2026年、夏の午後。
墨東区の住宅街の一角にあるファミリーマート墨東店。
自動ドアが開くと同時に、夏実が両手を腰に当てて店内を見回しながら、感慨深げに言った。
「コンビニも便利になったわねー。なんか前よりおしゃれになった気がする」
美幸は眼鏡を軽く押し上げ、店頭のコーヒーマシンを眺めながら小さく頷いた。
「そうね。コーヒー一杯飲めるようになったしね。セルフで好きなだけカスタマイズできるのもいいわ」
二人がコーヒーを受け取り、いつものようにイートインコーナーに向かおうとすると、ハリエットが緑色の長い髪を揺らしながら、後ろからついてきていた。
夏実はコーヒーの蓋を開けながら、ふと思いついたように言った。
「ねえ美幸、サークルK行かない? 久々にホットドッグ食べたい気分」
その瞬間、ハリエットが黄金色の瞳を細めて、呆れたようにため息をついた。
「サークルKはとっくに撤退してますよ」
夏実はコーヒーカップを傾けたまま固まった。
「えー? じゃあサンクスは?」
ハリエットは黒い手袋をはめた指で自分の三つ編みをくるくると巻きながら、淡々と答えた。
「ありません」
夏実は本気で驚いた顔になり、間の抜けた声を上げた。
「ほえー」
美幸が眼鏡の奥で軽く眉を寄せた。
「ほえーって何よ」
ハリエットはくすくすと笑いながら、まるで授業をするように説明を始めた。
「一から説明しましょうか?昔はサークルKとサンクスがたくさんあったんですけど、ファミリーマートと経営統合したあと、全部ファミマの看板に変わっちゃったんですよ。
今じゃこの辺りも、どこに行ってもファミマばっかり。……あなたたち、警察なのにそんなにコンビニの歴史に疎いんですか?」
夏実はコーヒーを一口飲んで、遠い目をした。
「うわー、マジかよ……。私達がまだコンビ組んだばかりの頃にサークルKでよくホットドッグ食べてたのに……時代は変わるもんだなあ」ハリエットは黄金色の瞳を細め、黒い手袋をはめた指で三つ編みを軽く弄びながら、優雅に説明を続けた。
「サークルKとサンクスは、2001年頃に経営統合して『サークルKサンクス』という会社になりました。でも看板は別々のまま残っていて、サークルKの看板のお店とサンクスの看板のお店が混在してたんです。それが2016年9月に、ファミリーマートを運営する会社と、ユニーグループ・ホールディングス(サークルKサンクスの親会社)が経営統合しました。ファミリーマート側が実質的に主導権を握る形で合併したんです。結果、サークルKサンクスはファミリーマートの傘下に入り、約5,000店舗以上あったサークルKとサンクスの看板を、徐々にファミリーマートに統一していくことになりました。2018年11月30日をもって、国内のすべてのサークルK・サンクス店舗の営業が終了。看板の転換が完了して、今では日本全国で『サークルK』も『サンクス』もほぼ見かけなくなったんですよ。
この辺りも、昔はサークルKやサンクスが結構あったのに、今はどこに行ってもファミマばっかりでしょう?」
夏実はホットドッグを頰張りながら、しみじみと頷いた。
「へえ……そんな大掛かりな合併だったのか。なんか寂しいなあ。あたしたち、警察学校出てすぐの頃、サークルKのホットドッグとコーヒーでよく夜勤の息抜きしてたのに……」
美幸はコーヒーカップを両手で包み込み、静かに微笑んだ。
「経営効率を上げるためだったんでしょうね。コンビニ業界はセブン-イレブンが強すぎて、3位と4位が手を組まないと生き残れなかったみたい。結果として、店舗数は増えたけど、看板の多様性はなくなっちゃったわ」
ハリエットがくすくすと笑いながら、追加で説明した。
「余談ですが、サークルKは元々アメリカ発祥のコンビニで、日本以外ではまだ現存しています。am/pmもそうですよ。日本市場から撤退したブランドが、海外では普通に営業してるんです」
夏実はコーヒーを一口飲んで、遠い目をした。
「そうか……。私たちがコンビを組んだ頃は、まだ街にいろんな看板のコンビニがあって、選ぶ楽しさがあったのにね。今はファミマ一色か……。時代は本当に変わるもんだな」
ハリエットはコーヒーカップを優雅に持ちながら、黄金色の瞳を細めて続けた。
「am/pmも、同じような運命をたどりましたよ。元々am/pmは、アメリカのコンビニチェーンが日本に進出したブランドで、1990年代から首都圏を中心に展開していました。特徴は『おしゃれで高級感のある店内』『輸入菓子や冷凍食品が充実』『駅近やオフィス街に強い』という感じで、サークルKやサンクスとは少し違う雰囲気だったんです。でも、経営はかなり苦戦していました。主な撤退理由は以下の通りです:
1.親会社の経営悪化
am/pmを運営していたエーエム・ピーエム・ジャパンの親会社は、レックス・ホールディングス(牛角や成城石井を傘下に持つ企業)でした。
レックス自体が経営難に陥り、2009年頃にam/pm事業を売却する方針を決めました。
2.買収とブランド統合
2009年末にファミリーマートが約120億円でエーエム・ピーエム・ジャパンを買収。
2010年3月に正式に吸収合併されました。
その後、ファミリーマートは不採算店舗を大量に閉鎖(約370店近く)し、残りの店舗を順次ファミリーマートの看板に転換していきました。
3.業界再編の波
