地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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発足編
01.アイ × ノ × ハンブンコ


「あなたのその目、とっても綺麗ね!」

 

 

 地元の名士のご令嬢、6歳になるお嬢様の誕生パーティ。

 子供心に退屈なだけの喧騒の中で、俺──アンドー=ルモアを、瞳に伸ばされた指先の感触が貫いた。

 

 俺の左目は、ちょっとした「特別」だった。

 

 一見すれば黒い瞳だが、光が差し込むたびに、深奥から多色性の遊色が溢れ出す。

 オパールの瞳。虹の眼。

 小さな雑貨店を営んでいた父は俺の目を「商売繁盛の兆しだ」と笑い、俺もまた、自分の瞳が少しだけ人と違うことを無邪気に誇っていた。

 だが、この世界において「珍しい瞳」が何を意味するか。

 俺は今の今までそれを知らなかった。

 いや──()()()()()事を()()()()()()

 

 

「……ねえ、あなたの目を、私にちょうだい? 綺麗な瓶に入れて、毎日眺めたいの」

 

 

 水色の髪、無邪気すぎる大きな瞳、そして俺の左目に触れる、残酷な氷のような指の熱。

 

 その瞬間、世界が裏返った。

 

 ダムが決壊するように俺の脳内に濁流となって流れ込んできたのは、『HUNTER×HUNTER』という名の記憶だった。

 

 父の本棚、色褪せた古い背表紙が並ぶ中、珍しく混ざっていた鮮烈な青いJC、血のように真っ赤な英語のタイトル。

 自分がどこでどう生まれて育って死んだのかはさっぱりわからないし思い出せない。

 なのに友達の話題にもついていけない中、ただ一人で耽読していたあの白黒の世界が、鮮やかに目の前に蘇っていく。

 

 その焦点となったのが、目の前の少女だった。

 

 艶やかな光沢を放つ青色の髪は、会場のシャンデリアを吸い込んで淡く発光し、彼女が動くたびに甘い花の香りを振りまく。

 磁器のように滑らかで透き通るような肌。その奥に透ける血管の気配すら、芸術品のような脆さと気高さを感じさせる。

 その真白い頬が淡い桃色に上気し、期待に胸を躍らせて、俺の瞳を覗き込んでいる──煌めくエメラルドのような深緑の瞳。

 

 そこには悪意も、慈悲も、分別もない。

 この世の美しさすべてを独り占めにするのは当然の権利だと信じて疑わない、残酷なまでの無垢。

 自分を否定する存在など一人もいないと確信している者の、無敵の愛らしさ。

 

 ネオン=ノストラードは、彼女の世界におけるお姫様だった。

 

 

「ねえ、良いでしょ? お願い!」

 

 

 ネオンの指先が、じり、と俺の瞳にわずかに食い込んだ。

 目の前の少女は、ただ「きれいなもの」を見つけた子供の顔で、残酷なおねだりを続けている。

 きっと彼女はその純粋さのままに、俺の眼球を抉り出し、保存液に浸して瓶詰めにするだろう。

 指先の感触が、急速に鋭利な殺意のように感じられて、俺の背筋を氷の柱が突き抜ける。

 

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 

 

「……それは、嫌だ」

 

 

 俺は、絞り出すような声を返して、彼女の指先をそっと掴み返した。

 

 

「だって、片方だけだよ? 目はもう一個あるし、別に良くない?」

 

「嫌だ。片方だけでも無くなるのが嫌なんだ。俺の目はずっと前から俺だけのものだ」

 

 

 ネオンは少しだけ頬を膨らませた。

 

 気分屋でワガママなネオンの機嫌は急転直下だ。

 視界の端で、ネオンの父ライト=ノストラードが「おやおや、困ったお嬢様だ」とでも言いたげな笑みを浮かべてこちらを見ている。

 もしネオンが「パパ! あの子の瞳をえぐり出して!」なんて言いだしたら? 

 ドン・ノストラードは「すまないね、ミスター・ルモア。息子さんの目を頂きたい」なんて言って、俺の目を買い取るだろう。

 そして俺の父親は善良な一市民だ。逆らえるわけもない。当然、6歳の息子である俺も同じ。

 

 俺はネオンが次の言葉を言うよりも早く、こう言った。

 

 

「だから、はんぶんこしよう」

 

「はんぶんこ?」

 

 

 きょとんと、生まれて初めて聞いた言葉だとでも言うようにオウム返して、ネオンは首をかしげた。

 

 

「俺は目を取られたくない。でも君は俺の目が欲しい。

 なら、俺はずっと君の傍にいる。

 君のコレクションの中で、俺だけは()()()()()君の隣に置いてほしい。

 ……それじゃダメかな?」

 

「…………うーん……」

 

 

 難しい顔をして「む、む、む」と悩んだネオンは、疑りぶかい子供そのものの様子で俺を睨んだ。

 

