底辺退魔師、ボロボロの魔法少女を拾う   作:非表示

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 俺――一宮十矢(いちみやとうや)はその村の人間にとっては【救世主】だった。

 

 

「どうかお願いいたします。どうか、どうか……我らをお救いください」

 

 生後6年。

 本来なら小学校に通う年齢になっても、俺の活動範囲は木製の牢の中だけだった。

 

 村人が俺のところにやって来て、そして願う。

 

「この子をどうかお救いください」

 

 薬も効かない発熱。

 原因不明の動悸。

 

 医学の通用しないその呪いを、俺は射貫く――

 

「ありがとうございます。ありがとうございます! 救世主さま……」

 

 その村の近くの山には悪霊が住み着いていた。

 

 それは俺からしてみれば強大で、祓うなんてことは絶対にできない相手だった。

 けれど、その瘴気によって犯された人間から毒素を取り除く程度のことなら、俺の術式(ゆみや)でも可能だった。

 

 都会とはほとんど隔絶された小さな村、故にそこには絶対的なコミュニティが存在し、両親にとって俺という存在はその世界(むら)で地位を得るための道具だった。

 

 けれど、俺はその状況を別に苦だとは思っていなかった。

 生まれて6年間、俺は普通とか自由とかを見たこともなかったから、羨むべき存在を知らなければそれを望むこともなかった。

 

 それに、他人から感謝されるのはそう悪い気分でもなかった。

 

 

 けれど、ある日、村に退魔師がやって来た。

 その退魔師の目的は近くの山に住み着いた悪霊の討伐。

 

 俺が絶対に勝てないと思った相手をその退魔師は容易く片付け、そして俺に言った。

 

「お前には才能がある。それに、もうここじゃお前の仕事は残ってねぇ。俺と来い、お前はその力の使い方を知るべきだ」

 

 男は俺を牢から出してくれた。

 両親は俺が使えなくなったと知るや、俺をその退魔師に引き渡した。

 

 それが、俺の退魔師としての始まりだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「術式の合成……? なんだそれ、って説明してる暇もねぇよな」

 

 氷見の時間稼ぎだってそう長くは持たないだろう。

 今も俺が操るスケルトンが次々に破壊されている。

 

 時間はない。

 

「やってくれ」

「ありがとうございます」

 

 そう言って、橘桃花は俺の背に手を乗せる。

 

 橘の霊力が俺の中へ侵入し、なにかを探すように蠢く。

 

 いや、それだけじゃない。

 

 なんとなくでも術式の輪郭を把握できた今ならわかる。

 今、俺の中に入っているのは橘の魔法そのものだ。

 

「私はあなたの術式(まほう)に触れ、その更に奥にある技を引き出してきました」

 

 竜牙、一矢千伏、どちらも俺が術式を自覚できなかったゆえに未覚醒だった力。

 

術式(まほう)とは魂に刻まれている回路です。そこに接続し、より深い力を引き出すということはつまり、あなたの本性を引き出すということ。多分それが、あの時にあなたの人格が崩れた理由です」

 

 本性……

 

「一宮さんの術式の開発段階では、その最高値を術式制御だけで引き出すことはできません。だから、そこに私の魔法を混ぜることで強制的に限界を突破させます」

 

 何故か、苦しそうな声色で橘はそんな説明を続ける。

 なんでだ。強くなれるならいいことだろ。

 

「これから私は昨日とは比較にならない段階まであなたの奥にあるものを引き摺り出します。その結果あなたにどのような苦痛が発生するのかは、私にもわかりません」

 

 不安気に、橘は俺を伺う。

 

 たしかに、昨日の訓練はめちゃくちゃ痛かったな。

 

 あれよりさらに痛いのか。

 

 まぁけど、痛いだけならなんとでもなる。

 というか……

 

「俺もあんたも氷見も、やんなきゃ死ぬんだ。やる理由はそれだけで十分だろ?」

「ふふ、覚悟を問うつもりだったのに……覚悟が足りなかったのは私の方みたいですね」

 

 自虐的に小さく笑った橘が俺の背を押す力が強くなる。

 

「接続完了――合成開始」

 

 

 あぁ、脳が侵蝕(しんしょく)されていく。

 

 なんだ、この感覚……

 

 ブットブ――

 

 

「あなたの本能が私の中へ入ってくる。理解できる。

 あなたの根底にあるのは、他人を救うことで快感を得る【他者救済】という欲求。

 それ自体に価値があるから必要以上の対価を望む必要がない【善性】という名の欲望。

 そして、あなたの奥に眠るあなたという存在の究極的な在り方、それは酷く恩着せがましくて、他人の意志など無関係な救い――」

 

