2026年、夏の朝。
墨東署交通課の駐車場は、いつもより少しだけ重い空気に包まれていた。
美幸が眼鏡を静かに押し上げ、みんなに向かって告げた。
「払い下げの警察車両が墨東署に届いたわ。JA4型ライフ……2代目ライフよ」
その瞬間、夏実の顔が一瞬で凍りついた。
「え!!?……ということはトゥデイは……」
美幸は言葉を詰まらせ、トゥデイの白黒ボディを優しく撫でながら、静かに目を伏せた。「……」
夏実はトゥデイの助手席に飛びつき、まるで別れを惜しむようにボディに抱きついた。
「美幸……別れるのは嫌だよぉ! この子は私たちの相棒だよ! 20年以上一緒に走ってきたのに……!」
美幸は夏実の背中を優しく抱きしめ、穏やかな声で言った。
「大丈夫よ夏実。トゥデイはまだ活躍出来るわ。私がちゃんと見守るから」
そこへ、猪瀬署長がゆっくりと歩いてきて、太い腕を組んだまま低い声で言った。
「小早川巡査部長が愛用しているミニパトはまだ動けるだろ? 退役するなら、イベント用車両として置いておくのも悪くないな」
夏実は顔を上げ、目を丸くした。
「え?」
猪瀬署長は髭を軽く撫でながら、穏やかに続けた。
「言葉通り、役割が変わるだけだ。トゥデイはこれからも墨東署のシンボルとして残る。パトロールは新しいJA4型ライフに譲って、イベントや広報、記念撮影用として残しておく。……お前たちの思い出も、一緒に残してやるよ」
夏実はトゥデイのボンネットに額を押しつけ、声を震わせた。
「本当に……? この子、捨てられるんじゃないの……?」
美幸は夏実の髪を優しく撫でながら、眼鏡の奥で小さく微笑んだ。
「ええ。本当に。この子はもう、私たちの『相棒』から『伝説』になるだけよ。新しいライフがパトロールを担当するけど、トゥデイはいつでもここにいるわ。……私たちがフルスロットルで走りたいときは、いつだって乗れるようにしておくから」
リュシーがスコーティアホワイトのエボⅡに寄りかかり、赤い瞳でトゥデイを見つめながら呟いた。
「……意外と優しい署長じゃねえか」
ハリエットが黄金色の瞳を細めて、くすくす笑った。
「ふふ……昭和のミニパトが、墨東署のマスコットになるなんて、なかなかロマンチックですね」
ミリアムはモナコレッドのエボⅤの横で、明るく手を振った。
「ボクもトゥデイに乗ってみたい! イベントのとき、一緒に写真撮ろうね!」
頼子は眼鏡を光らせながら、興奮気味に言った。
「わー! じゃあハチゴートレノとトゥデイのツーショットとかどう!? レアすぎるよ!」
中嶋は白髪交じりの頭を軽く掻きながら、苦笑いを浮かべた。
「……お前ら、相変わらずだな。トゥデイが引退しても、墨東署はこれからもフルスロットルで走り続けるってことか」
猪瀬署長は満足そうに頷き、太い腕を組んだまま言った。
「そうだ。新しいライフが前線を走り、トゥデイは後ろからみんなを見守る……それでいいんじゃないか」
夏実はトゥデイのボンネットに頰を押しつけ、ようやく笑顔を取り戻した。
「……わかったわ。トゥデイ、引退おめでとう……じゃない。お疲れ様。そして、これからもよろしくね!」
美幸はトゥデイの屋根の大きな散光式警光灯を優しく撫でながら、静かに呟いた。
「ありがとう……20年以上、本当にありがとう。この子はもう、私たちの誇りよ」
駐車場に、トゥデイのE07Aエンジンが、最後に低く優しい唸りを上げた。
新しいJA4型ライフが、隣のスペースに静かに停まっていた。
美幸は眼鏡をくいっと押し上げ、新型ライフのボンネットに手を置きながら、いつもの落ち着いた声で言った。
「さてと、折角届いたんだから改造するか」