 

「私が見たいっていったら、いつでも見せてくれる?」

 

「できる限りは」

 

「いつでも!」

 

「じゃあ、できる限り、いつでも」

 

「あなたが死んだら抉り出して瓶に詰めて良い?」

 

「そのために殺さないでくれるなら」

 

「つまり、あなたの眼は私のもの?」

 

「俺のものでもあるけど」

 

「……うん!  いいよ! あなたの眼は私のもの!」

 

 

 ネオンは満面の笑顔で頷いた。

 

 こうして俺は、ネオンの6歳の誕生日プレゼントとして、彼女の「コレクション」になった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ねえ、ルモア。今日のその目、昨日より少し青が強いね。……とっても素敵」

 

 

 自室のソファに深々と腰掛けたネオンが、俺の顔を覗き込みながらうっとりと呟く。

 蕩けるような顔と、熱に浮かされたような吐息。

 

 

「……そりゃどうも。良いから、さっさと着替えをすませてくれ。ドンがお待ちだ」

 

「嫌よ。もっと見ていたいの。……ねえ、ルモア。瞬きしないでよ。見づらいんだけど」

 

「無茶言うなよ。瞬きってのは、目が勝手にするもんだろ」

 

「……やっぱり抉り取って瓶に詰めちゃおっか?」

 

「やめてほしいなあ……」

 

 

 誕生パーティ以来の俺の日常は、だいたいがこんな感じで、ほとんど一日中ネオンと一緒だ。

 

 ネオンのワガママに付き合って、彼女の部屋で立ちっ放しだったり、連れ回されたり、見せびらかされたり。

 時にはネオンの無邪気な残酷さに肝を冷やしたりしながら、彼女の傍にずっといる。

 

 ドン、ライト=ノストラードは、当初こそ娘の気まぐれに付き合わされただけの哀れな少年を見る目で俺を見ていたが、俺がネオンの隣で毒にも薬にもならない「生きたコレクション」として機能し、彼女の情緒を驚くほど安定させるので、俺を組織の正式な「備品」として扱うことに決めたらしい。

 

 

(たぶんネオンのワガママに振り回されて気苦労が絶えなかったんだろうな……)

 

 

 俺の父には十分すぎるほどの「迷惑料」が支払われたので、家族のことも心配はいらない。

 少なくともこの世界で六年間大事に育ててくれた分の恩返しはできただろう。

 おかげで後顧の憂いなく、俺はこうして毎日ネオンに瞳を覗き込まれて、指先でそっと瞳を触れられている。

 その度に彼女がまるでキスでもするように顔を近づけて、香水とはまた違う、女の子の甘い香りが俺の鼻をくすぐる。

 視界いっぱいに広がるのは、溜息を漏らしながら惚れ惚れと俺の瞳を見つめる美少女の姿。

 

 

(目の毒だ──……)

 

 

 と、いつも思うけど。これに不満はない。ない、けど……。

 

 

「……ルモア? 急に怖い顔して、どうしたの?」

 

 

 ネオンが不思議そうに首を傾げ、俺の左目の虹彩を指先でなぞった。

 

 

「別に。……ただ、これからのことを考えてただけだ」

 

「これからのこと? 私と一緒に、ずっとここにいるだけでしょ?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 

 俺はちらっと時計を見てから言った。

 

 

「あと15分くらいはここにいるよ。その後、ドンのところまでお嬢様を引っ張ってくから」

 

「えーっ!?」

 

「えーじゃない。今日はドンといっしょに出かける約束だろう?」

 

「だって、またパパのお友達のおじさんとかと囲まれてご飯食べるだけだもん。

 あーあ、なんて不幸なんだろう、私!」

 

 

 ──ネオンは知らない。

 

 俺が彼女の傍に侍りながら、その柔らかな指先が俺の瞳に触れるたびに、どれほどの危機感を募らせているか。

 あの盗賊が彼女の隣に座り、その手を取る瞬間を想像するだけで、俺の胃の奥は冷たく焼け付くような不快感に襲われる。

 

「ネオン=ノストラード」「人体収集」「ヨークシンのオークション」

「蜘蛛」「幻影旅団」「クロロ=ルシルフル」

 

 あと数年もすれば、彼女は「天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)」を発現させる。

 解釈にもよるけれど、ほぼ百発百中の完璧な予言という、十代の少女が持つには大きすぎる力。

 そして彼女の父ライトは、娘の力を組織拡大の道具として使い潰し、ノストラード・ファミリーは狂ったような急成長を遂げるだろう。

 

 その先にあるのは、ヨークシンの惨劇だ。

 

 今年は1988年。俺とネオンは6歳。

 たしか、去年にゴン=フリークスが生まれているはず。

 だから物語が始まるのは、今から10年後。

 

