鍵をまわし、ドアを開けると大きな玄関が目に飛び込んだ。
ミコが入ったのを確認し、俺はゆっくりとドアを閉めて、持っていた鞄を床に置いた。
「おお……凄い‼」
玄関から整っていた。どでかい靴箱。ブランドものの靴がいくつも見える。
その先の通路には芸術品の数々がずらっと並んでいた。
有名な絵画。美しい彫刻。まあいろいろある。
俺には芸術の良さが全くわからないので、詳しくは知らない。
手入れは週に2度来るハウスキーパーさんがやってくれるから常に綺麗なままだ。
ミコが感嘆の声を上げるのも無理はない。
「結構な値段するらしいから間違っても壊すなよ」
「わかってるって!」
ミコは大きな通路を進みながら芸術作品を吟味していく。
指をあごに置き、なにやら考えている様子である。
「これ売ったらいくらになるんだろう……」
「……絶対やるなよ。絶対だからな」
「うそうそ冗談だって。私がそんなことやる人だと思う?」
俺は無言でうなづいた。
「今日一日しか会ってないのに私のなにを知ってるの⁉」
「初対面の人間の体を水で濡らしたり、弁当を盗み食いする頭のおかしい魔法使いだってことは知ってる」
「ぐー悪口ばっかり。イオリは意地悪」
「わざわざ家を提供してあげている俺が意地悪ですか、そうですか」
「あと、私は魔術師であって、魔法使いじゃないから」
「……なにが違うんだよ」
「全然違うから。今度からは間違えないでよ!」
「あーはいはいわかりました。すいません」
なんで俺、怒られているんだろうか。
不思議な気持ちになったが、面倒なので口には出さないでおく。
ていうか、魔術師も魔法使いも同じだろうに。
ムキになっている意味がわからない。
「うんうんよろしい。じゃ、お邪魔しまーす」
今度は元気よくリビングを開けた。真っ暗闇の空間が広がる。
「あれ、真っ暗だ」
俺はなにも言わず、中に入り電気をつけた。
またもや広々とした空間がそこにはあった。
清潔感が溢れる部屋。
彫刻とか少しは置いているけれど、玄関ほどではない。
「……そういえば、親とかっていないの?」
「今はいないな。海外で暮らしてるから」
「ええ、寂しくない? 私だったら寂しさで死ぬかも……」
体をくねっとひねりながら絶望の表情を浮かべる。
嫌だ嫌だと体全体で表現しているみたいだ。感情豊かだなこいつ。
それにしても……寂しい、か。
————寂しさなんて、感じなくなったのはいつ頃だっただろうか。
「……あんまり思わないかな。この生活に慣れてるから」
「イオリは両親が嫌いなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
むしろ嫌いになれていたらどれほど楽だっただろうか。
嫌いになんてなれるわけないのに。
「お前こそ両親が嫌いなんじゃないのか。家出してきたんだろ」
「残念なことに私の家出はそういうのじゃないんだよね。両親と喧嘩とか、そういうのが理由じゃないんだ」
そういうミコは少しだけいつもよりも、達観していたような気がした。
「まあいいや。とりあえず今日はこの家で好きなだけ遊ぶぞー!」
近くにあったソファーに思いっきりダイブする。
もちろんソファーも高級品。めちゃくちゃモフモフである。
「気持ちー」
甘々な顔だ。枕に顔を押し付けて、ぐりぐりしている。
「明日には帰るか、別の場所探しておけよ」
「やだよこんな大豪邸に住めるんだよ⁉ 一生ここにいるから」
「親が帰ってきたとき、なんて説明するんだよ」
「イオリの彼女でーすって言えばいちころでしょ。この最強無敵の魔術師の私が彼女なんて誇らしくて泣いちゃうんじゃないかな!」
「その自信、どこから湧いてくるんだ」
変な高笑いをするミコに俺は深いため息を吐いた。
こいつと言い合いしているといつまで経っても終わる気がしない。
さっさと風呂に入って寝よう。明日は学校に行かないといけないのだから。
タオルを手に持つ。
「俺お風呂に入ってくるから。その間、絶対暴れるなよ」
「ラジャー」
「なんで軍隊の返事を知ってるんだ……とにかく、くれぐれも家の私物は破壊しない。ふざけない、でかい声を出さない。これ徹底!」
うんうんと大きくうなずく。
こいつ、本当にわかっているんだろうか。
「なんだったらテレビ見てもいいから」
「テレビ?」
「あー知らないのか。あの黒い物体あるだろ? あれがテレビって言って、そこにあるリモコンのボタンをぽちぽち押せばなんか色々テレビが見られるようになるから」
途中で面倒くさくなり酷い説明になる。端折りすぎた。
ミコはリモコンを手に、適当に操作していく。
「あれーこれどうやるの?」
もちろんテレビはつかない。
「貸してみろ、ここをこうすると……」
「おー! 凄い! なんか付いた‼」
「どうせ操作できないだろうし……これでも見てな」
俺はそのまま操作して、とある映画を再生する。
それは少し古い恋愛映画だった。
「なにこれ」
「俺が一番好きな映画」
「映画? これって面白いの?」
「ああ、俺が人生で一番心に響いた映画だよ」
「ふーん」
事実、この映画を子供の頃にみて、当時悩んでいたことから解放された。
辛かった悩みが嘘のように軽くなったのを覚えている。
そのあと、見事に映画にハマって今もなお毎年結構な数の映画を見ているけれど、これ以上の作品はまだ出てきていない。
久々にこの映画を再生したからか、少しだけ見たい欲が出てきた。
お風呂に行く足を止める。
「あれ行かないの?」
「……いや、行くよ。じゃあな。くれぐれもさっき言ったこと忘れるなよ」
「わかってるわかってる」
適当に相槌を打つミコを睨みながらも洗面所へ向かった。
名残惜しいけれど、また今度見ればいい。
浴室に入り、まずは湯船を満たすボタンを押す。
溜まっている間、ゆっくりと体を洗っていく。そして、湯船につかった。
「ふわ……疲れた……」
温かいお湯が心を浄化していく。
今日一日、いろいろあった。散々な一日だ。
思い出すだけで
そんなことを考えているとだんだんと眠気が強まってきた。
あれ、これ……やばい、かも……
一気に頭が重くなり、そのまま俺の意識は途切れた。
「――――は!?」
ビクッとなり、目が覚めた。
手を見るとふにゃふにゃである。
時計を見ると、寝る前から————2時間以上経過していた。
「は!? 2時間!?」
急いで湯船から体を起こす。少しだけ頭が重かった。
脱水症状だろう。これだけの時間ここにいたのだから当たり前だ。
「あいつ……やらかしてたりとか……しないよな」
さらに不安も募る。
脱衣所まで行き急いで着替えてリビングに行くと、
「うわああああああああああああああああああああん」
号泣しているミコがそこにはいた。
状況が飲み込めない。
「え、泣いてる!?」
「だって感動して……泣けてきちゃって……うわああああああああああん」
テレビを見ると映画のエンディングが流れていた。
この映画を最後まで見て、感動したらしい。
涙を拭くと、ミコは決心したようにこっちを見た。
「よし、決めた!」
「……なにを?」
「私————映画を作る!」
高らかにそう宣言するのだった。