(完結)恋愛系短編集「懇々千記」   作:埴輪庭

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俺はホモじゃないし、セフレもいる。本当だ。


第31話「【健全版】俺はホモじゃないし、セフレもいる」

 ◆

 

 俺はホモじゃない。

 

 断言する。誓って言う。天地神明に懸けて、俺、高良翔太は女が好きだ。おっぱいが好きだ。太ももが好きだ。うなじを見ただけで心拍数が二十は上がるし、PCにはグラビア画像が400GB格納されている。ここ最近は特に性欲が加速の一途を辿っており、自家発電の回数は一日三回がデフォルト、調子のいい日は五回に達する。先日は一日八回に到達した──コツは健康的な生活と、毎日のスクワットだ。

 

 そう、俺は正真正銘の女好きであり──さらにセフレもいる。

 

 だからホモじゃないのだ。

 

 え? セフレはどんなやつかって? 

 

 名前は白瀬 游(しらせ ゆう)

 

 ショートヘアが似合う女だ。同い年で顔がいい。背が高くて、肌が白くて、笑うと犬歯がちょっとだけ覗く。髪はいつもさらさらで、シャンプーの匂いがする。声は男とも女とも取れる中性的なトーンで、耳に残る。そしてエッチが大好きで、俺と相性が抜群で、週に二回は会うカンジだ。

 

 完璧なセフレである──ただ一点を除いて。

 

 ・

 ・

 ・

 

「翔太ぁ、来たよー」

 

 金曜の夜八時。呼び鈴は鳴らさない。合鍵で勝手に入ってくる。それが白瀬のスタイルだ。

 

 俺はベッドの上でスマホを握ったまま、玄関のほうを振り向いた。靴を脱ぐ音。コートを脱ぐ衣擦れ。冷蔵庫を開けてビールを取る音。このアパートを自分の家だと思っている一連の動作──いいよなこういうの。

 

 だが問題がある。

 

 白瀬の声はいつだって同じだって問題が。男の時も女の時も、まったく同じ中性的な声。声だけでは絶対に判別できない。

 

 なぜそれが問題なのか──まあそれはいずれ分かるだろう。

 

「やっほ、きちゃった♡」

 

 白瀬が入ってきた。ビールの缶を片手に、もう片方の手でコートのボタンを外しながら。長い脚。黒のタートルネック。胸元が平たいのか膨らんでいるのか、服の上からでは判別できない。

 

 今日の白瀬は男なのか女なのかわからない。

 

 セフレなんだから女だろうって? 

 

 まあそう考えるやつがいるのは至極当然だ──だが、浅い! 

 

 とはいえ説明が必要だろう。

 

 白瀬 游(しらせ ゆう)は、TS体質である。

 

 TSというのはまあ、トランスセクシャルとかそういう深刻な話ではなく、もっと物理的でどうしようもない体質の話だ。不定期に、本当に不定期に、白瀬の体は男になったり女になったりする。本人いわく「生理みたいなもん」とのことだが、生理が来たら体にちんこが生えてくる女がどこの世界にいるのか。逆もまた然りである。

 

 しかも厄介なことに、男の白瀬と女の白瀬は見た目がほとんど変わらない。身長は同じ。顔立ちもほぼ同じ。髪も同じ。男の時も喉仏は目立たないし、骨格も肌の質感もほとんど変わらない。服を着ていると本当にわからない。

 

 違うのは胸と股間だけだ。

 

 そして白瀬は男であろうと女であろうと、等しくエッチが好きだった。

 

 ◆

 

 白瀬との付き合いは長い。高校からだ。

 

 入学して一週間目。体育の着替えの時間に、白瀬のシャツの下にあるはずのない膨らみを見た奴がいた。翌日には学年中に噂が広まっていた。「白瀬遊は半分女」みたいな感じで。

 

 正確にはTS体質だが、高校生にそんな微妙なニュアンスは伝わらない。男子には気持ち悪がられ、女子には物珍しがられた。体育の着替えでは更衣室に入れてもらえなくなり、誰も使わない空き教室で一人で着替えていた。

 

 いじめというほど派手なものじゃなかった。ただハブられた。班決めで余り、昼飯は一人、体育のペアは永遠に組めない。そういうやつだ。

 