 1999年。ヨークシンシティのオークションまで、あと10年。

 

 これが10年もあるのか、10年しかないのかで言えば、両方だと思う。

 やれるだけやるには十分だけど、余裕ぶっこいて調子に乗ったらとても足りない。

 

 

(こういう『転生者』って、速攻で水見式だ念だ発だなんて流れだったりもするけど──……)

 

 

 だからこそ、焦っちゃいけない。

 

 転生者で原作知識があるから念だってすぐに使いこなせるなんていうのは、調子に乗ってるのと同義だ。

 それこそ原作でウイングさんも言ってた通り、本来の念ってのはみっちり修行をした上で扱う技術。

 心源流拳法とは言わずとも、とにかく体の方から基礎を固めないと話にならない。

 少なくともクロロたちは、念にせよ何にせよ、まともな訓練を受けていた描写はなかった……と思う。

 なら、正規の教育と訓練を受けられるのは、俺の明確なアドバンテージだ。

 

 

(まあ、才能だけで暴れまわる原作上澄み連中に、同じように才能だけでぶつかって勝てる気がしないだけだな……)

 

「ねー、ルモア。今日はどれ着てけばいいと思うー?」

 

 

 なんて考えていたら、いつの間にかネオンはするりと俺から離れて、

 俺が目の前にいるのを気にもとめず、ぽいぽいと服を脱ぎ散らかして裸を晒していた。

 

 

「おい、少しは恥じらいってもんを持てよ!」

 

 

 俺は即座に顔を背け、だが手慣れた動作で床に散らばったドレスや下着を拾い始めた。

 ネオンは「何よ、ルモアのくせに」と不満げな声を上げるが、俺は取り合わない。

 この態度は俺がコレクションだからなのか、それとも6歳っていう子供だからなのか。

 たぶん両方だろうと思う。

 

 

「……着替えが終わったら教えてくれ。ドンのとこに連れてった後は、訓練の時間なんだ」

 

「えぇ? またやるのー?」

 

 

 ネオンが真新しい下着を身に着けながら、肩越しに俺を振り返るのが気配でわかった。

 

 そう、さっき「ほとんど一日中一緒」と言ったけど、つまり一緒じゃない時間だってある。

 幸いな事に、今の俺の環境は恵まれてる。

 ドン・ノストラード……ライト氏は俺を気に入ってくれてるし、まだ弱小田舎マフィアとはいえマフィアはマフィアだ。

 ネオンの傍にいるために護衛として訓練を受けたいという俺の願いは、あっさり叶えられた。

 今の俺はネオンのコレクション兼、お世話係兼、ペット兼、ノストラードファミリー護衛団の見習い、もしくは候補だ。

 もっとも、それがネオンにはちょっぴり──かなり? ──不満らしかったけれど。

 

 

「パパにお願いして、そんなのやめさせちゃおっかな。ルモアは私の隣で、じっとしていればいいんだし」

 

「……じっとしてるだけじゃ、お前のコレクションを守れないだろ」

 

「私のコレクション?」

 

「俺の目はお前のものだって、約束しただろ」

 

「……ふーん?」

 

 

 意味深なつぶやき。

 しゅるしゅると上等な生地が擦れる音を伴って着替えを終えたお嬢様は、ふふんと得意げな様子で俺を見た。

 

 

「まあ、私のコレクションが格好良くなるなら、少しだけ許してあげる」

 

 

 そう言って、ネオンは満足げに笑った。あの誕生パーティの時と変わらない笑顔。

 

 

(──はんぶんこ、か)

 

 

 今思えば、俺も必死だったなって思う。

 あれは俺が生存のためにひねり出した理屈だったが、同時に俺の本心でもあった。

 

 ネオン=ノストラード。

 

 原作の彼女は、クロロに能力を盗まれ、その後の描写もなく死亡したことが示唆されているだけのキャラクターだ。

 マフィアの娘に生まれ、人体収集という歪んだ趣味と、百発百中の占いの力を持ち、ワガママ放題に育った少女。

 けど、彼女が何をしたっていうんだ? 

 ただ、生まれた環境で、授かった力を使って、無邪気に生きていただけじゃないか。

 なにも殺されることはない……子供の頃から、ずっとそう思っていた。

 

 そんなネオンと俺は出会った。

 

 なら……彼女の運命を変えられるかもしれない。

 それが俺がこの世界に転生した理由で、俺の運命なのかも──……。

 

 

「ルモア、髪をとかして!」

 

「はいはい」

 

「ひっかけたりしたら瓶詰めだからね!」

 

「それはホントやめて欲しいなぁ……!」

 

 

 ──まあ、うん。ごめん。全部()()だ。

 

 結局、俺は生まれる前からネオン=ノストラードに恋をして、そしてネオン=ノストラードに一目惚れしてしまったのです。まる。

 

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