2026年、夏の午後。
墨東署交通課の駐車場は、いつものように穏やかだった……はずだった。
ホンダ・トゥデイ(JW1前期型)のボンネットを開けてエンジンルームをチェックしていた小早川美幸は、眼鏡の奥でふと動きを止めた。
「夏実……何か、変な気配がするわ」
その言葉とほぼ同時に、駐車場の入口から甲高いエンジン音が響き渡った。
ドゥルルルルルルルルルル……!
黒く重厚なハーレーダビッドソンFLSTFが、派手なマントをなびかせながら飛び込んできた。
運転しているのは、マスクと野球のユニフォームに身を包んだ、あの男——ストライク男。
マントの裾が風を切り、ヘルメットの上に被った野球帽が斜めにかぶさっている。
相変わらず、どこからどう見ても「謎の走り屋兼自称正義のヒーロー」だった。
ストライク男はハーレーを急停止させ、地面にブーツを叩きつけるように降り立つと、右手を高く掲げて叫んだ。
「ホームラン女! そして……ホームラン女2号! 久しぶりだなァァァ!」
辻本夏実はトゥデイの助手席から勢いよく顔を出し、目を丸くした後、すぐに豪快に笑い飛ばした。
「うわっ! ストライク男!? お前、まだ生きてたのかよ! しかもあの恰好、54歳のあたしに向かって『ホームラン女』って……相変わらずね!」
ストライク男はマントを翻し、胸を張って仁王立ちになった。
「ふははは! 俺は永遠のストライク男だ! お前が俺の魔球を打ち返したあの日から、俺はお前を一生のライバルと定めた! 今日こそ決着をつけようじゃないか、ホームラン女!」
美幸は眼鏡をくいっと押し上げ、ため息混じりに微笑んだ。
「ストライク男……あなた、相変わらず無茶苦茶ね。デトロイトから帰国したって話は聞いてたけど、まさかこんなタイミングで現れるなんて」
ストライク男はハーレーのシートに腰掛け、ポケットから真新しい野球ボールを取り出した。
「聞け! 俺は最近、墨東区の治安を守るために夜な夜なパトロールを続けている! だが……お前たち婦警コンビが、昨夜、榛名山で外国の走り屋どもと派手に暴走していたという情報をキャッチした! これは正義の名の下に、俺が裁かねばならん!」
夏実は両手を腰に当て、ニヤリと笑った。
「へー、情報通じゃん。で? どうやって勝負する気? まさかまた、あの魔球を投げてくるんじゃないでしょうね?」
ストライク男はボールを高く掲げ、自信満々に叫んだ。
「その通り! 特別ルールだ! お前がこのボールを打ち返せたら、俺の負け! だが打ち損ねたら……お前たちのトゥデイを、俺のハーレーで一騎打ちの勝負に持ち込む! どうだ、受けるか!?」
その瞬間、駐車場にいた二階堂頼子が眼鏡を光らせながら駆け寄ってきた。
「わー! ストライク男久々! ホームラン女再戦!? 私、動画撮っていい!?」
美幸は小さく肩をすくめ、トゥデイの助手席からアルミバットを取り出した。
昔、美幸が手作りした「ストライク男対策用特製バット」だ。
「仕方ないわね……夏実、久々にやってあげる?」
夏実は目を輝かせ、制服の袖をまくりながらバットを構えた。
「もちろん! あたし、54歳になってもホームラン女の称号は譲らないわよ! 来なさいよ、ストライク男! フルスロットルでぶっ飛ばしてやるわ!」
ストライク男は低く笑い、マントを翻して助走をつけた。
「覚悟しろ……これが俺の新必殺球、『2026年バージョン・ストライク・メテオ』だ!」
次の瞬間、ストライク男が全力でボールを投げた。
高速で回転する白い球が、夏実に向かって一直線に飛んでくる。
夏実は怪力全開でバットを振り抜いた。
ガキィィィィン!!
