――試合前日。
格納庫。
「ここだ」
案内された先で、足を止める。
目の前にあるのは――一機のIS。
白を基調とした機体。
装甲は無駄がなく、滑らかに流れるようなラインを描いている。
派手さはない。
だが――
「……綺麗だな」
思わず、そう呟いていた。
それは兵器というより――
“完成された何か”に近い印象だった。
「これが……俺の専用機」
近づく。
その時だった。
――ピッ
小さな電子音。
「……え?」
まだ触れていない。
それなのに。
機体が、反応した。
「おい、まだ接触してないぞ!」
整備員の声が飛ぶ。
だが、止まらない。
白い装甲が、微かに発光する。
(……来てる?)
そんな感覚。
呼ばれている。
拒絶ではない。
むしろ――
「……待ってた、みたいだな」
自分でも驚くくらい自然に、手を伸ばしていた。
触れる。
その瞬間――
――起動。
光が、静かに広がる。
「は!? 同期プロセスが――」
「早すぎる! 一瞬で完了している!?」
ざわめき。
だが一夏は。
「……分かる」
確信していた。
操作が“理解”ではなく、“直感”で繋がる。
思考が、そのまま機体に伝わる。
まるで――
最初から一つだったかのように。
「機体名称、表示されました!」
整備員の声。
モニターに浮かび上がる文字。
――『白式』
「白式……」
口に出す。
しっくり来る。
違和感がない。
「……お前、名前まで決まってんのかよ」
小さく苦笑する。
だが、その時。
「気に入った?」
背後から声。
振り返る。
そこにいたのは、一花だった。
プラチナの髪が、静かに揺れる。
「……お前か」
ため息混じりに言う。
「これ、お前だろ」
「うん」
あっさりと頷く。
否定しない。
「“白式”も?」
「それは元から」
軽く言う。
だが――
どこまでが本当か分からない。
「……どういう機体なんだよ」
「君に合わせてあるだけ」
簡単に答える。
それ以上は言わない。
「……雑すぎる説明だな」
「使えば分かるよ」
微笑む。
すべてを知っている側の顔。
「……」
一夏は黙る。
だが、不安は薄れていた。
「大丈夫」
一花が言う。
「ちゃんと応えてくれるから」
その言葉には、不思議な説得力があった。
「……それと」
一花が、小さな箱を差し出す。
「なんだこれ」
「プレゼント」
軽い口調。
だが、その目は逸らさない。
受け取る。
開ける。
「……指輪?」
シンプルな銀色のリング。
だが、どこか精密な造り。
ただの装飾ではないと分かる。
「つけてみて」
「……理由は?」
「あとで分かるかもね」
曖昧な返答。
だが――
拒否する理由もない。
指輪を手に取り。
右手の薬指に嵌める。
――カチリ。
その瞬間。
「……っ?」
一瞬だけ、感覚が変わる。
白式との“繋がり”が、わずかに深くなる。
(……今のは)
気のせいではない。
だが――
すぐに元に戻る。
「……なんだこれ」
「お守りみたいなものだよ」
一花が言う。
「……ほんとか?」
「さあ?」
微笑むだけ。
否定はしない。
「……」
外す気にはならなかった。
理由は分からない。
ただ――
(必要な気がする)
それだけは、確信できた。
「明日、頑張ってね」
「……ああ」
短く返す。
「勝つ」
言い切る。
迷いはない。
「うん」
一花が頷く。
「それでいい」
その笑顔は――
やはり、すべてを知っているようだ。
アリーナ上空。
セシリア・オルコットは、自身のISの中で静かに目を細めていた。
視線の先。
対峙するのは――織斑一夏。
(……あれが、例外)
深く息を吐く。
冷静でいなければならない。
感情に流されるなど、あってはならない。
「――準備はよろしいですか?」
通信を開く。
「……ああ」
返ってきた声は、落ち着いていた。
拍子抜けするほどに。
(強がり……ではなさそうですわね)
わずかに眉をひそめる。
通常、初搭乗でここまで平静ではいられない。
ましてや――
(専用機など)
本来、あり得ない。
「では――」
思考を切り替える。
「始めましょう」
合図と同時に、機体を前へ出す。
無駄のない動き。
洗練された制御。
それが、代表候補生の戦い方。
(まずは様子見)
出力を抑えた牽制射撃。
直線的な一撃。
回避は難しくない。
――普通なら。
「……っ」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、思考が止まった。
(避けた……?)
違う。
ただ避けただけではない。
(“最適な軌道”で……?)
無駄がない。
初搭乗の動きではない。
「まぐれ……?」
あり得る。
だが。
(二度、三度と続けば――)
再び射撃。
角度を変える。
タイミングをずらす。
だが。
「……嘘でしょう」
すべて、躱される。
それも――
最小限の動きで。
(読まれている……?)
否。
それも違う。
(……違いますわね)
理解する。
これは。
(“分かっている”動き)
操縦しているのではない。
まるで――
(機体と、同調している……?)
あり得ない。
そんなことは。
だが、現に起きている。
「……っ!」
わずかに、焦りが走る。
その隙を突くように。
一夏の機体が動いた。
「なっ――!」
加速。
一瞬で間合いを詰められる。
(速い……!)
反応が遅れる。
辛うじて防御を展開。
衝撃。
「くっ……!」
押し込まれる。
出力差ではない。
技術でもない。
(……何ですの、これは)
理解できない。
だからこそ――
恐ろしい。
「……」
一度距離を取る。
呼吸を整える。
冷静に。
分析する。
(落ち着きなさい、セシリア)
自分に言い聞かせる。
(相手は素人)
(経験値はこちらが上)
そのはずだ。
だが。
「……認めませんわ」
小さく呟く。
視線を上げる。
そこには、変わらず立つ一夏の姿。
隙のない構え。
だがそれは――
訓練されたものではない。
(……自然すぎる)
そう。
“作られていない”。
「……なるほど」
理解する。
そして、同時に――
否定する。
「だからこそ、ですわね」
通信を開く。
「織斑一夏」
静かに呼ぶ。
「なんだ?」
返事は短い。
「あなたは――」
言葉を選ぶ。
だが。
やめた。
「不愉快ですわ」
はっきりと言い切る。
「……は?」
戸惑いの声。
だが、構わない。
「努力も、積み重ねもなく」
「当然のようにそこに立っている」
声が、わずかに強くなる。
「その在り方が――気に入らない」
これは、ただの怒りではない。
「私は、それを認めません」
宣言だった。
代表候補生として。
一人のパイロットとして。
「だから――」
出力を上げる。
空気が震える。
「ここで叩き落とします」
本気。
完全な戦闘態勢。
「……」
一夏は、何も言わない。
ただ。
「来いよ」
短く言った。
その一言に――
余裕はない。
だが。
覚悟はあった。
「……結構」
セシリアは微笑む。
「その覚悟ごと、打ち砕きますわ」
次の瞬間。
二機は、再び激突した。
その戦いは――
もはや“試験”ではなかった。