底辺退魔師、ボロボロの魔法少女を拾う   作:非表示

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 頭痛っつ……

 

 事務所にある応接用のソファに寝転がっていた俺は、腰をさすりながら体を起こす。

 

 すると、そこはいつも通り(・・・・・)の事務所の中だった。

 

 割れたはずのガラスはまるで何事もなかったかのように復元している。

 あの魔法少女も、あの悪魔染みたなにかも、影も形もなくなっていた。

 

 それに、骨折を疑うほどの痛みだった体も今は多少頭痛がする程度だ。

 

「まさか夢? 金がなさ過ぎて脳が現実逃避でも始めたのか?」

 

 そう疑うには十分な光景だった。

 

 だが、ソファの前の机を見ると同時に疑念は解消される。

 そこにはコンビニのおにぎりと緑茶が置かれていた。

 

 おにぎりを重石にしてノートのページを切り取ったような一枚の紙があり、俺はそこに書かれていたメッセージに目を通す。

 

 

『門限があるのでまた後日お礼にお伺いします。回復魔法はかけましたが一応安静に。修復魔法で建造物は元の状態に戻し、周囲の人間の記憶も精神干渉魔法で消しましたのでご安心ください。

 ――橘桃花(たちばなももか)

 

 

 うん……どうやら、さっきの出来事は夢じゃなかったらしい。

 

 それにしてもあれだけの建造物を破壊しておいて、一瞬でなかったことにした挙句、道路沿いにあるこの事務所での出来事を完全に秘匿できるほどの広域記憶操作、更には回復能力……

 

 退魔師だったら全部がかなり上位の能力だ。

 そもそも退魔師は霊体に対しての力は豊富だが、物理的な干渉力を持つ能力はかなりレアだったりする。

 

 多分、あの魔法少女は恰好や相対する敵からして退魔師とはまったく違うなにかなのだろう。

 

 それにしても後日お礼に伺いますって……嫌だなぁ、俺は今月の家賃のことを考えるので必死なのに……

 できれば面倒には巻き込まないで欲しいものだ。

 

 

 ◆

 

 

 翌日。1件の仕事すら舞い込まず平和(ひま)な金曜日の午後を過ごしていると、事務所のチャイムが鳴った。

 

 仕事の依頼か?

 頼む、俺でも解決可能な案件であってくれよ!

 

 俺はそう願いながら扉を開ける。

 

「いらっしゃい」

「こんにちは」

 

 そこにいたのは一人の女子高生だった。

 近くの高校の制服を着ているセミロングの黒髪に縁なしの眼鏡の少女。

 昨日の魔法少女に比べるとかなり地味な恰好だ。

 

「高校生? なにか悩み事?」

 

 たまにある。

 オカルトかぶれの子供が興味本位で訪ねてくることが……

 本当に心霊現象に悩んでいるなら保護者と一緒に来るだろうし、この子もきっとそういう――

 

「昨日はお世話になりました」

「えっと……昨日?」

「私です。橘桃花です」

「聞き間違いかな……俺の記憶ではその娘はたしか全身真っピンクのかなりぶっ飛んだ格好の少女だったんだけれど……」

 

 この娘とあの魔法少女の似ているところと言えば身長くらいだ。

 顔付き……は、まぁ似ていると言われればそうとも言えなくないかな、っていうか衣装と髪の印象が強すぎて顔はそこまで憶えてない。

 

 でも、さすがに……

 

「雰囲気違い過ぎないか?」

「あ、あの恰好は魔法少女の力を使うための儀式(プロセス)のようなものなので……その、できれば記憶から抹消してください」

 

 魔法少女……未だに聞きなれない言葉だ……

 

「まぁ、あんたが昨日の超人と同一人物だってことはわかったよ。とりあえず上がりなよ、説明してくれるんだろ?」

 

 そう言って彼女を誘うと、橘桃花は「お邪魔します」と一礼して中へ入り、俺に促されるまま応接用のソファに腰を下ろした。

 

「コーヒーと紅茶と、一応オレンジジュースもあるけどどれがいい?」

「いえ、お構いなく」

「遠慮しなくていいぞ、昨日はおにぎりとお茶をご馳走になったし」

「そうですか、ではコーヒーを」

「はいよ」

 

 2人分のコーヒーをテーブルに置き、俺は彼女の対面に腰を下ろす。

 

「それで、あんたは本当に魔法……」

 

 口に出すのはちょっと恥ずかしいな。ニチアサにしか聞かない単語だし……

 

「あぁ……魔法少女なんだよな?」

「そうです」

 

