画面の中で激しく腰を動かしているのは、紛れもなく私の昔からの友人、川野博樹だった。
その下で乱れ、甘い声を上げている女は——私の妻、美香だった。
自宅の寝室。見慣れたベッドシーツに、美香がいつも頰を埋めている枕。すべてが、残酷なまでに現実を突きつけてくる。
「はあっ……博樹、もっと深く……! 奥まで、突いて……!」
博樹が荒い息を吐きながら、腰の動きを激しくした。肉がぶつかる湿った音が、スマホのスピーカー越しに響く。
「くっ……美香、お前の中、相変わらず最高だ……」
美香が恍惚とした表情で首を反らし、指をシーツに食い込ませた。
「んっ……! あぁ……博樹……! もっと……私を、めちゃくちゃにして……!」
博樹が低く笑い、彼女の耳元に唇を寄せた。
「なぁ、美香……俺たちの娘はどうだ? あの子、最近ますます可愛くなってきたよな」
美香が、愉悦に震える声で答えた。
「ええ……とてもいい子よ。血がつながっていないなんて知らずに、孝之が一生懸命育ててるの……可哀そうになるくらいにね。孝之、綾子を本物の娘だと思って、必死に可愛がってるんだから……ふふっ」
その言葉で、私の頭の中が、真っ白になった。
音が消え、視界が狭くなる。胸の奥で何かが、ゆっくりと音を立てて崩れ落ちていく。
綾子……あやこ……私の大切な、たった一人の娘が……托卵だった?
しかもその動画を見せてきているのがその綾子であった
高校生の娘、宮下綾子が、その動画が流れるスマホを私に差し出していた。
いつ録っていたのか——そんなことを考える余裕は、私にはなかった。
彼女の瞳は、恐怖と、それとは別の熱のようなもので揺れていた。
「この映像は……本当です。それでも……私は、あなたの娘だと思ってます。お父さんは……私を、どう思いますか?」
声は小さかったが、確かに私の胸に届いた。
それは、勇気が要る告白だったのだろう。彼女は真剣な眼差しで、私をまっすぐ見つめていた。
私は頭が真っ白だった。だが言わなければならないことは分かった。娘の細い肩を抱き寄せ、震える自分の手を必死に抑えながら、掠れた声で言った。
「……間違いなく、綾子は私の娘だ」
震えながらも、確固たる意志を込めて。
裁判に勝った。
弁護士を立て、DNA鑑定を証拠として提出し、浮気の映像記録とともに手続きを進めた数ヶ月は、長く、消耗するものだった。
法廷で美香は顔を青ざめさせ、川野博樹は喚き散らしていた。何より綾子本人が「私は宮下孝之の娘として生きていきたい」と明確に意思表示したことが、判決を大きく左右した。
裁判官は、血縁を超えた親子関係の事実を認め、離婚と親権、そして親子関係の存続を認める判決を下した。
安堵の息を吐く私の横には、綾子が静かに座っていた。
彼女は法廷で、はっきりと言った。
「ええ、私はあんな薄汚い男の子供なんかじゃありません。私は、宮下孝之の娘です」
その言葉を聞いた時、美香の顔が醜く歪むのが見えた。
裁判所からの帰り道、秋の風が少し冷たかった。
綾子が私の横を歩きながら、ふと見上げてきた。
「私は、間違いなくお父さんの娘です」
満面の笑顔だった。
その笑顔は、幼い頃の彼女を思い起こさせるほど純粋で、でもどこか大人びていて——私はただ「そうだな」と頷くことしかできなかった。
家に帰る道中、綾子は私の袖をそっと掴んだまま、離さなかった。
自慢のお父さんだった。
優しくて、いつも私の話をちゃんと聞いてくれて、学校の送迎も欠かさず、勉強でつまずけば夜遅くまで一緒に机に向かってくれた。
時々親戚から「孝之さんには全然似てないわねぇ」と笑われるけど、それでも私は大好きだった。
自慢だった。
でも、いつからだろう。
「パパのお嫁さんになる」なんて、みんなが子供の頃に一度は口にする夢を、私はこの年齢になっても捨てられていないということに気付いたのは。
テレビに出るような男の人と男女のそれをする想像より、お父さんとそれをする想像のほうが、ずっと熱くなることに気付いたのは。
「大好き」という言葉が家族愛からではなく、劣情からであるということに気付いたのは。
この母親という女が邪魔に感じ始めたのは、いつからだったのだろう。
なんで自分はこの人の娘で、結婚できないのだろう。そんなことを考えるようになったのは。
いつからだろうか、自分でもそれは全く分からない。
でも私は全く生活に、態度に、それをおくびも出すことなく日常を送り続けた。
それを出してお父さんと離れるようなことになったら嫌だったから。
だからこの家族というものを、続けていた。
ある日のこと。
生徒会長としての仕事が予定より早く終わり、家に帰ると「ただいま」と声をかけたのに返事がなかった。
母親の靴は玄関に揃えてあるのに。
だけど見知らぬ男物の靴があった。
何か、予感がした。
ただのお客さんかもしれない。でも私の足は勝手に夫婦の寝室に向かっていた。
ドアの隙間から漏れる、湿った息遣いと、肉がぶつかる卑猥な音。
信じられない光景だった。
母親が、知らない男の下で乱れていた。
ここでするべき行動は何なのか。
大声で叫ぶ? 警察を呼ぶ? お父さんに電話する?
私は————音を立てないようスマホを取り出し、録画を始めた。
震える指で、しっかりとフレームに収める。
あぁ……今はこの美香という女に、感謝さえしてしまう。
この女をお父さんから引き剥がせるチャンスを、この女はこんなにも簡単にくれた。
男女の交わりの最中、男が低く笑い、あの女の耳元に唇を寄せた。
「なぁ、美香……俺たちの娘はどうだ? あの子、最近ますます可愛くなってきたよな」
女が、愉悦に震える声で答えた。
「ええ……とてもいい子よ。血がつながっていないなんて知らずに、孝之が一生懸命育ててるの……可哀そうになるくらいにね。孝之、綾子を本物の娘だと思って、必死に可愛がってるんだから……ふふっ」
その瞬間、私は歓喜した。
心の底から、熱いものが込み上げてきた。
今までずっとずっとずっと欲しかったけど、絶対に手に入れられないはずの宝物の鍵を——この女は、あっさりと私に渡してしまった。
駄目だ、まだ笑ってはいけない。
でも私の口は三日月に歪んでいた。
これは、お父さんを、孝之さんを解放するための鍵だ。
そして、私の夢を叶えるための——鍵だ。
この感情が醜くまともじゃないことは分かってる。
それでも————孝之さんを、誰にも渡さない。
私はあなたを「男」として愛してしまった。
家族の愛なんかじゃ、もう足りない。
私はもう、止まれない。
裁判が終わり、裁判所からの帰り道。秋の風が少し冷たかった。
私は孝之さんの横を歩きながら、そっと見上げた。
優しく寂しそうな愛しい人の顔を
お父さん、ごめんなさい。
法廷で醜く喚き散らす薄汚いあなたを見て、確信しました。
「私は、間違いなくお父さんの娘です」
私は間違いなく————薄汚いあなたの子供です。