底辺退魔師、ボロボロの魔法少女を拾う   作:非表示

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 5月10日日曜日。餓者髑髏との決戦まで残り14日。

 

 俺の事務所は深夜の活動が多いこともあって、午前10時に開所する。

 それまでに掃除とかを済ませようとしていると「ピンポーン」とチャイムが鳴った。

 

 まだ営業時間前だが、一応出るか。

 

「いらっしゃ……」

「先輩! 生きてたぁ!」

 

 昨日と違って髪はボサボサで、公園の木々を抜けたからか服も結構汚れてるし、サングラスにいたっては欠けている。

 そんなボロボロの状態で、氷見は俺の事務所を訪れた。

 

 いつぞやの魔法少女(たちばな)みたいだな。

 まぁ、あいつほどのダイナミックさはなかったけど。

 

 前と同じなら、たしかこいつの家は駅三つ分くらい離れてるから終電なくて帰ってないんだろ。

 協会本部も同じくらいの距離だし。

 

「って、生きてたじゃねぇよ。勝手に殺すな。つーかメールしただろ」

「そりゃ俺も信じてたッスよ? けど、先輩があんな軍勢に勝てるわけないじゃないッスか。なのに余裕そうな文面だったから、てっきり骸魔に操られてるか骸魔がメール出してんのかと」

 

 ナチュラルに煽ってくるのは多少ムカつくが、言ってることはまっとうだから言い返しようがない。

 

「心配しなくても見ての通り俺は無事だ。というかお前はとりあえず二階で風呂入って来い」

 

 俺は事務所の上の階にある自宅の鍵を投げ渡す。

 

「いいんスか?」

「あぁ」

 

 見られて困る物もないし、氷見みたいな高給取りがなにか盗るとも思ってない。

 

「服とかタオルとか、適当に使っていいから」

「じゃあお言葉に甘えて。あ、そうだ、後でちゃんと教えてくださいね。先輩の術式が〝強化〟されてた理由。きっとそれが、あのピンチを切り抜けられたのにも関係あるんスよね?」

 

 氷見が事務所の外の階段を上がっていくのを見送り、俺は掃除を再開した。

 目ざといヤツだ。

 

 

 

 午前10時。チャイムが押されることなく、事務所の扉が開かれる。

 

「おはようございます、一宮さん」

 

 いつもとは違って私服姿の橘は、そのままリラックスした動きでソファへ腰かける。

 

「日曜だからって開所時間から来なくてもいいんだぞ」

「だって練習の続きをしないといけないじゃないですか」

「まぁそうだけど……」

 

 今日は氷見がいるからな……

 橘の技術は退魔師からすると革新的過ぎる。

 喉から手が出るほど欲しい逸材だ。

 いや、退魔師という存在そのものが進化するための宝物と言っていい。

 

 俺をぶっ殺してでも取りに来るヤツなんてごまんといるだろう。

 

「今日はやめ……」

 

 言いかけたところで、事務所の扉が開く。

 

「ねぇ先輩、ドライヤーってどこに……」

「え?」

「え?」

 

 俺のトレーナーとジャージパンツを着た氷見が、髪をタオルで拭きながら事務所に入って来て、ソファに座っていた橘と視線が合う。

 

「「誰?」」

 

 声が重なる。

 俺の部屋には視られちゃいけないものはないが、橘の存在を氷見に気取られるのはまずい。

 魔法少女という存在を協会本部へ報告されたら、橘が退魔師に狙われる可能性がある。

 

「橘、こっちは氷見耀、俺の退魔師としての後輩だ。氷見、この娘は橘桃花、ここでバイトとして雇ってる」

「……バイトッスか? 年中金欠の先輩が?」

 

 薄い笑みを浮かべながら、氷見は橘へ近付いて行く。

 

「初めまして、桃花ちゃん」

「……初めまして」

「君、霊とか見えるの?」

 

 橘が伺うような視線を俺に向けた次の瞬間、橘の座るソファの背もたれに手を置き、氷見が橘に顔を近づけた。

 その腕は俺と橘の視線を塞ぐようだった。

 

「俺は君に聞いてるんだ。君さ、もしかして……」

「やめろ」

「先輩は黙っててください。これは協会本部に属するものとしての捜査ッスから」

「お前じゃねぇよ」

「え?」

「橘、お前が今やろうとしてることをやめろっつってんだ」

 

 その瞬間を何度も見たから、霊気の動きで橘がなにをしようとしてるのかなんとなくわかる。

 今にも変身しそうな勢いだ。

 

「あの、近いんですけど? ていうか、キモいんですけど?」

 

 俺の位置からじゃ橘がどんな顔をしているのかは見えないが、氷見の顔が引きつったのは見えた。

 

