夜。
学園の一角。
関係者以外立ち入り禁止の区画。
その奥にある、静かな部屋。
「……やっぱり、そうなるよね」
誰もいないはずの空間で、一花がぽつりと呟いた。
窓の外には、夜の校舎。
灯りのついた寮棟。
その中の一室に、視線を向ける。
「真っ直ぐで、分かりやすい」
小さく笑う。
「だから、嫌いじゃないよ」
言葉とは裏腹に、その表情は落ち着ききっていた。
驚きも、焦りもない。
ただの“確認”。
「でも――」
視線が、わずかに細められる。
「遅いかな」
ぽつりと落ちる言葉。
それは、誰に向けたものか。
自分でも分かっている。
「君は、もうこっちに来てるから」
一夏の姿を思い浮かべる。
あの日。
血の中で倒れていた少年。
そして――
「私が、引き上げた」
静かな確信。
選択ではない。
結果でもない。
「決定事項」
淡々とした言葉。
そこに、迷いはなかった。
「……」
一瞬だけ、沈黙。
その後。
「――それでも」
小さく、息を吐く。
「抗うなら、それもいい」
否定しない。
止めもしない。
むしろ――
「その方が、面白い」
わずかに、口元が緩む。
だが。
その直後だった。
「……」
ふと。
左肩に視線が落ちる。
そこには――何もない。
「……はぁ」
小さく、息を吐く。
ほんの一瞬だけ。
ほんのわずかに。
表情が揺らいだ。
「……ほんと、高くついたな」
冗談めかした声音。
だが、その奥にあるものは軽くない。
痛み。
喪失。
そして――
「後悔は、してないけど」
言い切る。
迷いなく。
それだけが、揺らがない軸だった。
「……一夏」
名前を呼ぶ。
誰もいない空間で。
「君は、どうするんだろうね」
問いかけ。
答えは返らない。
それでも。
「選ばせてあげるよ」
優しく言う。
だが、その意味は――優しくない。
「自分で来るか」
「それとも、引き寄せられるか」
どちらでもいい。
結果は変わらない。
「どっちでも、君はここに来る」
確信。
それが、一花の“強さ”だった。
そして。
「――その時」
わずかに、目を細める。
「まだ、隣にいられるかな」
その言葉だけが。
ほんの少しだけ――
“余裕ではない何か”を含んでいた。
静寂。
夜は深い。
誰も知らない場所で。
誰にも見せない顔で。
それでも一花は――
最後には、いつものように笑った。
「……まあ、いいか」
軽く肩をすくめる。
「どう転んでも、退屈はしないし」
その笑みは、やはり余裕に満ちていた。
すべてを見通したような。
何もかもを受け入れたような。
そして――
ほんの少しだけ。
「……楽しみにしてるよ」
そう呟いた声には。
確かに、“期待”が混じっていた。