 そうなんだ……

 

「あの、私も聞きたいのですが、あなたは何者なんですか? 魔力を操れるということは魔法少女に関係する方なのでしょうか?」

「悪いけど、魔法少女なんて単語はテレビの中以外で初めて聞いたよ。俺は……」

 

 数瞬言うか悩んだ。

 けど、彼女が自分の正体を明かしているのだから、俺だけ明かさないのはフェアじゃない。

 それに、この娘には命を救われた恩もある。

 

「俺はこの事務所の看板の通り【退魔師】だよ。霊能力者って言い換えてもいいかな」

「霊能力者……でも昨日は〝魔力〟を私に貸してくれましたよね? あれほどの力を使えたのは初めてです」

「あれは退魔師の間では『霊力』って呼ばれる力だ。でも君の……『魔法』でいいのかな?」

「はい。私が昨日使ったのは魔法と呼ばれる力です」

「その魔法の動力源に使えたってことは魔力=霊力って認識で問題なさそうだよな?」

「そうですね。私もそうだと思います」

 

 退魔師の突然変異?

 いや、そもそも……

 

「なぁ、あんたはなにと戦ってたんだ?」

「私……というか私たち魔法少女が戦っているのは『異界からの侵略者』です」

「異界……?」

「はい。昨日のあれを私たちは『異世界人(アナザート)』と呼称しています。まぁ人というにはかなり異常な形や能力を有していますが。私たち魔法少女はゲートの出現に伴って現場に急行し、被害が出る前にアナザートを討伐し続けています」

 

 神仏や怪異を含めて霊的存在は時に『この世ならざる者』と形容されることがある。

 それは彼らが物理世界とは別の次元に存在するからだ。

 

 けど、アナザートは次元の外の存在ではなく文字通り別世界の住人ってことか。

 霊的存在と少し似てるところがないこともない。

 だから霊力を操れるし、攻撃として効果があるんだろうか……?

 

「なるほどね。大体わかった」

 

 とりあえず、俺は一切なにも関係ないってことがわかった。

 今後も魔法少女の方々とは友好的かつ配慮と節度を持って、適切な距離感で接していきたいものですな。

 

「それで、ここからは個人的なお願いなのですが……」

「うん?」

「あ……あの……」

 

 照れるように頬を朱に染めた彼女は、若干の上目遣いで俺を見ながら呟くように言った。

 

「私をここでアルバイトとして雇ってくれませんか?」

「………………」

 

 アルバイト……?

 って、時給いくらだ?

 

「ごめん。無理」

 

 何故なら俺の預金残高が3200円しかないから。

 

「そ、そんな……!」

 

 なんでそんなにしょんぼりしてるんですかね。

 さすがに十個以上年下にそんな面されると申し訳ない気がしてくる。

 

 でもなぁ……金がないのが現実だしなぁ……

 

 

 プルルルルルルル!

 

 

 事務所の固定電話が鳴り響く。俺は「悪い」と声をかけて受話器を取った。

 

「はい、もしもし。一宮心霊現象相談所」

『あの、依頼があるのですが……どうか息子に憑りついた悪霊を祓っていただけませんか!?』

 

 女性の声は酷く焦燥しているように感じられる。

 藁にも縋るというか、そんな感じだ。

 

「息子さんの状態は? えぇ、はい、なるほど。住所を教えてください。北海道……明日向かうので私が到着するまで息子さんには極力近づかないようにしてください。はい、了解しました。ご心配なく、お任せください」

 

 安請け合いだろうか。

 俺には才能なんかないのに。

 でも、あんな声で懇願されたら断るわけにはいかない。

 

 それと……

 

「それで、一応報酬の件を確認しておかなければならなくてですね……」

『いくらでも払います。すぐにだと現金で300万くらいなら……』

「いえ、うちの事務所の依頼料は経費抜きで一律69800円なので……」

『それくらいなら明日手渡しします! お願いします、なんでもするので助けてください』

「了解しました。それでは」

 

 よし、これで家賃が払える。

 彼女から聞いた息子の症状的に、霊関連の事象なのは間違いない。

 

 でも問題は、その息子とやらに憑りついた怪異が俺になんとかできるレベルなのかどうか。

 

「あの、大丈夫ですか? なにかあったんですか?」

 

 キョトンと首を傾げ、魔法少女は俺を見つめる。

 彼女は昨日、俺の協力があったとはいえあの怪物を一撃で消し飛ばした実力者。

 

 はぁ……

 