 霊と戦うのが本質の退魔師。

 異世界人(アナザート)と戦うのが使命の魔法少女。

 対人戦闘に優れるのはおそらく後者だ。

 

 いや、まぁそんなことは正直どうでもいい。

 問題はこいつらが暴れると俺の事務所が確実に破壊されるという一点。

 

 そんな面倒くさい展開は御免だ。

 

「氷見、そいつは俺の弟子だ。それ以上に説明が必要か?」

「……いえ。じゃあ先輩、次は先輩の術式が学生時代より強化されていたことについて、教えてもらってもいいッスか?」

「断る。お前には言えない」

「言えないって、俺は協会本部の退魔師ッスよ? 離反行為と取られてもおかしくないって理解してます?」

「してる」

「してるって……ははっ、先輩は相変わらずッスね。そんなにこの娘を大事にしてる時点で、重大な秘密があるって言ってるようなモンじゃないッスか」

 

 氷見は小さく笑って橘から離れた。

 そのまま俺に向き直る。

 

 氷見は学生の頃から、めざといヤツだった。

 人の隠しごとを見破るのに長けているというか、それを好むきらいがある。

 だから、あんまり友達は多そうじゃなかったな。

 

「けど、いいッスよ。俺からは先輩のことは術式のことも含めて本部には報告しません。それと決戦の時は俺の班に入れときますね」

「班?」

「本部の退魔師が班長としてそれ以外の退魔師を率いるんスよ。一班5人だったかな?」

「なんでお前のところに行かなきゃいけないんだよ?」

「決戦時に昨日みたいに危険な状態になって、先輩がアレを使うしかなくなったら、俺以外にもバレるッスよ? それに、俺ならこの娘の枠を開けるくらいはできるッスから」

 

 まさか、俺のために言ってくれてるのか?

 

「なんでそこまでしてくれる?」

「……そんなん、決まってるでしょ」

「え?」

「あぁ、その、なんつーか……昨日は、ありがとうございました!」

 

 礼を言った氷見は、照れたように顔を背ける。

 なんだこいつ……まさか最初からそれを言いにわざわざ事務所まで来たのか?

 

「はぁー、もういいでしょ。先輩、ドライヤーどこっすか?」

「俺は自然乾燥派だ」

「はぁ? 最悪、俺もう帰るッス」

 

 バタン、と勢いよく扉を閉めながら氷見は事務所を出て……

 

「その娘の師弟登録、さっさとしておいてくださいね!」

 

 もう一度開けて、そう言ってもう一度勢いよく閉めて、氷見は事務所を出ていった。

 

「あの人、実はいい人なんですか?」

「普通にいいヤツだよ。素直じゃねぇけど」

「……あなたと同じですね。一宮、先輩?」

「俺はお前の先輩じゃねぇ」

「ふふ、じゃあ教えてもらえますか? 〝決戦〟ってどういうことですか?」

 

 流石に、これで話さないわけにはいかないか。

 

 俺は氷見との関係、協会からの指令、餓者髑髏という大妖怪のことを、橘に説明した。

 

「ってわけで、二週間後にまぁまぁデカい戦いがあるんだよ」

「強制参加ですか……退魔師というのも大変なんですね」

「あのさ、一応言っとくけどあんたを連れて行く気は……」

「私も行きますよ」

 

 断言しやがったし……

 

「……あぁもう、なんでそうなる? メリットないだろ?」

「ありますよ。もしその戦いで一宮さんが死んだら私が強くなれません」

「他にも退魔師はいるぞ」

「それ本気で言ってます? 私って一宮さん以外の退魔師にとっては実験動物(モルモット)か、力の覚醒を促す触媒(ツール)ってところですよね? 一宮さんは私に人体実験でも受けて欲しいんですか?」

 

 どうやら俺の説明で自分の置かれている状況を橘も理解したらしい。高校生だとは思えないくらい賢い女だ。

 

「冗談です。でも、一宮さんが亡くなったら魔法少女(わたしたち)と退魔師の関係がどうなるかわかりません。だから私は魔法少女として退魔師のことを知らなければいけない」

「……あんた、そんなに気負うような性格だったか?」

「……今のは建前です。本音は単純、私はここのバイトで、あなたの助手で、それと師匠で弟子ですから。私はあなたに死んで欲しくない」

 

 真っ直ぐに俺を見て、橘はそんな思いを伝えてくる。

 スライムみたいな奴と戦ってから様子がおかしかったけど、今日は特にだ。

 俺みたいな消耗人材、そこまで重要に扱う意味はない。

 

 それでも『嬉しい』と、そう感じてしまうのは俺も退魔師としてまだまだってことなんだろう。

 

「仕方ねぇな。連れてってやるよ」

 

 そう言って視線を逸らした俺を見て、悪戯っ子のように笑う。

 

