地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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13.スシ × オンナ × シンサ

 ビスカ森林公園、第二次試験前半戦。

 辺りには、香ばしい──を通り越して、やや焦げ臭い脂の匂いが立ち込めていた。

 広場の中央には、巨大な骨の山。世界で最も凶暴な豚、グレイトスタンプたちの無惨な成れの果てだ。

 試験官ブハラは文字通り山のような豚を全て平らげ、満足げに腹を叩いている。

 合格者はわずか七十名。

 一次試験開始時の四百名超から、すでに二割未満にまで絞り込まれていた。

 

 俺は煤と脂で汚れた手を洗ってから袖まくりしていたシャツを整え、引っ掛けていた上着を着込み、ネクタイを締め直す。

 

 少し離れた場所でトランプを弄んでいたヒソカが、こちらに気づいてひらひらと優雅に手を振ってきた。

 まあ物語の流れ──この世界をフィクションの世界と見がちなのは悪癖だって自覚してるから、運命って言い換えても良い──に、どんな変化があったとしても、よっぽどの事がない限りヒソカがグレイトスタンプを倒せない事はないだろうし、素直に倒して料理を作って提出したんだろう。

 心なしかスッキリした顔をしてるあたり試験官ごっこでだいぶフラストレーションは発散できたようで個人的には何よりである。

 

 俺が溜息を吐いてからひらりと手を振り返すと彼は満足そうに頷いて、またトランプのピラミッドを作り始めた。

 ……ヒソカが豚の丸焼きを作ってるところは見てみたかったな。

 

 ともあれそうして周囲の安全を確認、身嗜みを正してから、俺は隣で息を整えているポンズに声をかけた。

 

 

「ハンゾーはともかく、よくポンズはあれを仕留められたな。

 あの豚、正面からの突進だけならトラック並みだっただろ」

 

 

 俺は周囲に散らばっている、頭を叩き割られた上に食い尽くされた豚の残骸を見やる。

 ハンゾーは突進を軽々と飛び越えて頭を殴りつけていたが、こっちは少し手間取った。

 (ネン)を禁じられた俺にとって、グレイトスタンプの弱点──額──を殴るのは、面倒だったからだ。

 かの大山倍達だって牛の角を手刀で折るのが精一杯……いや十分だな?

 ともあれ俺は突進してきたグレイトスタンプの鼻を踏み台にし、その額を蹴り飛ばして方を付けたのだ。

 

 そんな俺の率直な疑問にポンズは帽子を深く被り直し、気だるそうに額の汗を拭った。

 

 

「……失礼ね。これでも私、フィールドワークが専門よ?」

 

 

 ポンズは不機嫌そうに、しかしどこか誇らしげに鼻を鳴らす。

 彼女が取り出したのは、一本の筒――吹き矢と、空になった小さな薬瓶だった。

 

 

「カサバランの球根から抽出した強力な神経麻痺毒。

 これを突進してくる瞬間に鼻先へ一撃浴びせて、飛び退く。

 あとは筋肉が弛緩して勝手に転がってくれるのを待つだけ。

 ……アンドーくんやハンゾーみたいに、正面から殴り合おうなんて思わないの」

 

「その麻痺毒受けてる豚を平然と料理して出すのも、それを平然と食うのもこえーよ」

 

 

 ハンゾーがやや引き気味に、ポンズとブハラを見比べる。

 ポンズは「加熱したら無毒化できるもの使ったに決まってるでしょ」とぶつくさ文句を呟いた。

 二人は知る由もないだろうが、プロハンターである以上、ブハラも念能力者だ。

 毒くらいどうにもなるはずだ。

 いや、あの食べっぷりとかトンパのジュース飲んだ時のキルアとか見ると、(ネン)関係なくできるか?

 ……できるか。できそうだなあ。俺もできるようになりたい。

 ジョースターさんみたいにフンッてやったら傷口から毒液だけ排除できないかな……。

 

 やがてブハラが満足げに腹を鳴らす横で、相方の試験官メンチが不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。

 彼女の鋭い視線が受験生たちを射抜く。

 

 

「あたしはブハラと違って()()よ! 試験も厳しくいくわよ。

 二次試験後半、あたしのメニューは……『スシ』よ!」

 

 

 その瞬間、広場は静まり返った。

 

 ──スシ……!?

 ──スシとは……!?

 ――一体どんな料理だ……!?

 ──ハンター試験ではないのか……!?

