インフィニット・ストラトス 〜愛のシナリオ〜   作:ぬっく~

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第十話 委ねられた力

――管理室。

 

ガラス越しに、アリーナを見下ろす。

 

「始まったな」

 

千冬が腕を組み、静かに呟く。

 

その隣で、山田真耶がモニターを操作していた。

 

「は、はいっ……! 現在の出力差、機動安定率ともにセシリアさんが上です……!」

 

緊張した声。

 

「当然だな」

 

千冬は視線を動かさない。

 

「二年以上の稼働歴だ。差があって当たり前だ」

 

その言葉通り――

 

戦況は、明確だった。

 

「……っ」

 

箒が、わずかに歯を食いしばる。

 

「一夏……」

 

心配が滲む声。

 

その隣。

 

「……まだだよ」

 

静かな声。

 

一花だった。

 

片腕の少女は、ただじっと戦場を見つめている。

 

その目に、焦りはない。

 

むしろ――

 

“待っている”ようだった。

 

――

 

アリーナ上空。

 

「遅いですわね」

 

セシリアの声が響く。

 

優雅で、余裕のある口調。

 

そのまま、射撃。

 

正確無比な一撃。

 

「っ……!」

 

白式が、辛うじて回避する。

 

だが。

 

(……きつい)

 

一夏の中で、限界が近づいていた。

 

操作はできる。

 

反応も追いついている。

 

だが――

 

(稼働時間が……)

 

身体への負荷が、明らかに増している。

 

白式は応えてくれる。

 

だが、それを維持する“自分”が持たない。

 

「どうしましたの?」

 

セシリアが言う。

 

「その程度ですの? “例外”というのは」

 

余裕のある追撃。

 

回避。

 

防御。

 

それでも――

 

押される。

 

確実に。

 

「……くっ」

 

呼吸が乱れる。

 

視界が、わずかに揺れる。

 

(ここまでか……?)

 

そんな考えが、よぎる。

 

その時だった。

 

――『……委ねなさい』

 

「……っ!?」

 

耳元で、声がした。

 

確かに。

 

はっきりと。

 

(誰だ……?)

 

周囲に人はいない。

 

だが――

 

声は、続く。

 

――『抗わなくていい』

 

――『そのまま、私に』

 

「……何を……」

 

拒否しようとする。

 

だが。

 

身体が、わずかに止まる。

 

そして。

 

右手。

 

指輪が、微かに光る。

 

「……まさか」

 

脳裏に浮かぶ。

 

プラチナの髪。

 

あの笑み。

 

(……一花か?)

 

確証はない。

 

だが――

 

「……っ」

 

次の瞬間。

 

右手に、感触。

 

誰かの手が――重なった。

 

「……!?」

 

見えない。

 

だが、確かにある。

 

そして。

 

――激痛。

 

「ぐあっ……!!」

 

走る。

 

右手から腕へ。

 

さらに――

 

首筋、頬へと。

 

何かが“伸びていく”。

 

「な、なんだこれ……!」

 

視界の端に映る。

 

自分の肌。

 

そこに――

 

黒い“根”のような痣が浮かび上がっていた。

 

「っ……!」

 

呼吸が乱れる。

 

だが。

 

意識は、消えない。

 

(……違う)

 

奪われていない。

 

むしろ――

 

(……広がってる?)

 

感覚が。

 

視界が。

 

すべてが、研ぎ澄まされていく。

 

「……これ……は」

 

白式との“繋がり”が、さらに深くなる。

 

いや。

 

境界が、曖昧になる。

 

(動ける……)

 

そう思った瞬間。

 

白式が、応えた。

 

――加速。

 

「なっ――!?」

 

セシリアの声。

 

一瞬で、距離が詰まる。

 

さっきまでとは、別物の速度。

 

「速――!」

 

反応が遅れる。

 

その隙に。

 

白式の一撃が、迫る。

 

「くっ!」

 

防御。

 

だが――

 

重い。

 

(何ですの、この出力……!)

 

さっきまでとは明らかに違う。

 

「あなた……!」

 

セシリアが叫ぶ。

 

「何をしましたの!?」

 

「……」

 

一夏は答えない。

 

いや。

 

答えられない。

 

(これ……やばいな)

 

理解していた。

 

これは。

 

“借りている力”だと。

 

そして。

 

(長くは持たない)

 

直感する。

 

だから――

 

「……ここで決める」

 

短く呟く。

 

白式が、応える。

 

出力が、さらに上がる。

 

「……!」

 

セシリアが構える。

 

だが。

 

間に合わない。

 

一瞬の交錯。

 

そして――

 

衝撃。

 

静寂。

 

勝敗が、決まる。

 

――

 

管理室。

 

「今のは……!」

 

山田が声を上げる。

 

「出力、急上昇……!? 制御不能レベルです!」

 

「……いや」

 

千冬が低く言う。

 

「制御はしている」

 

その視線は鋭い。

 

「だが……普通じゃない」

 

「一夏……」

 

箒が呟く。

 

不安と、驚き。

 

そして。

 

「……やっぱり」

 

一花が、小さく呟く。

 

その口元には、わずかな笑み。

 

「使ったね」

 

その目は――

 

すべてを知っていた。

 

――アリーナ上空。

 

激突。

 

白式とセシリアの機体が、空中で火花を散らす。

 

「っ……!」

 

セシリアが距離を取る。

 

呼吸がわずかに乱れていた。

 

(……押されている?)

