(完結)ホラー短編集「頓千記」   作:埴輪庭

25 / 25
今年小学校4年生となる恩田 まなみは「消えたい」と願った。

「死にたい」ではなく、「消えたい」である。

ただ、死ぬのは簡単でも消えるのは難しい。

不思議な事でも起こらない限りは……。


第25話「ささくれ、きえた」

 ◆

 

 今年小学校4年生となる恩田 まなみは「消えたい」と願った。

 

「死にたい」ではなく、「消えたい」である。

 

 これらは似てはいるが異なるモノなのだ。

 

 まず根源が違う。

 

 前者の根源は「辛い」から来るのに対して、後者は「しんどい」から来る。

 

 では「しんどさ」とは一体どのようなものなのか。

 

 それは概ねこの様なものであった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ──あーあ

 

 インフルエンザで一週間ほど学校休んだまなみは、最初こそ同級生から心配されたりして嬉しかったのだが、すぐに元の日常に戻ってしまった為に内心で酷く落胆している。

 

 特に思いを寄せる "たくちゃん" がちょっと可愛いだけの "れいこ" と仲良くしているのを見ると、胸がぎゅっぎゅっとしてしまうのだ。

 

 ──あーあ

 

 まなみは再び胸中でしょぼくれ散らし、机に目を落とした。

 

 クラスで虐められているというわけではなく、件の "たくちゃん" に嫌われているというわけでもないのだが、まなみはなんだかしんどい。

 

 病気で一週間も休んだというのに、病み上がりだというのにいつも通りのクラス、いつも通りの皆だ。

 

 最初は「大丈夫?」なんて言ってくれていた友達も、1日2日と経つにつれて余り構ってくれなくなる。

 

 しんどい、しんどい、しんどい。

 

 まなみの心がこんなにもよわよわになっているのは、病み上がりのせいというのもあるのだろうか。

 

 もしかして、とまなみは思う。

 

 ──みんな、私がいてもいなくてもどうでもいいんだ

 

 そんな事を思った瞬間、指に小さな痛みが走った。

 

 見てみると、小指の先には「ささくれ」が。

 

 ◆

 

 鬱々としたまなみの日々はそれからも続いた。

 

 "れいこ" は "たくちゃん" に纏わりつき、なにかと話しかけたり肩に手をあてたりしている。

 

 "たくちゃん" もまんざらでもなさそうだ。

 

 対して、まなみは "たくちゃん" に話しかける度胸などないし、毎日鬱々鬱々鬱々としている。

 

 ──私が最初に好きになったのに

 

 そんな事を思うまなみだが、結局の所彼女は傷つきたくないだけなのだ。

 

 "たくちゃん"への恋心が実る事よりも、自分の心が傷つかない事を優先している。

 

 子供の恋だろうと大人の恋だろうと、そんなものは決して実らない。

 

 そして"たくちゃん" にしたって、毎日鬱々と暗いまなみなんかより、可愛くて明るくてちやほやしてくれる "れいこ" と仲良くする方が楽しいに決まっており、まなみの恋愛戦線は完全に崩壊、大惨敗の憂き目と相なってしまった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ある日の夜、まなみはお風呂に浸かりながら暗い表情でなんとなく手を見る。

 

 右手の小指のささくれが少し長くなっていた。

 

 ささくれなんてものは放っておいたって然程実害はない。

 

 目に入れば目障りだというくらいだろうか。

 

 余程気になるならハサミでちょっと切ってやればいい。

 

 勿論引っ張ってはだめだ。

 

 ぴりり、ぴり、とささくれを引っ張れば、皮膚が剥けて痛い上に血もでる。もしかしたら痕になってしまうかもしれないし、物凄く運が悪いとそこからばい菌が入ってしまうかもしれない。

 

 まなみもそのくらいは分かっていたのだが、この時のまなみはお風呂の熱気でぼんやりしていたのか、もしくは別の理由か、そのささくれをひっぱってみたくなってしまった。

 

 先をつまみ、ゆっくりと下にひいていく。

 

 頭の中には "たくちゃん" と "れいこ"、そしてすぐに自分に構ってくれなくなった同級生の皆の姿。

 

 (こじ)れた承認欲求が幼いまなみの心を蝕み、自身の存在価値を疑わせる。

 

 ぴり、ぴりりとささくれをむいていくまなみの胸中は、翌日の登校に対する億劫さで大部分が占められていた。

 

 ──やだなあ、なんだか行きたくない

 

 皆がみんなまなみを避けている、少なくとも彼女はそう感じていた。まなみが始終暗いので、あえて関わりにいこうとはしないだけなのだが彼女はまだ幼く、自分を客観視できない。

 

 ぴり、ぴり、ぴり。

 

 ささくれが剥けていく。

 

 まなみの小さい指に引っ張られ、剥けていく。

 

 まなみは「わっ」と声を出した。

 

 気付いてみれば、ささくれは小指の爪の根本から肘あたりまでむけており、皮膚で出来た細い糸が逆の手の指先に摘ままれていた。

 

 まなみは「どうしよう」という思いと同時に、不思議な心地も覚えた。

 

 全然痛くないし、心がちょっぴり軽くなっているのだ。

 

 試しに、という思いでもう少しだけささくれをひっぱってみる。

 

 ぴりぴりと、まなみは右脇あたりまで皮を剥いてしまった。

 

 やはり痛くない。

 

 それどころか、心はさっきよりも楽だ。

 

 明日学校に行きたくないという気持ちが大分薄れている。

 

 ──夢なのかな?

 

 まなみはそんな事を思いながら、ささくれを、いや、元ささくれであった皮膚の糸を引く、引く、引く……。

 

 皮が剝ける度に心が軽くなっていく。

 

 "たくちゃん" や "れいこ" の事で思い悩んでいたのが馬鹿みたいだった。

 

 まなみは本当にしんどくてしんどくて、なんだか消えちゃいたくて仕方がなかったのだ。

 

 でもささくれをむいていくとそんな重苦しい気持ちが消えていく。

 

 ──でも、まだ少し苦しいかも

 

 もっと楽になりたい、という思いがまなみの中に湧き、まなみは皮を剥き続けた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ◆

 

「ねえ、まなみ!いつまでお風呂入ってるの?」

 

 まなみの母、ゆかりが居間で大声をあげた。

 

 娘のまなみがもう3時間もずっとお風呂にはいっているのだ。

 

 ──元々お風呂が長い子だったけど

 

 ゆかりはそんな事を思い、浴室に向かう。

 

 幾らなんでも3時間は長すぎる。

 

 脱衣所にはまなみが脱いだ下着や衣服があり、シャワーの音が聴こえてくる。

 

「まなみ、開けるわよ?」

 

 ゆかりは一言断わり、浴室の扉を開けるとそこには──……

 

「な、なに、これ」

 

 浴槽に何かが浮いていた。

 

 肌色の紐の様な、糸の様な何かだ。

 

 沢山の糸が浴槽にぷかぷかと浮いている。

 

 はっきり言って気味が悪い。

 

 だが "確認" しなければならない。

 

 何を確認しなければいけないのか、ゆかりにも分からない。

 

 しかし確認しなければいけない……そんな思いがゆかりの中にあった。

 

「まなみ……?」

 

 ゆかりの声は震えている。

 

 応えは無い。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。