「橘桃花、だったよな?」

「はい」

「明日って暇?」

「え? まぁ土曜日なので学校は休みですし、予定はありませんけど……」

「じゃあ、時給1000円でもいい?」

「それって……いえ、わかりました! それで大丈夫です!」

 

 勢いよく立ち上がった彼女はそう言って頭を下げた。

 

「明日依頼を一緒に受けて、それで君が役に立ちそうなら正式に雇うっていうのでどう?」

「はい、問題ありません! よろしくお願いします」

「そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺は一宮十矢(いちみやとうや)、職業は退魔師。よろしく」

「橘桃花。えと、円華高校1年4組で魔法少女です。よろしくお願いします!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 北海道行きの便が取れてよかった。

 旅費すらなかったからリポ払いだ。

 マジでこの依頼に失敗したら俺がバイトするしかないかも。

 

「悪いな、朝から飛行場に呼び出して」

「いえ、アルバイトは私からお願いしたことですので」

「ちゃんと今日中に帰れるようにしてあるから」

「ありがとうございます、一宮さん」

「あぁ、依頼人の住所も札幌だからそんなに時間もかからないはずだ」

「依頼人って、心霊現象の?」

「そうだな」

 

 俺が頷くと、橘は悩むようなそぶりを見せる。

 

「信用できないか?」

「すいません、そんなつもりじゃ……」

「いや、それが普通の反応だし、普通のヤツにとってはその方がいい。心霊現象に遭遇するヤツも、信じてるヤツも、少ないに越したことないからな」

 

 それが平和ってモンだし、デメリットなんて俺の財布の中身が質素になるくらいしかないんだから。

 

「でも、あんたが俺と一緒に働くなら信じてもらう。つうか、信じるしかなくなる」

 

 そんな会話をしながら飛行機に揺らされること約2時間。

 午前11時、退魔師(オレ)魔法少女(たちばなももか)は札幌空港に到着した。

 

 折角北海道まで来たんだし美味いもんでも食べたいな。

 まぁ、終わってからだな。

 

「すぐ依頼人の元にいくぞ」

「はい!」

 

 依頼人から聞いた対象の様子はかなり悪い状態だった。

 面倒なことになる前に解決する必要がある。

 

 

「ここだな」

 

 依頼人の自宅は結構大きめだった。

 三階建てで百坪くらいはありそうな広さをしている。

 ちょっとした金持ちの家って感じだ。

 

「妖怪とかがいるんですかね? なんだかドキドキします」

「大抵は昨日あんたが戦ってたヤツよりは弱いから大丈夫だよ」

 

 まぁ、それより俺の方が弱いけど。

 

 チャイムを押すと焦ったような声色で「霊能者の方ですか!?」という声がインターホンから響く。

 

「はい、一宮心霊現象相談所から来ました。一宮十矢と申します」

「助手の橘桃花です」

 

 橘は俺の業務内容を察してくれたのか、かなり大人っぽい恰好で来てくれている。

 身長こそ高校生くらいだが、メイクや服装から高校生と判断されることは少ないだろう。

 

 俺たちが名乗ると、すぐに玄関が開く。

 

「息子……息子が……ダメなんです。どんなお医者さまを連れて来ても、どんな祓い屋さんを連れて来ても全然ダメなんです……! お願いします、息子を、息子を……」

 

 出て来たのは四十代くらい女性。声からして電話をかけてきたのと同一人物だ。

 かなり錯乱しているように見える。

 

 北海道から東京に電話して来るくらいだ、俺以外にも霊能力者を雇ったのだろう。

 でも、この件が本当の異常現象なら自称霊能力者にはどうにもできない領分だ。

 

 そういう詐欺師は世界中に大量にいて、本物は多分1%にも満たない。

 まぁ、それだけ本当の怪異事件が少ないってことでもあるけど。

 

「落ち着いてください。これ名刺です」

「そんなのいいですから、お願いします……」

「わかりました。とりあえず息子さんのところに案内してください」

「はい、こちらです」

 

 心霊現象。

 それは、テレビや雑誌で取り上げられる精神病と区別がつかないようなものとは違う。誰の目に見ても明らかな現象として現れるものだ。

 

 扉を開けた瞬間……俺の顔面にゲーム機のコントローラーが飛んでくる。

 

「あっぶね」

 

 ギリギリでそれをキャッチし、部屋の中の様子を確認する。

 そこはまるで強盗にでも入られたみたいに荒らされていた。

 だが、問題は地面ではなく『空中』。

 

 花瓶。ゲーム。本。野球をしている写真。バットやグローブ。様々なものが部屋の空中を〝浮遊〟している。

 

