底辺退魔師、ボロボロの魔法少女を拾う 作:非表示
昨日と同じ目的地、昨日と同じ時間……橘が隣にいるということを除けば、昨日とほとんどなにも変わらない景色を眺めて墓地へ入っていくと、俺たちの前に
「昨日より少ないな」
「そうですね。でも、倒すんですよね?」
「あぁ」
俺の生活費のためだ。
それに、こいつらは今は雑魚でも放置して力を付けられると死人が出かねない。
「私も戦います」
橘の姿がみるみるうちに変化していく。
これは、橘自身の
この姿でないと強力な魔法は使えないのだとか。
「ハーティア・ストライク!」
橘が構えた杖の先端に、鮮やかな桜色の霊力が集約していく。
一条を描いて射出されたその一撃は、
俺の矢が刺さる時とはまるで違う。
スケルトンの体がバラバラになって吹っ飛ぶ。
俺とは重さが段違いだ……
「って、指どこ行った!?」
「あ、ごめんなさい!」
この
「橘さん」
「うっ……」
「俺に任せてくださいお願いします」
「はい……」
橘は申し訳なさそう目を伏せてに変身を解除してくれた。
それから橘には俺の術式の補助に回ってもらい、昨日と同じようにスケルトンを倒していった。
数も少ないし『一矢千伏』を使う必要はなさそうだ。『竜牙』で確実に仕留めていく。
「あれ、先輩今日も来たんスね。でもいいんスか? こんな時間に女子高生連れ回して」
そんな軽口を叩きながら現れたのは氷見だ。
そういや本部に指示されてこの墓地に来てるんだったか。
ならいて当然だな。遭遇したのが橘の変身を解除した後でよかった。
「弟子だからいいんだよ」
「退魔師の弟子だからって理由じゃ条例は許してくれないと思いますけどね。桃花ちゃんもこんばんは」
「こんばんは。これは私からお願いしたことなので、一宮さんを責めないでください」
「そうなんだ、勉強熱心だね。けど先輩たちが来るなら俺は必要なかったッスかね?」
「本部所属だろ? もっとやる気出せよ」
「そりゃ、先輩以外の退魔師だったらそういうパフォーマンスもするかもですけど……まぁ、先輩なんで」
おい、なんで俺だとやる気出さねぇんだよ、おかしいだろ。
「けど、霊力を温存できそうでよかったッス」
「また昨日みたいなことがあるかもしれないからか?」
「それもッスけど、昨夜この近くの墓地に向かった退魔師が全滅したらしいッスよ」
「は?」
「一応俺と同じ本部所属の退魔師も一人いたらしいんスけどね、個人のヤツ含めて7人死亡。あ、極秘なんで広めないでくださいね」
本部の退魔師なんて最低レベルが氷見と同等クラスの化物どもだ。それがいて全滅?
昨日の俺たちみたいなことがあったのか?
いや、それでも逃げるくらいはできるだろ。
「でも今夜はその墓地に本部の退魔師が5人行ってるらしいんで、さすがに解決するんじゃないッスかね?」
「そうか……」
一応橘に小声で「アナザートじゃないよな?」と聞いてみるが「それなら私に知らせがあるはずです」と否定された。
「先輩、あんまり俺が言えたことじゃないッスけど未成年に手を出すのは犯罪ですよ?」
「出してねぇよ」
「出されてません」
一周回って干支同じだぞ。
ちょっとは考えて喋れっての。
「お前こそ女遊びし過ぎて刺されないように気を付けろよ」
「刺されても凍らせて止血するんで大丈夫ッス」
こいつ女遊び激しいんだよな。
既婚者とかにも普通に手出すし。
まぁ、嫌がってる相手に迫るようなヤツじゃないから、俺が気にすることじゃないんだけど。
「それに最近は減ったんスよ? 今彼女7人しかいないし」
めちゃくちゃ多いじゃねぇか。
「最低ですね」
「辛辣だなぁ。一応みんなに他にも彼女がいるってことは伝えてるんだよ? 誠実じゃない?」
「意味がわかりません」
「ははっ、まぁ高校生には理解できないよね~」
「ムカつく顔ですね」
「顔ディス!? 酷くない?」
けど、橘との相性はあまりよくなさそうだ。
