地雷系彼女(マイ・フェア・レディ)   作:あなたへのレクイエムです

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14.テイネイ × テイネイ × テイネイ

「……で、どうだったよ。ボスのご機嫌は?」

 

 

 川で釣ってきたらしい魚をバケツに入れたハンゾーが、ニヤニヤしながら俺の肩を叩く。

 ポンズも不審そうに、だが心なしかホッとしたような目でこちらを見ていた。

 

 二人とも原作では試験後に念能力に目覚めていた……ポンズはまあ恐らくという但し書き付きだけれど、そもそもこのハンター試験の時点で彼女は蜂と意思疎通を交わしていた。

 操作系の片鱗が既に発揮されていたのだとすれば、もしかするとポンズはもうある程度、オーラを感じ取れているのかもしれない。俺がネオンと『浸液標本の愛(プライベート・アイ)』で繋がった気配を察知した事が、その表情に繋がったのだろうか。

 

 機会があれば、ポンズをスクワラさんに紹介しても良いな。エリザさんに勘違いされないようにする必要はあるけど。

 操作系で動物使いは王道の一つだそうで、使い手も多いらしいが、特定の一個体じゃなくて群れを操作する・統括するとなると逆に希少だと聞く。

 まあ大勢の人間を同時操作するのも群れといえば群れかもしれないが、シャルナークの『携帯する他人の運命(ブラックボイス)』も一度に二人が限界のようだし、手動操作の時はガラケーでDOOMかNIKKEでもプレイするみたいな感じだったから、なかなか難しいんだろう。

 そういやヴェーゼの『180分の恋奴隷(インスタントラヴァー)』に人数制限はあるんだろうか? ウボォーギンを捕まえた時に彼女が生きてれば旅団の情報は全部抜けたろうに。やっぱり念(ネン)って単純な強弱で勝敗が決まるようなもんじゃないよな。

 

 ……原作のポンズにも、念(ネン)の師匠がいたら変わっていたかもしれない。

 というか今年の試験に落ちて、来年の試験もキルアに速攻で潰されてで、ポンズは二度も裏ハンター試験=念(ネン)を学ぶ機会を失っている。それで辛うじて念(ネン)を覚えたらしい状態でキメラアント編に突入して死亡なんだから、運が悪いにもほどがあるというか、才能はあったんだなと言うべきか。

 ポックルが師匠だったとは思えないし、ウイングさんのような放任――あれはゴンたちが自分から離れたし、日々の基礎訓練の積み重ねを重視する人だから放任っていうのとも違うんだろうけど――タイプの師匠だったんだろうか? ビスケの面倒見の良さはある種のハズレ値だからともかく、俺もダルツォルネさんが肉体面から徹底的に指導してくれたのは幸運だった。

 

 ……動物使いといえば、そういえばバーボンもそうだったな。

 あの蛇の群れ……彼も念能力者だったのか? 可能性はある。気をつけておこう。

 

 

「アンドーくん?」

 

「いや、何でも」

 

 

 ポンズが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 まさか君が化物に拳銃で撃たれて地面に転がって、ビクンビクン痙攣してるところをひたすら追い撃ちされて、のたうち回りながら死んで、そのまま怪物に原形が無くなるまで死体を玩具にされながら食われる姿を想像していました……などと言えるわけもなく、俺はポンズの問いかけに首を振った。

 

 

「根掘り葉掘り聞かれたけど、概ね順調って伝えておいたよ。

 課題が料理だって言ったら笑われたけど」

 

「だろうな。だけど、笑ってられるのも今のうちだぜ」

 

 

 ハンゾーが不意に声を潜め、周囲に散らばった受験生たちを一瞥した。

 彼らは泥だらけの魚を手に、試行錯誤を重ねながら、見よう見まねで米を丸めている。

「魚」「米」「握る」という情報だけで、それ以上の事を考えてはいないように見えた。

 その光景を見つめるメンチの視線は、もはや零下を通り越して絶対零度だ。

 

 

