ハリー・ポッター 「オーグリーの旗を掲げよ」RTA 1938年シナリオ トム・リドル攻略チャート 作:魔法省真理部記録局
1945年7月頭。マグルの世界のイギリスでは欧州戦線終結によって十年ぶりの総選挙が行われ、チャーチルが落ちて戦後が始まろうとしている頃です。とはいえ太平洋戦争はまだまだ続いていましたし、シンガポールは8月15日まで解放されることがないのですが。
魔法界についても、ある程度状況が揃いつつありました。ダンブルドアとグリンデルワルドとの戦いは
そんな終わりが見えはじめた、しかしまだ終わっていない時代に、若者たちは旅立っていくことになるのです。
「アーマンドの長話をもう聞かなくて済むのは嬉しいね」
ホグワーツ城から離れていくボートの上のトムの言葉に、向かいに座っていた二人は笑った。トムの隣にいたヴェルダンディは黙ったままだった。
「……でもさ、短かったよね。七年間」
そう言ったのはロジエール。彼女の伯母、ヴィンダ・ロジエールは
血に更なる価値が生まれようとしていた。しかし同時に、それは忌まわしい血を消し去ることの裏返しでもあった。高貴なる由緒正しき、と自称するブラック家の当主たるシリウス・ブラックは生きていたが、息子のアークタルス・ブラックは戦後の「純血」による秩序を構築するべく準備を整えていた。
すなわち、グリンデルワルドの過ちはマグルと交わろうとしたことにある、というものだ。思想を、道具を、そして血を交わらせることなく、魔法界は魔法界のままで純粋でいればよかったのだ。その禁忌を破ったから、欧州は戦争に巻き込まれたのだ、と。そういった思想は既に新聞から読み取れるほどに固まりつつあり、ヴェルダンディは裏にいるだろう
「まあな。で、我らが
そう言ったのはエイブリー。
「……旅だ。まだ僕は極めていないものも、知らないものも、届かないものもある。それを手に入れ、過去を清算するのには、決して短くない時間がかかるだろう。その後であっても、君達はついてきてくれるか?」
「もちろん」
トムの問いかけにロジエールは頷いた。
「
エイブリーは恭しく言った。
「……お前はどうなんだよ、ヴェルダンディ」
トムに脇腹を小突かれてそう言われたヴェルダンディは、少し驚いたように背を伸ばした。
「なに、ヴェル。『十年も私を置いて遊ぶような男に興味はない』、とでも言いたいの?」
冗談めかしてロジエールが言う。
「……もう少し、欲しいわね」
ヴェルダンディは呟いた。
「何がだ?」
トムが聞き返す。
「時間よ。十年後なら、私たちはまだ三十の手前。若死にが多くて戦争で人がいないマグルの世界ならともかく、魔法界なら若手と見なされるような年齢よ。でも四十歳なら私たちも力を持てる。少なくとも、その時に椅子に座っている大物を動かして、必要があれば消せるぐらいには」
「騎士団の人々がふさわしい場所につくまで待て、ということか?」
トムの質問に、ヴェルダンディは頷いた。
「そう。そしてトム、あなたが何かしたいのなら、それはちゃんと職を得てからにしなさい。アブラクサス先輩に金の無心をしながら闇の魔術を追い求めるのは控えめに言って無様よ」
「僕がそんなことをするとでも?」
「するでしょうね。あなたは意思を通すためであればいくら惨めであろうが耐え続け、機会を見れば勢力を拡大できる。東洋の占い学、変化を重んじる経典で言うなら、『賢人はしるしを察知すればすぐ動き、一日が終わるのを待つことなし』というものね」
「……そういえば、色々と読んでいたな」
ホグワーツの図書室から掘り出されてきたらしい東洋魔法の本に埋もれていた、談話室のヴェルダンディをトムは思い出していた。もうああいった形でヴェルダンディと関わることもないのだと思うと少し気が晴れたが、同時に切れない縁が続くのだという事実が彼を少し冷静にさせた。
