えっちは嫌いだけどお兄さんは好き‼︎な宇佐美ちゃん 作:とくめい
イリスタのサブ垢。というかほぼ裏垢。
完全な息抜き用のアカウント。
サエやマリみたいな、仲のいい友達だけをフォローして、本垢じゃ絶対見せられないふざけた写真とかを、ストーリーにこっそり流すための場所。
部屋の電気を消して、窓の外からは微かに夏の虫の鳴き声が聞こえて、少し強めにかけているエアコンの冷たい風が、火照った肌に心地いい。
そんな夏の夜、そのサブ垢に見知らぬ通知が届いた。
誰だろ。またエロ垢?
暗い部屋の中で、スマホのブルーライトだけがやけに眩しく光っている。
私のサブ垢なんてフォロワーは少しいても、投稿とかほとんどしてないのに。
またテキトーに片っ端からDM送りつけてる業者かなって、
ちょっと萎えつつなにが来たか確認して見ると送られてきたのはストーリーへのリアクションだった。
数日前に友達のサエとマリとプール行った時の、スリーショットの水着の写真。
じりじりと肌を焼く太陽と、プールの塩素の匂い。
あの日のはしゃいだ熱気を思い出すような写真は、サブ垢とはいえ、リアルの知り合いからだいぶ反応をもらってた。
女子の友達からは「水着えろーい」なんてDMで揶揄われたり、男子からは無言のいいねだけが送られてきたり。
その中に混じって、一件だけ知らないアカウントからのメッセージがあった。
誰だろこれ。
ひんやりとしたシーツに寝転がりながら、とりあえずそのアカウントのプロフィールに飛んでみる。
鍵、かかってないんだ……。
珍しいなと思いつつ、メッセージを開く前に中身をチェックする。
社会人の、男の人。
アイコンはどこかの風景と、後ろ姿の写真。
フォロワーは300人ちょっとで、パッと見、フォロワーを確認したけど業者とかキモい裏垢って感じじゃない。
まさかの本垢?
なんでわざわざ私に??
今さらどんなメッセージが来たのか気になってきて、リクエスト画面のDMを開いた。
またワンパターンな凸でもされるのかなって思ってたのに、そこには予想外の、めっちゃ長くて熱量の高い文章が届いていた。
『マジで可愛すぎて、キモいの承知でDMしちゃいました。ネット上だけでいいので、良ければ絡ませてください! 推させてください……!!』
……なにこれ。
色んな変態からのDMとか、謎のオラオラ系、あとはメンヘラ。
これまで色んな男の人からDMもらってきたけど、こういうのは初めてで……新鮮かも。
でも、一個だけ気になることがある。
ストーリーに載せた写真は、サエとマリと私の三人。
そして、私のアカウント名はただ「うさ」とだけ。
これだけの情報で、どうやって私を特定したの? それはそれでちょっと怖いんだけど。
どうせ、適当に褒めて絡むのが目的だよね、これ。
『いいですよー笑』
とりあえず、リクエストを承認してテキトーな返信を送ってみる。
『え、返信きた! マジで嬉しいありがとう! てかほんと可愛いありがとう!』
『笑笑』
『暇だったんで、ちょっとだけならいいですよ』
そうだ、ちょっとならいっか。
なんか面白そうだし、あとでサエとマリに話すネタにでもしようかな。
『なんて呼べばいいですか?』
『うさとか、いおりとか。なんでもいいですよ』
『どっちも馴れ馴れしくなりそうで呼びにくいな……』
なんだこの人。
律儀というか……珍しい雰囲気。なんかいい感じ。
でも、油断はしちゃダメだ。
『好きに呼んでください笑』
『じゃあ、うさで! とにかくマジで絡めて嬉しい、助かる』
『助かるんだ笑』
『てかお兄さん? めっちゃ褒めてくれるけど』
『私が三人の中でどの子か、わかってて言ってます?』
さあ、どうだ。どう返す?