 俺がいじめっ子の前に立ちはだかって白瀬をかばったとか、そういう格好いい話じゃない。

 

 たまたま白瀬が女の日にすれ違って、めちゃくちゃ可愛かったから話しかけた。

 

 それだけだ。

 

 動機は極めて不純であり、正義感のかけらもない。俺は高校一年の春から既にシコ猿だったのだ。可愛い子を見たら話しかける。本能である。

 

 でも話してみたら白瀬は普通に面白い奴だった。ゲームの趣味が合って、飯の好みも合って、下ネタに対する耐性が異常に高かった。男の日の白瀬も、顔が同じだから最初は混乱したけど、慣れたら普通に友達として付き合えた。

 

 周りから「お前、あいつと仲いいの?」と訊かれるたびに、俺は堂々と答えた。「白瀬は友達だ。文句あるか」と。格好つけたかったわけじゃない。本当にそうだっただけだ。

 

 白瀬はそれ以来、俺のそばにいるようになった。

 

 大学も同じところに行った。白瀬が「翔太と同じとこがいい」と言ったのだ。俺は特に深い意味は考えなかった。友達と同じ大学、楽しいじゃん。ぐらいの感覚だった。

 

 セフレになったのは大学二年の冬だ。

 

 サークルの忘年会の帰り、俺はべろんべろんに酔っていた。十二月の冷たい空気の中、駅までの道をふらふら歩きながら叫んだ。

 

「あーやりてー。誰でもいいからやりてー」

 

 最低の発言である。酔った大学生の語彙力は猿以下に落ちる。

 

 隣を歩いていた白瀬が、ぽつりと言った。

 

「……今、私女だけど。する?」

 

 俺は酔っていた。白瀬は酔っていなかった。それなのに白瀬の方から言い出した。

 

 立ち止まった。白瀬の顔を見た。街灯の下で、白瀬は少しだけ頬を赤くしていた。寒さのせいか、別の理由かはわからなかった。

 

「……マジで?」

 

「マジで。ていうか前から気になってた。翔太とだったら、してみたいなって」

 

 それが俺たちの最初の夜だった。

 

 白瀬のアパートで、白瀬のベッドで、ゴムもないからコンビニに走って、もたもたしながら、笑いながら。下手くそだった。でも終わった後に白瀬が「もう一回したい」と言ったから、俺たちは多分、体の相性だけは最初から良かったのだ。

 

 それ以来、俺たちはセフレになった。

 

 友達で、セフレ。

 

その関係が二年以上続いている。

 

「で、今日はどっち?」

 

 俺は訊いた。切実に。

 

「んー、どっちだと思う?」

 

 白瀬はベッドの端に腰掛けて、ビールをぷしゅっと開けた。一口飲んで、にいっと笑う。犬歯が覗く。この笑い方は男でも女でも変わらない。

 

「クイズにしよっか」

 

 出た。

 

 出たよ~!!! 

 

 白瀬の最悪の趣味──「どっちでしょうクイズ」。

 

 ルールは単純。白瀬がヒントを三つ出す。それを元に、今の白瀬が男なのか女なのか一発回答。当たれば普通にコトを致せる。外れたら──。

 

「外れたら男同士でね♡」

 

 にっこり笑って言うな。

 

「いや待ておかしいだろ、外れてもするのかよ。外れたら男ってことじゃん」

 

「うん。だってしたいし、男でも別によくない?」

 

 全く良くない。

 

 だがこの生き物に「今日は帰ってくれ」という選択肢は存在しない。白瀬遊という人間は、性別を問わず、性欲の化身なのだ。俺がシコ猿なら、白瀬は発情期が永遠に終わらないヤリ猫だ。だが友達でもある。ヤれないなら帰れなんてどこぞのアイドルグループのナントカメンバーみたいな事いえるわけない。

 

 だが俺にも意地がある。

 

 男同士だけは──いや、もう何回かやってしまっているのだが──できれば避けたい。俺は女が好きなのだ。おっぱいが好きなのだ。

 

「よし。受けて立つ」

 

「いいね、その目。ギラギラしてて好きだよ」

 

