――管理室。
ガラス越しに、アリーナを見下ろす。
「始まったな」
千冬が腕を組み、静かに呟く。
その隣で、山田真耶がモニターを操作していた。
「は、はいっ……! 現在の出力差、機動安定率ともにセシリアさんが上です……!」
緊張した声。
「当然だな」
千冬は視線を動かさない。
「二年以上の稼働歴だ。差があって当たり前だ」
その言葉通り――
戦況は、明確だった。
「……っ」
箒が、わずかに歯を食いしばる。
「一夏……」
心配が滲む声。
その隣。
「……まだだよ」
静かな声。
一花だった。
片腕の少女は、ただじっと戦場を見つめている。
その目に、焦りはない。
むしろ――
“待っている”ようだった。
――
アリーナ上空。
「遅いですわね」
セシリアの声が響く。
優雅で、余裕のある口調。
そのまま、射撃。
正確無比な一撃。
「っ……!」
白式が、辛うじて回避する。
だが。
(……きつい)
一夏の中で、限界が近づいていた。
操作はできる。
反応も追いついている。
だが――
(稼働時間が……)
身体への負荷が、明らかに増している。
白式は応えてくれる。
だが、それを維持する“自分”が持たない。
「どうしましたの?」
セシリアが言う。
「その程度ですの? “例外”というのは」
余裕のある追撃。
回避。
防御。
それでも――
押される。
確実に。
「……くっ」
呼吸が乱れる。
視界が、わずかに揺れる。
(ここまでか……?)
そんな考えが、よぎる。
その時だった。
――『……委ねなさい』
「……っ!?」
耳元で、声がした。
確かに。
はっきりと。
(誰だ……?)
周囲に人はいない。
だが――
声は、続く。
――『抗わなくていい』
――『そのまま、私に』
「……何を……」
拒否しようとする。
だが。
身体が、わずかに止まる。
そして。
右手。
指輪が、微かに光る。
「……まさか」
脳裏に浮かぶ。
プラチナの髪。
あの笑み。
(……一花か?)
確証はない。
だが――
「……っ」
次の瞬間。
右手に、感触。
誰かの手が――重なった。
「……!?」
見えない。
だが、確かにある。
そして。
――激痛。
「ぐあっ……!!」
走る。
右手から腕へ。
さらに――
首筋、頬へと。
何かが“伸びていく”。
「な、なんだこれ……!」
視界の端に映る。
自分の肌。
そこに――
黒い“根”のような痣が浮かび上がっていた。
「っ……!」
呼吸が乱れる。
だが。
意識は、消えない。
(……違う)
奪われていない。
むしろ――
(……広がってる?)
感覚が。
視界が。
すべてが、研ぎ澄まされていく。
「……これ……は」
白式との“繋がり”が、さらに深くなる。
いや。
境界が、曖昧になる。
(動ける……)
そう思った瞬間。
白式が、応えた。
――加速。
「なっ――!?」
セシリアの声。
一瞬で、距離が詰まる。
さっきまでとは、別物の速度。
「速――!」
反応が遅れる。
その隙に。
白式の一撃が、迫る。
「くっ!」
防御。
だが――
重い。
(何ですの、この出力……!)
さっきまでとは明らかに違う。
「あなた……!」
セシリアが叫ぶ。
「何をしましたの!?」
「……」
一夏は答えない。
いや。
答えられない。
(これ……やばいな)
理解していた。
これは。
“借りている力”だと。
そして。
(長くは持たない)
直感する。
だから――
「……ここで決める」
短く呟く。
白式が、応える。
出力が、さらに上がる。
「……!」
セシリアが構える。
だが。
間に合わない。
一瞬の交錯。
そして――
衝撃。
静寂。
勝敗が、決まる。
――
管理室。
「今のは……!」
山田が声を上げる。
「出力、急上昇……!? 制御不能レベルです!」
「……いや」
千冬が低く言う。
「制御はしている」
その視線は鋭い。
「だが……普通じゃない」
「一夏……」
箒が呟く。
不安と、驚き。
そして。
「……やっぱり」
一花が、小さく呟く。
その口元には、わずかな笑み。
「使ったね」
その目は――
すべてを知っていた。
――アリーナ上空。
激突。
白式とセシリアの機体が、空中で火花を散らす。
「っ……!」
セシリアが距離を取る。
呼吸がわずかに乱れていた。
(……押されている?)
