――規則的な音が、意識の底から浮かび上がってくる。
ピッ……ピッ……ピッ……
ゆっくりと、まぶたを開ける。
白い天井。
消毒液の匂い。
そして、かすかに感じる身体の重さ。
「……ここは……」
声が掠れる。
身体を起こそうとした瞬間――
鈍い痛みが胸に走った。
「っ……!」
反射的に息を止める。
その時、横から声がした。
「無理しないで。まだ安静にしてないと」
振り向く。
そこにいたのは――一花だった。
「……一花」
思わず、その名を呼ぶ。
だが、次の瞬間。
違和感が、胸の奥を掠めた。
「……腕……」
彼女の左側。
そこにあるはずのものが、ない。
包帯で覆われた肩口。
それでも彼女は、いつも通りに微笑んでいた。
「大丈夫だよ。ちゃんと処置してもらったから」
軽い口調。
まるで、大したことではないかのように。
「……なんで」
気づけば、口にしていた。
「なんで、そんな顔できるんだよ……」
声が震える。
怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からなかった。
「腕、なくなってるんだぞ……!」
病室に、沈黙が落ちる。
一花は少しだけ目を伏せて――
それから、ゆっくりと顔を上げた。
「……だって、生きてるでしょ?」
その言葉は、あまりにもあっさりとしていた。
「君が」
――言葉を失う。
「それで十分だよ」
微笑みは、変わらない。
でも、その奥にあるものを――
俺は、うまく言葉にできなかった。
「……俺のせいだ」
気づけば、そう呟いていた。
「俺が、弱かったから」
「守られるだけで……何もできなかったから……」
拳を握る。
何も守れなかった。
目の前で、大切なものを失わせた。
その事実が、胸を締め付ける。
「違うよ」
即座に返ってきた。
「これは私が勝手にやったこと」
「でも――!」
「君は関係ない」
言い切る声。
それ以上、踏み込ませないような強さがあった。
「……だから、気にしなくていい」
優しい声。
なのに――どこか冷たかった。
まるで、自分の中で完結しているかのような。
「……なあ」
少し、間を置いてから問いかける。
「俺を助けた時の……あれって、何なんだ?」
あの“陣”。
あの“存在”。
普通じゃない。
明らかに、この世界のものじゃない。
一花は、一瞬だけ目を細めた。
ほんの僅かな沈黙。
「……秘密」
そう言って、笑った。
「そのうち、話せる時が来たらね」
軽い調子。
けれど、それ以上は何も言わないという意思がはっきりと見えた。
「……そっか」
それ以上は、聞けなかった。
聞いてはいけない気がした。
――いや。
踏み込んだら、戻れなくなる。
そんな直感があった。
その時、病室の扉がノックされる。
コンコン、と乾いた音。
「失礼する」
低く、落ち着いた声。
入ってきたのは、黒いスーツの男だった。
鋭い目つき。
無駄のない動き。
明らかに、ただの医者ではない。
「織斑一夏くんだね」
「あ、はい……」
自然と背筋が伸びる。
男は、こちらをじっと見つめた。
まるで、値踏みするように。
「君にはいくつか確認したいことがある」
そう言って、手元の端末を操作する。
「誘拐された経緯」
「現場の状況」
「そして――」
一瞬だけ、視線が一花へ向いた。
「“あの現象”について」
空気が、変わる。
「……現象?」
あえて聞き返す。
男は、淡々と続けた。
「現場では通常では説明できない破壊痕が確認されている」
「銃器の威力としては、明らかに異常だ」
沈黙。
「何か、心当たりは?」
視線が突き刺さる。
逃げ場はない。
――だが。
「……ありません」
気づけば、そう答えていた。
自分でも驚くほど、迷いはなかった。
男は数秒、こちらを見つめて――
「……そうか」
それ以上は追及しなかった。
だが、その目は何も見逃していない。
「本件は、すでに政府管轄に移行している」
「今後、詳細は機密扱いになる」
淡々とした説明。
「退院後の行動についても、いくつか制限が入る可能性がある」
「その点は理解してほしい」
「……はい」
答えるしかなかった。
男は一礼すると、そのまま病室を出ていく。
扉が閉まる音。
静寂が戻る。
「……ね?」
一花が、小さく笑う。
「やっぱり、面倒なことになってるでしょ」
冗談めかした口調。
でも――
「……一花」
「なに?」
「俺、強くなる」
はっきりと、言った。
「もう、何も失いたくない」
「誰かに全部背負わせるのは、終わりにする」
自分でも驚くくらい、言葉は真っ直ぐだった。
一花は、一瞬だけ目を見開いて――
それから、柔らかく笑った。
「……うん」
短い返事。
でも、それだけで十分だった。
「期待してるよ」
その言葉が、妙に重く響いた。
窓の外では、夕焼けが広がっている。
静かな病室の中で――
俺は、初めて“決意”を手にした。
それがどれほど重いものかも知らずに。
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