 ──アイエエエエエ、テストに出たよぉ……。

 

 メンチが調理場と用意された調理器具、そしてゴハン──酢飯、ニギリズシとヒントを兼ねた説明を続けていく。

 だが、それを聞いて見てスシの正体にピンと来ている者は、この場にほとんどいないようだった。

 

 ……まあ、俺の隣でハンゾーが勝ち誇ったような、それこそ忍者の仮面が剥がれ落ちるほどのニヤケ面を晒しているのだが。

 

 

「……ククク、この課題もらったぜ! まさか俺の国の伝統料理がテストになるとは!

 勝った! ハンター試験編完!」

 

 

 一方、受験生たちは「スシ」の正体を探るべく、メンチのヒントを血眼で分析し始めていた。

 握る。米。そして──……。

 

 

「魚ァ!? お前ここは森ン中だぜ!?」

 

「声がデカい!!」

 

 

 クラピカとレオリオの、わざとらしいほど声の大きなやり取りが引き金だ。

「魚!」「そうか、魚だ!」「魚だ魚!」「魚はどこだ!」「あったよ川!」「でかした!」と、受験生たちが一斉に大移動を開始する。

 その光景を見て、ハンゾーは心底から悔しがるような素振りを見せて唸った。

 

 

「……クソッ! 俺の他にも知ってる奴がいたのか!」

 

「俺も知ってるけどな」

 

「なにっ」

 

 

 ハンゾーとくだらないやり取りをしつつも、俺の意識はクラピカの方に飛んでいた。

 はっきり言って、俺はゴンやキルア、レオリオについては正直ほとんど関心がない。

 

 ああいや、もちろん、元読者としては気になる。とてもだ。

 そしてハンター試験の受験生として、原作知識というカンニングを踏まえた上で、要警戒対象としては認識している。

 トリックタワーや、ナンバープレート争奪戦、何もかも上手く行けば最終試験の逆トーナメント……原作通りに進まなくたって、たとえ『ハンターの系譜』めいた試験内容でも、彼らと激突する可能性は高い。

 

 だがネオンの占いにゴン、キルア、レオリオを示唆するような記述はほぼ無かった。

 ましてや今後のこと──俺の目標という意味では、この三人はやはり関わってこない。

 

 唯一、俺が興味を抱いているのはクラピカだけだ。

 クラピカが原作の流れ通り、ハンター試験に参加している事がわかったのは、若干の安心材料ではあった。

 旅団と事を構えるなら、クラピカは絶対に無視できない要素だからだ。

 味方にするにせよ、排除……ヨークシンに関わらせないようにするにせよだ。

 クラピカがウボォーギンを鎖でさらったりしなければ、陰獣を蹴散らした後、旅団はさっさと移送された出品物を回収して帰ってくれるんじゃあなかろうか、とは思うのだ。

 

 

(…………いや)

 

 

 それを考えるならゴンとキルアも幻影旅団とは接触しているし、むしろ気に入られていた。

 二人の口を通して幻影旅団を説得させることも可能ではないのか?

 下手に「幻影旅団との戦いはクラピカが中心だから」なんて先入観を持つべきではないのでは?

 なぜならクラピカは、結局ノストラードファミリーを乗っ取ってしまう。

 クラピカにとって最優先なのは緋の眼であり、ノストラードファミリーではない。

 そこにネオンの未来も、幸福も、含まれていない。

 

 原作と同じ行動を取れば、原作と同じ結果にしかならない。

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 どうするのが一番良いだろう。

 

 ヒソカとの先ほどのやり取りは、俺に改めて、予想外の出来事が起こる可能性を突きつけてくる。

 ネオンと出会ったことや、ミッドナイト・トレインの一件などで、わかってはいたが。

 

 

「……。

 サヘルタ合衆国でも上流階級だとジャポン食が流行りはじめてるからね。

 スシも、アボカド巻いた奴とか結構パーティで出てくる」

 

「そんなんぜってえ認めねえ……これだから合衆国人は!」

 

「作ったのジャポン人だぞ」

 

「え、マジ!?」

 

「……知ってるなら教えてよ。私はさっぱりわからないんだけど」

 

 

 俺がそうして焦燥感を押し殺し、ポンズからの質問に答えようとした──その時。

 左目の奥が、チリリと熱を持った。

 胸の内側にしまった占い──最初のやつと、最新のやつ──に、自然と手が重なる。

 俺の心臓の真上。

 

 

「悪い、ハンゾー。ポンズに説明してやってくれ。

 上司から電話だ。たぶん進捗確認だと思う。ちょっと出てくるよ」

 

