2026年、夏の夜が深まった頃。
墨東署を後にした一行は、首都高湾岸線へと向かうルートを取っていた。
先頭を走るホンダ・トゥデイ(JW1型)の白黒ボディが、街灯の下で鈍く光っている。
美幸がハンドルを握り、夏実が助手席でニトロのスイッチに指を這わせていた。
その背後に、五台のランサーエボリューションが美しい光の帯を描いていた。
ピレネーブラックのエボⅢ(ハリエット)、スコーティアホワイトのエボⅣ(ケイト)、モナコレッドのエボⅤ(ミリアム)、スコーティアホワイトのエボⅡ(リュシー)、そしてクイーンズシルバーのエボⅠ(ドロテア)。メイド走り屋チームのフルメンバーだ。
しかし——突然、後方から猛烈な加速音が迫ってきた。
ブォォォォン……!
鮮やかなブレイズレッドのRZ34フェアレディZが、ヘッドライトを全灯にしたままトゥデイの左側に並走してきた。
運転席の男は、黒いサングラスをかけ、冷たい笑みを浮かべている。
「よう、墨東署の婦警ども……そして、余計な走り屋どもが揃ってるな」
美幸は眼鏡の奥で表情を硬くした。
「あなたは……?」
男はアクセルを煽りながら、嘲るように答えた。
「近藤の息子の近藤零だ。親父が昔、お前たちに散々な目に遭わされた『特別交通機動隊』の仇を討ちに来た。RZ34で、親父のZ32の仇を取る!」
夏実がドアを少し開け、怪力の気配を漂わせて叫んだ。
「はぁ!? 親の因縁を息子が引きずるなんて、昭和のドラマかよ! とにかく邪魔よ、退きなさい!」
近藤の息子はニヤリと笑い、RZ34を急激に左へ寄せた。
ドンッ!
トゥデイの左リアフェンダーに、意図的な接触。
昭和の軽ボディが大きく軋み、アルミホイールが路面を削る嫌な音が響いた。
「この……!」
美幸の声が低くなる。
トゥデイのボディに傷がついた瞬間、彼女の冷静さがわずかに崩れた。
「夏実、ニトロ準備。……この子を傷つけた報いは、きっちり払わせるわ」
しかし、近藤の息子はさらに加速。首都高のS字カーブで再びトゥデイに体当たりを仕掛けようと迫ってきた。
その瞬間——五台のエボリューションが、一斉に動いた。
ハリエット(エボⅢ)がアンチラグを全開にし、派手なバックファイアを夜空に吹き上げながらイン側に切り込む。
ブォン!
バンッ! バンッ!
ケイト(エボⅣ)とミリアム(エボⅤ)が左右から挟み撃ち。
リュシーはエボⅡで大胆にカウンターステアを当て、ドロテアのエボⅠは優雅に、しかし容赦なくRZ34の進路を塞いだ。
五台のエボが一斉にバックファイアを連発し、夜の首都高を赤い炎と白煙で染め上げる。
近藤の息子は慌ててハンドルを切ったが、すでに遅かった。
「くそっ……何だ、このメイドども!?」
ハリエットのエボⅢがRZ34のリアを軽く小突き、ミリアムのモナコレッドが強引にラインを崩し、リュシーのエボⅡがカウンターステアでさらに角度を付け、ケイトとドロテアが前後を完璧に封鎖。RZ34はバランスを完全に失い——
ガシャァァァン!!
首都高の路肩で派手に横転した。
ブレイズレッドのボディが何度もバウンドし、屋根を地面に擦りながら止まる。
トゥデイは綺麗に減速し、横転したRZ34の横に並んだ。
夏実はドアを開け、怪力で軽々と近藤の息子を引きずり出した。
「よし、拿捕完了! 危険運転、器物損壊、婦警の相棒に傷をつけた罪……全部で逮捕しちゃうぞ!」
美幸はトゥデイから降り、傷ついた左リアフェンダーを優しく撫でながら、静かに言った。
「近藤警部補の息子さん……親の仇討ちだなんて、愚かね。このトゥデイは、20年以上一緒に走ってきた私の相棒よ。傷一つ許さないわ」
五台のエボリューションが、バックファイアの残煙をまだ漂わせながらトゥデイの周りに整然と並んだ。
ハリエットが黄金色の瞳を細めて笑った。
「ふふ……私たちのエボ軍団も、ただの飾りじゃありませんよ」
リュシーは水色ショートヘアを掻き上げ、赤い瞳で横転したRZ34を睨みつけた。
「ったく……お嬢の友達を傷つけるなんて、許さねえよ」
ドロテアは優雅に扇子を広げ、静かに微笑んだ。
「ハイパワーターボプラス4WDの真価……存分に見せつけて差し上げましたわ」
ミリアムとケイトはくすくす笑いながら、トゥデイの傷を心配そうに覗き込んだ。
夏実は近藤の息子を地面に押さえつけ、ニヤリと笑った。
「親父の時代と同じね。結局、墨東署の婦警コンビと、その仲間たちには勝てないわよ」
美幸は眼鏡を押し上げ、トゥデイのボンネットを優しく叩いた。
「さて……修理代はしっかり請求するわ。みんな、ありがとう。今日もフルスロットルで、守ってくれて」
首都高の夜風に、五台のエボリューションと一台のミニパトのエンジン音が重なり合った。
翌日
墨東署交通課の駐車場は、昨夜の首都高での激しいカーチェイスの余韻をまだ引きずっていた。