「お前、学生の頃とはだいぶ変わったよな」
「そうッスね……」
学生時代のこいつは、いわゆる『ボッチ』だった。
観察力に長けていて、けれど精神がそれに追いついていなかったというか、人の秘密に明け透けに踏み込んでしまうヤツだった。
でも今は、その観察力をコミュニケーションに活かす方法を得たんだろう。
「けどまぁ、悪くないんじゃないか? お前を想ってくれる人がいるってのは俺も嬉しいことだよ」
「先輩は変わんねぇッスね。性格も霊力も……」
「霊力……?」
「おい、見た目もそんなに変わってねぇだろ」
「……あはっ」
こいつ、あとで殴る。
そう思って拳を握りしめた瞬間、月の光が隠れるように影が差す。
その影はどんどん大きくなっていき、そして『言葉』を発した。
「やっと見つけたぞ。メスガキ……」
俺たちは一斉に上を見上げる。
山羊に近い角と顔、馬の蹄のような足、背から生えた蝙蝠の羽。
そして、3メートルを超える巨大な体躯。
西洋の伝説に登場するような『悪魔』がそこにいた。
「結界魔法【
なんらかの術式が発動した。
体が重い……まるで自然の霊力の質が変わったかのような、悪寒が体を震えさせる。
「この魔法は、まさか……」
「正々堂々名乗りを上げるとしよう。我が名は魔将……否、今は魔霊グレンダール。お前たちのような卑怯者共に引導を渡す者だ」
グレンダール?
って、たしか橘と初めて会った時に戦ってたヤツか?
なんで生きて……
いや、あれ霊体じゃね?
ってことは悪霊?
死んで悪霊になった?
「知り合いッスか? 先輩?」
「生前ちょっとな。まぁ、やることは変わんねぇよ」
「さっきのまほ……術式は一定範囲より外への脱出ができなくなる結界です」
「逃げる選択肢はないってことだね。めんどくさそ」
結界……それがヤツの術式か。
けど、俺が吹っ飛ばされた紫色の霊力の波動もある。
攻撃手段が乏しいわけじゃない。
それにもしアレが、俺と橘が二人でやってることを一人でできるんだとすれば……
「橘、悪いがもう隠せねぇ」
「はい。私もそう思っていたところです。換装【ハーティア】」
「えっ!? なにその恰好!?」
「氷見、できれば協会には言わないでくれるとありがたいが、その話はあとでしよう」
「りょ、了解ッス……」
俺も弓を出し、氷見も自分の術式を構えた。
交戦準備は整った。いや、あいつは俺たちが構えるのを待っていた。
「準備は整ったか? では、正々堂々と死合おうか」
そう言って、悪魔は俺たちの前に着地する。
「まずは俺がやる」
「接続――」
橘の術式代行によって俺の術式が拡張される。
よし、行ける。
「天箭【一矢千伏】!」
「……なんスか、その術式」
空中で分裂した黄金の矢は千本。
面での制圧。一本でも刺されば俺たちの勝ちだ。
「結界魔法【
霊痕知覚で視れば、あいつの異常さがよくわかる。
圧倒的な霊力によって全身をコーティングしている。
あれは、『常在結界』……? いや、硬度からしてもう別物だな。
俺の矢が肉表に弾かれる。
「一宮さん、私がやります」
「頼む」
橘の肩に手を置き、一気に魔力を流し込む。
橘の強みは圧倒的な破壊力だ。
今までその一撃に耐えたヤツはいない。
「
天より堕ちる桜色の大質量は、グレンダールの体を圧し潰し――
「結界魔法【
グレンダールが手の平を上に向けると同時に、黒い幕のようなものが出現する。
ドスンと……そこに落下してきた橘の魔法は、それに完全に受け止められた。
「マジか……」
間違いない。
こいつは悪霊になったことで、大量の霊力と圧倒的な術式制御能力の両方を持ち合わせている。
「この程度か? 許してやる、もっと卑怯なことをしろ。あの時のように、大勢で、手を取り合い、共に歩み、そんな卑怯でだらしない戦術をもっと使え。貴様らにはそれが似合っている」
協力することが卑怯ってか。
まぁ、それでくたばったお前からすりゃそうか。
