トウカイテイオーの大冒険   作:アイアイホイホイおさるさん

2 / 2
GhatGPD版

 夕暮れのトレセン学園は、どこか現実感を失ったような静けさに包まれていた。

 風が芝を撫でる音だけが、やけに鮮明に耳に残る。

 トウカイテイオーは、その風の中に立っていた。

 走り終えた直後でもない。これから走るわけでもない。ただ、立ち尽くしているだけだった。

 視線はトラックの白線を追っているが、意識はそこにはない。

 ――ズレている。

 ここ最近、ずっと感じている違和感だった。

 脚は動く。体も軽い。なのに、勝てない。

 ほんのわずかなタイミングの差。踏み込みの角度。ゴール前の一瞬。

 その「ほんの少し」が、届かない。

「……なんでだろ」

 口に出した瞬間、その言葉の軽さに自分で驚く。

 本当は、もっと重いはずだった。

 悔しさも、不安も、焦りも。

 全部、言葉にした途端に薄まってしまう。

 だから、余計に――空虚だった。

「悩んでいらっしゃるようですわね」

 背後からの声に、テイオーは肩を揺らした。

 振り向くと、そこにはメジロマックイーンがいた。

 いつも通りの姿勢。背筋は真っ直ぐで、視線は穏やかだが鋭い。

「マックイーン……」

「最近のレース、拝見しておりますわ」

 その言い方に、責める色はない。ただ事実を述べているだけだ。

 それが逆に、逃げ場をなくす。

「……ダメだね、ボク」

 笑おうとしたが、うまくいかなかった。

「結果が出ないことと、価値がないことは別ですわ」

 間髪入れずに返ってくる言葉。

 断定。

 揺らぎがない。

「でも――」

 続けようとした言葉を、マックイーンは静かに遮った。

「黄金のにんじん、という話をご存じで?」

 唐突だった。

 あまりにも脈絡がない。

「……なにそれ?」

「食せば、どんな願いでも叶うとされるものですわ」

 冗談のような話だ。

 だが、マックイーンは真剣だった。

「サイゲタワー。その最上階にあるとされています」

 テイオーはしばらく黙った。

 荒唐無稽だ。普通なら笑い飛ばす。

 だが――

「……もし、本当だったら」

 言葉が、自然とこぼれた。

 マックイーンは何も言わない。ただ、静かに待っている。

「ボク、もう一回……ちゃんと走れるかな」

 願いの形が、初めて言葉になる。

 その瞬間、胸の奥に沈んでいたものが、少しだけ輪郭を持った。

「行きますの?」

 問いは短い。

 だが、その意味は重い。

 テイオーは一歩、踏み出した。

 迷いはなかった。

「行くよ」

 その一言に、これまでの迷いがすべて込められていた。

「では、私も同行いたしますわ」

「え?」

「お一人では、無茶をなさるでしょうから」

 その言い方に、わずかな優しさが滲む。

 テイオーは一瞬だけ目を丸くし、それから笑った。

「ありがと、マックイーン」

 その笑顔は、先ほどまでのものよりもずっと自然だった。

 ――こうして、二人の塔攻略が始まった。

 

 

 

第一フロア「宇宙忍者の間」

 

 