「あ? こんな時にかよ。世知辛いねぇ、アンドー!」

 

「ハンゾーよりアンドーくんのがちゃんと説明できそうなんだけどなぁ。大丈夫なの?」

 

「ばっかお前、俺はジャポン人だぞ……!? いいか、スシってのはな……」

 

 

 賑やかな二人もいるし、他の受験者は全員水場に走るか、必死に魚と米と格闘中。

 そのお陰で、かえって会話を盗み聞きされる心配もないのはありがたい。

 

 メンチとブハラは……まあ、仕方ないだろう。

 彼らは試験官で、俺は受験生だ。此方を監視するのが仕事だ。

 事情を聞かれたら、素直に上司からの進捗確認ですと答えれば良い。

 

 俺は周囲に人がいないことを確認して、懐からカモフラージュ用の携帯電話を取り出した。

 別に会話を口に出す必要はないのだが、急に黙り込めば不審がられるだろうし、その場を離れる言い訳にもなる。一次試験前に試験会場でこれを思いついたのは正解だった。

 繋がっていない携帯電話を耳に当て、通話するふりをして意識を左目に向ける。

 

 

「……はい、ルモアです」

 

『えーっ なにその口調! 感じ悪いんだけど』

 

「仕方ないでしょう。今試験中ですよ」

 

 

 ネオンの声が頭の中で明るく弾むのに、俺は苦笑した。

 なんだろう、もし仮に俺の姿がコマに描かれてたら、原作読者はどう思うのか。

 上司に厳しく監視されてるマフィアの若造とか? 間違ってはいない。

 メンチとブハラがびくっと此方を見たような気がするが、俺は気づいていないふりをした。

 

 

『ぶーぶーっ まあ良いけどさ。試験中以外はその喋り方しないでよ?

 それで今日はどんな感じ? 聞かせて聞かせて。一日経ったし、色々あったんじゃない?

 霧が濃くてお花とか咲いてそうな山の中で、変な怪物と戦ったり!』

 

 

(……選抜試験って意味だとだいたい当たってるのが怖いな……)

 

 

 俺は「今は二次試験の後半ですよ」と口にする。

 

 

「課題は料理で、他の受験生二人と一緒に取り組んでいる所です。

 一次試験からの流れでハンゾーという忍者、もう一人はポンズという女性で──……」

 

 

 俺は状況を簡潔に伝えたつもりだった。

 だがその瞬間、左眼から伝わるネオンの気配が、凍りつくような冷たさを帯びた。

 

 

『……誰?』

 

 

 一言。短く、そして鋭い問い。

 

 

「は……。他の受験生ですが……」

 

『……そうじゃなくて。そのポンズって子、誰?

 ルモアの隣にいるの? どんな顔してるの? 可愛い?

 ……ねぇ、なんで黙ってるの? 答えてよ、ルモア』

 

 

 ネオンの声のトーンが変わった。

 俺はかつて、この声を……気配を、あの屋敷の書斎で、絨毯に頭を擦り付けながら感じた覚えがある。

 それはドンが俺を処分しようか思案していた時の声だ。

 今の彼女の声はドンと同じ、冷たく、鋭く、獲物を探るような──ノストラード・ファミリーの令嬢としての、冷徹な響き。

 ただ、そこにはそれだけではなく……どろりとした、ひどく蕩けたような、暗い熱が籠っているように感じられる。

 

 

「ご覧になりますか?」

 

『うん、見せて?』

 

 

 ネオンの声が朗らかに、上機嫌なほどに弾む。

 俺はじりじりと焼けるような熱を左目に覚えながら、そっとハンゾーとポンズの方へ目線を向けた。

 スシの作り方について熱弁を振るうハンゾーと、それを眉をひそめて聞いているポンズ。

 まあ、生魚を食べるのには抵抗があるんだろう。無理もない話だ。

 

 

『ふぅん……あの子が、ポンズ?』

 

 

 頭の中に響くネオンの声は、驚くほど平坦だった。今までに聞いたことがないほどに。

 

 

『……髪、水色…………ううん、緑か。なら良いか。

 けど、ちょっとボサボサすぎじゃない?

 帽子も無駄に大きすぎて、シルエットのバランスが最悪。せっかくの顔が台無し。

 顔って言えばお化粧もしてないよね。

 清楚系とかナチュラルメイクって言うけど、ようは身嗜み整えてない、手抜きだよ。

 それにあの格好、色気も何もないっていうか……なんて言うの?