「これって……」

 

 橘が息を呑んだ。

 この異常現象を起こしているであろう部屋の中心のベッドで横になる、大学生くらいの男を見てだ。

 

「なんだお前ら? 消えろよ。俺は今忙しいんだ。ババア、テメェもだ!」

 

 そう言ってがなり声を上げる彼の形相は、写真に写っている優しそうなものとは別人のようだった。

 

(かい)……なんでこんなことにぃ……」

 

 息子さんの名前を呟いた母親は悲痛な声をあげて座り込む。

 

「奥様、ここは私たちにお任せください。奥様は部屋の外で、誰も中に入れないでくださいね」

「わ、わかりました。息子をどうかお願いします」

 

 母親が扉を閉め、俺と橘と海くんの3人だけが部屋に残る。

 いや、一人は人間じゃないか。

 

「さて、そろそろ受肉は終わりそうか?」

「退魔師か……あぁ、この肉体、この精神、侵食するのに後数刻もあれば足りるぞ」

「そりゃマズいな」

 

 退魔師協会があるのは東京だ。

 そこに連絡してもエリートさまが到着するのに数時間かかる。

 俺が仕留められなきゃ、この悪霊は肉体を得て市街地に解き放たれるってことになりかねない。

 

 

 はぁ……やるっきゃねぇ……

 

 

 霊能力者の能力は生まれついての特性が九割を決める。

 生まれながらに肉体に刻み込まれた術式を使い、俺たちは妖魔を祓う。

 

 基礎的な霊力操作『常在結界』や『霊力譲渡』と違って、術式と呼ばれるものは後天的に強化や変化させることができない。

 せいぜい使い方を工夫するくらいが退魔師にできる努力の限界だ。

 

 そして、俺の力は……

 

天箭(てんせん)

 

 呟きながら俺は『弓』を構え、『矢』を番える。

 

「なに、してるんですか?」

「やっぱり見えないのか」

「え?」

 

 俺の手の中に現れた黄金の弓。

 それは霊体であり、一般人には目視することすらできない力。

 どうやら、魔法少女といえど霊体に対する干渉力はあまり持っていないらしい。

 

 こりゃ、アテが外れたかもな。

 

 まぁ、俺一人でどうにかできる案件なら問題はない。

 

「よかろう。撃ってみよ。退魔師……」

 

 青年に憑りついた悪霊は嗤う。

 俺の弓を見て、まるでバカにするように、残虐な笑みを浮かべる。

 

 俺はその意味を知っている。

 それは、俺の底をすべて見透かした、強者の余裕だ。

 

「ッチ」

 

 舌打ちと共に、俺は金色の矢を射る。

 しかし、横になった状態のソイツは片足を上げ、親指と人差し指で俺の矢を掴み取った。

 

「クハハハハハハハ!! 最近の退魔師はここまで弱くなっておるのか!」

 

 俺が放った黄金の弓が足の指の力だけで、パキリと折られる。

 

「クソが……」

 

 ずっと前から知っている。

 高校時代に嫌というほど知らしめられた。

 俺に才能はない。俺は強くない。

 俺は退魔師の中で底辺に位置する弱者。

 

 この悪霊に対抗するには俺では力不足だった。

 

「あの、あれってつまり憑依とか悪魔憑きとか依り代とか、多分そういう状態ってことですよね?」

「……? あぁ、そうだ。あのままだと完全に体を乗っ取られる。そうなったらあの青年ごと殺すしかなくなる」

「……なるほど」

 

 この状況を理解できていないのか、極めて冷静な声で橘はそう呟く。

 

「では、逆に言えば今ならまだ救えるってことですよね?」

「まぁ、そうだな。けど俺じゃ……」

「換装【ハーティア】」

 

 瞬間、橘の装いが大きく変化していく。

 黒を基調にしたシックなファッションだったのが一気に桃色のロリータ服に代わり、髪も黒のストレートから桃色のツインテールに変化していた。

 

 おぉ……改めて見るとすげぇ差だな……

 

「諦めないで」

「なんとかできるのか?」

「いえ、私の魔法ではあの方ごと殺してしまう。だから、幽霊退治は退魔師(あなた)の仕事です」

 

 橘が杖の先端を俺の背中に当てる。

 

「――接続」

 

 橘がそう呟いた瞬間、俺の弓に宿る黄金の輝きが強まっていく。

 

「なにをしているのかこそ見えませんが、一宮さんの魔力の流れを見て確信できました。あなたの力はあんなものではない」

「は?」

「あなたの体内を渦巻く魔力はあまりに非効率な流れ方をしている。なら私はただ、それを正す、だけでいい」

 

 

 ――ドクン。

 

 

 心臓が強く鳴動する。

 血流の速度が加速しているかのような、全身を巡る霊力の密度が増すような……

 

 脳に読み込まれた術式の情報が更新(アップデート)されていく――

 

 なんだこれ……

 これが俺……?

