午前の授業。
ISの基礎理論についての講義が続く中――
「……」
ふと、視線が引っかかった。
前方、少し離れた席。
黒髪を後ろでまとめた女子生徒。
姿勢が良く、無駄のない所作。
(……どこかで見たような)
記憶の奥に、引っかかる。
だが――
「……気のせいか」
小さく首を振る。
あり得ない。
そんな偶然があるはずがない。
「何見てるの?」
隣から、一花の声。
「いや、別に」
誤魔化す。
「ふーん」
興味なさげに流される。
だが、その視線は一瞬だけそちらを見ていた。
――
授業が終わり、休み時間。
ざわざわとした教室の中。
「ねえ、さっきの見てたでしょ」
一花が小さく言う。
「……何のことだよ」
「前の席の子」
核心を突かれる。
「……まあ、ちょっとな」
観念して答える。
「知り合い?」
「……分かんねえ」
正直に言う。
「似てる気はするんだけどな」
「へえ」
一花が、少しだけ目を細める。
「じゃあ、確かめてみれば?」
「……簡単に言うなよ」
そう言いながらも――
視線が、またそちらに向く。
その時。
「――織斑一夏」
名前を呼ばれた。
教室が、一瞬静まる。
声の主は――
その少女だった。
「……っ」
立ち上がる。
ゆっくりと振り向く。
目が合う。
間違いない。
「……箒?」
思わず、口に出る。
すると。
「やはり、お前か」
その声。
その言い方。
間違えようがなかった。
「……久しぶりだな、一夏」
教室が、一気にざわつく。
「え、知り合い!?」
「今名前呼んだよね?」
「幼馴染とか!?」
視線が一斉に集まる。
「……ちっ」
小さく舌打ちする。
「目立つなよ、お前……」
「無理を言うな」
箒は平然としていた。
「確認が必要だった」
「……まあ、そうだけどよ」
苦笑する。
懐かしさと、気まずさが混ざる。
「元気そうだな」
「お前もな」
短いやり取り。
それだけなのに――
妙に、実感が湧く。
「……幼馴染、か」
後ろから、誰かが呟く。
完全にバレた。
「まあ、そんなとこだ」
開き直るしかない。
「ふーん……」
周囲の視線が変わる。
興味と、少しの距離。
さっきまでとは違う空気。
「……人気者だね」
隣で一花が小さく笑う。
「やめろ」
「事実でしょ?」
楽しそうだ。
「……お前も大概だろ」
「私は別枠だから」
あっさりと言う。
(……否定できねえ)
「では、次の授業に移る」
千冬の声が教室を引き締める。
ざわめきが収まる。
「私語は慎め」
一瞬だけ、こちらに視線が向く。
何も言わない。
だが――
(全部把握してるな、これ)
間違いなく、見られていた。
――
午後。
屋外トレーニングエリア。
「本日は基礎体力および反応訓練を行う」
千冬の声が響く。
ISは使わない。
純粋な基礎訓練。
「……ようやく動けるな」
軽く肩を回す。
「座ってるだけよりはマシだ」
「油断するな」
横に並ぶ箒が言う。
「基礎こそが全てだ」
「分かってるよ」
軽く返す。
だが、その目は真剣だった。
(……やっぱり変わってない)
この真っ直ぐさ。
昔と同じだ。
「では開始」
号令と同時に、全員が走り出す。
ランニング。
ダッシュ。
反応テスト。
単純だが、負荷は高い。
「っ……!」
息が上がる。
だが――
(まだいける)
身体がついてくる。
「……ほう」
横から声。
箒だ。
「やるな」
「そっちこそ」
ほとんど息を乱していない。
「日頃の鍛錬の差だ」
「だろうな」
苦笑する。
だが、不思議と嫌じゃない。
「……一夏」
箒が、少しだけ真剣な声で言う。
「ここに来た理由は知らん」
「……ああ」
「だが」
視線が向く。
「来た以上は、逃げるな」
その言葉は、まっすぐだった。
「……分かってる」
頷く。
逃げるつもりはない。
もう、戻れないと分かっているから。
――その時。
少し離れた場所。
日陰に立つ、一花の姿が見えた。
こちらを見ている。
参加せず、ただ観察している。
「……あいつ、また見てるな」
小さく呟く。
「知り合いか?」
箒が聞く。
「ああ」
短く答える。
「昔からのな」
「……そうか」
それ以上は聞いてこない。
ただ、一言だけ。
「妙な気配の者だな」
「……だろ」
同意する。
一花は、こちらの視線に気づくと――
軽く手を振った。
そして、微笑む。
(……何考えてんだよ)
同じ場所にいるはずなのに。
どこか、違う世界にいるような感覚。
「……集中しろ」
箒の声。
「ああ」
意識を戻す。
走る。
動く。
繰り返す。
その中で――
はっきりしてきた。
ここは“普通の学校”じゃない。
そして。
関わる人間もまた、普通じゃない。
それでも――
「……悪くねえな」
小さく呟く。
少なくとも。
一人じゃない。
それだけは、確かだった。