底辺退魔師、ボロボロの魔法少女を拾う   作:非表示

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「どこにですか?」

 

 まずった。

 霊体の鴉なんて橘には見えてなかったはずだ。

 なのに、俺が変なこと言ったせいで勘付かれる。

 

 杞憂ならそれでいいが、橘に事情を話すと付いてくるとか言い出しかねん。

 相手が一体の時ならともかく、今回は何体出てくるかわからない。

 霊も見えないこいつを連れて行くのは危険すぎる。

 

 それに悪霊が出現するのは基本的に夜。

 高校生を深夜まで働かせるわけにはいかない。

 

「……綺麗なお姉さんにお酒注いでもらえるお店」

「は?」

 

 橘の凍えるような眼光に、いたたまれなくなった俺は視線を逸らす。

 

「あの」

「はい」

「よくないですよ。経済的に。だからやめた方がいいです」

 

 あれ、思ったより冷静な感じだ。

 だが、ここで折れるわけにはいかない。

 

「男にはそういう時もあんの。未成年は早く家に帰りな」

「……私が注いであげます。それなら行かなくてもいいでしょ」

 

 なに言ってんのこいつ……?

 あんた未成年じゃん。そもそも俺酒強くないし。

 

 だが、ここで折れるわけにはいかない。

 

「色気があるお姉さんに注いでもらえるから意味あるの」

「……あ?」

 

 あぁ、恐い。

 さっき術式干渉でクソ痛い思いさせられたから余計に恐い。

 

「もういいです。勝手にしてください!」

 

 そう言って橘は事務所のドアを勢いよく開け閉めして出て行った。

 

「キレ過ぎだろ……」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 夜の墓地。

 そこでは悪霊が出現しやすい傾向がある。

 死者の怨念、というよりも死者を憂う生者の思念が指向性を持って集積するのだ。

 

 それが餓者髑髏という大妖怪に充てられ、黄泉の国から魍魎として現れる。

 

「カカカ」

 

 現れた異形。その様相はゲームとかに出てくるアレ……『スケルトン』に近い。

 

「さて、問題は俺の矢が通用するかどうか」

 

 天箭を呼び出し、構える。

 音はなく、物理的な衝撃もない。

 

 ラッキーなのは今回の相手は完全な霊体だってことだ。

 いわばその肉体は魂が露出しているようなものだ。

 なれば、俺の矢はその肉体に物理的な傷も与えることができる。

 

「悪霊退散」

 

 呟きと共に、矢が刺さった骨人の体が崩れだす。

 どうやら俺の弓矢でも問題なく祓える程度の雑魚だったらしい。

 

「おっと……」

 

 俺は消失を始めた骨人に近付き、右手の親指の骨を折って、それを持ってきた瓢箪(ひょうたん)の中へ入れた。

 

 協会へ報告するための証拠として右手の親指が必要らしい。

 そしてこの瓢箪は、本来は祓われれば消滅する『霊体の状態を保管』する魔具である。

 

 この指一本で2500円の特別手当(ボーナス)になる。

 30体も倒せば依頼一回分の金額だ。かなりいい。

 

「よし、どんどん行こう」

 

 この墓場は霊力で満ちている。

 霊気精錬を使える俺なら、一度に全霊力を使うとかしない限り霊力切れはない。

 

 俺でもやれる。

 

 そう思った瞬間、強烈な肌寒さを感じた。

 悪寒じゃない。あれは悪霊が発する霊力に充てられた状態で、常在結界を持つ退魔師は早々陥らない。

 

 もっと物理的な〝気温の低下〟を感じる。

 視界に〝白〟が降り注ぐ。

 

 雪……てか雹……?