 そんな事をいいながら白瀬はビールをテーブルに置いて、俺の正面に立った。コートは脱いでいる。黒のタートルネックに細身のデニム。この服装だと胸の膨らみは判別できない。何を見ても手がかりがない。

 

「じゃあヒントその一。今朝、私──もしくは俺は、今朝トイレで座っておしっこした」

 

「それ男でも女でもありえるだろ! 情報がゼロだ!」

 

「そう? 男は立ってするもんでしょ」

 

「座ってする男もいるわ!」

 

「翔太は?」

 

「座ってする! つーかそれはいいんだよ! もっとわかりやすいヒントをくれ!」

 

「ヒントその二」

 

 白瀬は人差し指を立てた。

 

「今日、ブラジャーをつけてます」

 

 ブラジャー。

 

 ブラジャーをつけている。ということは女──いや待て。白瀬は以前、男の時にスポーツブラをつけて出勤したと言っていた。「乳首が擦れるから」という理由で。

 

「そんなもんわかるか! お前男の時もブラつけるって言ってたろ!」

 

「あれ、覚えてた? 嬉しいなあ。じゃあ特別にもう一つだけヒントあげちゃう」

 

 白瀬はタートルネックの裾に指をかけた。ゆっくりと、焦らすように持ち上げる。腹が見える。白い肌に薄っすらと腹筋の線が走っている。これだけだとまだわからない。女の白瀬もそこそこ腹筋がある。

 

 裾がさらに上がる。肋骨の下あたりまで。

 

「ここまで見せてあげる。さあ、ヒントは以上。男か女か、回答どうぞ!」

 

 胸は見えない。ぎりぎり腹の上端で止めている。くそっ、このチラリズムの暴力。腹筋の感じからすると──男か? でも女の白瀬も鍛えているから腹筋はある。へそのラインは──男寄り? いや、判断材料にならない。

 

 俺は白瀬の首元を見た。タートルネックに覆われているが、どうせ白瀬は男でも喉仏が目立たない。首元は判別の役に立たない。声はいつも通りの中性的なトーンで、こればかりは何の判断材料にもならない。

 

「……女!」

 

 賭けだ。理由は単純。さっき「私」と言いかけていた。白瀬は男の時は「俺」、女の時は「私」を使う。最初に「私──もしくは俺は」と言った。最初に出てきたのが「私」だ。つまり普段使っている一人称が先に出た。つまり今は女だ。

 

 完璧な推理だ。

 

「──ぶっぶー」

 

 白瀬はタートルネックをばさっと脱いだ。

 

 平たい胸。薄い乳首。そして鎖骨の下に、ぺたんと何もない胸板。

 

 男だ。

 

 男の白瀬だ。

 

「私って言いかけたの、わざとだよ?」

 

「お前──!」

 

「引っかかると思った。翔太って素直だもんね」

 

 白瀬は脱いだタートルネックをぽいっとベッドに投げて、にこにこしている。

 

「さあ、約束通り」

 

 ……男だ。

 

 男の白瀬が、にこにこしながら俺を見ている。

 

「待って。待ってくれ。こっちの心の準備が」

 

「準備なんていらないでしょ。もう七回目だよ?」

 

 七回。

 

 七回も男の白瀬と寝ている。

 

 俺は女が好きで、おっぱいが好きで、シコ猿で、それなのにこの二ヶ月で七回も男と致している。全部このクイズのせいだ。通算成績は三勝七敗。

 

「ほら、翔太も脱いで」

 

 白瀬はもう上裸だ。男の体。でも肌は白くてきれいで、腰のラインは妙に色っぽくて、男なのに脚が長くてすらっとしていて──いかんいかん。客観的に見るな。男だ。それだけでアウトだ。

 

「……やるけど、俺はホモじゃないからな」

 

「うん、知ってる」

 

 にっこり。

 

 ──ここから先を詳しく語る趣味は俺にはない。

 

 ないが、一つだけ言わせてくれ。

 

 白瀬は上手い。

 

 男の時の白瀬は、なんていうか──口が上手い。口が、だ。言葉じゃなくて。……いや、もうこれ以上は言わない。察してくれ。

 

 認めたくないが気持ちいい。

 