乾いた快音が駐車場に響き渡り、ボールはもの凄い勢いで空高く飛び上がり——――墨東署の屋根を越えて、遠くの河川敷へと消えていった。
ストライク男はマスクの下で絶句した。
「……また……ホームラン……!?」
夏実はバットを肩に担ぎ、豪快に笑い飛ばした。
「ははっ! どうだ! まだまだ現役よ、ストライク男! あんたの魔球、昔より遅くなってんじゃない?」
美幸は眼鏡の奥でくすりと笑い、トゥデイのボンネットを優しく叩いた。
「ストライク男……あなたも歳を取ったのよ。もう無茶な勝負は控えた方がいいわ。……でも、久しぶりに楽しかったわ」
ストライク男は肩を落とし、マントをだらりと垂らしながらハーレーに跨がった。
「くっ……今日も俺の負けか……。だが、次は絶対に……!」
そこへ、遠くから原付のエンジン音が猛烈に近づいてきた。
「ちょっとあんた! また私の特売品の野菜をぶっ壊したでしょ!? 弁償してもらうザマスー!」
原付おばさんが、目を吊り上げて突進してくる。
ストライク男は慌ててハーレーを発進させながら叫んだ。
「うわぁぁぁ! またかよ! ホームラン女、次こそは決着だぞおおお!」
ハーレーが煙を上げて逃げていく後ろを、原付おばさんが全力で追いかけていく。
駐車場に残された美幸と夏実は、顔を見合わせて大笑いした。
夏実はバットを振り回しながら叫んだ。
「はははっ! 相変わらずのストライク男だったな! でも、あいつがいると退屈しないわね!」
美幸は眼鏡を押し上げ、トゥデイのドアを開けながら静かに微笑んだ。
「ええ……墨東署は、今日も平和ではなかったわね」
二人は同時に声を揃えた。
「「でも、それでいい!」」
白黒のミニパトは、再びエンジンを軽く唸らせた。昭和のトゥデイと、二人の婦警コンビ。
そして、謎のストライク男。2026年の墨東署交通課は、今日も変わらず、賑やかで、熱くて、少しだけ馬鹿馬鹿しい日常を続けていく。
翌日
墨東署交通課の駐車場は、ストライク男が原付おばさんに追いかけられて去ったばかりの、ほんの少しの静けさを保っていた。
白黒のトゥデイのボンネットに寄りかかり、眼鏡を軽く押し上げていた美幸は、ふと遠くから聞こえてくる低く野太いターボの唸りに耳を澄ませた。
ドゥルルルルルルルル……!
低く、重く、しかし洗練されたエンジン音が近づいてくる。
スコーティアホワイトの輝きを放つ三菱ランサーエボリューションⅡが、駐車場に滑り込むように入ってきた。
ボンネットのエアスクープが鋭く陽光を切り、ワイドボディが優雅に路面を這う。
リアウイングが誇らしげに空を切り裂いていた。運転席のドアが勢いよく開き、降りてきたのは——水色ショートヘアを風になびかせ、赤い瞳を鋭く光らせる女性メイドだった。
リュシー・ムーアクロフト――――彼女はスコーティアホワイトのエボⅡに片手をついたまま、腕を組んで一同を睨みつけた。
メイドエプロンの白が、黒いボディとのコントラストで異様に映える。
「あたしも参加して構わねえか?」
美幸は眼鏡の奥でわずかに目を細め、凜々しい婦人警官らしい微笑みを浮かべた。
「あなたは?」
リュシーは赤い瞳を細め、黒い手袋をはめた手を腰に当てて答えた。
「あたしはドロテアお嬢様のメイドでピクシス・マスールのリュシーだ。お嬢が選んだなら受け入れるが、変な事をしたらぶっ飛ばすからな」
その言葉に、助手席から顔を出していた夏実が目を輝かせ、豪快に笑った。
