この世界には天才と呼ばれる人間がいる。
圧倒的な才覚を持ちあわせ、誰も成しえなかった偉業を達成する。
たった一人の天才が、世界を数十、数百年進歩させてしまうことだってある。
世界の運命は彼ら彼女らの気分次第で決まってしまうのだ。
だけど、天才っていうのはほんの一握りだけしかなれない。
ほとんどの人間は何の才もない凡人だ。
現実は甘くない。成長するにしたがって自分の力量を思い知る。
そして、その現実と理想のギャップに絶望する。
もちろん、俺もそのうちの一人なわけで————
「お前……このままだと進級やばいぞ」
「すいません……」
2学期の終業式が終わり、放課後の教員室。
俺は若手教師の佐藤先生から説教を受けていた。
佐藤先生はうちのクラスの担任教師である。
教え上手で、話上手。しかも顔までいい、三拍子そろった完璧教師。
もちろん女子人気は非常に高い。俺は嫌いだ。
そんな佐藤先生は俺に向けて5枚のテスト用紙を掲げてくる。
見るも無残な結果がそこにはあった。
「全教科赤点。そのうち0点が2教科。0点はないだろ0点は」
「すいません」
「いや謝ってほしいんじゃなくてだな……」
この会話も何度目だろうか。
高校に入ってから1年と半年。
テストがあるたびに同じことを言われている気がする。
「まあまず補習だな。夏休みはないと思えよ」
「……マジですか」
「大マジです。ちゃんと補修を受けて、しっかり成績を取ってもらわないと親御さんに申し訳ないからな」
「…………」
テスト用紙に続いて書類を渡される。俺の夏休みの補習予定だ。
明日から最終日までかなり詰まっている。
びっしりというほどではないが、毎日遊び惚けるほど暇ではなさそう。
どうやら俺の夏休みは始まる前になくなったらしい。
せっかくの夏休みだったというのにこの仕打ち。
まあ、勉強しなかった俺が悪いんだけど。
「……はい、頑張ります」
「よろしい。じゃあまた明日から」
佐藤先生にお辞儀して歩き出す。やっと地獄のような話が終わった。
若干落ち込みつつも、こうなることをなんとなく想像していたためか意外と素直に受け入れられた。
もはやどうでもよくなり、今日家に帰ったら何をやるかに考えをシフトさせる。
嫌なことばかりにとらわれていても意味ないからな。
外に出ようとドアに手をかけると、
「あ、鈴木」
名前を呼ばれ、振り返る。
「そういえば進路どうするんだ。まだ決めてなかっただろ。せめて文系か理系かの選択はしとかないと後々響くぞ」
「……まだ決めてないので考えておきます」
「わかった。できるだけ早めにな」
今度こそ職員室から出る。
失礼しましたと言いながらドアを閉めた。
完全に閉まり切ったところを見て、少し安堵する。
「さてと、これをどうするか」
邪魔な答案5枚を見返してみる。酷い点数。軒並み一桁台か0点。
これは教師も怒りたくなるか。
「これ親に見せたらなんて言われるかな」
少しだけ考えてみる。
普通の親ならぶち切れられるとかゲーム禁止になるとか、小遣い没収とか。
そんな感じのことになるだろうが、
「……なんも言われないだろうな」
少なくとも親父は何も言わないだろうな。
俺は全く期待なんてされてない————
そう思い至ったところでパシッと頬を叩いた。目が覚めた。
「すぐネガティブになる悪い癖、いい加減治さないとな」
いくら考えても仕方ない。
やってしまったことはどうしようもない。
とりあえず、明日からの勉強に備えるか。
帰ったら超久々に教科書を開くことを決意して、自宅までの道を一歩ずつ進めていく。
学校を抜けてスマホを見ると時刻は15時を回っていた。
説教のせいで帰宅がいつもと変わらないことに落胆しつつ、足を進めるといつの間にか駅に着いていた。
俺の通う高校はいわゆる自称進学校。地元の高校じゃないため、電車に乗って帰るしかない。
いつも通り改札に入り、電車に乗り込む。
30分ほどかけて最寄りの駅に到着した。
あまり人気のないさびれた駅だ。ここから15分ほど歩けば俺の家がある。
「飯はどうするかな。……面倒だし、コンビニ行くか」
両親はたまにしか帰ってこない。
仕事で忙しいからだ。
お金はきちんと貰っているので、その辺は大丈夫である。
そんなこんなで途中にあるコンビニへ行き、水とご飯を調達する。
外食という手もあったが、一人外食はなんとなくみじめな思いをするだけなので好かない。
ある程度駅から離れると人込みが一気に少なくなった。
住宅街あるあるである。狭い通路を通りながら着実に近づいていく。
薄暗い路地裏が見えた。ここを通れば近道になる。
夜になるとヤンキーたちがウェイウェイしだす場所だが、まだ夕方。
安心してそこを通ろうとした、その時だった————
「え……」
――――少女が壁から生えてきた。
言葉通りとしか言いようがない。
なにもなかった壁から突然少女が現れた。
「ちょっとどいてー‼」
叫びながら、少女は俺の方へ飛び込んできて。
避けれるはずもなく、ぶつかった。
鈍い音が響く。
俺の体が下敷きになり、地面に激突した。
「いって……」
下はコンクリート。痛くないわけがない。
「君、大丈夫⁉」
ダイブしてきた少女が俺から離れ、立ち上がった。
声から察するにどうやら怪我はしていないらしい。
憎たらしいことに、俺の体を犠牲に助かったっぽい。
痛みを我慢しながらゆっくりと体を起こしてみる。
————まごうことなき美少女がそこにはいた。
美しい水色の長髪に透き通った白い肌。
白いブラウスに青色のスカートを身にまとっていた。
俺はいつの間にかその神々しさに見とれてしまっていた。
「ごめんね、出るところ間違えてたっぽい」
ある夏の日。俺は運命と出会った。
この日からだった。
なにもなかった灰色だらけの俺の人生が————この時から色づきだした。