 男に気持ちよくされて気持ちいいと感じている自分がいる。俺はホモなのか? いや、違うはずだ……。

 

 そして俺も──まあ、その、色々した。男同士で。世界で最も不毛な一景の一つと言えよう。

 

 事が終わった後。

 

 二人で天井を見上げていた。隣の部屋のテレビからバラエティ番組の笑い声が聞こえる。いかにもこう、日常!!! ──ってかんじなのに、その中にいる俺はホモセの事後ときた。しょうもない……まあでも……

 

「八回目」

 

 白瀬が息を整えながら言った。

 

「……数えるな」

 

「だって記念だもん。まあ……ごめんね? 今日は男でさ」

 

 何の記念だ。ホモセ八回記念。最悪の記念だ。

 

 でも、白瀬が満足そうだし──別に今回はいいか……。

 

 そう、正直どうでもいいのだ、白瀬は友達で、友達が男でも女でもどうでもいい。

 

 そんな事はどうでもいい。

 

 そして友達が喜ぶなら、安心するならそれはそれでよい。

 

 いいが、ヤるとなれば女がいいよ。当たり前だろ。俺はホモじゃないんだから。

 

 分かってくれる奴がいるだろうか、俺のフクザツな気持ちを。

 

 ◆

 

 翌週の水曜日。

 

 呼び鈴が鳴った。珍しい。白瀬はいつも合鍵で入ってくるのに。

 

「翔太、開けて」

 

 いつもの声。これだけじゃわからない。

 

 玄関を開けると、白瀬が立っていた。白いブラウスにフレアスカート。胸元がふっくらしている。ブラウスの第一ボタンの下、谷間の影が見える。

 

 女だ。

 

 女の白瀬だ。隠そうともしてないってことはクイズ無しってことだ。

 

「鍵忘れちゃった。てへ。入っていい?」

 

「……どうぞ」

 

 女の白瀬が部屋に入ってくると、空気が変わる。同じシャンプーの匂いなのに、体温が混ざると甘くなる。デニムの時とは違うスカートの裾が膝の上で揺れて、太ももの白さが目に痛い。

 

 俺の体が一瞬で反応した。これだ。これが正しい反応だ。女の体に対する健全な欲情。先週の罪を洗い流すような清々しい興奮。

 

「翔太、もう顔赤くなってない? 私の声聞くだけでそうなっちゃうのヤバ♡」

 

「うるさい!」

 

 白瀬はくすくす笑いながらベッドに座った。スカートの裾から太ももがこぼれる。太ももの内側に薄い青い血管が透けている。

 

「今日はクイズしないの?」

 

「し、しなくていいだろ! その胸元の谷間見りゃわかる!」

 

「だねぇ♡ じゃあ──」

 

 白瀬はブラウスのボタンを一つ外した。鎖骨の下、白い肌が覗く。

 

 もう一つ外した。淡いピンクのレースのブラジャーの縁が見えた。

 

 もう一つ。

 

 おっぱいだ。

 

 正真正銘の、白瀬遊のおっぱいだ。Cカップ。形がいい。

 

「今日はちゃんと女だよ。ほら、触って?」

 

 触った。

 

 右手で包むように触った。柔らかい。温かい。

 

「ん……翔太、乱暴」

 

「す、すまん……」

 

「今のはもっとしてって意味。学ぼうね~」

 

 なんだこいつ。

 

 ──ここから先は、まあ。言わなくてもわかるだろう。

 

 最高だった、とだけ言っておく。

 

 全部正しい。全部あるべきものがあるべき場所にある。世界は正しい。俺はホモじゃない。先週のアレはノーカンだ。ノーカン!

 

 そんなこんなですべてが終わって、部屋にシャンプーの匂いと体温が混ざった空気が漂う中。白瀬が身体を寄せて、耳元でこんな事を言った。

 

「翔太、好きっ」

 

 と。

 

 俺も好きだが……。確かに白瀬の事が好きではあるのだが──。

 

「ねえ、好きって言って」

 

「好きだよ」

 

 結局、そう答えた。

 

「翔太は優しいねぇ」

 

 そんな風に言った白瀬の表情はよくわからない。

 

 嬉しそうでもあり、なんだか寂しそうでもあった。

 

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