「ドロテアさんの?」
リュシーは小さく鼻を鳴らし、短い水色の髪を指でかき上げながら頷いた。
「ああ、お嬢から話全部聞いた。昨夜の榛名山の件も、コトハの自滅も……全部な。で? この旧式のミニパトが、お嬢たちを相手にフルスロットルで走り回ったって本当か?」
夏実はトゥデイのボンネットをバシンと叩き、怪力全開の笑顔で胸を張った。
「本当よ! あたしたちのトゥデイ、ニトロ噴射装置までぶっ込んで、ギャランVR-4のダブルクラッシュすら華麗に回避したんだからね! あんたもエボⅡ乗り? スコーティアホワイト、めっちゃカッコいいじゃん!」
美幸は静かに微笑み、トゥデイのドアに手をかけながら言った。
「リュシーさん……ドロテアさんのメイドさんだったのね。昨夜はハリエットさん、ケイトさん、ミリアムさん、そしてドロテアさん……みんな強かったわ。でも、あなたも加わるなら、ますます賑やかになりそう」
リュシーは赤い瞳をキラリと光らせ、唇の端をわずかに吊り上げた。
「ふん……お嬢が気に入った相手なら、多少は付き合ってやるよ。けど、変な真似したら容赦しねえからな。特にその怪力女……夏実だっけ? お前が一番危なっかしいって聞いたぞ」
夏実は豪快に大笑いし、リュシーの肩を軽く叩こうとした(リュシーは素早く身を引いて避けた)。
「ははっ! いいね、そのノリ! あたしたち、墨東署交通課の婦警コンビよ。フルスロットルで走るのが仕事……じゃなくて、正義よ!」
そのとき、駐車場の奥からハリエット・ミルズがピレネーブラックのエボⅢを軽くバックさせて近づいてきた。
黄金色の瞳を細め、くすくすと笑う。
「リュシー様……遅いですよ。もうみんな揃ってるのに」
ドロテアもクイーンズシルバーのエボⅠから優雅に降り立ち、扇子を広げながら微笑んだ。
「ふふ……リュシーも来てくれたのね。では、改めて……墨東署の婦警さんたちと、うちのメイドチームで、もう一度榛名山を走りましょうか?」
ミリアムとケイトもそれぞれのエボから顔を出し、笑い声を上げた。
リュシーはスコーティアホワイトのエボⅡに再び跨がり、赤い瞳でトゥデイを真正面から見据えた。
「いいぜ。旧式の軽ミニパトがどこまで持つか……あたしが試してやるよ」
美幸は眼鏡を押し上げ、トゥデイの運転席に滑り込んだ。
「夏実、行くわよ。リュシーさんも加わって……今日も平和ではなさそうね」
夏実は助手席に勢いよく乗り込み、ニトロの赤いボタンを軽く指で撫でながら叫んだ。
「了解! リュシー、覚悟しとけよ! あたしたちのトゥデイは、フルスロットルで逮捕しちゃうぞ!」
駐車場に、五台のエンジンが一斉に低く唸りを上げた。
昭和の香りを残したホンダ・トゥデイ、白黒のボディに大きな警光灯を載せた伝説のミニパト。
そして、スコーティアホワイトのエボⅡを加えたメイド走り屋チーム。
2026年の墨東署は、今日も平和ではなかった。
そして当日…。
墨東署交通課の駐車場は、突如として異様な熱気に包まれていた。
ホンダ・トゥデイの横には、スコーティアホワイトのエボⅡから降りたばかりのリュシーが腕を組み、赤い瞳で不機嫌そうに辺りを見回している。
ハリエット、ケイト、ミリアム、ドロテアのメイド走り屋チームも、好奇心と呆れが入り混じった表情で集まっていた。
そこへ、再びあの甲高いエンジン音が響き渡った。
ドゥルルルルルルルルルル……!
