インフィニット・ストラトス 〜愛のシナリオ〜   作:ぬっく~

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第三十四話 王様と支配者

休日のショッピングモールは、いつも以上に賑わっていた。

 

明るい照明と、行き交う人々のざわめき。その中を歩きながら、織斑一夏はどこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。

 

その理由は明白だった。

 

「一夏、こっち」

 

少し前を歩く一花が、振り返りもせずに手を軽く振る。

 

その仕草一つで、人の視線が集まる。整った容姿、自然と目を引く立ち振る舞い。その隣を歩いている自分に向けられる視線まで含めて、一夏はどうにも居心地が悪かった。

 

「……なんで俺まで来る必要あったんだよ」

 

ぼそりと呟く。

 

すると一花は足を止め、ゆっくりと振り返った。

 

その表情は穏やかだったが、どこか逃げ場のない圧を感じさせる。

 

「一緒に選ぶに決まってるでしょ?」

 

当然のように言い切る。

 

「一夏が見る水着と、私が選ぶ水着。どっちがいいかなんて、考えるまでもないわよね?」

 

逃げ道はなかった。

 

「……はい」

 

一夏は観念したように頷く。

 

その様子に、一花は満足げに微笑んだ。

 

――――

 

一方その頃、IS学園の食堂では、妙に張り詰めた空気が流れていた。

 

テーブルを囲むのは、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノアの四人。

 

……のはずだった。

 

「なぜ貴様がいる」

 

箒の低い声が響く。

 

その視線の先には、当然のように椅子に座るラウラ・ボーデヴィッヒの姿があった。

 

「呼ばれていない」

 

セシリアも続ける。

 

「だが、来た」

 

ラウラは平然と答える。

 

沈黙。

 

ピリ、と空気が張り詰める。

 

だがそのまま、ラウラは一度だけ目を閉じ、そして口を開いた。

 

「……先日の件については謝罪する」

 

意外な言葉だった。

 

「過剰な行動だった。すまない」

 

その言葉に、箒とセシリアはわずかに目を見開く。

 

鈴は腕を組んだまま、じっとラウラを睨みつけていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……まあ、いいわよ。今回だけは」

 

完全に許したわけではない。

 

だが、話を進めることは許容する、という意思表示だった。

 

「それで、本題は?」

 

シャルロットが場を整えるように口を開く。

 

自然と、全員の意識が一つに集まる。

 

「流星一花についてよ」

 

鈴がはっきりと言った。

 

その名前が出た瞬間、空気の温度がわずかに下がる。

 

誰もが無意識に、息を潜めた。

 

「あの人、明らかに普通じゃないわ」

 

「同意しますわ」

 

セシリアが頷く。

 

「一夏さんへの執着……あれは愛情という言葉で片付けていいものではありません」

 

「……制御が効かないタイプだな」

 

箒も短く言う。

 

シャルロットは少しだけ言葉を選ぶようにしてから口を開いた。

 

「でも……一夏は、それを受け入れてるよね」

 

その一言に、全員が黙る。

 

事実だった。

 

否定できない現実。

 

だからこそ厄介なのだ。

 

その沈黙を破ったのは、ラウラだった。

 

「問題ない」

 

全員の視線が集まる。

 

「一夏は私の嫁になる」

 

「は?」

 

即座に鈴が反応する。

 

「何言ってんのよアンタ」

 

ラウラは気にする様子もなく続ける。

 

「既に証は立てた」

 

「証……?」

 

セシリアが眉をひそめる。

 

ラウラは当然のように言い放った。

 

「口づけだ」

 

一瞬、間が空く。

 

そして。

 

「はぁ!?」

 

鈴が立ち上がる勢いで声を上げた。

 

「アンタそれドヤ顔で言うこと!?」

 

ラウラは真剣だった。

 

「当然だ。初めては重要だ」

 

その一言で、空気がさらにざわつく。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

鈴が、冷めた目で口を開いた。

 

「……残念だったわね」

 

「?」

 

ラウラがわずかに首を傾げる。

 

「一夏のファーストキス、とっくに奪われてるわよ」

 

沈黙。

 

空気が、凍る。

 

