麗に欠落してるのよ! しかもトゥデイの量子通信ログが、なぜか『通常パトロール中』って記録されてる! 美幸、あなたまた署内のネットワーク勝手に弄ったでしょ!?」

美幸は眼鏡の奥で小さく微笑み、肩をすくめた。

「必要最低限のバイパスよ。コトハさんのギャランVR-4がガードレールにぶつかった瞬間とか、ダブルクラッシュ未遂の部分は……ちょっと都合よく編集しておいたわ。庄司慎吾みたいな危ない真似は、公式記録に残す必要ないもの」

そのとき、駐車場の入り口から白髪交じりの中嶋剣が、右手に包帯を巻いたままゆっくり歩いてきた。

警部補時代から数えて、もうすぐ定年というベテランだ。

「……おい、お前ら。昨夜の件で本庁から連絡が来たぞ。『墨東署交通課のミニパトが、夜中に妙義・榛名方面で不審な高速走行をしていた』って……」

夏実は豪快に笑いながら、中嶋の肩をバシンと叩いた(中嶋は少しよろけた)。

「中嶋! 心配性だなー! 大丈夫だってば。あたしたち、ただの『特別訓練』だったんだよ。ほら、外国から来た走り屋さんたちと合同で!」

そこへ、佐賀あかり(22歳)が最新型パトカーから降りてきて、クールに報告した。

「先輩方、おはようございます。……昨夜の件で、コトハさんという女性から連絡がありました。右手首の捻挫は軽傷で済んだそうです。でも、『あの旧式のトゥデイにやられたのは屈辱だ』って、かなり悔しがってました」

美幸はトゥデイのボンネットを優しく撫でながら、静かに言った。

「ふふ……ギャランVR-4のプライドを傷つけてしまったわね。でも、ランエボの原点であるあの車を、ダブルクラッシュで潰そうとするなんて……庄司慎吾の二の舞だったわ」

夏実は両手を腰に当て、仁王立ちになった。

「ま、結果はトゥデイの勝ち! フルスロットルで回避して、相手を自滅させたんだからな! 次はちゃんと正々堂々勝負しようって、メッセージ送っておいたわ!」

頼子が眼鏡を輝かせながら、興奮気味に付け加えた。

「それにしても、美幸の運転……昨夜のデータ見たら、危険運転レベルSを軽く超えてたわよ? AIがまたバグってるって言ってるけど、本当はバグじゃなくて正しい判定なんじゃないの!?」

美幸は眼鏡をくいっと押し上げ、いつもの温和な笑顔で答えた。

「夏実が『もっとブースト上げて!』って言うから、仕方なく……」

駐車場に、いつもの墨東署交通課らしい笑い声が響き渡った。

中嶋はため息をつきながらも、苦笑いを浮かべた。

「……お前ら、まだ現役で走り回ってるのか。俺はもう腰が……」

夏実は中嶋のもう片方の肩もバシンと叩き、ニヤリと笑った。

「中嶋、結婚の話はまだ生きてるんだろ? でも今は仕事中! まずは今日の違反取り締まりをフルスロットルで終わらせてからよ!」

美幸がトゥデイの運転席に乗り込み、エンジンを軽くかけてみた。

E07A型エンジンが低く唸り、ターボの残響が朝の空気に溶けていく。

「さて……今日も平和ではなかったわね、墨東署」

夏実は助手席に飛び乗り、ドアを勢いよく閉めた。

「よし、美幸! 行くわよ! フルスロットルで!」

白黒のミニパトは、再びエンジンを咆哮させ、2026年の夏の朝の街へ飛び出していった。昭和の香りを残したホンダ・トゥデイと、二人の婦警コンビ。昨夜の激しい峠バトルも、今日の日常も——墨東署交通課は、相変わらず、平和ではなかった。

でも、それでいい。

伝説は、まだまだ続いていく。

 

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