 

 俺という存在が他者を救う――

 

 俺にとってそれは、他のなにとも比べようもないほどに快楽的で、愉悦的で、満たされる行為だ。

 

 そのために必要な力を得たことによる万能感が、俺のそんな気持ち悪い正義感と混ざって、ドロドロになっていく。

 

 

「あなたの最奥に眠るのは、【支配】という願望」

 

 

 

 俺が俺であるために必要なコト――

 

 俺がこの世界に生まれた理由――

 

 生命を全うする唯一の方法――

 

 それは――

 

 

 

「俺のモノになれ。それがお前が最も救われる方法だ」

 

 

 俺は知っている。

 俺を支配することに喜びを見出していた両親(アンタら)の顔を。

 支配されることに安全と気楽さを感じていた俺自身の幸福を。

 

「はは、そんなに私が欲しいんですか? いいですよ。けど、頼りにならない王様なんて必要ないですから」

 

 黙れ。ほざくな。

 あの程度の悪魔(ゴミ)に俺が負けるワケねェだろうが。

 こっから先の人生全部、テメェは俺の所有物だ。

 

「天箭」

 

 黄金の弓が俺の手元に現れる。

 

 たしかに感じる。

 混ざってやがる。

 俺の【術式】と橘の【魔法】。

 

「ここで待ってろ。すぐに終わらせてやるよ」

「はい」

 

 魔力創成。それは()力をあらゆる形状と性質に変化させる力。

 なんだこれ、最強じゃねェか。

 

 魔力創成によって疑似的な『筋繊維』を創り出し俺の筋肉に纏わせる。

 さらに『骨』を創って骨密度を増強。

 通常とは比較にならない身体能力の向上。

 

 ただ真っ直ぐ走っているだけなのに、車より速度が出てやがる。

 

 さらに俺の肉体を起点にして、オプションパーツを創り出す。

 腕。腕。腕。腕。腕。腕。

 

 背中から伸びた6本の腕。

 そんだけありゃ、あと3組、弓矢を持てる。

 

「先輩!? なんスかそのラスボス形態!?」

「なんだ貴様、我よりも化け物染みているではないか!」

 

 そのまま慄いてろよ(ゴミ)共。その間に殺してやるから。

 

「魔力創成――『口』『喉』『口』『喉』『口』『喉』」

 

 多重詠唱――

 

「「「一矢千伏」」」

 

 三千発の弓の大軍。

 それが俺の背中の腕から放たれる。

 

「なんで俺までッ!?」

 

 邪魔なんだよ氷見。テメェじゃこのステージには役者不足だろうが。

 

「氷見、コイツは俺一人で()る。お前はすっこんでろ」

「……わかりました」

 

 氷見(じゃま)洗脳(コロ)した。あとは羽虫一匹。

 

「結界魔法【憑皮盾結(マジックメイル)】。この程度の魔法、我には効かん!」

 

 さっきと同じ……肉体に纏う結界。

 芸のねェヤツだ。

 

「我と一対一だと? 付け上がったなニンゲン、群れねばなにもできぬ弱小種の分際で!」

 

 死ねよ。群れなきゃなにもできねぇのはテメェだろうが。

 他の悪霊から霊力吸収しねぇと真面な質も確保できねぇ分際で、調子にノッてんじゃねェよ。

 

「結界魔法――」

 

 ソレだよソレ……霊力で盾や檻を創る力。

 ようするにソレってよォ、魔力創成(オレ)の下位互換の能力だろォ?

 

柱盾結界(タワースシールド)!」

 

 材質はゴム。弾力を極限まで強化。

 形状は円形。サイズはあいつのクソ魔法を包めるくらい。

 そこから伸ばした霊力の紐を地面や墓石に伸ばし、巻き付けて踏ん張らせる。

 

「魔力創成【反転結界(リフレクション)】」

 

 トランポリンみてぇなモンだ。

 返してやるから自分で味わえ。

 

「小癪なッ! 黒魔障壁(マジックシールド)!」

 

 前面展開の防御魔法。

 あいつは並みの攻撃は受け付けない。

 それにあいつ自身の身体に纏うタイプの結界もある。

 

 生半可な攻撃じゃ決め手にはなんねェ……

 

 

 ――だからどうした?