「いいかアンドー、ポンズ。この試験、まともに受けてちゃダメだ。

 あの試験官、メンチは美食ハンターだ。しかもブハラと違って辛口だって自分で言ってやがる。

 それにさっき『今回は試験官としてじゃなく料理人として来た』とか言ってたのも聞いたぜ。

 対して俺達は料理のドシロウトだ。スシを作ったって弾かれるに決まってら。

 ……そもそものハードルが高すぎるんだよ」

 

「……じゃあ、どうするっていうの?」

 

 

 ポンズの疑問を受け、ハンゾーの瞳に忍者特有の狡猾な光が宿る。

 

 

「そこでだ。

 あえて俺がスシの正体を大声でバラしてやる。ついでにメンチを怒らせる。

 そうすりゃメンチの審査基準が壊れて、試験自体が収拾つかなくなる。

 試験そのものをぶち壊せば、ハンター協会も課題を変えざるを得なくなるはずだ。

 ……どうだ、乗らないか?」

 

「……甘(・)い(・)誘(・)い(・)だな」

 

 

 俺は小さく呟いた。

 ネオンの占いが脳裏によぎったせいだろう。

 

 

 甘い誘いを断てば 道は平坦に拓けるだろう

 

 

 こ(・)れ(・)のことか?

 わからない。確信はない。だが……。

 

 

「……悪いけど、却下だ。正攻法で行こうぜ」

 

「あぁ? なんでだよ、時間の無駄だろ」

 

 

 ハンゾーは怪訝そうな顔をする。無理もない。

 正直、俺も少し、乗っかっても問題はないだろう……と思っている部分はある。

 原作知識のカンニングで、俺はそれでも問題なく試験が進んでいく事を知っているからだ。

 

 けど、俺の原作知識は、あくまで原作知識だ。現(・)実(・)の(・)未(・)来(・)じ(・)ゃ(・)あ(・)な(・)い(・)。

 

 ここで試験をぶち壊しても、原作通りネテロ会長が現れるという保証はない。

 そうすればどうなる? 全員失格だ。

 

 焦るな。

 敵の姿を勝手に想像するな。

 そして、ネオンの占い。

 

 俺の原作知識とネオンの占いなら、俺はネオンの占いを信じる。

 そしてそれを納得させるための理屈を、頭の中でひねりだした。

 

 

「……これは試験なんだぜ、ハンゾー。

 俺達はまだハンターじゃないけど、それぞれプロだろ?

 なら、困難なオーダーでも手を抜かずにやるべきだ」

 

 

 俺の言葉に、ハンゾーが「チッ」と舌打ちしつつも、どこか嬉しそうに口の端を上げた。

 

 

「……わかった。プロの仕事って言われちゃ逃げは無しだ。

 それにコレでしくじっても、俺の手は実行できるしな。

 ダメだったらプランBだぜ?」

 

「決まりだ。ポンズはどうする?」

 

「……。やるなら、一つ条件がある」

 

 

 ポンズが川魚を指差す。

 その声には彼女が今まで野外活動で培ってきた知識が、確かなプライドとして滲んでいた。

 

 

「他の連中がやってるみたいに、生け捕ったばかりの川魚をそのまま食べるのは自殺行為。

 二重の意味でね。

 この辺りの淡水魚……特にこのアカサビアユには、強力な寄生虫がいる。

 単なる毒じゃない。胃壁を破って、そのまま内側から脳まで到達するわ。

 ……プロの美食ハンターなら、これをナマで出した時点で即失格にするはず。

 だからまともな料理……スシ? を作れるならっていうのが、条件。

 そうじゃなきゃ、ハンゾーの作戦の方が勝算があると思う」

 

「やっぱハードルが高すぎんだよ。寄生虫がいねえ魚は?」

 

「ない。

 ……というか、ビスカ森林公園には淡水魚しかいないの。

 淡水魚はだいたい寄生虫がいるから」

 

「かーっ、えげつねえ課題だぜ。

 イカみたいに細かく切り込み入れて寄生虫を殺すかぁ?

 食感が悪いとかってひっくり返されそうな気もすっけど……」

 

「うーん……」

 

 

 俺は腕組みをして少し考えて、メンチの言葉──試験課題を思い出して、ふと閃いた事を言った。

 

 

「……課題はニギリズシだろ。それ以上の指定はない。

 てことは、ナマじゃなくても良いんじゃないか?」

 

「えっと……どういうこと、アンドーくん?