 

あり得ない。

 

つい先ほどまで、完全に優勢だったはずだ。

 

それなのに――

 

(何ですの、この変化は……!)

 

目の前の織斑一夏。

 

その動きは、明らかに変わっていた。

 

速い。

 

鋭い。

 

そして何より――

 

「……まだ、来ますの?」

 

問いかける。

 

半ば、確認するように。

 

「……ああ」

 

短い返答。

 

だがその声には、確かな意志があった。

 

(……っ)

 

その目を見る。

 

揺らがない。

 

諦めていない。

 

不利だと理解しているはずなのに。

 

それでも――

 

前を向いている。

 

「……いいでしょう」

 

セシリアが構える。

 

「ならば、最後まで付き合いますわ」

 

出力を引き上げる。

 

応じるように、白式も動く。

 

再び交錯。

 

高速の攻防。

 

一瞬の判断が、生死を分ける領域。

 

だが――

 

「……っ!」

 

一夏の動きが、わずかに鈍る。

 

(来ましたわね)

 

見逃さない。

 

長期戦になればなるほど――

 

差は出る。

 

経験と、稼働時間。

 

そして。

 

「シールドエネルギー、残量僅少!」

 

管制の声が響く。

 

「っ……!」

 

一夏の表情が歪む。

 

分かっていた。

 

限界が近いことは。

 

それでも。

 

「まだ……!」

 

踏み込む。

 

最後の一撃。

 

だが。

 

「終わりですわ」

 

セシリアが静かに言う。

 

迎撃。

 

正確な一撃が――

 

白式を捉える。

 

――閃光。

 

「……!」

 

衝撃。

 

そして。

 

警告音。

 

――SE(シールドエネルギー)消失。

 

「……っ」

 

その瞬間。

 

白式の出力が、落ちる。

 

同時に――

 

一夏の身体から、黒い痣が消えていく。

 

まるで最初からなかったかのように。

 

「……」

 

残ったのは――

 

虚無感。

 

さっきまで確かにあった“何か”が、

 

すべて引き剥がされたような感覚。

 

「……あ」

 

力が抜ける。

 

機体が、ゆっくりと降下していく。

 

「……勝負あり」

 

静かに、宣言が下された。

 

勝者――

 

セシリア・オルコット。

 

――

 

管理室。

 

「……」

 

千冬は無言で画面を見つめていた。

 

結果は理解している。

 

だが――

 

視線は、別のところにあった。

 

「……」

 

一花。

 

その姿を、横目で見る。

 

だが。

 

「……惜しかったね……」

 

一花は、小さく呟いた。

 

目を閉じながら。

 

その表情は――

 

穏やかだった。

 

まるで結果を受け入れているかのように。

 

そして。

 

何も言わず、踵を返す。

 

静かに、管理室を後にした。

 

「……」

 

千冬は、その背中を見送る。

 

何も言わない。

 

だが――

 

その目は、確実に警戒していた。

 

――

 

更衣室。

 

静かな空間。

 

誰もいない。

 

「……」

 

ベンチに座る、一夏。

 

俯いたまま、動かない。

 

右手。

 

指輪は、そのままだ。

 

「……負けたか」

 

小さく呟く。

 

悔しさはある。

 

だが、それ以上に。

 

「……あれは、一体何だったんだ……」

 

理解できない。

 

あの感覚。

 

あの力。

 

そして――

 

消えた瞬間の、空白。

 

「……くそ」

 

拳を握る。

 

だが、力は入らない。

 

ただ――

 

虚無だけが、残っていた。

 

――

 

シャワールーム。

 

水音が響く。

 

セシリアは、無言で水を浴びていた。

 

滴る水。

 

流れる思考。

 

(……何ですの、あれは)

 

目を閉じる。

 

思い出す。

 

戦闘。

 

劣勢だったはずの相手。

 

それが、突然変わった。

 

(理解できませんわ……)

 

だが。

 

それ以上に。

 

思い出すものがある。

 

「……」

 

あの目。

 

織斑一夏の――

 

あの眼差し。

 

負けると分かっていながら。

 

それでも前に出た。

 

最後まで、戦うことをやめなかった。

 

「……」

 

胸の奥が、わずかに熱くなる。

 

(……あんなもの)

 

知らない。

 

知らないはずなのに。

 

「……っ」

 

心臓が、強く打つ。

 

ドクン、と。

 

自覚する。

 

「……何ですの、これ……」

 

手を胸に当てる。

 

鼓動が、早い。

 

止まらない。

 

(私は……)

 

理解する。

 

これは――

 

「……気に入りませんわ」

 

小さく呟く。

 

だが。

 

その言葉とは裏腹に。

 

「……もっと」

 

口が、勝手に動いた。

 

「もっと、知りたい……」

 

織斑一夏という存在を。

 

その強さを。

 

その在り方を。

 

――知りたい。

 

シャワーの音の中で。

 

その想いだけが、確かに残った。

 

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