ぐぅ。
「……へ?」
再び、腹の音が響き渡る。反射的に変な声が出てしまった。
「お腹が空いて力が出ない……」
体をくねくねと動かしながら地面に倒れこんだ。
「食べ物を恵んで……」
ついさっきまであれだけ元気だったのに、すぐにでも死にそうな顔をする。
少しお腹が空いたくらいでそこまでなるか普通。
「……それこそ魔術とかなんやれでどうにかならないのかよ?」
「そう都合よく使えたら世の中苦労しないんだよ……」
「……まさか、宇宙人に世の摂理を説かれるとは思わなかったぞ……」
苦労とかまったく知らなそうで、人生舐めてまーすとか思ってそうなこいつからそんなセリフが出るとは。
世界は広いということらしい。
「ていうか私宇宙人じゃないんだけど……って、ん?」
なにかに気づいたか様子で彼女が俺の手を見つめていた。
「なにそれ」
「ああ、これか?」
コンビニ弁当が入っている袋を少しあげるとうんうんとうなずいた。
雨で少し濡れてしまっている。最悪だ。
「俺の今日の夕飯で……」
「夕飯⁉」
言い切る前に彼女の目がピカッと光った。
次の瞬間、素早く動きだす。俺の手から一瞬で、袋を盗んでいった。
そして弁当と箸を取り出し————爆速で食べ始めた。
「ちょ、おい、俺の————」
「なにこれ美味‼ 美味しい‼ なにこれ⁉」
バグバグと物凄い勢いで食べ続ける。
「ご馳走様~」
「お、俺の夕飯が消えた……」
本当に一瞬の出来事だった。
取り返そうとしたときにはもうすでに終わっていた。
「……おい、それ俺の夜ご飯なんだけど⁉ なんで勝手に食べてんの⁉」
「だってお腹空いてたし」
「全然、これっぽっちも、1ミリたりとも理由になってないから。金払えよ!」
「うーん、これで足りる?」
どこから取り出したのか変な銅貨らしきものを渡してくる。
見たことない銅貨だった。
「どこの硬貨だ、これ」
「もちろん私の世界のだよ! これだけあれば1個くらいお菓子買えるね!」
「使えるかこんなもん! 割に合ってすらないし!」
はぁと大きくため息をついた。
空を見上げると少しだけ暗くなっている。
「ってもうこんな時間かよ」
そこまで長居したつもりはなかったが、いつの間にかこんなにも時間が経っていたらしい。
さっきの事件もあってか体の方も結構疲れている。だんだん眠くなってきた。
今日は運が悪い。
学校の成績は散々だし、夏休みは補習で全く遊べない。
そのうえ、頭のおかしい変な魔術師に絡まれる。
ちょっとだけ容姿がよくて、ちょっとだけかわいい声をしているのは確かだが。
それにしたってこの行動には流石の俺もムカついた。
というかなぜ俺がこいつに時間を割かねばならんのか。
よくよく考えると、どうでもいいことだ。
こいつの発言とか、なぜこっちに来たんだとかいろいろ気になる点はある。
魔術だの裏世界だの、スケールのでかい言葉の出来事にはわくわくするが、俺の人生にはあまり関係ない。
どうせ俺はろくな人生を送りやしない。
こんな摩訶不思議な体験をしたところで、意味のないことなのだ。
「……とりあえず、俺は帰らないと……じゃあまたな」
「えーもう帰っちゃうの? 早くない?」
「ああ、明日早いし」
実際、明日から勉強しないといけないからな。嘘は言ってない。
「わかった!」
すぐに納得した。物分かりの良い子らしい。
「ていうか、魔術師のこととか口止めとかしなくていいのかよ」
こういう時ってだいたい、魔術を見たんだから、私の計画に従ってもらうわ!とかいって強引に連れていかれたり。
ごめんね、魔術を見た人には消えてもらうことになってるのとか言われて棺桶送りにされたり。
そんな感じのことをされるのかと思っていた。まあ、主に漫画の知識だけど。
「別にいいよ。魔術師ってこと隠すつもりないからね」
「……左様ですか」
ならいいかと安心し、路地裏を抜け出す。そのまま歩いていく。
飯のことはもういいや。とにかく疲れたので早く寝たい。
一歩一歩と前に足を進めていく。
1,2分歩いてみて、思うことがあった。
一旦、左に曲がってみる。今度は右。
そして駆け足。
やっぱり、間違いない。俺は一旦、足を止めて後ろを向いた。
「……なあ、なんでついてくるんだ?」
俺の少し後ろをてくてくとついてくる人影。さっきの少女である。
「だって、帰るんでしょ?」
「まさか、俺の家にまで来ようとしてる?」
「もちろん!」
満面の笑みである。
「なんでだよ⁉」
「だって家ないし」
「自分の住む世界に帰ればいいだろ」
「えーやだよ。あっちの世界が嫌だからこっちに逃げ出してきたのに」
「つまり、家出してきた……ってことか?」
「ざっくり言えばそうかも。じゃあ私って家出少女か、あはは」
「そこ、笑うところじゃないぞ」
なるほど。だいたい見えてきた。
解決方法は一択である。
「警察にいって相談すれば、住処くらい貸してくれるって。ほら、あっちの角を————」
「私を見捨てる気⁉」
「そういうわけじゃないって。むしろ、そっちの方が相談のってくれるだろうよ」
「そんな危なっかしいところいけないよ!」
「俺の家も同じようなもんだろ⁉」
「警察は信用できない」
「陰謀論信じてるの人がよくいうセリフ言うなよ⁉」
そう言うと彼女はしかたないなあとか言いながら俺を真剣な眼差しで見てきて、
「いいじゃん……ダメ?」
かわいくてあざとい声を出してくる。
男子が必ず好む、あどけない顔での上目遣い。
指を唇あたりにくっつけて、さらにかわいさを演じている。
はっきりいって俺の心にドストライクだった。
「……」
「ねえねえ、ダメ?」
ボディタッチまでしてくる。
「ねえねえ」
「…………」
俺はそれに耐えられなくて、
「……今日、一日だけなら」
ついに言ってしまった。
まあ、今日一日くらいならいいだろう。
警察にいっても信じてもらえない可能性もある。
わざわざ警察に迷惑かけるのもよくないだろう。
それに————誰も頼れる人がいない環境で、一人ぼっちは……寂しいからな。
そうやって自身を納得させて、俺はゆっくりと歩き出した。
「そういえば、名前なんて言うんだ?」
「うーん、私の名前は……ミコ、かな」
「なんでそこで迷うんだよ……俺の名前は、鈴木伊織な」
「イオリっていうんだ! よろしく‼」
「いきなり呼び捨てかよ」
まあ、いいだろう。鈴木って言われるよりもずっといい。
俺たちは少しの間、会話もせず歩き続けた。
会話がしたくないとかではなく、単純に疲れていたからだ。
そして、鈴木と書かれた家の前で止まった。
目の前には巨大な門がある。
「え、でか⁉」
俺の家を見たミコが驚く。
そうなのだ。うちは、豪邸なのである。