あり得ない。
つい先ほどまで、完全に優勢だったはずだ。
それなのに――
(何ですの、この変化は……!)
目の前の織斑一夏。
その動きは、明らかに変わっていた。
速い。
鋭い。
そして何より――
「……まだ、来ますの?」
問いかける。
半ば、確認するように。
「……ああ」
短い返答。
だがその声には、確かな意志があった。
(……っ)
その目を見る。
揺らがない。
諦めていない。
不利だと理解しているはずなのに。
それでも――
前を向いている。
「……いいでしょう」
セシリアが構える。
「ならば、最後まで付き合いますわ」
出力を引き上げる。
応じるように、白式も動く。
再び交錯。
高速の攻防。
一瞬の判断が、生死を分ける領域。
だが――
「……っ!」
一夏の動きが、わずかに鈍る。
(来ましたわね)
見逃さない。
長期戦になればなるほど――
差は出る。
経験と、稼働時間。
そして。
「シールドエネルギー、残量僅少!」
管制の声が響く。
「っ……!」
一夏の表情が歪む。
分かっていた。
限界が近いことは。
それでも。
「まだ……!」
踏み込む。
最後の一撃。
だが。
「終わりですわ」
セシリアが静かに言う。
迎撃。
正確な一撃が――
白式を捉える。
――閃光。
「……!」
衝撃。
そして。
警告音。
――SE(シールドエネルギー)消失。
「……っ」
その瞬間。
白式の出力が、落ちる。
同時に――
一夏の身体から、黒い痣が消えていく。
まるで最初からなかったかのように。
「……」
残ったのは――
虚無感。
さっきまで確かにあった“何か”が、
すべて引き剥がされたような感覚。
「……あ」
力が抜ける。
機体が、ゆっくりと降下していく。
「……勝負あり」
静かに、宣言が下された。
勝者――
セシリア・オルコット。
――
管理室。
「……」
千冬は無言で画面を見つめていた。
結果は理解している。
だが――
視線は、別のところにあった。
「……」
一花。
その姿を、横目で見る。
だが。
「……惜しかったね……」
一花は、小さく呟いた。
目を閉じながら。
その表情は――
穏やかだった。
まるで結果を受け入れているかのように。
そして。
何も言わず、踵を返す。
静かに、管理室を後にした。
「……」
千冬は、その背中を見送る。
何も言わない。
だが――
その目は、確実に警戒していた。
――
更衣室。
静かな空間。
誰もいない。
「……」
ベンチに座る、一夏。
俯いたまま、動かない。
右手。
指輪は、そのままだ。
「……負けたか」
小さく呟く。
悔しさはある。
だが、それ以上に。
「……あれは、一体何だったんだ……」
理解できない。
あの感覚。
あの力。
そして――
消えた瞬間の、空白。
「……くそ」
拳を握る。
だが、力は入らない。
ただ――
虚無だけが、残っていた。
――
シャワールーム。
水音が響く。
セシリアは、無言で水を浴びていた。
滴る水。
流れる思考。
(……何ですの、あれは)
目を閉じる。
思い出す。
戦闘。
劣勢だったはずの相手。
それが、突然変わった。
(理解できませんわ……)
だが。
それ以上に。
思い出すものがある。
「……」
あの目。
織斑一夏の――
あの眼差し。
負けると分かっていながら。
それでも前に出た。
最後まで、戦うことをやめなかった。
「……」
胸の奥が、わずかに熱くなる。
(……あんなもの)
知らない。
知らないはずなのに。
「……っ」
心臓が、強く打つ。
ドクン、と。
自覚する。
「……何ですの、これ……」
手を胸に当てる。
鼓動が、早い。
止まらない。
(私は……)
理解する。
これは――
「……気に入りませんわ」
小さく呟く。
だが。
その言葉とは裏腹に。
「……もっと」
口が、勝手に動いた。
「もっと、知りたい……」
織斑一夏という存在を。
その強さを。
その在り方を。
――知りたい。
シャワーの音の中で。
その想いだけが、確かに残った。