――夜。
学園・大浴場。
湯気が立ち込める静かな空間。
「……はぁ」
一夏は肩まで湯に浸かり、息を吐く。
(誰もいない……はずだよな)
そう思った、その時。
「……」
視線の先。
湯気の向こうに、人影。
「……誰か、いるよな?」
静かに問いかける。
「……」
少しの沈黙。
そして。
「……うん」
返ってきたのは、聞き覚えのある声。
「シャルル……?」
「……」
ゆっくりと、姿がはっきりする。
だが――
一夏は言葉を失った。
「……」
そこにいたのは。
見慣れた“少年”ではなかった。
華奢な肩。
滑らかな肌。
明らかに――女性の身体。
「……」
「……」
お互いに、目を合わせない。
微妙な距離を保ったまま、湯に浸かる。
「……その」
先に口を開いたのは一夏だった。
「男装、してたのか」
「……うん」
小さな声。
「最初から、全部」
「……そうか」
一夏はそれ以上驚かなかった。
ただ、受け入れるように頷く。
「理由、聞いていいか」
「……」
少しの沈黙。
やがて、シャルルが口を開く。
「僕は……デュノア社の人間なんだ」
「デュノア社……」
「その……愛人の子で」
「……」
一夏は何も言わない。
「会社が今、かなり厳しくて」
「……」
「だから……」
少しだけ声が震える。
「一夏のISデータを手に入れるために」
「男装して、潜入した」
「……」
静かな告白。
「……そっか」
一夏は、ただそれだけ言った。
責めるでもなく。
驚くでもなく。
「……怒らないの?」
シャルルが、わずかに視線を向ける。
「怒る理由あるか?」
一夏は苦笑する。
「事情があるんだろ」
「……」
「それに」
少しだけ間を置く。
「今こうして話してる時点で」
「もう敵って感じじゃねぇしな」
「……」
シャルルの肩が、少しだけ緩む。
「……でも」
再び、声を落とす。
「正体がバレた以上……」
「ここには、もういられない」
「……は?」
一夏が顔をしかめる。
「なんでだよ」
「だって……」
「スパイだって知られたら――」
「いや、関係ないだろ」
一夏はあっさりと言い切る。
「え?」
「この学園の規則、知らないのか?」
「……?」
「“在学中は、いかなる勢力の介入も受けない”」
「……あ」
シャルルが小さく息を呑む。
「つまり」
一夏が続ける。
「ここにいる限り、お前は守られてる」
「……」
「三年間はな」
「……でも、その後は」
「その時考えればいいだろ」
一夏は即答する。
「三年あれば、なんとかなる」
「……」
シャルルは何も言えない。
「だからさ」
一夏が少しだけ笑う。
「残れよ」
「……」
「俺と、組むんだろ?」
「……っ」
その言葉に。
シャルルの表情が揺れる。
「……いいの?」
「いいに決まってる」
迷いなく。
「……」
しばらくの沈黙。
そして。
「……ありがとう」
小さく。
でも、確かに。
その言葉は、湯気の中に溶けていった。
――
静かな時間が流れる。
だが。
二人の距離は、確かに変わっていた。
“嘘”ではなく。
“秘密を共有した関係”へと。