店内は、色とりどりの水着で溢れていた。
鮮やかな色彩。軽やかな布地。照明に照らされて並ぶそれらは、まるで別世界のように華やかだ。
だが――
「……なんで俺ここにいるんだろうな」
織斑一夏は、場違いな存在のようにぽつんと立っていた。
明らかに女性向けの水着売り場。
周囲の視線が痛い。
「一夏」
背後から声がかかる。
振り向いた瞬間、一夏の思考が一瞬止まった。
そこにいたのは――一花だった。
黒を基調にしたシンプルなビキニ。
無駄のないラインを強調するデザイン。露出は決して過激ではないのに、妙に目を引く。
「……どう?」
軽く首を傾げる。
試すような視線。
一夏は一瞬言葉を失い――
「……似合ってる」
それしか言えなかった。
一花は、くすりと笑う。
「そう」
それだけで十分だった。
そのまま、ゆっくりと一夏に近づく。
距離が、自然に詰まる。
逃げる理由も、避ける理由もない。
「じゃあ、これにするわ」
あっさりと決める。
だが。
それで終わりではなかった。
「――でも」
くるりと一回転する。
布がわずかに揺れる。
「一夏は、他のも見たいんじゃない?」
視線を絡める。
逃げ場を塞ぐように。
「……いや別に」
即答する一夏。
だが、その反応すら想定内だった。
「遠慮しなくていいのに」
一歩、さらに近づく。
指先が、そっと一夏の手に触れる。
そして――そのまま、絡める。
恋人繋ぎ。
「どうせ、最後に選ぶのは私なんだから」
静かな声だった。
だが、その言葉の意味は重い。
“選ばせる”ように見せて、“選択肢は最初から決まっている”。
その事実を、一夏はぼんやりと理解していた。
「……はいはい」
苦笑しながらも、手は離さない。
離せない。
それを確認するように、一花はわずかに微笑んだ。
――――
数分後。
試着室のカーテンが再び開く。
今度は白を基調とした水着だった。
どこか“白式”を思わせるような、無意識の統一感。
「これ、どう?」
問いかける声は同じ。
だが、その奥にある意図は違う。
一夏は少しだけ考えてから答える。
「……さっきの方が似合ってた気がする」
一瞬の間。
そして。
一花は、静かに笑った。
「正解」
その一言に、ぞくりとした感覚が走る。
「ちゃんと見てるのね」
満足そうだった。
そのまま再び近づき、今度は腕を絡める。
完全に、逃がさない形。
「じゃあ最初のにするわ」
決定。
迷いはない。
そして――
「ね、一夏」
耳元に、そっと顔を寄せる。
吐息がかかる距離。
「こうやって選ばせる方が、楽しいでしょ?」
囁く。
甘く。
だが、どこか支配的に。
一夏は、何も言えなかった。
ただ、苦笑するしかない。
「……まあな」
それが肯定であることを、一花は理解していた。
ゆっくりと身体を離す。
だが、手は離さない。
そのままレジへと向かう。
周囲の視線は、相変わらず集まっていた。
だが。
一花は一切気にしない。
むしろ――
見せつけるように、一夏の腕に身体を寄せる。
「ちゃんと見ててね」
小さく囁く。
「これは――一夏が選んだ水着なんだから」
その言葉は、ただの事実ではない。
“印”だった。
周囲に対する。
そして、一夏自身に対する。
静かな宣言。
織斑一夏は、流星一花のものだと。
誰にでも分かる形で。
刻み込むための。