「……何?」

 

ラウラの声が低くなる。

 

「誰だ」

 

短い問い。

 

その答えは、全員が分かっていた。

 

鈴はため息混じりに言う。

 

「決まってるでしょ」

 

そして。

 

「一花よ」

 

その瞬間、場の空気が一段階重くなる。

 

「……詳しく聞かせろ」

 

ラウラの声は、先程までとは違っていた。

 

静かで、だが圧がある。

 

鈴は少しだけ遠い目をした。

 

「……あれは、中学二年の時だったわね」

 

鈴が遠くを見るような目で言う。

 

食堂の空気が、わずかに引き締まる。

 

――――

 

放課後の教室。

 

机を寄せて作られた即席の円。その中心に、小さな紙束が置かれていた。

 

「はいはい注目ー!」

 

軽い調子で前に出てきたのは、五反田弾。

 

「今から王様ゲームをやる! 紙は“王様”と“1〜9”! 引いた番号で、王様の命令には絶対服従! 拒否権なし!」

 

その言葉に、周囲がざわつく。

 

参加者は、一夏、一花、鈴、弾、そして――

 

一花ファンクラブ上位勢六名。

 

すでに、空気は妙な熱を帯びていた。

 

「じゃあ引くぞー!」

 

全員が一斉に紙を引く。

 

数秒後。

 

「……あたしね」

 

鈴が紙を掲げる。

 

そこには“王様”の文字。

 

ニヤリと笑う。

 

「じゃあ命令ね。3番と7番」

 

一夏が自分の紙を見る。

 

「……3番」

 

弾も顔を引きつらせながら手を上げる。

 

「……7番」

 

鈴は満足げに腕を組んだ。

 

「アンタたち二人、今から鉄人に告白してきなさい」

 

「は?」

 

一夏と弾の声が完全に重なる。

 

「拒否権なしって言ったでしょ?」

 

満面の笑みだった。

 

「行ってこい」

 

数分後。

 

体育館裏。

 

鬼のような形相の体育教師――通称“鉄人”の前で、

 

「す、好きです!!」

 

「付き合ってください!!」

 

全力で叫ぶ男子二名。

 

沈黙。

 

そして。

 

「……走れ」

 

低い声。

 

次の瞬間、二人は全力でグラウンドを走らされることになった。

 

――――

 

数分後、息も絶え絶えで戻ってくる一夏と弾。

 

「……死ぬ……」

 

「俺もだ……」

 

その様子を見て、周囲が笑う。

 

そんな中。

 

次の紙を引いた人物が、静かにそれを掲げた。

 

「……私ね」

 

流星一花だった。

 

場の空気が、わずかに変わる。

 

彼女は紙を一瞥し、ゆっくりと顔を上げた。

 

そして、微笑む。

 

「じゃあ――」

 

一瞬の間。

 

「5番」

 

一夏の手が止まる。

 

嫌な予感がした。

 

紙を見る。

 

「……俺だ」

 

ざわ、と空気が揺れる。

 

「命令は簡単よ」

 

一花が一歩、近づく。

 

その動きは自然で、逃げ場を与えない。

 

「私とキスして」

 

空気が、完全に止まる。

 

「……は?」

 

一夏の思考が追いつかない。

 

周囲の男子たちは、理解した瞬間に顔色を変えた。

 

だが。

 

次の瞬間だった。

 

「――ん」

 

一花が、一歩踏み込む。

 

そして。

 

不意を突くように。

 

一切の躊躇なく。

 

一夏の唇を奪った。

 

時間が止まる。

 

誰も動けない。

 

呼吸すら忘れる。

 

静寂の中で、その光景だけが異様な存在感を放っていた。

 

数秒後。

 

ゆっくりと離れる。

 

一花は、何事もなかったかのように微笑んだ。

 

その瞬間。

 

弾が立ち上がる。

 

震える声で、だが全力で叫んだ。

 

「さすが一花さん! おれたちにできない事を平然とやってのけるゥ!! そこにシビれる! あこがれるゥ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

教室が爆発した。

 

男子たちは頭を抱え、机に突っ伏し、ある者は天を仰ぎ、ある者は涙をこぼしそうになっていた。

 

