インフィニット・ストラトス 〜愛のシナリオ〜   作:ぬっく~

3 / 35
第二話 目覚めの代償

 

――規則的な音が、意識の底から浮かび上がってくる。

 

ピッ……ピッ……ピッ……

 

ゆっくりと、まぶたを開ける。

 

白い天井。

消毒液の匂い。

そして、かすかに感じる身体の重さ。

 

「……ここは……」

 

声が掠れる。

 

身体を起こそうとした瞬間――

鈍い痛みが胸に走った。

 

「っ……!」

 

反射的に息を止める。

 

その時、横から声がした。

 

「無理しないで。まだ安静にしてないと」

 

振り向く。

 

そこにいたのは――一花だった。

 

「……一花」

 

思わず、その名を呼ぶ。

 

だが、次の瞬間。

違和感が、胸の奥を掠めた。

 

「……腕……」

 

彼女の左側。

そこにあるはずのものが、ない。

 

包帯で覆われた肩口。

 

それでも彼女は、いつも通りに微笑んでいた。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと処置してもらったから」

 

軽い口調。

 

まるで、大したことではないかのように。

 

「……なんで」

 

気づけば、口にしていた。

 

「なんで、そんな顔できるんだよ……」

 

声が震える。

 

怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からなかった。

 

「腕、なくなってるんだぞ……!」

 

病室に、沈黙が落ちる。

 

一花は少しだけ目を伏せて――

それから、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……だって、生きてるでしょ?」

 

その言葉は、あまりにもあっさりとしていた。

 

「君が」

 

――言葉を失う。

 

「それで十分だよ」

 

微笑みは、変わらない。

 

でも、その奥にあるものを――

俺は、うまく言葉にできなかった。

 

「……俺のせいだ」

 

気づけば、そう呟いていた。

 

「俺が、弱かったから」

「守られるだけで……何もできなかったから……」

 

拳を握る。

 

何も守れなかった。

目の前で、大切なものを失わせた。

 

その事実が、胸を締め付ける。

 

「違うよ」

 

即座に返ってきた。

 

「これは私が勝手にやったこと」

 

「でも――!」

 

「君は関係ない」

 

言い切る声。

 

それ以上、踏み込ませないような強さがあった。

 

「……だから、気にしなくていい」

 

優しい声。

 

なのに――どこか冷たかった。

 

まるで、自分の中で完結しているかのような。

 

「……なあ」

 

少し、間を置いてから問いかける。

 

「俺を助けた時の……あれって、何なんだ?」

 

あの“陣”。

あの“存在”。

 

普通じゃない。

 

明らかに、この世界のものじゃない。

 

一花は、一瞬だけ目を細めた。

 

ほんの僅かな沈黙。

 

「……秘密」

 

そう言って、笑った。

 

「そのうち、話せる時が来たらね」

 

軽い調子。

 

けれど、それ以上は何も言わないという意思がはっきりと見えた。

 

「……そっか」

 

それ以上は、聞けなかった。

 

聞いてはいけない気がした。

 

――いや。

 

踏み込んだら、戻れなくなる。

 

そんな直感があった。

 

その時、病室の扉がノックされる。

 

コンコン、と乾いた音。

 

「失礼する」

 

低く、落ち着いた声。

 

入ってきたのは、黒いスーツの男だった。

 

鋭い目つき。

無駄のない動き。

 

明らかに、ただの医者ではない。

 

「織斑一夏くんだね」

 

「あ、はい……」

 

自然と背筋が伸びる。

 

男は、こちらをじっと見つめた。

 

まるで、値踏みするように。

 

「君にはいくつか確認したいことがある」

 

そう言って、手元の端末を操作する。

 

「誘拐された経緯」

「現場の状況」

「そして――」

 

一瞬だけ、視線が一花へ向いた。

 

「“あの現象”について」

 

空気が、変わる。

 

「……現象?」

 

あえて聞き返す。

 

男は、淡々と続けた。

 

「現場では通常では説明できない破壊痕が確認されている」

「銃器の威力としては、明らかに異常だ」

 

沈黙。

 

「何か、心当たりは?」

 

視線が突き刺さる。

 

逃げ場はない。

 

――だが。

 

「……ありません」

 

気づけば、そう答えていた。

 

自分でも驚くほど、迷いはなかった。

 

男は数秒、こちらを見つめて――

 

「……そうか」

 

それ以上は追及しなかった。

 

だが、その目は何も見逃していない。

 

「本件は、すでに政府管轄に移行している」

「今後、詳細は機密扱いになる」

 

淡々とした説明。

 

「退院後の行動についても、いくつか制限が入る可能性がある」

「その点は理解してほしい」

 

「……はい」

 

答えるしかなかった。

 

男は一礼すると、そのまま病室を出ていく。

 

扉が閉まる音。

 

静寂が戻る。

 

「……ね?」

 

一花が、小さく笑う。

 

「やっぱり、面倒なことになってるでしょ」

 

冗談めかした口調。

 

でも――

 

「……一花」

 

「なに?」

 

「俺、強くなる」

 

はっきりと、言った。

 

「もう、何も失いたくない」

「誰かに全部背負わせるのは、終わりにする」

 

自分でも驚くくらい、言葉は真っ直ぐだった。

 

一花は、一瞬だけ目を見開いて――

 

それから、柔らかく笑った。

 

「……うん」

 

短い返事。

 

でも、それだけで十分だった。

 

「期待してるよ」

 

その言葉が、妙に重く響いた。

 

窓の外では、夕焼けが広がっている。

 

静かな病室の中で――

 

俺は、初めて“決意”を手にした。

 

それがどれほど重いものかも知らずに。

 

---

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。