 

 

 跳ね返した円柱結界と共に走っていた俺は、すでにあの悪魔まで10メートル程度まで接近できている。

 

 まだだ、もっと近付け。

 

「バカめ、我の『憑皮盾結(マジックメイル)』は攻防一体の奥義。肉弾戦においても圧倒的な性能を有す!」

 

 んなことどうでもいいんだよ。

 テメェは殺された後のコトでも考えとけ。

 お前が何やったって、俺に勝てるワケねェんだから。

 

「才能が違ェんだよ」

 

 絶望的な才能の壁。

 術式ってヤツは、生まれながらに確定する。

 それは鍛えることも、変化させることもできない。

 

 退魔師の性能は、術式という絶対的な才能(カード)によって決められる。

 

 橘に出会い、俺の術式は拡張され、真の力を得た。

 

 その上で断言できる。

 俺がどれほど努力を重ね、いくどと新たな術式の可能性を見出そうとも、俺の『天箭』が橘の『創造』を超えることは絶対にない。

 

 この魔法は、あまりにも強すぎる。

 

 その気になれば俺やグレンダールの術式すべてを模倣(コピー)することすら可能な、圧倒的な拡張性がこの魔法にはある。

 

 合成なんて嘘八百。橘の魔法が俺の術式を飲み込んでいるだけ。

 

「なにを言っている。もう負け惜しみか!?」

「なんも理解(わか)ってねェんだな。哀れ過ぎて泣けてくるぞ」

「策でもあるのか? ならばそれごと蹴散らしてくれる」

「こんだけ近づけりゃ、もう十分なんだよ」

 

 当たれば勝てる。

 そんな俺の術式が弱い理由は、簡単に防御されてしまうから。

 

 魂を穿つ俺の矢は、霊力の壁によっていとも容易く防がれる。

 常在結界も抜けないのに、こいつの結界魔法を抜くなんて不可能だ。

 

 だが『霊力』と【魂】は違う。

 

 俺は橘との接続によって術式、つまりは魂というものの輪郭に触れた。

 

 俺は今、魂という概念を物質と同じような感覚で捉えている。

 だからそれだけに干渉するように、矢の性質を『創造』する。

 

【俺の矢は物質には干渉せず、霊力と魂に干渉する。】

 

 を――

 

【俺の矢は物質と霊力には干渉せず、魂に干渉する。】

 

 に、書き換える。

 

 それこそが俺の次の魔法(じゅつしき)

 

「終わりだストーカー悪魔」

 

 書き換えたせいで、霊力を通じて魂を操る機能が消滅した。

 だから、魂が保管される心臓部分をピンポイントで射貫く必要が発生した。

 

 だから、近付いた。

 

 外しようがねェ、近接(この)距離まで。

 

「天箭【英霊の魔法の一矢(ハーキュリーズ)】」

「なんだ……その澄んだ魔力は……」

 

 創造で作り出した腕ではなく、俺自身が有する黄金の弓。

 そこに桃色の魔力が集約し、矢の形状を形作る。

 

「だが無駄だ。我の結界魔法があれば……【黒魔障壁(マジックシールド)】!」

 

 本当になんも理解(わか)ってねェな。

 

 俺の矢は霊力に干渉しない。

 

「魔法だろうが術式だろうが、俺の矢は防げない」

「そんな……バカな……魔力で生み出されたものが魔力に干渉しないなど……そんな神業……」

「俺に仕えず敵対した。それがお前の唯一の過ちだ」

 

 ヤツの結界を俺の矢はすり抜ける――

 

「魔王……様……?」

 

 魂を射貫くことにのみ特化させ、それ以外の性能のほとんどを削ぎ落とす。

 

 それこそが、俺の術式の最適な形だった。

 

 

 

 俺の矢は、魔霊グレンダールの魂を穿つ。

 

 

「誰が魔王だ。さっさと成仏()えろ、クソ悪魔」

 

 

 その言葉に従うように、グレンダールの体は霊力の粒に分解されていった。

 

 

「ハッ、この程度でイキってんじゃねッ……カハッ……」

 

 あ?

 

 いきなり喉に水が入って来たみたいに(むせ)た。

 

 なんだこれ……?

 

 地面を見ると、そこは〝真っ赤〟ななにかが広がっていた。

 

「ゴホッ、ガハッ、ぐっ……ゲホッ……」

 

 やべぇ、止まんねぇ。

 

 それに……視界がぼやける……頭が働かねぇ……

 

 抗いようはなかった。

 

 

 俺はそのまま意識を失った。

 

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