「そうか。じゃあお言葉通り、もっとやってやるよ。――命令する、グレンダールを殺せ!」
「ぬ?」
さっきの一矢千伏は全部がグレンダールに命中したわけじゃない。
当たらなかったヤツはその奥へ飛んでいった。
そして俺の天箭は物理的な干渉力を持たないが故に、墓石を貫通し、悪霊に刺さる。
「全部で42体。ちょっと少ねぇが時間稼ぎくらいにはなるだろ」
カカカ、カカカ、カカカ、と骨が鳴る音と共に、周囲から
それらは俺の命令に従って、一斉にグレンダールへ飛び掛かった。
「さて、どうするか……」
「って、なんなんスかさっきの。それにこの子も……」
「今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ。とりあえず俺たちは今見せた術式が使える。それ以上のことは勝手に観察しろ」
「……そんな投げやりな」
「俺も少し霊力の回復に努める」
「了解しまし――」
ギロリと、グレンダールの視線が俺を見た。
「結界魔法【
そう唱えたグレンダールの右手の中に、さっきの黒い結界が円柱状に凝縮されて顕現する。
まるで、槍投げの選手みたいなフォームでこっちに……投擲しやがった。
「はぁ?」
なんじゃそりゃ……
円柱型の結界を、ぶん投げる……?
「ッチ、逃げ――」
いや、間に合わねぇ。
「氷臨」
氷見の氷が、俺たちを護る盾のように展開されるが……術式の威力に差があり過ぎる。
「まぁ、数瞬でも稼げれば御の字ッスね……」
氷見が俺と橘を突き飛ばす。
あの投擲の射程外まで……
「氷見!」
「ッ……!」
氷見が俺を見て呟く。
「頼みます」
その瞬間、氷見の側面に円柱が突き刺さり、その身体を吹き飛ばした。
ふざけんな……
「テメェは許さねぇ!」
「ククク……雑魚はよく吠える」
「一宮さん、無策で突っ込むのは」
「わかってる。策はある」
つっても、今しがたその策が吹っ飛んでいったから、少し時間は必要だが。
「橘、回復魔法で氷見を起こして『接続』するんだ。あいつの術式ならダメージを与えられるかもしれない」
「氷見さんと……それは、でも……」
「それしか方法はない。頼む」
橘の視線が悩むように泳ぐ。
少し寂しそうに、けれど決心したような表情で橘が頷いた。
「わかりました」
「じゃあ時間は俺が稼ぐから」
霊力回復なんてしてる暇はねぇ。
いや、霊気精錬を発動させながら戦えばいいだけだ。
「行け」
「はい! 魔力創成【ハーティア・ウィング】」
背中に羽を生やした橘が氷見の元へ飛んで行くのを確認しながら、俺は弓を呼び出す。
「天箭」
竜牙は霊力消費がデカすぎる。
普通の天箭で骸魔を射て、戦力を補強して、時間を稼ぐしかない。
「たまにいるよな、筋トレしたからって態度までデカくなるヤツ」
「クヒ……そうか、八つ裂きにしてくれる」
◆
一宮さんは知らない。
術式とは魂の奥にあるものだ。
接続とは
私の中にその人の精神が入って来るということだ。
最初は、あなたの依頼に付き合った時は仕方なくだった。そうしないと悪霊に乗っ取られかけていた青年が死ぬところだった。それに一宮さんには命を救われた恩もあった。
だから、接続した。
でも、その一回は思ったよりも辛くはなかった。きっとあの人がいい人だったからだ。
それに、あなたは私をまた救ってくれた。私の恐怖を一緒に背負おうとしてくれた。
だから、あなたになら接続してもいいと思えた。
でも――
「魔力創成【ハーティア・ヒーリング】」
「つっ……」
「大丈夫ですか?」
「桃花ちゃん? これって、もしかして回復の術式? そんなことまでできるの?」
「今はそちらの説明は省きます。一宮さんが一人で戦っているので急いで」
「無茶するなぁ……先輩は。わかった、説明して」
退魔師の
それを氷見さんに行い、グレンダールを倒す。
その作戦を私は氷見さんへ説明した。
「わかりましたか?」
「うん」
「じゃあ急いで」