 サイゲタワーの内部は、異様なほど静かだった。

 外界の音が完全に遮断されている。

 足音だけが、やけに大きく響く。

 テイオーは軽く足踏みをする。

 床の反発を確かめる。

 ――走れる。

 その確認が、彼女にとっては何より重要だった。

 階段を上がる。

 一段ごとに、空気が重くなる。

 そして――

 フロアに足を踏み入れた瞬間、違和感が確信に変わった。

 気配がある。

 だが、位置が掴めない。

「フォッ……フォッ……」

 音が遅れて届く。

 視線を向けると、そこにいた。

 バルタン星人。

 その存在は、明確に「異物」だった。

 この世界のものではない。

 だが確かに、ここにいる。

「排除……対象……」

 声は断続的で、感情が読み取れない。

 次の瞬間、視界が歪んだ。

 増殖。

 認識が追いつかない速度で、同一の存在が複数に分かれる。

「え……っ!?」

 距離感が崩れる。

 奥行きが狂う。

 どれが本体か、判断できない。

「来ますわ!」

 マックイーンの声。

 直後、光が走る。

 反射的に、テイオーの体が沈む。

 光線が髪をかすめる。

 焦げる匂い。

 遅れてくる熱。

 ――直撃すれば終わる。

 理解は一瞬。

 行動はその前。

 地面を蹴る。

 加速。

 直線ではない。

 ジグザグに、しかし無駄なく。

 視覚ではなく、気配で捉える。

 分身の中へ、自ら飛び込む。

「ボクは……速さなら!」

 一体を蹴る。

 軽い。

 偽物。

 次。

 踏み込み。

 今度は重い。

 確かな手応え。

「これだ!」

 連撃。

 硬質な外殻に衝撃が返る。

 脚が痺れる。

 だが止めない。

 体をひねり、さらに叩き込む。

 バルタン星人の動きがわずかに遅れる。

 その「わずか」が決定的だった。

「押し切って!」

 マックイーンの声。

 迷いはない。

 全力で踏み込む。

 重心を乗せる。

 最後の一撃。

 鈍い音。

 分身が消える。

 本体が崩れ、光となる。

 静寂が戻る。

 テイオーはゆっくりと息を吐いた。

 心臓の鼓動が、まだ速い。

 だが――

「いける」

 確かな手応えがあった。

 

 

 

第二フロア「迫真の間」

 

 