 ハンゾーの話だと、スシって生魚の切り身を乗せる料理なんでしょう?」

 

「…………いや! そうか! 酢締めか!」

 

 

 パチンと、ハンゾーが指を鳴らした。

 

 

「塩振ってから酢で締めるんだよ。旨くなるし、これなら寄生虫も死ぬだろ。どうだ?」

 

「塩とお酢? ……ダメ。寄生虫はそれじゃ死なない」

 

「ゲッ マジかよ」

 

「生で食べるのがそもそも正気じゃないの。

 まずは水洗いと塩洗い。あと鱗を徹底的に削いで。鱗に寄生してるから。

 それから内臓を全部綺麗に取り払って、もう一度洗って。内臓にもいるの。

 その間、筋肉……身の部分や他の器具には一切接触させない。

 もちろん調理器具と手の洗浄も徹底。

 お酢と塩は、まあ、その上でのさらなるリスク低減、気休めってとこね。

 ホントは加熱か冷凍したいんだけど……」

 

「綺麗に捌くのなら大丈夫だ。俺は忍者だぜ? どうってことない。

 問題は塩で漬けるのに一時間くれぇかかるってとこなんだが……」

 

「まあ、時間は大丈夫だろう。今のとこ、合格者がでる気配はないし」

 

 

 俺はちらっと、他の受験生による課題提出の光景へと目を向けた。

 生きた魚をそのまま米の塊に突っ込んだもの。米ごと固めたもの。

 捌いて開きにしているやつが何人かいるが、それがまだマシなレベルだ。

 

 原作だとこの辺りはギャグ描写だったから流してたけれど、まあ、うん。

 

 

(──メンチがキレるのも納得だな……)

 

 

 課題に対して、料理に対して、人にものを食べさせるという行為に対して、まともにやっている奴はほぼいない。

 ちゃんと料理しているの、まったく方向性は違うとはいえキルアやヒソカくらいではないのか。

 これが試験だってことをみんな忘れてるんじゃあないか?

 というか、医者志望のレオリオですら生きた魚を食わせようとするのは、正気とは思えな──……

 

 

(……いや、そうか。一(・)日(・)走(・)り(・)通(・)し(・)た(・)直(・)後(・)だからか)

 

 

 おまけに凶暴な豚とまで戦っている。

 まともな判断ができるだけの体力気力が残っている方が少ないのだ。

 

 原作ではこの試験、判断力や注意力を見るという趣旨だったとか言う。

 たぶんその前に「極限状態での」とか「消耗状態での」という但し書きがつくんだろう。

 原作で何度も言及されていたが、常に万全の完璧な状態で行動できるわけではない。

 俺も最初に、ダルツォルネさんから延々と何時間も型の訓練で体力をすり減らされたものだ。

 審査するに値する、大事な素質だった。

 

 そして試験ではなく、本当にこの環境で魚を使って食事を作り、サバイバルしなければいけないとしたら?

 周囲にあるものが未知の食材しかなく、火をつける手段もなく、ナマで食べなければならないとしたら?

 食あたりを起こす奴は何人いるだろう。サバイバルでそうなれば、死だ。

 自分だけならまだしも、クライアントの護衛で、食事を提供する場面だったらどうだ。

 

 最終的に「味」の審査になったからこそ「受験生が気の毒」という判断をされたが、そうでなかったら全員落第も正当な判断だったかもしれない。

 原作でハンゾーがスシを作れたのも、ただ知(・)っ(・)て(・)た(・)か(・)ら(・)でしかない。そのうえで試験の意図を理解せずに小馬鹿にするような態度を取れば、まあ、ああなる……意図的な立ち居振る舞いだったとしても。

 少なくとも審査基準が崩壊するまでなら、そこまでメンチの試験は理不尽なものではない。難易度が高いだけで。

 なら、きちんと試験に受かるための努力をすべきだろうと思うのだ。

 

 俺はメンチが何人目かの受験生に不合格を言い渡し、イライラしながら指でテーブルを叩いている所に歩み寄った。

 

 