「私は本物には勝てないけれどもね。だからトム、行動を起こす時は念入りに準備をすること。そして全ては一瞬で終わらせなくてはならない。十年もだらだらと制圧できずに戦い続けるようなことはしないように」
「……わかったよ」
ヴェルダンディがそう言う時、彼女がかつて見ていた未来に基づいているのだろうとトムは勘づいていた。だが、その目はもう失われているはずだった。
やっぱり別れって悲しいものですねぇ。ちなみに純血の皆さんはしばらく省とかちゃんとした仕事場で働いた後に別のところに移るまでの隙間時間があったり、あるいは比較的融通の利く「貴族」として活動したりし始めるので、騎士団の上層部は結構暇人が多くなります。そういうことをするとトムくんと一緒にあちこち見て回る楽しい旅行をすることになって、ダンブルドアとの採用面接で「友だちがいっぱいいていいね」と褒めてもらえるのです。
まああとはコンパートメントでわいわい騒いで最後の青春を過ごすとしましょう。ここから待っているのはデスマーチですからね。
「どうしてついてくるんだ?」
3と1/3番線に向かう通路を隣で歩くヴェルダンディにトムは言った。
「暖炉から直接省に行こうかと思ったのだけれども、このあたりにはなさそうだからグレート・ウィザーディング・エクスプレス車内のものを使おうかと」
「なるほど。しかし荷物であるとかそういうのはどうするんだ? 新しく住む場所もあるだろう」
「今日から泊まる場所は用意してくれると、国際魔法協力部で言われたわ」
「……それは、まさか」
「素晴らしいことに庁舎よ。今までも呼び出されて翻訳や文書作成というものはあったけれど、これで肩書がつくからもっと重要な仕事をさせられるとスラグホーン局長が言っていたわ」
「……死なないようにな」
そう言って、トムは暖炉の前に立つヴェルダンディに手を差し出した。
「あなたこそ。これから乗り換えてパリで臨時闇祓い採用試験でしょう?」
「そうだ。ホグワーツの成績証明とヴィセンシア・サントスからの推薦状があればまず問題ないだろう、とはダンブルドア教授から言われたが、嫌そうな顔をしていたな」
「彼にはいい気味ね」
そう言って、ヴェルダンディも手を差し出して握り返した。
「イギリス魔法省アトリウムへ!」
ヴェルダンディが唱え、緑色の火に飛び込むと眼の前には夜にもかかわらず人が行き交う魔法省の八階が現れた。そこから国際魔法協力部の執務室に向かうと、職員たちは机や床に倒れ込んでいた。
「……ああ、あんたが新入りになった」
職員の一人がそう言って机から身体を起こした。今まで話したことはなかったが、通路ですれ違ったことは何度かある顔だった。
「はい。ルストランジュ・ヴェルダンディ、明日付けでここ国際魔法協力部配属になります」
「つまりは今までは雇われでさえなかったってことだ、学生のお遊びで交渉文書の草案を書かせるとはユージーンの爺さんも人使いが荒いよなぁ」
若い職員が言った冗談は、誰の笑いを誘うこともなかった。彼の後ろで開いた扉の先にある廊下には、一人の老人が立っていた。
「戦争ゆえだ」
そう言って入ってきた老人、ユージーン・スラグホーンに、部屋の中で意識がある人々は姿勢を正して向き合った。彼の引退は迫っていたが、今の時点でこの混乱を支配できる人物はイギリス魔法界にはほぼいなかった。
「スラグホーン局長! 会議はどうなりましたか?」
「ルドルフ・シュピールマン暫定政権が国際魔法使い連盟より承認された。以降ドイツ魔法省は魔法行政主体として見なされる」
局長の静かな言葉に、部屋の中は一気に騒がしくなった。これで交渉ができる相手が生まれたという喜びと同時に、交渉をしなくてはいけないという仕事が増えた苦しさがあった。