 第一フロアを抜けたあとも、二人は言葉少なに階段を上がっていた。

 戦闘の余韻が、まだ身体に残っている。

 特にテイオーは、脚の内側にじんわりとした疲労を感じていた。

 ――でも、止まれるほど軽くはない。

 むしろ、それが「まだ戦える」という証明のようにも思えた。

 第二フロアの扉を開いた瞬間、空気が変わった。

 これまでとは明らかに違う。

 異質ではあるが、どこか「現実的」な空間。

 床にはカーペット。壁には家具。妙に生活感がある。

「……なにこれ」

 テイオーの呟きは、違和感そのものだった。

 塔の内部とは思えない。

 その中央に――野獣先輩がいた。

 ソファに腰掛け、無造作にこちらを見ている。

 視線が合った瞬間、彼はゆっくりと立ち上がった。

 その動作は、妙に重かった。

 無駄がないわけではない。だが、隙もない。

「来たみたいだね」

 声は平坦だった。

 だが、その奥に妙な圧がある。

「……あなたが番人ですの?」

 マックイーンが問いかける。

 野獣先輩は肩をすくめた。

「まぁ、そんなところ」

 一歩、踏み出す。

 床がわずかに軋む。

 その音が、やけに大きく響いた。

「いいよ来いよ」

 構え。

 拳がわずかに持ち上がる。

 それだけ。

 それだけなのに、空気が張り詰める。

「テイオー、来ますわ!」

 次の瞬間、野獣先輩の姿が消えた。

 いや、消えたように見えただけだ。

 実際には――踏み込んでいた。

 距離が一瞬で潰れる。

「速っ……!」

 テイオーは咄嗟に腕を上げる。

 衝撃。

 骨に直接響く重さ。

 体が後方へ押し出される。

 床を滑る。

「くっ……!」

 ただ速いだけではない。

 重い。

 そして、迷いがない。

 すべての動きが「当てる」ために最適化されている。

「まだまだこれからだろ?」

 追撃。

 今度は下から。

 テイオーは跳ぶ。

 ギリギリで回避。

 だが、その瞬間にはもう次の攻撃が来ている。

「間に合わ……!」

 横からの一撃。

 衝撃が脇腹を打つ。

 呼吸が一瞬止まる。

 視界が揺れる。

 ――強い。

 シンプルに、圧倒的に。

「マックイーン!」

「ええ!」

 左右から挟む。

 連携。

 だが――

「甘いんだよなぁ」

 野獣先輩はそれを「見ていた」。

 最小限の動きで、両方の攻撃を外す。

 そして、カウンター。

 テイオーの肩を掴む。

「っ!」

 引き寄せられる。

 距離がゼロになる。

 次の瞬間――

 膝。

 腹部に直撃。

 空気が完全に抜ける。

「が……っ!」

 体が折れる。

 そのまま叩きつけられる。

 床に背中がぶつかる。

 鈍い痛みが全身に広がる。

「テイオー!」

 マックイーンの声。

 だが、その声もどこか遠い。

 ――立て。

 頭の中で、声がする。

 負けるな。

 こんなところで。

 テイオーは歯を食いしばる。

 無理やり呼吸を取り戻す。

 肺が痛い。

 だが、関係ない。

 脚に力を込める。

 立ち上がる。

「……まだだよ」

 その声は、さっきより低かった。

 野獣先輩の目が、わずかに細くなる。

「いいねぇ」

 評価。

 ほんの少しだけ。

 だが、それで十分だった。

 テイオーは構え直す。

 視線を一点に固定する。

 相手の肩。

 そこから動きを読む。

 次の踏み込み。

 予測。

 合わせる。

 今度は――

 受けない。

 避ける。

 そして、差し込む。

 野獣先輩の拳が空を切る。

 その瞬間、テイオーは踏み込んでいた。

「はぁっ!」

 渾身の一撃。

 初めて、相手の体勢が崩れる。

「今ですわ!」

 マックイーンの蹴りが入る。

 連携。

 完全に噛み合う。

 野獣先輩の重心が浮く。

「これで……!」

 最後の踏み込み。

 全力。

 すべてを乗せた一撃。

 直撃。

 野獣先輩は後方へ倒れた。

 数秒の沈黙。

 そして――

「やるじゃん」

 満足げな声。

 そのまま、姿が消える。

 フロアに、静けさが戻った。

 テイオーはその場に膝をつく。

 呼吸が荒い。

 だが、笑っていた。

「……勝った」

 その実感が、じわじわと広がる。

 

 

 

第三フロア「王の間」

 

 