 

「もう春も終わるぞ。なんだよコレ……」

 

 つーか、この『霊能力』はまさか……

 

「あれ、先輩じゃないッスか」

 

 雪の中を歩いて来たのは金髪マッシュに丸眼鏡の男だった。

 かなりの童顔と160cmの身長のせいで十代後半に見えるが、実年齢は26歳。

 俺の2つ下で、高校の時に1年だけ同じ校舎で授業を受けていた。

 

氷見(ひみ)か」

 

 氷見耀(ひみよう)。俺とは違って協会本部に所属する退魔師(エリート)だ。

 退魔師学校なんて一学年10人もいないから、被ってる人間の顔と名前くらいは憶えてる。

 

「お久しぶりッス。もしかして先輩も雑魚狩りッスか?」

「そうだけど、お前がいるならここは微妙だったな」

「ちょ、酷いッスよ。なんでそんなこと言うんスか?」

 

 そう言って氷見は横から近付いて来たスケルトンへ向かって腕を振る。

 そうすれば氷結が地面を走ってスケルトンまで伝い、その肉体を完全に凍結させた。

 

 霊的な効力を持つ氷を生み出し、操る。

 それが氷見の術式。俺とは比べることすら烏滸がましい出力だ。

 

「それだそれ。そんなこと隣でやられてちゃ、俺が狩る分なくなるだろ」

「へへっ、まぁこれでも一応本部勤務なんで」

 

 ジャケットのポケットに両手を突っ込みながら、氷見は軽く頭を下げて笑みを浮かべた。

 そういや、強い冷気を使うと放った部位がちょっと霜焼けになるんだったか。

 

 そのせいで学生時代からこいつは基本厚着だった。

 

「けど、先輩はいいッスよね。個人事業主だからこういう雑用には自由参加だし」

「上場企業の部長くらいの年収あるクセに何言ってんだよ?」

「それでも本部の中じゃ下っ端ッスよ。勢力争いで誰に付くのか考えるので必死ッス」

「贅沢な悩みだな」

 

 俺は年中金欠だってのに……

 

「けどまぁ、俺がどうしようもないような魔物を相手にしてくれてるんだから、感謝はしてるよ」

「……そうッスか。じゃあ先輩、一緒に狩りません?」

「それ、お前にメリットあるのか?」

「ないッスね。けど俺は本部の命令で来てるからボーナスとか出ないんすよ。だったら先輩にプレゼントした方がいいじゃないッスか」

 

 まるっきり寄生じゃねぇか。

 

「そんなズルいことできるかよ。俺は違う墓地へ行く」

「先輩って、昔からどうでもいいこと気にするッスよね。もっと楽しく生きればいいのに」

 

 毎週美容室行ってるんだろうなって髪型に、ガチャガチャといろんなところ付いたアクセサリー。

 年収も若さも実力もあって面もいい。そういう人生に憧れないって言えば嘘になるけど……

 

「俺も割と、最近は楽しいんだよ」

「……そう、なんスね」

 

 俺の見た氷見の表情は少し硬かった。

 

「それよりお前の方は――」

 

 言いかけた瞬間、〝悪寒〟が走った。

 

「先輩コレ……」

「あぁ、なんかヤバい」

 

 

 

 ――【王への贄を収集せよ】

 

 

 

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……

 

 なんだ……この感覚は……

 まるで、誰かの常在結界の中にブチ込まれたかのような不快感。

 

「ヤバ、まさか溢れた力だけでここまでとか……異常ッスよ……」

 

 起き上がる。立ち上がる。墓の下から骨が浮き上がり、骨格が形成されていく。

 人だけではない、犬、猫、狸、狐、熊……様々な動物の骨が『骸魔』として蘇っていく。

 

「囲まれたな……」

「そうッスね……」

 

 俺たちは背を合わせ、同時に術式を発動させる。

 

天箭(てんせん)

氷臨(ひょうりん)

 

 氷見が手を薙げば、数十体の骸魔(スケルトン)が一気に氷漬けになる。

 俺の矢も人型には通用してる……けど……

 

 熊のような骸魔に向けて放った矢は、その体に突き刺さることなく弾かれる。

 

 ヤツらの常在結界のレベルが、俺の術式の威力を超えた……

 

