――保健室。
「……ん……」
ゆっくりと、意識が浮かび上がる。
白い天井。
消毒液の匂い。
「……ここは……」
身体を起こそうとして――
「……?」
違和感。
視線を落とす。
そこには。
静かに眠る、一人の少女。
「……一花」
自分の膝の上。
無防備に、頭を預けている。
規則正しい寝息。
まるで何事もなかったかのように。
「……」
しばらく、見つめる。
そして。
ふと、自分の右手を見る。
「……痣は……ない」
あれほどまでに広がっていた黒い痣。
その痕跡は、どこにもない。
ただの、いつもの自分の手。
「……」
ゆっくりと。
指輪に触れる。
外す。
「……普通、だよな」
シンプルなシルバーの指輪。
特別な装飾はない。
だが。
「……?」
内側に、何かが刻まれている。
細い文字。
英語の筆記体。
「……読めねぇ」
小さく呟く。
意味は分からない。
ただ。
どこか、引っかかる。
「……」
その時。
「……ん……」
一花が、小さく動く。
「……起きたか?」
「……んー……」
大きなあくび。
目をこすりながら。
「おはよう……一夏……」
まだ、眠そうな声。
「おはよう、じゃねぇよ」
一夏が苦笑する。
「大丈夫なのか?」
「んー……」
身体を少し揺らす。
まだ夢の中にいるような動き。
「だいじょーぶ……」
気の抜けた返事。
「……なあ」
一夏が、少しだけ真剣な声になる。
「あれは……一体何をしたんだ?」
一花が、ぼんやりと目を開ける。
焦点は合っていない。
「……んー……」
考えるように、ゆらゆらと揺れる。
「同じ空間を……作っただけ……」
「……は?」
「どよ?」
得意げなのか何なのか分からない顔。
「同じ空間……?」
「そう……」
こくり、と頷く。
「とても小さな……同じ空間……」
言葉が、ゆっくりと落ちる。
「壊れれば……現実も……同じく壊れる……」
「……」
一夏は、何も言えない。
理解が追いつかない。
だが――
あの光景だけは、はっきりと覚えている。
「……」
「だから……」
一花が、もう一度あくびをする。
「とても……疲れる……」
目が、完全に閉じる。
「おい……」
呼びかける前に。
「……すぅ……」
寝息。
再び眠りに落ちる。
完全に。
「……マジかよ」
一夏が小さく呟く。
だが。
怒る気にもなれない。
「……」
そっと。
一花の頭に手を置く。
撫でる。
柔らかい髪。
温もり。
さっきまで“あれ”をやっていた人物とは思えない。
「……」
窓の外を見る。
夕日。
赤く染まる空。
長い影。
「……」
指輪を、もう一度見る。
内側の文字。
意味は分からない。
けれど。
どこか――
胸に引っかかる。
「……」
何も言わず。
ただ、撫で続ける。
膝の上で眠る彼女と。
沈んでいく夕日を。
静かに、見つめながら。
戦いの余熱だけが。
まだ、胸の奥に残っていた。