「すみません、複数の受験生が合同で……俺達が三人で課題に取り組む事は可能ですか?」

 

「アァ!?」

 

 

 思わずといった感じでメンチは俺の方を睨みつけたが、すぐに相手が俺だと気づくと、真剣な表情にスッと戻った。

 一瞬表情がこわばったような気もするが、俺の質問を聞いて、むしろ若干、機嫌が向上したようにも思える。やっとそこに気づいた奴が出たか、という雰囲気。

 この辺の機微はずっとネオンを横で見ていたからよく分かる。女性の機嫌は乱高下するし、くるくる裏返るものだ。

 

 

「……ええ、構わないわ。

 あたしの課題は『美味しいニギリズシを作ること』だけ。挑戦側の人数制限は無し。

 あ、ただ、調理過程とかは見てるからね。一人に全部任せて他が何もしないとかはダメ。良い?」

 

「ありがとうございます」

 

 

 俺はほっと胸をなでおろしながら、ハンゾーとポンズにハンドサインでOKが出たことを示す。

 あとは作るだけだ。

 

 まずはハンゾーが取ってきた川魚、アカサビアユを丁寧に塩水で洗う。

 ヌメリを取り除き、鱗の下にいる寄生虫を徹底的に排除する。

 そこから鱗を削いで内臓を取り、三枚おろしにさばくのはハンゾーの担当だ。

 俺もポンズももちろん刃物は扱えるが、この中で一番上手く扱えるのはハンゾーだ。

 本人の言う通り、まったくもって見事としか言いようがない。

 

 

「うっし、あとは切り身を塩水で洗って、血合いと寄生虫を落としゃ準備完了だぜ。

 これで塩漬けにして、酢で締められる」

 

「……アユって結構小骨が多いんだな」

 

「私が毛抜きを持ってるから、それで抜きましょ。

 ついでに寄生虫も見つけたら取り除くから。ちょっと待ってて」

 

 

 ポンズが繊細で慎重な、けれど素早い手つきであっという間に小骨を抜く。

 そうしたら塩水で洗い、全体に塩をすり込んで金属バットに並べ、とりあえず一段落。

 

 

「で、一時間待ってから酢に10分漬けるわけだ。その間どーするよ?」

 

「どうせならきっちりやるか。

 ハンゾー、一時間あれば、あれだ、スシ下駄作れるか?」

 

「あー、まあ、できるけどな」

 

 

 ハンゾーはちらっと周囲を見回して言った。

 

 

「生木にゃ毒もあるやつが多いぜ。この辺の植物の毒性を俺はしらねーぞ」

 

「私が知ってる。……ようはキョウチクトウみたいなのを避ければ良いんでしょ。大丈夫」

 

「うーん、プロは違うなあ……」

 

 

 俺がポンズの知識に舌を巻きつつ称賛すると、心なしか彼女は得意げに胸を張った。

 タートルネックのセーターが引っ張られ、その掌に収まるほどの大きさの胸元が強調される。

 ネオンの言葉が思い出されて、俺は目を逸らし、何となしにメンチの方を見て──……。

 

 

「あ」

 

 

 俺は思わず声を漏らした。

 メンチの食卓にあるのは湯呑、ハシ、そして醤油皿。それだけだ。

 

 

「ワ(・)サ(・)ビ(・)が(・)な(・)い(・)」

 

「あ?」

 

 

 ハンゾーがぴくりと反応して、メンチの手元を見た。そしてなんとも言えぬ顔をする。

 

 

「……辛(・)党(・)ってそういうことかよ。

 辛い味付けにしろ、ワサビも探して用意しろって?」

 

「あの宣言、間違いなくヒントだったな。ポイント稼ごうぜ」

 

「ワサビ、確か厨房にあったが、ありゃ市販品の安い奴だ。

 いくら酢締めにしたって川魚にゃ合わねえな。泥臭えし」

 

「ワサビって、ジャポンの香草……だっけ?