 しかも、動物の骨だけじゃない。

 どんどん数を増やす骸魔の中には、鎧のようなものを身に纏い、刀を携えた個体が確認できる。

 

「戦国武将でも召喚してんのか?」

「可能性はあるッスね。あいつらかなり硬いッスよ。先輩は一番弱いタイプをお願いします」

「クソ、悪いな……」

「まぁ、俺の方が強いんで」

 

 氷見が上空へ手の平を向けると、そこには氷で造られた巨大な槍が出現する。

 

 氷見が手を下ろすと同時に、それが骨魔の群れに突き刺さり、氷結領域を広げる。

 

 今の一撃で30体は逝った。

 やっぱり俺とは比べ物にならない威力だ。

 これが術式の差……退魔師の通念では覆ることのない才能の差。

 

 クソ、【竜牙】が使えりゃ俺も少しは役に立てるのに……

 

 今から橘を呼ぶ?

 間に合うわけねぇ。つうかバカか……なにを普通に女子高生をこんな場所に連れて来ようとしてんだ。

 

 つっても、氷見の能力は威力が高い分霊力消費は激しい。

 いくら霊気錬成があるとはいえ、連発してたらすぐ尽きる。

 

 結局、方法は一択か。

 

 今ここで――『術式操作』を会得する。

 

「はぁ……」

「先輩?」

 

 うるせぇ。ちょっと集中させろ。

 

 思い出せ、橘に教えられた術式の位置と形を。

 そこへ霊力を流し、術式の効果を拡張された感覚を。

 

「天箭【竜牙】!」

 

 黄金の矢が光を強める。引き絞り、放てば、その一矢は熊型の骸魔(スケルトン)を貫いた。

 

「悪霊退散!」

 

 熊型が霧散する。

 

「え、先輩!? 今のって……」

 

 出来た……こんなアッサリ?

 いや、喜ぶべきことだ。これなら俺も戦える!

 

 その思った瞬間、グラリと視線が歪んだ。

 

「なっ」

「え、大丈夫ッスか!?」

 

 立ってられないほどに頭が揺れる。立ち眩み? このタイミングで?

 絶対今の術式のせいだ。

 

 なんだ……考えると同時に霊力を操ればその理由はすぐにわかった。

 体の霊力がほとんどなくなっている。

 たったの一発で……どうして?

 

 以前、橘に支えられて使った時、橘は術式処理を『代行』したと言っていた。

 

 今回は自分でやった。違いはそれだけだ。

 そうか……俺の技量じゃ『術式効率』が悪すぎて、ロスが出過ぎるのか……

 

 クソ、流石に一朝一夕で覚えられる技術なはずがなかった。

 

 けどマズいな……

 

 俺も氷見も霊力が尽き掛けてる。

 このままじゃ、両方ともここで死ぬ。

 

「氷見、お前だけなら逃げられるだろ」

「え……」

 

 退魔師に筋力なんか期待できねぇ、俺を抱えて走らせるのは無理がある。

 けど、こいつ一人なら【氷臨】で囲いに穴を開けて逃げられる。

 下っ端の俺より、本部所属のこいつが生き残るのが正解だ。

 

「行け」

「け、けど……俺……」

 

 氷見の手足が震えている。

 まぁ、俺だってブルッちまいそうな展開だが、後輩がいる手前、俺がビビるわけにもいかない。

 

「さっさと行けっつってんだろうが!!!」

「ッ……! ご、ごめんなさい!!」

 

 そう言って氷見は氷の槍を包囲網の一角に放ち、その上にできた氷上を滑るように走っていく。

 

 背中が見えなくなるまで10秒とかからなかった。

 

 

 ――【その愚かしさ。愉快だ】

 

 

 黙れよクソ骸骨。

 骸骨の群れの中、一体だけ金色の鎧を纏ったボスみたいな奴がいる。

 さっきから喋ってんのはそいつだ。

 