もし適当に言ってるだけなら、ここでボロが出るはず。
『一番右のピンク髪の子! ブッ刺さる』
『そうであってほしいという願望と欲望』
『違ってたらごめん笑』
『え、なんでわかるの!? 怖いんだけど。』
『きた!! 当たった!! 勝った!!! 可愛い!!!!』
熱量がすごい……。
あんな風にガチで喜ばれると、さすがの私でも普通に嬉しくなっちゃう。
ゴロゴロと寝返りを打つ。
サラサラのタオルケットの感触が気持ちよくて、思わず顔を押し付けた。
普段、容姿を異性から褒められることはあっても、こんなにど直球で気持ちぶつけられるのなんて初めてだし。
『友達のほうが絶対可愛いですよ?』
少し意地悪なテストをしてみる。
『2人とも可愛いけど、うさが一番いい。全部が刺さる、死ぬ。死なないけど』
サエとマリのことは大好きだし、一番の友達だと思ってる。それにすっごく可愛いし……彼氏もいる。
私はっていうと、告白されても妙に突っぱねちゃうというか、「こうあるべき」っていう理想が高すぎて。
その理想を相手に押し付けてひかれて嫌われるんじゃないか、本当の自分を知られたら引かれるんじゃないかって思って、怖くて結局断ってしまう。
だから、そんな可愛い友達と比べても、私を一番可愛いって言ってくれるこの人の言葉に、どうしても顔がニヤけちゃう。だって嬉しいのは嬉しいし。
『スタイル神だし、顔可愛いし、髪色もカラコンも全部素敵じゃん。ピアスもかわいい最高』
『あざます~笑』
細かいところまで褒めてくれるし、水着姿や体型を褒められても、全然いやらしさを感じない。
褒められて、私、完全に舞い上がってるのかな。
顔が熱い。エアコンの冷気が当たっているはずなのに、体温が少し上がってるのが自分でもわかる。
チョロすぎるでしょ……。
普段、年上の異性とこんな風に絡む機会なんてない。あ、お兄ちゃんたちは当然別として。
だからか、妙にDMのテンポが良かったり、この人とのやり取りがシンプルに楽しいなって思っちゃって。
気がつけば、スマホを握りしめたまま、その「お兄さん」と一時間以上もDMのラリーを続けていた。
『今度、本当にもし良ければでいいから、通話させてください! お願いします!』
『いいけどー、変なこと言ってきたら即ブロしますからね?笑』
『え、いいの!? 嬉しいまかせろ』
勢い凄いなぁ。
私と同じで、思ったことバンバン口に出しちゃうタイプなのかな。
そんなことを思いながら、ふと気になった。
『てか、お兄さんってどんな顔してるの? 見ていい?』
『いいよ、ハイライトに載ってるよ。旅行✈️ってやつ』
『みるみるー』
『顔見た瞬間にブロられたら、今日一日泣ける自信ある』
『笑笑』
『さすがにそんなことでブロらないですよ笑』
相手のプロフィールのハイライト。
『旅行✈️』っていうタイトルの丸いアイコンをタップする。
次々と流れてくる写真。
わ、すごい綺麗なところ。どこだろう? 温泉?
あ、東京だ。次は名古屋で、福岡に、沖縄。
え、すごくない? 北海道だ、わー蟹おいしそう。
夏の夜の薄暗い部屋で、小さな画面の中だけが色鮮やかに光っている。
って待って、めっちゃ旅行してない?
あ……これ、お兄さん?
不意に現れた人物の写真。私はその画面をスクショして、メッセージに送りつけた。
『見ないでよえっち』
『笑笑』
『美少女に見られるのキツいわ……』
『なんでですか?笑』
『察して』
『なんか卑屈ー笑』
『イケメンになりたかった人生だった』
『ええー笑』
そんな言うほど?
むしろ、笑顔が可愛い感じだけど。
確かにガチガチのイケメンとかではないかもだけど、笑顔が似合う良いお兄さんって感じ。
普通だけど、目とか鼻とかのパーツは整ってると思う。
『てか、どこからこのアカウント見つけたんです?』
『おすすめに流れてきたよ』
『あね』
『鍵かけてなかったし、納得』
私がチョロいからなのかな。
いつもなら絶対にありえないのに、なぜか、もっと話してみたいって思っちゃってる私がいた。
色々話していると意外と話があって話し込んでしまった。
夜もだいぶ更けて時計の針は、もう日付を越えようとしている。
『おにーさん』
『?』
『つーわしてみませんか』
『もし暇ならでいいですけど』
スマホの画面に光る、通話の誘い。
異性との、しかも年上の異性との通話。
他の男の人とは通話なんてしたことほとんどないし、メッセージすらこんなに長く続くことなんてない。
「私を好きだけど高望みしません、ネットで絡めれば嬉しい」
そんな控えめなこと言われたのは初めてだし、距離感の取り方のうまさが、逆にヤリチン疑惑を加速させるけど。
でも、実際に会うわけじゃないし……。
ベッドの上にうつ伏せになり、タオルケットをきゅっと握りしめる。