「ありがとうございます。でも、私も参加できるんですか?」

「氷見が言ってただろ? あんたを俺の弟子として師弟登録する」

「師弟登録?」

 

 退魔師には二種類存在する。

 先祖からの遺伝によって霊能力に覚醒した者。

 霊関連の事件に巻き込まれ、突然変異的に霊能力に覚醒した者。

 

 俺を含めた後者は、基本的に協会の人間にスカウトされ、霊能力者のための高等専門学校に通う。

 

 しかし前者は『術式効果』が遺伝していることが多いから、家で研鑽を積んだ方が効率がいい。

 そういう時に使われるのが『師弟登録』だ。

 

 霊能力者1人に付き3人までの弟子を持つことができ、弟子として協会に認められた人間は高等専門学校卒業者と同等に扱われる。

 

「要するに、俺の弟子として認められれば餓者髑髏との決戦に参加できる」

「なるほど、でも『認められる』ってことはなにか条件があるんですか?」

「あぁ、試験がある。今の人事部にいるのは……あの爺さんか……」

「爺さん?」

「流石にアポイントメントは必要だろうし、そうだな……明日行くか、協会本部」

「え、でも私の()力操作はまだまだですよ?」

「心配すんな、今のあんたなら受かるよ。俺じゃ足りないかもしれないが、保証してやる」

「……ふっ、足りないわけないじゃないですか」

 

 

 

 それから俺と橘は日が沈むまで事務所で練習をしていたが、いつも通り来客は一人も来なかった。

 

「今夜も墓地に行くんですよね?」

「あぁ、けどマジで無理しなくていいぞ? 明日も学校だろ?」

「そうですけど、大丈夫です。霊力操作を少しですができるようになったお陰か、疲労があんまり溜まらないんです」

「けどなぁ、深夜に女子高生を連れ回すってのもなぁ……」

「どうせ魔法少女の仕事が入ったら深夜でも行かなくちゃいけないんですから、気にしなくて大丈夫ですって。それでも心配なら、早く終わらせるようにしてください」

 

 早くか……

 まぁそれならできなくもなさそうだ……

 

 餓者髑髏の霊力が都内に溢れていて、昼の間に墓地や祠に残留する。

 それが夜になると餓者髑髏の呪いによって一気に混ざり、骸魔(スケルトン)として顕現するわけだ。

 

 だから餓者髑髏を倒すまで毎日間引く必要があって、そのせいで賞金(ボーナス)まで出てる。

 

 けど、逆に言えば一日で湧く数には限りがあるってことだ。

 それなら昨夜も使った【天箭・一矢千伏】で一掃できる。

 

「わかった」

「私たちなら余裕ですよ!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ――『悪霊』とはなにか?

 

 

 生物の死後、生物の霊的部分である『魂』はその肉体より放出される。

 それは本来、なにもしなければ霧散して消えていくだけのものでしかない。

 

 しかし極稀に、魂が『霊力を集める』特性を持つことがある。

 生前に得た『呪い』と呼ばれる感情をトリガーにして、魂が他の魂を喰らい始めるのだ。

 

 そうすると魂が有する霊力の総量が膨れ上がり、『悪霊』と呼ばれるものになる。

 

 つまり、〝一定以上の霊力をその身に秘めた高度知性(タマシイ)〟……その総称こそが、『悪霊』であり、悪霊は退魔師と同じように『霊力操作』や『術式』を有することがある。

 

 

 ――そして、『霊力』(とは)【魔力】である。

 

 

魔法少女(メスガキ)如きが、よくも、よくもこの我を……」

 

 バキリ、バキリ、とその悪魔の口元で音が響くたび、白い骨片が食べカスのように飛び散る。

 

 バキリ、ボキリ、ボリッ……

 

 

「魔力だ……魔力さえあれば……」

 

 

 ボキ、バリ、ボリ、バキ……

 

 それは生前『魔法使いとしての見識』と『魔法少女以上の魔法制御能力』……そして【呪い】を有して死んだ。

 

 呪い――それは生存本能ではなく、ゆえに己の損得でもなく、ただただ純粋に他者の不幸を願う心。

 

「魔王軍などどうでもいい。世界征服など知らん。我は……我は……あのゴミ共を……」

 

 

 ――条件は満たされている。

 

 ――その『悪魔』は、死後、『悪霊』へ転じた。

 

 

 悪霊を喰らい、融合することで、その悪魔は魔法ではなく魔力そのものをコントロールする方法を飛躍的に理解していった。

 

 

「あぁ……この恨み、晴らさでおくべきか……」

 

 

 魔将グレンダール。

 

 

 否。

 

 

 魔()グレンダールは、東京のとある墓地で――再誕する。

 

 

 

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