 

「どうぞ。あなたの超大な霊力(まりょく)を効率的に術式として運用すれば、きっと、祓わない方が難しい」

 

 いけるのか? 勝てるのか?

 底辺の俺が……俺なんかが……

 

 俺の背を押す(ステッキ)が、より強くなる。

 

 俺は、もう一度弓に矢を番え、初めて術式を使った時と同じような、閃くような感覚と共に頭に浮かんだ『言葉』を呟く。

 

天箭(てんせん)竜牙(りゅうが)】」

 

 竜の顎を象ったような黄金の一矢が、悪霊に憑りつかれた大学生へ向かう。

 かなりの近距離、外すわけもない。

 

「何度やっても無駄なことよ」

 

 だが、悪霊の方もさっきより霊力を込めて、今度は手の平で俺の弓を受け止め――

 

「な、に……?」

 

 グサリ、と手の平を貫通し、俺の黄金の矢は彼の胸を射貫いた。

 

「ま、待て! やめろ! 俺はこんなところで――」

 

 弓とは力の象徴であり、矢とは意志を運ぶ線である。

 

 故に、俺は命じる。

 

「悪霊、退散」

 

 パタリと、彼の藻掻く手足が落ち着く。

 そして……

 

 

 

「あれ、俺なにしてたんだったっけ? え、っていうか誰っすか!?」

 

 

 

 という風に、依頼人の息子は意識を取り戻したのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 発端は、彼が大学のサークルメンバーと共に山奥にある古い祠に訪れたことだったようだ。

 それから一週間ほど毎晩悪夢を見続け、一カ月が経つとその悪夢は寝ていない時にも幻覚として現れるようになった。

 

 そして二週間ほど前、彼――鮎村海(あゆむらかい)19歳は意識をかの悪霊に乗っ取られた。

 その後、悪霊は肉体との同化を始め、それは後数時間で完了するほどに進行していた。

 

 彼の母親は彼の心神喪失と周囲で起こるポルターガイストから、それが通常の病気ではなく呪いや悪霊の類だと思い、20人以上の聖職者や霊能力者に相談したが効果はなかった。

 

 そして、ついにはインターネットで東京にある俺の事務所を見つけ電話をかけて来たというわけらしい。

 

 ホームページ作っといてよかった。

 

 

 依頼料として、経費込みで約12万の報酬を手にすることができた。

 これで家賃が払えるぞ……!

 

「橘、事件も解決したし昼飯は海鮮丼でも食べるか。奢ってやるぞ」

 

 飛行場に向かうバスの中。

 俺が橘にそう言うと、彼女は少し不安そうに俺を見た。

 

「ありがとうございます。でもその前に、私は採用ですか?」

 

 今日の依頼は俺一人じゃ絶対に達成できなかった。

 今日の12万は橘のお陰で得られたと言ってもいい。

 

「採用!」

「よかった……」

 

 ほっとしたように橘は胸を撫で下ろす。

 

「けど、なんで俺のところでアルバイトなんてしたいと思ったんだ?」

「私……その……魔法少女の中ではかなり下っ端というか新米なんです。魔力量も少ないし……でもあなたといれば、あなたの魔力が多い秘密を知れるかと思って」

 

 なるほど、つまり俺と一緒か。

 俺も橘を自分の仕事に利用しようとして受け入れた。

 実際に今日はこいつに助けられた。

 

 でも俺に聞かれたからとはいえそれを正直に言うなんて、素直な性格なんだろう。

 

「俺もお前を利用した。お前のお陰で依頼を達成できた。お互い様だ、俺から得られるものがあるなら好きなだけ持っていけばいい」

「……はい。あなたが優しい人でよかったです」

 

 俺が優しい?

 酷い勘違いだ。

 誰かを救いたいなんて思いは、とっくの昔に捨てているのに。

 

 まぁけど、わざわざ訂正するほどのことでもないか……

 

 

 

「けど、採用に当たって一つ条件がある」

「は、はい。なんでしょうか?」

「俺を、おじさんと呼ぶのは禁止だ……」

「え、あ、はい。ごめんなさい?」

 

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