微かに残る夏の熱帯夜の気配が、なぜか少しだけ息苦しく感じた。
ワイヤレスイヤホンをケースから取り出して、両耳につける。
別に、いっか。いいよね。
右上の電話マークを見つめる。
静かな部屋の中で、心臓の音が、少しだけうるさい。
……緊張、してきた。
えいっ。
勢いでタップした通話ボタン。
プルルル、という無機質なコール音が、イヤホン越しにやけに大きく響く。
どうしよう、やっぱり切ろうかなって迷った瞬間。
『……もしもし?』
聞こえてきたのは、少し低くて、でも優しそうな声だった。
『こんばんは、うさ?』
「あ、えと……はい。うさ、です」
ヤバい、めっちゃ声震えてるかも。
私、こんなに緊張するキャラじゃないのに。
でも。
あ、声すきかも。
耳元で響く少し大人びたトーンに、ゾクッとするような安心感があって。
私のガチガチな緊張は、本当に最初の数分だけで解けていった。
「……てか、お兄さんの声良いと思います! 顔はまぁまぁですけどー笑」
『なになに、初めて言われた。俺なんかでも美少女に刺さるものがあるということですか?』
「刺さるね。声がやっぱり素敵だと思う! なんかASMRの人? みたいな! あ、知ってる? ASMR」
『知ってるよ。シャンプーとかマッサージしてる動画よく見てるかな』
「ああー! 〇〇理容店みたいな?」
『え!? 知ってんの? マジで?』
「知ってる知ってるっ!」
タオルケットを蹴飛ばして、ベッドの上で足をバタバタさせる。
まさかこんなマニアックな話題で通じるなんて思わなくて、一気にテンションが上がっちゃった。
『なんかあれ系ってさ、聴きたいけど寝たいし、寝たいけど聴きたいみたいな。わかる?』
「そう! うさも全部聴きたいのにすぐ寝ちゃって、始まって二十分くらいから一生進めてなくてーー!」
『うわ、めっちゃわかる。気づいたら朝になってて、また最初から聞き直すやつね』
「そうそうそう! で、また寝落ちするの! エンドレスじゃんって!」
スマホを握りしめながら、声を出して笑う。
同級生の男子たちと話す時の、うるさいノリとは全然違う。
当たり前だけど、大人の男の人との会話って、こんなに落ち着いてて、でもちゃんと私のテンションに合わせてくれて……なんか、すごく新鮮。
あ、うん。
これは、すごく、たのしい。どうしよう。
なんだこの人、ほんとにヤリチンなんじゃないの? って疑う余裕もないくらい、気づけば自分のこととか、どうでもいいことまでベラベラ喋っちゃってた。
『あ、ごめん。もうこんな時間だね。明日も学校でしょ?』
時計を見たら。嘘、もう一時間半も経ってる。
「ほんとだ……じゃあ、寝よっかな?」
本当は、もう少し話していたかった。
でも、自分から「まだ切りたくない」なんて言うのは、さすがにチョロすぎるって分かってるから。勘違いされたくないし。
おにーさんからメッセージで「また通話しよ?」って誘ってくれるかな、いおり喋りすぎた気がするけど疲れたかな?
もやもやした思いが頭の中でぐるぐるしだす。
それでもなんとか通話終了ボタンを押そうとした時だった。
『あのさ』
お兄さんの、少し躊躇うような声。
『もしよかったら、また明日も、ちょっとだけ話せないかな』
えっ。
ドクン、と心臓が跳ねた。
「あ……うん。別にいいですよ。明日も全然暇なんで」
なるべく平静を装ったつもりだったけど、続く言葉は止められなかった。
「今日くらいの時間帯とか……なんなら、もう少し早くても、全然いいし……!」
あ、やば。めっちゃ前のめりじゃん私。
『ほんと? よかった。じゃあ明日、メッセージする』
お兄さんの声が、明らかにさっきより嬉しそうに弾んでいた。
「うんうんっ」
『じゃあ……おやすみ、うさ〜、うさ〜! かわいいぞー!!』
急に、最前列でアイドルに声援を送るファンみたいなノリに、思わず吹き出しそうになる。
でも、そういう冗談に付き合うのも、なんか嫌じゃない。
「ふふっ……うさだよ~? おやすみぃ〜?」
わざと、ファンサするアイドルみたいな甘い声を作って返してあげる。
『あー、最高。生きててよかった』
「大袈裟すぎ!笑 じゃあね、切るよ?」
『はーい。おやすみー』
画面の赤いボタンをタップすると、イヤホン越しにプツッと通話が切れる音がした。
耳からワイヤレスイヤホンを外すと、部屋の中は、またエアコンの音と、微かな夏の虫の鳴き声だけに戻った。
ずっと握りしめていたスマホが、少しだけじんわりと熱を持っている。
仰向けのまま、天井を見上げる。
無意識に、口角が上がっちゃってるのが自分でもわかる。
あんなに緊張してたのに......。
えー、なんか、なんだろ。
楽しかったぁ......。
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