「いやぁ……けど、嫌なんでしょ?」
まるで、私を見透かしたような表情で氷見さんはそう言った。
「え?」
「じゃあいいよ」
「ちょっと待っ……」
私の言葉を遮るように、氷見さんは話し出す。
「俺、先輩には感謝してるんだ――
きっと、俺が今こんななのは学生時代にあんまり人と仲良くできなかった反動だ。
人の顔を見て少し話せば、相手が嘘吐いたなとか、隠し事してるなとか、誰に好意を持ってるとか、誰が嫌いとか、なんとなくわかった。
でも、それを言うのが我慢できるほど大人じゃなかった俺は、人の秘密を明け透けにし過ぎて……嫌われた。
でも、先輩は違った。
あの人は多分アホだ。
あの人は俺がなにを言っても変わらずに接してくれた。
多分、究極的にはあの人は自分の立ち位置に興味がないんだよ。
でも、俺はそんな先輩に感謝してる。
あの人のお陰で、俺は人と接する幸せを知れた。
だからね、流石に先輩の愛弟子を寝取るわけにはいかないじゃん?」
途中までよかったのに……キモ……
やっぱりこの人と接続はしたくないな。
「でも……それしか方法が……」
「本当にそうなの?」
「……」
「君はなにか悩んでる感じだ。でも本当にそれしか方法がないなら、悩む必要なんてない。君みたいな頭のいい子ならそういう結論になるはずだ。でもそれでも君が悩めているのは、まだ他になにかあるから、でしょ?」
確信を持った表情で、彼は私に問いかける。
その見透かしたような表情はかなりムカつくけど、この人の言っていることは当たってる。
なんで……私は、覚悟してここに走ってきたのに……
厄介事でしかないはずの私を受け入れてくれて、しかも面倒事に私が巻き込まれないように私のことを退魔師の協会に報告もしてない。
むしろ、氷見さんから私のことを匿おうとまでしてくれた。
だからこそ……
「あります。でもそれは一宮さんを傷つけてしまうかもしれなくて……」
「大丈夫。君が本気でぶつかれば、先輩はそれに応えてくれる。俺の時みたいにね」
◆
「雑魚を嗾けるだけが取り柄か!? ニンゲン! その卑怯を捻り潰してくれる!」
「うるせぇ、筋肉だるま」
ヤツの攻撃手段は円柱の投擲だ。
それ以外を使ってこないところを見るに、遠距離攻撃の手札は多くないと見える。
多分、最初に会った時に使ってた波動も咄嗟のことで俺が観測できてなかっただけで、原理的にはあれと同じなんだろう。
だったら話は簡単だ。
あれを避けられる間合いを保ちながら、骸魔を射続けて時間を稼ぐ。
とは言え、霊力はギリギリ。
体力は並みのおっさん。いや、おっさんじゃねぇけど……
なにより、周囲の
「早くしてくれよ……」
願うように呟くと、それが神にでも通じたのか後ろから声が掛かる。
「一宮さん!」
「先輩!」
橘と氷見が駆け寄って来る。
「氷見、傷は大丈夫か?」
「はいッス。すごいッスよこの娘」
「知ってる。橘、接続はできそうか?」
「それなんですけど、氷見さんと接続しても勝てるかわかりませんよね」
「そうだが、それくらいしか手は……」
「私にはあります。協力してください」
真摯に訴えるような視線で、橘は俺を見る。
命の恩人、バイト、助手、弟子……
今更だ。
「俺はあんたを信用してる」
橘が俺の目を見て頷く。
そのまま氷見と相槌を交わすと、氷見がグレンダールの方へ少し近づく。
「二人がその作戦を実行する時間くらいは、俺が稼いでみせるッスよ」
「お願いします。氷見さん」
「いいよ。今度デートして」
「嫌です」
「ははっ」
なんか……仲良くなった?
いや、今はどうでもいい。
「それで橘、作戦って?」
「これまで私は一宮さんの術式を代わりに処理してきました」
「あぁ」
「ですが、接続を繰り返すうちに一つの可能性を自覚したんです」
「可能性?」
目を閉じ、大きく深呼吸して、少し頬を赤らめながら橘は言った。
「私と一宮さんの術式と魔法を【合成】します」