当時のコンビニ業界はセブン-イレブンが圧倒的1位で、2位以下の企業が生き残るために大規模合併を繰り返していました。
サークルKサンクスがファミリーマートと統合したのも同じ理由です。
am/pmは店舗数が約1,100店と中規模だったため、単独で生き残るのは難しく、ファミマに取り込まれる形になりました。
結果、2011年12月10日をもって、日本国内の全am/pm店舗が営業を終了。
最後の2店舗が閉店したのを最後に、am/pmの看板は日本から完全に消えました。」
夏実はホットドッグを頰張ったまま、しみじみと頷いた。
「へえ……am/pmもサークルKと同じ運命か。なんか寂しいな。私、am/pmの冷凍ピザとか好きだったのに……」
美幸はコーヒーを一口飲んで、静かに言った。
「コンビニ業界は生き残りが厳しいのよね。効率化と規模拡大が優先されて、個性的なブランドが次々と消えていく……。私たちが若い頃は、街にいろんな看板があって選ぶ楽しさがあったのに、今はファミマかセブンかローソンか……ほとんど3強だけね」
ハリエットがくすくすと笑いながら、最後に一言。
「でも、am/pmは今でもアメリカや他の国では普通に営業していますよ。日本だけが、業界再編の波に飲まれて消えてしまったんです。……あなたたち、昭和のミニパトに乗ってるのに、コンビニの歴史は意外と知らないんですね。ふふ」
夏実はコーヒーカップを置いて、豪快に笑った。
「うるさいわね! 私たちはトゥデイⅡの改造で忙しいのよ!でも……昔のam/pmのホットドッグ、たまに恋しくなるよなあ」
ファミリーマート墨東店のイートインコーナーに、少し懐かしく、少し切ない笑い声が響いたその時―――店内のBGMが突然途切れ、カウンターの方から甲高い声が響いた。
「動くな! 金出せ! 全部出せよ!」
黒いマスクとキャップを深く被った男が、ナイフを片手にレジを指差していた。
店員の女性が震えながらレジを開けようとしている。
夏実はコーヒーカップを置くと同時に、いつもの豪快な笑みを浮かべた。
「へえ……こういうことを経験するの何年ぶりかしら?」
美幸は眼鏡をくいっと押し上げ、冷静にため息をついた。
「30年ぶりってところね。あの時はまだサークルKはあったんだから」
ハリエットが黄金色の瞳を細め、黒い手袋をはめた指で三つ編みを軽く弄びながら、小声で言った。
「……本気で言ってます? あなたたち、本当に警察官なんですか?」
夏実は立ち上がりながら、制服の袖をまくり上げた。
「30年前のサークルK強盗以来ね。あの時はまだ私たち若かったもんな……美幸、いつもの感じでいく?」
美幸は静かにコーヒーカップを置き、眼鏡の奥で冷たい光を浮かべた。
「ええ。夏実は正面から。私が後ろに回るわ。ハリエットさんは、少し下がっていて」
男はナイフを振り回しながら叫んだ。
「早くしろ! 金全部出せって言ってんだろ!」
その瞬間——夏実が豪快に一歩踏み出し、怪力全開で男の腕を掴んだ。
男が驚いてナイフを振り上げようとしたが、夏実の怪力の前ではまるで子供の遊びだった。
一瞬で手首を捻り上げられ、ナイフが床に落ちる。
美幸は素早く男の背後に回り込み、冷静に手錠をかけながら言った。
「強盗罪、現行犯で逮捕します。抵抗は無駄よ」
男は地面に押さえつけられながら、信じられないといった顔で叫んだ。
「な、なんだよお前ら……ただの客じゃねえのかよ!?」
夏実は男の背中を膝で押さえつけながら、ニヤリと笑った。
「ただの客じゃないわよ。私たち、墨東署交通課の辻本夏実と小早川美幸。30年ぶりのコンビニ強盗相手に、ちょっと懐かしかったわ」
ハリエットは少し離れたところで腕を組み、呆れたように呟いた。
「……あなたたち、本当に婦警なんですね。普通の人は逃げるか隠れるかするのに、コーヒー飲みながら『30年ぶり』とか言ってるんですから」
店員の女性が震えながら頭を下げた。
「ありがとうございます……本当に助かりました……」
美幸は眼鏡を押し上げ、いつもの凜々しい笑顔で答えた。
「私たちの仕事ですから。……それに、ファミマのコーヒーが冷めないうちに事件を解決できてよかったわ」
夏実は男を引き起こしながら、豪快に笑った。
「サークルKの頃はまだ若かったけど、今も元気よ! 30年経っても、まだまだ現役よ!」
男は手錠をかけられたまま、ぼんやりと呟いた。
「……お前ら、ただの婦警じゃねえだろ……」
ハリエットがくすくす笑いながら、三つ編みを揺らした。
「ふふ……墨東署の伝説のコンビ、健在のようですね」
ファミリーマート墨東店の店内は、事件解決後も少しざわついていたが、
夏実と美幸のいつものドタバタした空気がすぐに戻ってきた。
美幸はコーヒーカップを再び手に取り、静かに微笑んだ。
「さて……冷めたコーヒーを温め直しましょうか。30年ぶりの強盗、意外とあっさり終わったわね」
夏実は男を連行しながら、振り返って笑った。
「次はサンクスかam/pmが残ってたらよかったのに……って、もうないんだっけ?」
ハリエットがため息をついた。
「……あなたたち、本当に警察官でよかったですね」
ファミリーマート墨東店は、今日も平和ではなかった。
でも、それでいい。
墨東署の伝説の婦警コンビは、30年経っても、相変わらずフルスロットルで、
街の小さな事件すら笑い飛ばしながら走り続けている。逮捕しちゃうぞ——!
(ファミマのホットドッグも一緒に)