黒いハーレーダビッドソンFLSTFが、派手なマントを大きくはためかせながら駐車場に飛び込んできた。
ストライク男だった。彼はハーレーを急停止させ、マスクの下から熱い息を吐きながら叫んだ。
「ホームラン女! ホームラン女2号! そして……謎のメイド軍団まで揃ってるだと!? ふはははは! これは最高の舞台だ!」
夏実はトゥデイのボンネットに寄りかかったまま、両手を腰に当ててニヤリと笑った。
「また来たのかよ、ストライク男。原付おばさんに追いかけられて逃げたばっかりじゃない」
ストライク男はマントを翻し、胸を張って仁王立ちになった。
「黙れ! あの件は一時的な撤退だ! 今こそ真の決着をつける時が来た! お前が俺の新必殺球『2026年バージョン・ストライク・メテオ改』を打ち返せたら、俺の完全敗北を認めてやる! だが、打ち損ねたら……この駐車場で俺と一騎打ちのフルスロットル勝負だ! ハーレーVSトゥデイ!」
リュシーが水色ショートヘアを揺らして、赤い瞳を細めた。
「……は? 何この変なマスク男。お嬢、こいつに関わっていいんですか?」
ドロテアは優雅に扇子を広げ、くすりと笑った。
「ふふ……面白いじゃない。須藤京一の言葉を借りるなら、勝負とは己を試すもの。見てあげましょう」
美幸は眼鏡をくいっと押し上げ、トゥデイの助手席から例の特製アルミバットを取り出した。
「仕方ないわね……ストライク男、あなたも相変わらずね。いいわ、受けて立つわよ。夏実、準備はいい?」
夏実は怪力でバットを軽々と振り回し、目を輝かせた。
「もちろん! 54歳になってもホームラン女の称号は絶対に譲らないわ! 来なさいよ、ストライク男! フルスロットルでぶっ飛ばしてやるわよ!」
ストライク男は低く笑い、マントを大きく広げて助走をつけた。
「覚悟しろ……これが俺の究極奥義! 『ストライク・メテオ・バースト2026』だ!」
次の瞬間、ストライク男が全身の力を込めてボールを投げた。
高速回転する白い球が、まるで流星のように夏実に向かって飛んでくる。
空気を切り裂く甲高い音が駐車場に響き渡った。
夏実はバットを大きく振りかぶり、怪力全開で一気に振り抜いた。
ガキィィィィィィン!!!
乾いた快音が炸裂し、ボールはもの凄い勢いで真上に飛び上がり——――墨東署の庁舎屋根を軽々と越え、遠くの空へ消えていった。
一瞬の静寂の後、ストライク男が絶句した。
「……また……ホームラン……だと……!?」
夏実はバットを肩に担ぎ、豪快に大笑いした。
「はははっ! どうだ! まだまだ現役よ、ストライク男! あんたの魔球、2026年バージョンでも遅いわよ!」
リュシーが赤い瞳を丸くして呟いた。
「……マジかよ。あの怪力女、ただの婦警じゃねえな」
ハリエットは黄金色の瞳を輝かせ、くすくす笑った。
「面白いですね……この人たち、本当に漫画みたい」
美幸は眼鏡の奥で優しく微笑みながら、ストライク男に声をかけた。
「ストライク男……あなたももう少し大人になったらどう? でも、今日の勝負は私たちの勝ちね」
ストライク男は肩を落とし、マントをだらりと垂らしながらハーレーに跨がった。
「くっ……また負けたか……。だが、次こそは……絶対に……!」
その言葉が終わらないうちに、遠くから再び聞き覚えのある原付のエンジン音が猛烈に近づいてきた。
「ちょっとあんたー! 今度は私の特売のスイカまでぶっ壊したでしょ!? 弁償してもらうザマスー!」
原付おばさんが目を吊り上げ、全力で突進してくる。
ストライク男は慌ててハーレーを発進させ、悲鳴を上げた。
「うわぁぁぁ! またかよおおお! ホームラン女、次こそは決着だぞおおお!」
ハーレーが煙を上げて逃げていく後ろを、原付おばさんが鬼のような形相で追いかけていく。
駐車場に残された一同は、呆然としながらも大笑いした。
夏実はバットを振り回しながら叫んだ。
「はははっ! 相変わらずのストライク男だったな! リュシー、お前も見ての通りだぜ! 墨東署は毎日こんな感じなんだよ!」
リュシーはため息をつきながらも、口元に小さな笑みを浮かべた。
「……ったく。お嬢、この人たちと一緒に走るの、本当に大丈夫かよ?」
美幸はトゥデイの運転席に乗り込み、エンジンを軽くかけた。E07A型エンジンが低く唸り、ターボの残響が夏の風に溶けていく。
「さて……ストライク男との勝負も終わったことだし、みんなで榛名山に向かいましょうか。リュシーさんも、よろしくね」
夏実は助手席に飛び乗り、ニヤリと笑った。
「よし! フルスロットルで行くわよ!」
駐車場に、五台のエンジンが再び一斉に唸りを上げた。
昭和のトゥデイと、四人のメイド走り屋たち、そしてストライク男の残した余韻。
2026年の墨東署交通課は、今日も平和ではなかった。
でも、それでいい。
二人の婦警と、新しい仲間たちによる、熱く、騒がしく、笑いに満ちたフルスロットルの一日が、まだまだ続いていく——逮捕しちゃうぞ!