「ちくしょう、どさくさに紛れて悪いことができるのももう終わりってことか」
「ドイツ系闇祓いの再編にどれだけ時間が割かれるか見積もりこっちで出しといたほうがいいでしょうね、向こうに問い合わせてもまともに返ってこないでしょうし」
「むしろ解体しちまったほうがいいんじゃないのか? マグルだってドイツを非武装化して分割してるんだ、バイエルン魔法省とかザクセン魔法省とかいっぱいあったほうがいいと思うぜ」
「そんな無駄話してないで三階の
「あとはとっととフォーゲルの身柄をアークスターク刑務所から輸送させるべきだろうな、彼がヌルメンガードにいないのは幸いだった。簒奪者となれば新政権の立場が危うくなる以上、彼から連続性を持ったものだとせねば」
「新入り! 新ドイツ魔法省に対して調査のためにフォーゲルの身柄を保護するという国際魔法使い連盟名義の要請書を書いてくれ!」
「どのぐらいの根拠の強さにしますか?」
「法的になにか言えるのであればそれを! さもなくば強くかつ丁重に、今後の関係を踏まえた協力体制のもと、とでも書いておけ!」
「かしこまりました!」
行き交う言葉の中で、ヴェルダンディは既に手に馴染んだタイプライターのキーを叩いた。吐き出された文章の中でタイプミスは杖で修正し、そしてできたものを先輩に回す。本来であれば組織的な行政を維持すべき省であったが、今では有能な人材を一つの部屋に集めて無理やり仕事を片端からやらせるのが精一杯であった。
「よろしい、ミス・ルストランジュ。ただこの文章は少し怪しい気がする、17世紀に似た案件があるからそれに揃えてくれ。しかし日付が変わるまでに探し当てることができなければ仕方がない、そのまま送る」
「ありがとうございます、対応します」
ヴェルダンディは羽ペンで刻まれた赤いインクの文字を確認してから、資料を漁るべく本棚へと向かった。
というわけで戦後を見据えた行政の時間です。魔法界は基本的に人が少ない上に才能が突出しがちなのでこういう無茶なことになるんですね。とはいえマグルのほうのイギリスにおける官僚制度も1944年に公務員研修に関するアシュトン委員会によってまずいからちゃんとした教育機関とか研修制度とか作れとなって、ただでさえ行政統合と長期計画を担当していた大蔵省がそこまで巻き取ることとなり機能集中を招いたわけです。これについてはウィルソン政権下で1968年にフルトン報告に基づく分離が行われようとしてうまく行かなくてサッチャーがキレることになるんですがね。
ちなみに親グリンデルワルドとみなされていたアントン・フォーゲルですが、世界魔法戦争勃発後は傀儡となることを恐れて反抗、結果アークスターク刑務所に収監されていました。この時の抵抗があったおかげで、現代ではまあまあ程度には評価してもらえています。グリンデルワルドを赦免した無能扱いはまあ仕方がないとして。
ちなみに現代では正式なドイツ魔法省大臣とは見なされていませんが、グリンデルワルドに「忠実」だった時代の「ドイツ魔法省」はヘンリエッタ・フィッシャーによって率いられていました。ドイツ人マグルと同じぐらいにはドイツ人魔法使いも勤勉であったので、色々と当時の資料を漁ると嫌な感じになっています。
まあ、この先ヴェルダンディさんが触れるのはそういう面倒なものなんですけれどもね。イギリスを英雄病に陥らせ、支持基盤確保のために優生学的純血主義の拡大を静観した謀略家にとって、戦後工作のために動く魔法省たちは操作の対象でさえありました。当時の彼にとって重要なのはいかに運命によって定められた決闘を引き寄せて起こすかであり、戦後秩序がどうなるかは関係のないものだったのです。だからサントスさんに責任取れよと言われて
というわけで、詰めろに入っている世界魔法戦争を終わらせに行きましょう。ではまた次回。