 さっきライスの上に乗せるって言ってたよね……」

 

 

 ポンズが唇に指先をあて、真剣な表情で考え込んだ。

 

 

「確か……ラディッシュの類なら。

 似たような香草がビスカ森林公園にも群生してたはず」

 

「じゃあスシ下駄に使える木と、ワサビの代用を探そう。

 探すのは俺とポンズでやるから、ハンゾーは此処で切り身を見張ってくれ。

 俺達が何かやってる事に気づく奴がいるかもしれないし、妨害してくる奴がいるかもしれない」

 

「44番みたいな奴ってことか?」

 

「あー……いや」

 

 

 俺はちらっと審査待ちの列から、ヒソカが皿を持ったまま抜け出るのを横目で見た。

 ヨルビアン大陸風スシのマリネを頑張って作ったんだろうな……。

 ヒソカはこういうところで手を抜いたり、変な妨害はしない奴だから。

 河原で体育座りをしているところを見かけてもそっとしておいてやろう。

 

 

「……ヒソカは大丈夫じゃないかな、たぶん」

 

「アンドーくんの言ってるの、試験会場にいたおじさんでしょ。

 何番だっけな……下剤入りのジュース配ってた人がいた」

 

「げっ あのジュース下剤入ってたのかよ!

 あっぶねえ、忍者じゃなかったら飲んでたとこだったぜ……!」

 

 

 ともあれ、そんなやり取りを経てから、一時間後。

 

 トンパやアモリ三兄弟、あるいは他の受験生がちらちらと様子をうかがっていたようだが、ハンゾーが睨みを利かせ、採取中のポンズについては俺がガードし、それを上手く誤魔化して──……。

 

 

「よし……完成だ」

 

 

 ハンゾーが慎重にスシを並べ、その額に輝く汗を拭った。

 

 スシ下駄の上には、どこからかポンズが見つけてきた、抗菌作用のある鮮やかな緑の葉が敷かれている。

「お皿にぴったりでしょ」というのは彼女の言で、こういうところは女性の感性が侮れないなとつくづく思う。

 その葉の上に並んだのは、川魚とは思えないほどに艶やかに酢締めされたネタが乗った、美しく端正なスシ。

 色こそ違えどツンと爽やかな刺激を伴う香りを漂わせた、ラディッシュのすり下ろしも添えられている。

 周囲でメンチに一蹴されている「とりあえず魚と米を握ればいいんだろ!」といった受験生たちとは、明らかに放つ雰囲気が違っていた。

 

 味見用にと余分に作った分を、それぞれ一つずつ摘んで食べ、俺達は顔を見合わせた。

 

 

「オイ、イケるんじゃねえか?」

 

「……うん、最初生魚って聞いてウエーッて思ってたけど、お酢を使うとマリネみたいだね」

 

「よし、じゃあやってみようか」

 

 

 緊張と興奮と不安。まあ、やれるだけやったという確信はある。

 これでダメならハンゾーのプランBだし……ネオンの占いの後押しもある。

 俺たちは連れ立って、メンチの前に立った。

 

 

「お待たせしました。三人での提出になります」

 

「やっと来たわね、246番、248番、294番」

 

 

 メンチは不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、俺たちが差し出した皿を見た瞬間、その表情が一変した。

 彼女はまずスシ下駄を、まるで爆発物でも鑑定するかのような鋭い目で観察。

 そして添えられたラディッシュのすり下ろしを指先で微量取り、舌に乗せた。

 

 

「……なるほどね。ワサビの代用として、ビスカのオニラデを使ったわけか。

 鼻に抜ける刺激の方向は違うけど、川魚の泥臭さを消すにはこの野性味のある辛さは悪くない選択肢。

 あたしが『辛党』だって言ったのを、単なる好みじゃなく『薬味を探せ』というオーダーだと正しく読み取ったようね」

 

 

 彼女はいただきますとジャポン流の合掌をしてから、丁寧な──美しいとも言える仕草でスシをハシで取る。

 オニラデを溶いた醤油皿に浸し、パクリ、とメンチがスシを口に含んだ。

 静まり返る広場。ハンゾーが唾を飲み込み、ポンズが不安げに眉を寄せた。

 

 