だが、終わらない。

 

それが、終わるはずがなかった。

 

再び紙が引かれる。

 

そして。

 

「……また、私ね」

 

一花。

 

偶然とは思えない確率。

 

いや、もはや偶然ではなかった。

 

「じゃあ――」

 

彼女は迷わない。

 

「一夏」

 

番号すら言わない。

 

直接指定。

 

「もう一回」

 

拒否権など、存在しない。

 

そして。

 

キス。

 

また、キス。

 

さらに、キス。

 

回数を重ねるごとに、教室の温度が狂っていく。

 

男子たちの目から光が消えていく。

 

理性が崩壊していく。

 

「……おい待てなんで全部当てるんだ!?」

 

弾のツッコミも虚しく、流れは止まらない。

 

そして。

 

ついに。

 

「……もういい」

 

一夏が紙を握りしめる。

 

王様だった。

 

全員の視線が集まる。

 

一夏は、深く息を吐き――

 

「このゲーム、終了だ」

 

その一言で、強制的に幕を引いた。

 

――――

 

その後、数日間。

 

一夏は、男子たちからの鋭すぎる視線に晒され続けることになった。

 

嫉妬、怨念、羨望、絶望。

 

すべてが混ざった視線。

 

それはもはや、軽いトラウマレベルだった。

 

――――

 

「……ってこと」

 

鈴が語り終えた瞬間だった。

 

数秒の沈黙。

 

誰も言葉を発さない。

 

だが、その沈黙は“静けさ”ではなかった。

 

――溜め込まれた感情の、爆発前の静止。

 

最初に動いたのは、セシリアだった。

 

「……は?」

 

低く、信じられないという声。

 

その手が、テーブルの上でわずかに震えている。

 

「な、ななな……何をおっしゃっているのですの……?」

 

いつもの気品ある口調は保っている。

 

だが、その奥にある感情は明らかだった。

 

「キスを……何度も……? しかも、意図的に……?」

 

ゆっくりと顔を上げる。

 

その瞳には、はっきりとした怒りが宿っていた。

 

「ふざけないでくださいまし……!」

 

次の瞬間、机を叩く。

 

「それはもはやゲームではありませんわ!!」

 

声が響く。

 

食堂の空気が震えるほどの怒気だった。

 

「……あいつは……」

 

続いたのは箒だった。

 

低く、押し殺した声。

 

だが、明確な怒りが込められている。

 

「昔から変わっていないということか……」

 

拳を握りしめる。

 

「一夏を……あそこまで好き勝手に……!」

 

その言葉の端々に、悔しさと焦燥が滲んでいた。

 

「ちょ、ちょっと待って……」

 

シャルロットが慌てて両手を振る。

 

だが、その表情も穏やかではない。

 

「それって……かなり強引すぎない……?」

 

苦笑を浮かべようとして、失敗する。

 

「一夏、ちゃんと断れなかったの……?」

 

その問いは、答えが分かっているからこそ重かった。

 

「……なるほど」

 

そして、ラウラ。

 

静かに呟く。

 

だが、その声は冷えていた。

 

「最初から奪っていた、ということか」

 

ゆっくりと立ち上がる。

 

その瞳には、明確な“敵意”が宿っていた。

 

「面白い」

 

一歩、前に出る。

 

「ならば、奪い返すまでだ」

 

完全に、戦闘態勢だった。

 

その場の空気は、完全に燃え上がっていた。

 

怒り。

 

対抗心。

 

焦り。

 

それぞれの感情がぶつかり合い、収拾がつかない。

 

だが――

 

ただ一人だけ。

 

その輪から外れている者がいた。

 

鈴だった。

 

椅子に深く腰掛けたまま、騒がしい空間から視線を外す。

 

そして、ゆっくりと窓の外へと目を向ける。

 

青空が広がっていた。

 

雲が、ゆっくりと流れていく。

 

その景色を、どこか遠くを見るような目で眺めながら――

 

小さく、呟いた。

 

「……ほんと」

 

ため息混じりに。

 

「敵をつくるのがうまいわね……」

 

その言葉だけが、妙に静かに響いた。

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