――食堂、喧騒の中。
「だから違うって言ってるだろ!」
「じゃあその指輪なんなんだよ!?」
クラスメイトたちに囲まれ、一夏は完全に追い詰められていた。
問い詰める声。
疑いの視線。
逃げ場はない。
「……っ」
言葉が出ない。
説明できない。
何を言っても、納得されないと分かっているからだ。
その光景を、少し離れた場所から――
一人の少女が見ていた。
だが。
すぐに興味を失ったように、踵を返す。
――テラス。
外の空気。
静かな風。
「……」
流星一花は、手すりにもたれながら目を閉じる。
喧騒は、ここまで届かない。
「……少し、うるさすぎたかな」
小さく呟く。
だが、その表情に後悔はない。
その時。
「……」
足音。
隣に、人が立つ。
そして――
無言のまま、腰を下ろした。
「……」
一花は目を開けない。
視線も向けない。
だが、分かっている。
そこにいるのが誰か。
――織斑千冬。
言葉はない。
空気が張り詰める。
静寂が、その場を支配する。
そして。
最初に口を開いたのは――千冬だった。
「……全ては、お前の台本通りなのか?」
低く、静かな声。
問いかけ。
確認。
だが、その中には確かな警戒があった。
「……」
一花は、何も答えない。
沈黙。
だが――
その無言こそが、答えだった。
「……そうか」
千冬は、小さく息を吐く。
否定しない。
ならば――それで十分。
「一体、いつからだ?」
続けて問う。
その視線は鋭い。
見逃さないという意思。
「……ふふ」
一花が、わずかに笑う。
そして、ゆっくりと目を開いた。
「最初から――って言ったら、信じられる?」
軽い口調。
だが、その中身は重い。
「……」
千冬は何も言わない。
否定もしない。
ただ、続きを待つ。
「でも」
一花が続ける。
「一つだけ、ミスをしたわ」
その言葉と共に。
自分の左肩に触れる。
空の袖。
「……」
空気が、わずかに変わる。
「私ね」
一花は、どこか遠くを見るように言う。
「ある日、一夏に恋をしたの」
あまりにも自然に。
「一目惚れ、ってやつかな」
軽く笑う。
「だから、傍にいたくて」
「学校も合わせて、ずっと隣にいた」
そこまでは、ただの話。
だが。
「……知ってたのよ」
声が、少しだけ低くなる。
「彼が誘拐されること」
「……っ」
千冬の目が細くなる。
だが、一花は止まらない。
「でも」
わずかに、表情が歪む。
「まさか、殺されるなんて思ってなかった」
その一言には――
ほんの僅かな“誤算”が滲んでいた。
「……だから」
一花は、ゆっくりと息を吐く。
そして。
「決めたの」
視線を前に戻す。
その瞳は、もう揺れていない。
「もう、彼を失わないようにって」
静かな決意。
それは、揺るがない。
「……」
千冬は、何も言わない。
ただ、見ている。
その在り方を。
その危うさを。
そして。
その確固たる意思を。
「……」
一花が、立ち上がる。
風が、髪を揺らす。
「千冬さん」
振り返る。
微笑む。
いつもの、穏やかな笑顔で。
だが――
その奥は、まるで違う。
「これが、私の描く――」
一瞬、間を置く。
そして。
「“愛のシナリオ”です」
はっきりと、言い切った。
その言葉に。
迷いは、一切ない。
「……」
千冬は、沈黙する。
理解している。
これはもう――止まらない。
止められない。
「全部、手に入れる」
一花が続ける。
静かに。
だが、確実に。
「誰にも渡さない」
断言。
「織斑一夏は――」
その名前を、愛おしむように呼ぶ。
「私のものだから」
微笑む。
それは。
愛か。
執着か。
それとも――
その両方か。
「……」
千冬は、ただ見ていた。
その背中を。
そして。
何も言わなかった。
言えなかったのか。
言わなかったのか。
それは――まだ分からない。
だが一つだけ、確かなのは。
物語は、すでに動き出しているということ。
そしてその中心にいるのは――
流星一花という存在だった。