「大丈夫? 起き上がれる?」
手を差し出される。
初めての光景に少しの間、体が動かなかった。
「ん、やっぱ体痛い?」
「……いや、そんなことはない、けど……」
なんとか体を動かしその手を受け取った。体が簡単に上がっていく。
ありがと、と俺は軽く声を出した。
体が完全に立ち上がると彼女の手がするっと離れていく。
「どういたしまして! って私が言っても変か……あはは」
なんていいながら、笑っている彼女。
太陽のような笑顔である。かわいい。
こんな彼女が出来たら、きっと幸せなのだろう。
って、俺はなにを考えているんだ。
こんな人間と俺が釣り合うわけなんてないのに。
考えるだけ、無駄なことだ。
危うく恋愛脳になりそうな頭をクールダウンさせる。冷静さを取り戻した。
「そういえば、なんで俺ってぶつかったんだっけ。さっき壁から出てきたように見えたけど……」
「いやあびっくりだよね、人いないところ選んだはずだったのにさ」
「……どういう意味?」
「ほら、こっちに来るの初めてだったからさ。あんまり人通りが少ない場所をピックアップしたのに、まさかちょうどそのタイミングで君が飛び出てくるとはね、お姉さんびっくりだよ」
言葉の意味が分からず、俺はあっけに取られていた。
ていうか俺とそんなに年齢離れてなさそうなのに自分のことお姉さん呼びかよ。
俺の真意を読み取ったのか、彼女は答えをくれた。
「私、裏側の世界から来たんだ!」
「……裏側の、世界?」
「そう! 裏側の世界‼」
えっへんとでも言いたげな様子で腰に手をおいて胸を張っていた。
淡麗な顔と比べると、体はかなり貧相で張る胸なんてものはあまりないのだが、まあそれは置いておくとして。
これはあれだろうか、もしかして笑う感じの場面なのだろうか。
「それってなんの冗談?」
軽い感じで聞き返してみる。
陽キャのノリくらい、俺にだってついていけるのだ。
「冗談なんかじゃないよ。本当のことだよ! なんで驚かないの⁉」
……いやこれガチなやつだ。
本気で思っているときの顔である。
いわゆる中二病ってやつだろうか。
女の子でなっている人はあまり聞いたことがないけど。
「わかったわかった。そういう時期、誰にでもあるよな。わかるよ」
「?」
「で、結局どこの国出身なんだよ。アメリカ? イギリス?」
「だから、私の出身は裏世界だって!」
「もういいってその感じは。……ていうかやけに日本語うまいな。ハーフか?」
見た目からして海外の人なのだろう。
水色の髪なんて日本じゃ見かけたことないし。
「日本語?が上手なのは翻訳魔術を使ってるからね。これでも向こうの方じゃ私は優秀な魔術師だったんだよ~」
「これ以上変な設定作らなくていいから」
「あー信じてないときの顔だ! ……仕方ないな。私の魔術の一端を見せてあげる!」
そういうと彼女は右手の人差し指を空に掲げるポーズを取った。
すると変化はすぐに始まった。
「ん……?」
頭にぽつりと粒が落ちた気がした。
軽く、感じるのも微々たるそれは、
「……雨?」
そう思った次の瞬間、小雨だったはずが一気に土砂降りの雨が降ってきた。
ゲリラ豪雨並みである。
「やっべ、いきなり降ってきた!」
天気予報では晴れだった。
傘なんて持ってきていない。住宅地で近くに雨宿りできるところもない。
びしょ濡れだ。気持ち悪いくらいに体が雨に侵される。
ていうか、さっきこいつ雨が降る前にポーズを決めてなかったか。
背筋が少しだけ凍る。寒気がした。
……偶然、だよな。
そう思い込むことにして思考を辞める。
とりあえず今すべきことはここから離れることだ。
「早く避難しないと!」
俺は彼女の手をとっさに取った。
近くにないとはいえ、俺の家まであと少し。
そこならなんとかなるだろうと考えたからだ。
少しこっ恥ずかしいけれど、致し方ない。
そのまま歩こうと足に力を入れてみるが、踏みとどまった。
彼女の足が止まったままだからだ。
「おい、早くいかないと……」
「大丈夫だって。この雨はもう収まるから」
彼女はニヤッと笑った。ポーズをやめて指を鳴らす。
さっきまであれだけ降っていた雨が————瞬く間に消え去った。
まるで降っていたこと自体が嘘だったみたいに。
「おい、嘘だろ……」
「ね、これでわかった? 私が、本物の魔術師だってこと!」
「……」
信じられない。でも、さっきのと今のを見てそう信じるしかなかった。
魔術師、本当にそんな人間がいるのか。
だけど、目の前で起こったことが事実だ。
今のは完全に彼女が雨を降らせて、止ませたようにしか見えなかった。
いや、今のも単なる偶然だって可能性も……だが、その可能性は限りなく低い。
「本当に……魔術師、なのか」
「そうだって言ってるじゃん。疑い深いよね」
「そりゃ疑うだろ、本物と出会ったことなんてないし……」
「じゃあ、私で慣れるといいよ!」
楽観的な表情でそう言ってくる。
なにも問題なんてないでしょ!とでも言いたげな顔である。
こっちは問題大ありだ。
つまりはあれだ。こいつは宇宙人なのだ。
壁から出てきたのも魔術って奴の仕業なのだろう。
化け物がここにいる。日本を侵略しに来たといわれてもおかしくない。
そんなことを考えていると、くしゃみが出た。
「大丈夫?」
「……ああ、雨に濡れたからくしゃみが出ただけだ」
「私のせいだし、乾かしてあげる」
彼女が手を俺の方へ向けた。
体から水滴が消えていく。冷えていた体も温まった。
「これで良し。さっきから使ってる魔術はね、空気を冷やしたり温めたりする魔術でね、雨を降らせたり逆に水滴をなくしたりしたんだ。凄いでしょ! 結構練習積んだからね」
絶句している間にご丁寧にいろいろと説明してくれている。
魔術だの魔力だの漫画とかでしか聞かない響きだ。こいつが最初から濡れていなかったのもそれのおかげなのだろう。
それにしても、宇宙人か……初めて見た。
オカルト大好きな奴がいたらとんで羨ましがるだろうな。
俺はもしかすると歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれない。
「それで……その宇宙人様がなにしにここに来てるんだ」
「あれ、あんまり驚いてない?」
「……めちゃくちゃ驚いてるよ。でも客観的に見てお前は宇宙人の可能性が高いからな。受け入れるしかないって状況なだけだ」
驚きも恐怖もある。
けれど、なぜだろうか。彼女からは襲われるような雰囲気を感じない。
安心感があるように思えた。
「……で、何しに来たんだよ。やっぱり侵略か?」
「違うよ! そんなことするわけないじゃん。むしろ逃げてきたってのが正解だし」
「え、それってどういう……」
俺が質問しようとした瞬間。
ぐぅ。
「え……」
状況にそぐわない音が彼女から鳴った。
極限状態の時、鳴るその音は————
「……お腹、へった」