放課後。
基礎訓練を終えた後の、少し重い空気の残る時間。
校舎へ戻る途中――
「……一夏」
箒に呼び止められた。
「少し、いいか」
「ん? ああ、いいけど」
振り返る。
その表情は、どこか真剣だった。
「……あの者のことだ」
「あの者?」
「先ほど、お前が見ていた女子生徒だ」
「……ああ、一花か」
名前を出した瞬間。
箒の眉がわずかに動いた。
「やはり、知り合いか」
「まあな。中学の頃からの」
「……そうか」
それだけ言って、少しだけ視線を落とす。
何かを考えているようだった。
「どうかしたのか?」
「……いや」
首を振る。
だが、そのまま言葉を続ける。
「妙な気配を感じた」
「……気配?」
「言葉では説明しにくいが……」
少しだけ間を置く。
「“戦う者”のそれではない」
その言葉に、引っかかる。
(……同じこと、思ってたな)
「……まあ、普通じゃないのは確かだな」
そう答えた、その時だった。
「その評価は、ちょっと心外かな」
背後から、声。
振り向く。
そこにいたのは――一花だった。
「……聞いてたのかよ」
「うん、たまたまね」
全く“たまたま”に見えないタイミングだった。
「……」
箒が、静かに一花を見る。
視線が交差する。
空気が、わずかに張り詰める。
「……初めて見る顔だな」
箒が口を開く。
「篠ノ之箒だ」
名乗り。
真っ直ぐな視線。
「流星一花」
軽く返す。
その態度は、どこまでも自然だった。
「一夏とは、昔からの知り合いだよ」
わざとらしくない。
だが――
どこか含みがある言い方。
「……そうか」
箒の声が、わずかに低くなる。
「では聞くが」
一歩、踏み込む。
「お前は、何者だ」
直球だった。
遠慮も、探りもない。
「何者、ね」
一花が、少しだけ笑う。
「難しい質問だな」
軽く肩をすくめる。
「ただの同級生、でいいんじゃない?」
「……それにしては」
箒の目が細くなる。
「距離が近すぎる」
空気が、さらに張り詰める。
「そう見える?」
一花は、少しだけ楽しそうに言う。
「うん。否定はしないかな」
あっさりと肯定した。
「……」
箒の沈黙。
明らかに、空気が変わった。
「……一夏」
低い声で名前を呼ばれる。
「なんだよ」
「お前は――」
言いかけて、止まる。
そして、視線を一花へ戻す。
「……なるほどな」
何かを理解したような声。
「随分と、踏み込まれているようだ」
「え?」
意味が分からない。
だが。
「ふふ」
一花が、小さく笑った。
「勘がいいね」
その一言で。
完全に火がついた。
「……どういう意味だ」
箒の声が鋭くなる。
「そのままの意味だよ」
一花は、あくまで穏やかに言う。
「私と一夏は――」
ほんの一瞬、間を置く。
「ちょっと、特別な関係だから」
「……っ!」
箒の表情が変わる。
明確な動揺。
怒りに近い何か。
「おい、待て」
思わず口を挟む。
「なんだよその言い方」
「事実でしょ?」
一花は、あっさりと言う。
「……」
否定できない。
あの日のことがある以上。
軽く流せる関係じゃない。
「……ふざけるな」
箒が、低く言った。
「曖昧な言い方で、煙に巻くな」
一歩、踏み出す。
「はっきり言え」
「何を?」
一花は、首を傾げる。
「お前にとって、一夏は何だ」
核心だった。
逃げ場のない問い。
その問いに対して――
一花は。
少しだけ、優しく笑って。
「大切な人、かな」
そう答えた。
だが――
その言い方が。
逆に、すべてを含んでいた。
「……っ」
箒が、言葉を失う。
そして。
「……そうか」
短く言って、視線を逸らした。
怒りは消えていない。
だが、それ以上踏み込まない。
「一夏」
名前を呼ばれる。
「……ああ」
「行くぞ」
それだけ言って、歩き出す。
「あ、おい……」
追いかける。
振り返ると。
一花は、そこに立ったまま――
静かにこちらを見ていた。
そして。
ほんのわずかに、口元を歪めた。
――勝っていると確信している顔。
「……なんなんだよ、お前ら」
思わず呟く。
だが、その答えは――
まだ、見えていなかった。