 機能性重視ですって感じなんだろうけど、野暮ったさの言い訳だよね。

 その癖、タートルネックで首元までガチガチに隠してるのに、動くたびに腰や胸のラインを強調するの……。

 ああいう隠してるつもりでアピールしちゃう感じ、計算だとしたら相当嫌らしいね。

 私、そういうの一番嫌いだな』

 

 

 ネオンの品定めは、容赦がなかった。

 俺の視界を通じて、ポンズの髪質、服装、体型、立ち居振る舞いまで、まるで外科手術でもするかのような無慈悲さで、言葉のナイフで切り刻んでいく。

 

 

『あと、だぼっとしたズボンで誤魔化してるけど、足のラインだって私の方が絶対綺麗だし。

 長袖で隠してる肌のキメとか白さだって、私の方がずっと上。

 ルモア、もしかして健康的とか思わなかった? あはははっ ダメだよ、騙されちゃ。

 あんなのただの手入れ不足な日焼けなんだから。数年後には全部シミになっちゃうんだ。

 うん、まあ……パーツ自体は、ギリギリ合格点かもしれないけど。磨き方が全然なってない。

 ……それにさ。結局、胸だって私の方が大きいよね?』

 

 

 ひとしきり「女」としての格付けを終えた後、ネオンのトーンがわずかに沈んだ。

 

 

『ねえ、ルモア。あの子、ルモアのこと見てる?』

 

「いえ、今は魚の話で手一杯みたいですよ」

 

『そう。ならいいけど。

 ……でも、ルモアはあの子のこと、どう思ってるの?』

 

 

 甘く、蕩けるような、それでいて心臓に冷たい刃を押し当てるような声。

 けれど俺がなにかを答える前に、脳内に響くネオンの声は、いつもの天真爛漫で、どこか傲慢な令嬢のものに戻っていた。

 

 

『……あ、わかっちゃった。

 ルモア、あの子が困ってたのを助けてあげたんだよね。

 それで上手く利用できそうだからって守ってあげたんでしょ?

 いいよ、許可してあげる!

 そのポンズって子、ライセンス取得のためにしっかり使い倒してあげて。

 私も可愛いペットは大好きだもん。

 スクワラさんの犬みたいにその子が役に立つなら、ルモアの隣に置いてあげてもいいかなって』

 

 

 不意に、嵐が去った後のような静寂。

 

 

『ただし、試験が終わったらすぐサヨナラだよ?』

 

「まあ、一緒に試験を受けてるだけの関係ですからね。そうなるでしょう。

 合格すればハンターとしての同期にはなるから、コネは繋いでおきますが」

 

 

 俺がそう答えると、ネオンの気配がふっと和らいだ。

 

 

『……あはっ! うん、約束!

 じゃあね、ルモア。お料理だっけ? 試験がんばって!』

 

 

 左目の熱が引き、ネオンの意識が遠のいていく。俺は大きく吐き出した。

 昨日もそうだったし、今日もこれだと、毎日ネオンからの『浸液標本の愛(プライベート・アイ)』が繋がりそうだ。

 

 まあ、とっくの昔から俺の左目はネオンのものだ。

 ネオンに「見せて!」と言われれば俺に拒否権はない。慣れたものだ。

 

 脳裏に浮かぶのは、ベッドの上でクッションがわりにレディを抱きしめたまま、頬を膨らませて不機嫌を全身で表現している彼女の姿。

 最後には機嫌も直ったようだし、問題はないだろう。

 

 携帯をしまうと、ひどく妙な顔をしたメンチと目があう。

 やっぱり、監視されていたか。これはたぶん(ネン)にも気づかれたか。

 俺は何事もなかったかのように平然と、軽く頭を下げてから説明する。

 

 

「ああ、すみません。その、上司から試験の進捗確認がありまして。

 別にスシの作り方を聞いたりはしてないですよ。

 そもそも最初から俺は知ってるし、あっちの……ハンゾーも知ってるみたいですから」

 

「…………別に、カンニングとかは疑ってないわよ。

 仮に聞いてても、コネや情報収集能力もハンターの資質だから問題にはならないわ。

 ていうか携帯持ってる奴もなんで調べようとしないんだか。

 ……ただ、その、あんた……」

 

()()のことですか?

 他の奴はわからないですけど、俺は使いませんよ」

 

「……まあ、そうね。うん。良いわ。…………がんばりなさい」

 

 

 メンチからの応援に俺は「ありがとうございます」と一礼して、ハンゾーとポンズの方へと戻っていった。

 

 

 




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