インフィニット・ストラトス 〜愛のシナリオ〜   作:ぬっく~

4 / 35
第三話 場違いな日常

高校入試当日。

 

「……ここ、でいいんだよな」

 

手にした受験票と、目の前の建物を見比べる。

 

――総合体育館。

 

大きな施設だ。

だが、人の気配が妙に少ない。

 

(……入試会場にしては、静かすぎるだろ)

 

違和感を覚えながらも、中へ入る。

 

――

 

扉を抜けた瞬間、空気が変わった。

 

広い。

 

とにかく、広い。

 

天井は高く、声を出せば反響しそうな空間。

だが――

 

「……誰もいない?」

 

思わず呟く。

 

普通なら、受験生や係員がいるはずだ。

 

それなのに。

 

足音だけが響く。

 

(……時間、間違えたか?)

 

ポケットから受験票を取り出す。

 

時間は合っている。

 

場所も、ここで間違いない。

 

「……おかしいだろ」

 

誰に言うでもなく、呟く。

 

だが、答える声はない。

 

静寂。

 

その中で――

 

「……あれは」

 

視線の先。

 

体育館の中央に、ぽつんと設置された装置。

 

無機質なフレーム。

浮かぶように配置されたパーツ。

 

見間違えるはずもない。

 

「……IS?」

 

テレビやニュースでしか見たことがない代物。

 

それが、なぜここにある。

 

(……入試会場、だよなここ)

 

どう考えてもおかしい。

 

だが。

 

「……」

 

気づけば、足がそちらへ向いていた。

 

引き寄せられるように。

 

音もなく、装置へ近づいていく。

 

誰も止めない。

 

誰もいない。

 

「……本当に、誰もいないのか」

 

周囲を見渡す。

 

観客席。

通路。

入口。

 

どこにも、人影はない。

 

完全に、無人。

 

「……なんなんだよ」

 

違和感が、はっきりとした不安に変わる。

 

それでも――

 

足は止まらなかった。

 

装置の前に立つ。

 

自然と、その中央に。

 

「……」

 

沈黙。

 

何も起きない。

 

ただ、そこに立っているだけ。

 

(……帰るか)

 

そう思った、その瞬間。

 

――ピッ

 

小さな電子音。

 

「……?」

 

反応したのは――ISだった。

 

「おい……勝手に……」

 

機械が、起動を始める。

 

低い駆動音。

 

微かな振動。

 

「ちょっと待てって……!」

 

後ずさる。

 

だが――

 

遅かった。

 

光が、走る。

 

装置から放たれたそれが、一瞬で視界を覆う。

 

「っ――!」

 

思わず目を閉じる。

 

だが。

 

消えない。

 

光の中で、確かに感じる。

 

何かが――“繋がる”感覚。

 

「……なんだ、これ……」

 

頭の奥に、情報が流れ込む。

 

理解していないはずの構造。

知らないはずの操作。

 

それなのに――

 

「分かる……?」

 

言葉が、漏れる。

 

自分でも信じられない。

 

だが確かに、“扱える”と感じた。

 

「……は?」

 

次の瞬間。

 

体育館の奥から、慌ただしい音が響いた。

 

「誰だ、起動させたのは!」

「確認はどうなっている!?」

 

複数の足音。

 

ようやく、人の気配が現れる。

 

だが――

 

その時にはもう遅い。

 

「起動確認済み! 安定しています!」

「適合者データは!?」

 

叫び声が飛び交う。

 

だが。

 

「……」

 

一夏は、ただ立っていた。

 

光の中で。

 

ISと“繋がったまま”。

 

「……誰だ、お前は」

 

低い声が響く。

 

その問いに対して。

 

一夏は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……受験生、だけど」

 

それしか、言えなかった。

 

だが。

 

その答えが――

 

すべてを変えることになる。

 

IS学園での生活は――

思っていたよりも、ずっと“普通”だった。

 

「……いや、普通じゃねえなこれ」

 

思わず呟く。

 

教室。

授業。

雑談。

 

どこを切り取っても、やっていること自体は普通の学校と変わらない。

 

ただし――

 

「ねえねえ、ほんとに男なの?」

「声低っ……」

「え、近くで見てもいい?」

 

「……やめろ、距離近い」

 

周囲を囲むのは、全員女子。

 

その一点だけが、決定的に違っていた。

 

「ふふ、人気者だね」

 

隣から、落ち着いた声。

 

「……他人事みたいに言うなよ、一花」

 

視線を向ける。

 

 

【挿絵表示】

 

 

そこには、いつも通りの表情で座る流星一花。

 

制服姿。

だが、その雰囲気は明らかに他の生徒と違う。

 

浮いているわけじゃない。

 

――“馴染んでいるのに異質”。

 

そんな感じだった。

 

「だって事実でしょ?」

 

軽く笑う。

 

「珍しい存在なんだから」

 

「……嬉しくねえよ」

 

机に突っ伏す。

 

周囲の視線は、未だに落ち着かない。

 

「そのうち慣れるよ」

 

一花はあっさり言う。

 

「みんなも、君も」

 

「どうだかな」

 

そう返しながら――

 

ふと、視線がいった。

 

彼女の左側。

 

制服の袖。

 

やはり――空だった。

 

「……なあ」

 

小さく声をかける。

 

「そのままなんだな」

 

「うん」

 

一花は、何でもないことのように頷いた。

 

「不便じゃないのか?」

 

「別に」

 

即答だった。

 