その言葉に、中嶋がコーヒーの紙コップを止めて目を輝かせた。
「おおっ、やっぱりニトロを?」
美幸は小さく微笑み、眼鏡の奥で悪戯っぽく光る瞳を向けた。
「当然よ? ただパソコンはWindows11に変わるだけで、あとは変わらないわ」
夏実はトゥデイの横で工具箱を抱えたまま、勢いよく振り向いた。
「えええっ!? Windows11!? 美幸、ついにPC-9801から卒業するの!?」
美幸はJA4型ライフの助手席ドアを開け、中を覗き込みながら淡々と説明した。
「ええ。NEC・PC-9801はもう部品もほとんど手に入らないし、量子通信との連携も限界が来たから。新しいライフには最新の車載タブレットとWindows11を入れるわ。でも、ニトロ噴射装置はもちろん搭載するし、ターボももう一段階ブーストアップする予定。Alconのブレーキは継続、ホイールはRAYS TE37の新色を履かせるつもりよ。……要するに、外見と基本構造はできるだけトゥデイの面影を残しつつ、中身は現代仕様にアップデートするだけ」
リュシーがスコーティアホワイトのエボⅡに寄りかかり、赤い瞳を細めて聞いた。
「待て待て……Windows11ってことは、量子通信もさらに安定するのか?」
美幸は頷きながら、すでにノートパソコンを開いて改造プランを書き始めていた。
「ええ。旧型のPC-9801より処理速度が段違いに上がるわ。違反車両のリアルタイム追跡精度も上がるし、AIとの連携も強化できる。ただ、夏実の運転記録は相変わらず『危険運転レベルS』って表示されると思うけど」
夏実は新しいライフのボンネットをバシンと叩き、豪快に笑った。
「ははっ! それでいいのよ! 美幸がWindows11に変えても、このライフは絶対に『美幸仕様』になるわ! ニトロもターボもフルチューンで、フルスロットルで走るんでしょ?」
美幸は眼鏡を押し上げ、静かに、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん。トゥデイが引退しても、私たちの『相棒』は変わらないわ。この新しいライフには、トゥデイの魂をちゃんと受け継がせる。……名前も、ちゃんと付けてあげる」
夏実は目を輝かせて聞いた。
「名前!? どんな名前にするの?」
美幸は少し照れくさそうに、しかしはっきりと言った。
「『トゥデイⅡ』……どう?」
その瞬間、駐車場にいる全員が一瞬静かになった後、大きな笑い声が爆発した。
夏実は腹を抱えて大笑いしながら叫んだ。
「はははっ! 最高じゃん! トゥデイⅡ! Windows11搭載でニトロ噴射装置付きの新世代ミニパト!」
ハリエットがくすくす笑いながら三つ編みを弄んだ。
「昭和の魂を令和に受け継ぐ……なかなかロマンチックですね」
リュシーは呆れ顔で肩をすくめた。
「名前までトゥデイかよ……お前ら、本当にこの軽自動車に愛着ありすぎだろ」
美幸は新しいライフのボンネットを優しく撫でながら、静かに宣言した。
「さあ、改造開始よ。Windows11、量子通信強化、ニトロシステム一新、ターボブーストアップ……トゥデイⅡ、今日から本格的に生まれ変わるわ」
夏実は工具箱をガチャンと開け、ニヤリと笑った。
「了解! 美幸、今日もフルスロットルでやるわ!新しい相棒も、ちゃんと『逮捕しちゃうぞ』って叫べるようにしてやるからね!」
駐車場に、再びエンジンの唸りと笑い声が響き渡った。昭和のトゥデイはイベント車両として残り、令和のトゥデイⅡが、新たな伝説を刻み始めようとしていた。
墨東署交通課は、今日も平和ではなかった。
でも、それでいい。
フルスロットルで、走り続ける——トゥデイの魂は、決して消えない。