トゥデイは、いつもの定位置に停まっていたが、左リアフェンダーには大きな擦り傷とへこみが残り、RAYS Volk Racing TE37のホイールにもわずかな傷が刻まれていた。
美幸は眼鏡を押し上げながら、傷ついたボディを優しく撫で、ため息をついた。
「この子……近藤の息子にやられた傷、結構深いわね。今日中に板金屋さんに持ち込まないと」
そこへ、夏実が工具箱を抱えて勢いよく現れた。
54歳とは思えない元気さで、トゥデイの横にしゃがみ込み、傷を指でなぞる。
「美幸ー! 昨夜のRZ34、横転した瞬間が最高だったわ! でも……この傷、許せないわね。あの親子、代々墨東署を舐め腐ってるわ」
美幸は小さく微笑みながら、NEC・PC-9801の画面で修理見積もりを確認した。
「ええ。近藤警部補の事件からもう何十年も経つのに、息子まで同じ道を歩むなんて……本当に愚かね。あの009事件のとき、親父は私たちにZ32を横転させられて、すべてを失ったというのに」
夏実は怪力で工具をガチャガチャ鳴らしながら、豪快に笑った。
「親の仇討ちだって? ははっ! 結局、息子も同じように自滅したじゃない。エボ軍団のアンチラグ連発バックファイアでライン崩されて、カウンターステアの嵐に巻き込まれて横転……あの光景、忘れられないわ!」
そのとき、駐車場にメイド走り屋チームの面々が続々と集まってきた。
ハリエットは腕を組み、黄金色の瞳を細めてトゥデイの傷を見た。
「ふん……昨夜は派手にやられましたね。このミニパト、意外と脆いんですか?」
リュシーは水色ショートヘアを掻き上げ、赤い瞳で不機嫌そうに言った。
「あたしがあのRZ34をもう少し早く潰してれば、トゥデイに傷なんてつかなかったのにな。お嬢の友達を傷つけた奴、許せねえ」
ケイトは紫色の髪を揺らしながら、明るく笑った。
「でもみんなで協力して横転させたの、かっこよかったよ! バックファイアの連発、夜の首都高が赤く染まってて最高だった!」
ミリアムはトゥデイの傷を心配そうに覗き込みながら、呟く。
「ボクももっと早く動けたらよかったのに……ごめんね、トゥデイちゃん」
ドロテアはクイーンズシルバーのエボⅠに優雅に寄りかかり、扇子を広げて静かに微笑んだ。
「須藤京一の言葉を借りるなら……ハイパワーターボプラス4WDは、ただの力ではなく、仲間を守るためのもの。昨夜はよくぞ皆で守ってくれましたわ」
そこへ、二階堂頼子が眼鏡を光らせながら小走りにやってきた。
「美幸ー! 夏実ー! 大ニュース! 昨夜の首都高の件、監察から連絡が来たわよ! 近藤の息子は現行犯逮捕で、危険運転致傷と器物損壊の容疑で送検されたって! 親父の009事件の再来だって、署内がざわついてるの!」
夏実はバシンとトゥデイのボンネットを叩き、ニヤリと笑った。
「当然でしょ! 親子揃って墨東署を舐め腐ったツケが回ってきたのよ。親父のZ32が横転したときと同じように、息子のRZ34も綺麗にひっくり返ったわ!」
美幸は眼鏡の奥で静かに頷きながら、トゥデイの傷をもう一度撫でた。
「近藤警部補は当時、私たちに『警察の誇りを傷つけた』と憤慨されて、結局すべてを失った。息子も同じ過ちを繰り返したわね……。親の因縁を引きずるなんて、本当に無駄なこと」
リュシーが赤い瞳を鋭く光らせて付け加えた。
「次に同じような奴が来たら、あたしが真っ先にぶっ飛ばしてやるよ」
ハリエットがくすくす笑いながら、三つ編みを弄んだ。
「まあ、昨夜は楽しかったですね。エボ軍団とミニパトの共闘……またやりましょう?」
駐車場に、いつもの賑やかな笑い声が広がった。
中嶋剣が白髪交じりの頭を掻きながら、苦笑いを浮かべて近づいてきた。
「……お前ら、昨夜も派手にやってくれたらしいな。俺はもう腰が痛くて追いつけねえよ」
夏実は中嶋の肩をバシンと叩き(中嶋はよろけた)、豪快に笑った。
「中嶋! 心配すんな! あたしたちはまだまだ現役よ! 親子二代にわたる因縁も、フルスロットルでぶっ飛ばしてやるわ!」
美幸はトゥデイの運転席に乗り込み、エンジンを軽くかけた。
E07A型エンジンが低く唸り、ターボの残響が朝の空気に溶けていく。
「さて……今日は修理と通常業務ね。でも、近藤親子の件はしっかり記録に残しておくわ。墨東署は、二度と同じ過ちは繰り返さない」
夏実は助手席に飛び乗り、拳を握りしめた。
「よし! 今日もフルスロットルで違反取り締まりだ!」
五台のエボリューションがエンジンを軽く吹かして応じ、駐車場に美しいターボの唸りが響き渡った。
2026年の墨東署交通課は、今日も平和ではなかった。
でも、それでいい。
昭和のトゥデイと、メイド走り屋たちのエボ軍団、そして墨東署の婦警コンビは親子二代の因縁すら笑い飛ばしながら、まだまだ走り続ける——フルスロットルで、逮捕しちゃうぞ!