「慣れてるから」

 

その言葉が、妙に引っかかった。

 

慣れる、という問題なのか。

 

「それに――」

 

一花が、少しだけ笑う。

 

「無くても困らないしね」

 

「……どういう意味だよ」

 

「さあ?」

 

はぐらかされる。

 

それ以上は聞けなかった。

 

――踏み込んではいけない気がした。

 

その時。

 

キーンコーンカーンコーン――

 

チャイムが鳴る。

 

「次の授業、移動だよ」

 

一花が立ち上がる。

 

「一夏も来て」

 

「……ああ」

 

席を立つ。

 

廊下に出ると、再び視線が集まる。

 

だが、教室ほどではない。

 

少しだけ――

 

「……慣れてきたな」

 

「でしょ?」

 

一花が隣を歩く。

 

歩幅は自然と合っていた。

 

「ねえ、一夏」

 

「なんだよ」

 

「ここ、どう?」

 

「どうって……」

 

少し考える。

 

「思ったより普通だな」

 

正直な感想だった。

 

もっとこう、軍隊みたいな場所かと思っていた。

 

だが実際は――

 

「“普通に見せてる”だけだよ」

 

一花が、ぽつりと言った。

 

「……え?」

 

思わず振り向く。

 

「何言って――」

 

その瞬間。

 

廊下の奥。

 

重い扉が、ゆっくりと閉まるのが見えた。

 

ガシャン――と、鈍い音。

 

「……今の」

 

「関係者以外立ち入り禁止の区画」

 

一花が淡々と答える。

 

「ISの保管とか、開発とか」

「そういうのは、全部あっち側」

 

「……やっぱ普通じゃねえじゃねえか」

 

苦笑する。

 

「だから言ったでしょ」

 

一花は、少しだけ楽しそうに笑った。

 

「“見せてるだけ”って」

 

その目は――

 

どこか冷静すぎた。

 

まるで、この環境すべてを俯瞰しているような。

 

「……お前、やっぱ変わったな」

 

ぽつりと呟く。

 

すると、一花は一瞬だけ動きを止めた。

 

「……そうかな」

 

「中学の頃は、もうちょい普通だっただろ」

 

「普通、ね」

 

小さく繰り返す。

 

「じゃあ聞くけど」

 

彼女が、こちらを見る。

 

「今の私と、昔の私」

「どっちが“本物”だと思う?」

 

「……は?」

 

質問の意味が分からない。

 

だが――

 

その目は、冗談じゃなかった。

 

「……分かんねえよ、そんなの」

 

正直に答える。

 

すると、一花は――

 

少しだけ、安心したように笑った。

 

「そっか」

 

それだけ言って、前を向く。

 

会話は、そこで途切れた。

 

――

 

その日の放課後。

 

帰り支度をしていると。

 

「織斑一夏」

 

教官――千冬に呼び止められた。

 

「……はい」

 

自然と背筋が伸びる。

 

「少し来い」

 

短い命令。

 

拒否権はない。

 

廊下を歩く。

 

昼間見た、あの重い扉の前で止まった。

 

「ここは――」

 

「お前には関係ある」

 

そう言って、扉が開かれる。

 

重い音。

 

その先にあったのは――

 

「……これが」

 

静かに並べられた機体。

 

白。

黒。

様々な形状。

 

だがどれも、圧倒的な存在感を放っている。

 

「ISだ」

 

千冬が言う。

 

「この学園の“本来の姿”だ」

 

空気が違う。

 

さっきまでの“学校”とは、まるで別の場所。

 

「……お前は、こっち側の人間だ」

 

言葉が、静かに落ちる。

 

「望もうと望むまいと関係ない」

 

否定できない。

 

あの時、起動してしまった時点で――

 

「……分かってる」

 

小さく答える。

 

逃げられない。

 

なら。

 

「やるしかないんだろ」

 

千冬は、わずかに頷いた。

 

「明日から、訓練に入る」

 

「……了解」

 

踵を返そうとした、その時。

 

「――やっぱり」

 

背後から声。

 

振り向く。

 

そこにいたのは、一花だった。

 

いつの間にか、扉の外に立っている。

 

「こっちに来たね」

 

静かに笑う。

 

「……見てたのかよ」

 

「うん」

 

隠す気もない。

 

「最初から分かってたけど」

 

一歩、近づいてくる。

 

「これで確定」

 

「……何がだよ」

 

一花は、迷いなく言った。

 

「君は、“戻れない側”だってこと」

 

胸の奥が、わずかに重くなる。

 

だが――

 

「……ああ」

 

否定はしない。

 

できない。

 

すると、一花は――

 

少しだけ、優しく笑った。

 

「大丈夫だよ」

 

その言葉に、一瞬だけ救われかけて――

 

「私がいるから」

 

その続きで、違和感が走る。

 

“支える”じゃない。

 

“守る”でもない。

 

――“いるから”。

 

それだけ。

 

なのに、妙に重い。

 

「……頼むから」

 

小さく言う。

 

「全部一人で背負うなよ」

 

一花は、少しだけ目を細めて――

 

「無理かな」

 

あっさり答えた。

 

「これは、私の問題だから」

 

そう言って、背を向ける。

 

残された言葉だけが、静かに沈んでいく。

 

――普通の学園生活。

 

その裏側にあるもの。

 

そして。

 

関わってはいけないはずの存在。

 

それでも――

 

もう、関わってしまっている。

 

気づかないふりなんて、できなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。