 餓者髑髏本体ってわけじゃねぇだろうが、幹部的ななんかだろ。

 

「まだ一発くらいなら撃てんぞコラ」

 

 暗くなる視界の中、なんとか立ち上がり、弓を構える。

 

 氷見にはああ言ったが、俺は……やっぱりまだ死にたくねぇ。

 

 最後まで足掻かせてもらうぞ。

 

「天箭【竜――」

「嘘吐き」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、〝桃色〟のなにかが、ふわりと俺の背後に着地した。

 

「な、んで……」

「これが綺麗なお姉さんなんですか? まぁ生前はそうだったという可能性は否定できませんが……とても晩酌をしてくれそうには見えませんよ」

「見えてるのか?」

霊力(まりょく)操作、ちょっとできるようになってきたんです。それで目に魔力を集中させれば、少しですが見えるようになりました。維持するのはすごく疲れますけど……」

 

 こんな短期間で霊力操作を部分的にでも会得したのか?

 嘘だろ……天才かよ……

 

「私をここに連れて来てくれなかった理由って、多分私が見えないからですよね? じゃあそれは解決したので、もういいですね」

「……順序がおかしすぎるだろ。確認してから来いよ、非行少女」

「一宮さんだって嘘吐いたからお相子です。それに、なにか言うことがあるんじゃないですか?」

「……はぁ、ありがとう。助かった」

「ふふ、気が早いですね」

 

 早くねーよ。

 負ける気しねぇし。

 

「接続」

 

 俺の背に手を当てた橘が小さく呟く。

 その瞬間、あの時と同じように俺の術式がなにかと繋がる。

 けど、それは激痛なんて感じさせない。むしろ逆だ。

 

 もっと温かい、なにかに包まれるような感覚。

 

「今日の訓練で、術式(まほう)を〝慣れ〟させました。だから今回は、もう少し奥まで引き出します」

 

 やべぇ、なんだこの感覚……

 まるでこの世界の王様になったみたいだ。

 俺に逆らうヤツがいるのが、許せねぇ。

 

【なんだ。貴様ら、一体なにをしている? 止めろ! 掛かれ!】

 

 なんだこの骸骨共。まさか俺に歯向かおうとしてんのか?

 ふざけんなよ。誰に、誰の許しを得て……

 

「身の程を弁えろよ、愚民共」

 

 黄金の弓を引く。黄金の矢を真上へ射る。

 

【狂ったか、なにをしている!?】

 

 射た矢が空中で〝分裂〟する。

 

 数百……いや、千に及ぶ……矢の雨が……降り注ぐ。

 

 

「天箭【一矢千伏(いっしせんぷく)】」

 

 

 その矢の群の一矢には竜牙と同等の威力が込められている。

 術式効果は必殺。数は必中。

 

「土下座して、俺に服従したまま地に還れ」

 

 俺の言葉は現実となる。

 矢を浴びた骸魔の群れは、へりくだった姿勢のまま消えていく。

 

「あ、あの一宮さん?」

「あ、え、俺今なんて言ってた?」

 

 なんか、すげぇ態度でかいこと言ってなかったか?

 やばい、急に恥ずかしくなってきた。

 

「私にもなにか言ってみてください」

「揶揄うなって」

 

 なぜかわくわくしたような表情を俺に向けてくる橘を引っぺがし、俺は周囲の消えかけの骸魔から指を回収していく。

 

「なにやってるんですか?」

「ボーナスの回収。あんたも見えるなら手伝ってくれよ」

「もっと命令口調で言ってください」

「……おい」

「はい?」

 

 なんだよその「期待してます」みたいな顔。

 なんか怖い……

 

「さっさと拾え」

「へへ、はーい」

 

 なぜか上機嫌になった橘のお陰で、俺は60本の指を回収することができた。

 

「あ、そうだ。メールしとかねぇと」

「誰にですか?」

「ん? よくできた後輩。てか橘はどうしてここがわかったんだ?」

「……それは、内緒です」

 

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