 ここから先は、明らかに格が違った。

 扉を開けた瞬間、空気が変質する。

 圧。

 それだけで、足が止まりかける。

 中央に立つ男。

 黄金の装飾。

 悠然とした佇まい。

 視線を向けられただけで、呼吸が浅くなる。

「雑種どもが」

 声は静かだが、圧がある。

 否定ではない。

 断定。

 存在の格付け。

 それを一方的に突きつけてくる。

 テイオーは一歩踏み出した。

 膝がわずかに震える。

 だが、止まらない。

「通してもらうよ」

 その言葉に、男はわずかに笑った。

「面白い」

 その一言で、世界が変わった。

 空間が裂ける。

 無数の武具。

 それぞれが「意思」を持っているかのように浮かぶ。

 理解が追いつく前に――

 放たれた。

 速い。

 認識が追いつかない。

 テイオーは反射で動く。

 回避。

 紙一重。

 頬に風圧。

 遅れて、血が滲む。

「……っ!」

 止まれば死ぬ。

 だから走る。

 加速。

 だが、数が多すぎる。

 逃げ場がない。

 なら――

 突っ込む。

 武具の間隙。

 わずかな隙間。

 そこを抜ける。

 呼吸を合わせる。

 リズムを読む。

「テイオー、こちらです!」

 マックイーンの誘導。

 最短ルート。

 それに乗る。

 足が自然と動く。

 二人の動きが重なる。

 まるでレースのように。

「ほう」

 男の目が細くなる。

 興味。

 それでも攻撃は止まらない。

 むしろ、密度が上がる。

「くっ……!」

 肩にかすり傷。

 痛み。

 だが無視。

 踏み込む。

 あと少し。

 距離を詰める。

 だが――

 届かない。

 その一歩が遠い。

 ――また、同じか。

 届かない。

 その感覚が、胸に刺さる。

 だが。

 違う。

 今回は――

「ボクは!」

 止まらない。

 迷わない。

 恐怖を踏み越える。

 さらに一歩。

 限界を押し広げる。

「ここで止まらない!」

 その瞬間。

 武具の軌道が、わずかにズレた。

 偶然か、意図か。

 どちらでもいい。

 そこに、道ができた。

「今ですわ!」

 マックイーンの声。

 テイオーは迷わない。

 全力で踏み込む。

 距離をゼロにする。

 拳を振り抜く。

 衝撃。

 確かな手応え。

 男の体が、わずかに後ろへ動いた。

 ほんの数センチ。

 それだけで十分だった。

「……よい」

 その一言で、すべてが止まる。

 武具が消える。

 空間が静まる。

「進むがよい」

 男は笑い、消えた。

 テイオーはその場に立ち尽くす。

 心臓の音がうるさい。

 だが――

 確かに、届いた。

 

 

 

第四フロア「紅魔の間」

 

 

 霧。

 赤い。

 視界が曖昧になる。

 距離感が狂う。

「ようこそ」

 声は軽い。

 だが、その奥に底知れない何かがある。

 小さな少女………レミリア・スカーレット。

 だが、ただの少女ではない。

 存在そのものが、異質。

「遊びましょう?」

 その瞬間、空間が変わる。

 光。

 無数の弾。

 規則的で、しかし複雑。

「なにこれ……!」

 弾幕。

 視界を埋め尽くす。

 逃げ場がない。

 だが――

 動くしかない。

 テイオーは走る。

 隙間を探す。

 リズムを読む。

 規則性。

 パターン。

 それを掴む。

「音……!」

 無意識に、テンポを感じ取る。

 弾の間隔。

 速度。

 すべてが「流れ」を持っている。

 それに合わせる。

 踏み込み。

 回避。

 すれ違い。

 ギリギリ。

「見えてきた……!」

 マックイーンも同様に動く。

 無駄がない。

 美しい軌道。

 互いに干渉しない。

 完璧な距離。

「やるじゃない」

 レミリアが笑う。

 弾幕が変わる。

 密度が上がる。

 難易度が跳ね上がる。

「くっ……!」

 足が止まりかける。

 だが――

「テイオー!」

 声。

 それだけで、戻る。

 集中。

 再びリズムへ。

 最後の弾幕。

 巨大。

 覆い尽くす。

「これで終わりよ」

 だが。

 二人は止まらない。

 同時に踏み込む。

 完璧なタイミング。

 弾幕の隙間を縫う。

 突破。

 距離を詰める。

「……負けね」

 レミリアは笑い、消えた。

 

 

 

最上階「黄金のにんじん」

 

 

 そこは、開けた空間だった。

 そして――

 咆哮。

 空気が震える。

 巨大な影が舞い降りる。

 リオレウス。

 圧倒的な存在感。

 炎が口元から漏れる。

「最後だね」

 テイオーは前を見る。

 恐怖はある。

 だが、それ以上に――

 高揚。

 ここまで来た。

 それだけで、胸が熱くなる。

 炎が放たれる。

 横へ跳ぶ。

 熱風が背を焼く。

 だが止まらない。

 走る。

 巨体の足元へ。

 だが、翼。

 跳躍。

 空へ。

「上……!」

 空中からの火球。

 回避。

 着地。

 即座に再加速。

 呼吸が荒い。

 脚が重い。

 だが――

「まだいける!」

 マックイーンの援護。

 隙を作る。

 その一瞬。

 テイオーが踏み込む。

 跳躍。

 限界を超える高さ。

 空中で体をひねる。

 狙いは一点。

 頭部。

「これで――!」

 全力の一撃。

 衝撃。

 リオレウスが崩れる。

 地に落ちる。

 動かない。

 静寂。

 そして――

 そこにあった。

 黄金のにんじん。

 テイオーはそれを手に取る。

 軽い。

 だが、重い。

 願いの重さ。

 しばらく見つめる。

 そして――

「……いいや」

 そっと置く。

 振り返る。

「行こ、マックイーン」

 その顔に迷いはなかった。

 トレセン学園。

 風が吹く。

 テイオーは走る。

 以前よりも強く。

 確信を持って。

 もう迷わない。

 自分の脚で、進む。

 それでいいと、知ったから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。