「……アカサビアユ。

 この季節、この川の個体は寄生虫の温床。

 それを理解して寄生虫を除去する調理をし、さらに完全な生食を避けて酢締めを選択した。

 リスクはゼロじゃないけどこの環境と設備なら、まあ……ギリギリ、良しとできる判断だわ。

 そしてヌメリ、血合い、小骨を取り除いた。丁寧な仕事は、どんな場合でも常に評価される」

 

 

 メンチの言葉は淡々としていた。絶賛するでもなく、ただ事実を積み上げていく。

 そうして一貫を食べた彼女は、スシ下駄の上に添えられた緑の葉を指先でなぞった。

 

 

「盛り付けに抗菌作用のあるシノブバを使用。

 削り出したばかりのスシ下駄の見栄えを補い、木屑と細菌の付着を防ぎ、食中毒を予防する。

 スシ下駄の素材はノボウヒノキ。特筆すべき点はないけど、毒性が無い素材を選んだという意味では及第点」

 

 

 今までのメンチとは、明らかに違う対応と批評。

 周囲の受験生から「えっ」「マジかよ……」とどよめきが上がる中、メンチはハシを置き、腕を組んで俺達を見据えた。

 メンチの視線が、まずハンゾーに向けられる。

 

 

「294番。あんたは技術担当ね。この切り口……刃物の扱いには相当慣れている。

 おかげで細胞が潰れず、旨みが逃げていない。動物系のハントでは素材を壊さない解体能力は必須。

 あと、あんた最初はさっさとやるつもりだったけど、仲間の意見を聞いて判断を変えたでしょ。

 自分の知識を過信せず、現場の専門家の意見を取り入れた柔軟性。

 それはハンターとして、チームで動く際に不可欠な資質よ。大事にしなさい。

 けど最高の暗殺者は……あんたはハゲの忍者か、ともかく……一流のスシ職人にも変装できる。手抜き癖は改めるように」

 

 

 次にポンズへ。

 

 

「246番。あんたは知識担当。

 寄生虫への警戒と、その対処。そして毒性のない植物の選定と採取。

 あんたがいなきゃ、これは料理じゃなくて単なる毒物になってた。

 安全に食べるという、料理として当たり前、かつ絶対の必須条件を達成したのはあんたの功績ね。

 あと、見栄えに気を配ったのはポイントが高いわ。

 プロのハンターなら、どんなハンターでも対人交渉力は必須。

 媚びへつらう必要はない。けど最低限人(・)に(・)見(・)ら(・)れ(・)る(・)事は意識しなさい。

 ただブハラの方の課題だったけど、あんた直接戦闘能力が低すぎ。死にたくないなら要改善よ」

 

 

 最後に、俺。

 

 

「そして248番。あんたは……全体を統括したマネージャーね。

 周囲から一歩引いて、冷静に状況を俯瞰し、自分たちのリソースを分析して、適切な人間を配置した。

 あんたがいなきゃ、この二人は個々に動いて自滅してたか、時間をロスしてたはず。

 今ある手札で何をどうするか、どう行動するか、常に考える癖がついているようね。

 ただ、ちょっと強迫観念(パラノイア)じみているわね。

 ハンターには必要な資質だけど、下手すれば脳を食い荒らされるわ。上手く飼い慣らしなさい。

 でもボディガードだっけ? 仮にハンターとして落ちても、そっちは間違いなくプロを名乗れるわ」

 

「光栄です」

 

 

 俺は短く答え、一礼した。

 メンチは「…………まあ、他に言いたいことあるけど、たぶんプライベートだしなあ……」とぶつくさ言うと、小さく咳払い。

 そして満足げに、しかしあくまで厳格な表情で椅子に深く腰掛け直した。

 彼女がゆっくりと手を挙げる。

 

 

「美(・)味(・)し(・)い(・)スシだったわ。ごちそうさまでした。

 ──246番、248番、294番。合格!!」

 

 

 その瞬間、広場にどよめきが走った。

 それまで「不合格」の乱れ打ちだった試験会場に、初めて灯った「合格」の二文字。

 

 

「……しゃあああっ!! 見たかコラ! 世界よ、これが忍者だ!」

 

 

 ハンゾーが拳を突き上げ、大声で叫ぶ。

 ポンズは「……はぁ。やっと終わった……」と、膝の力が抜けたように深く吐息を漏らし、座り込む。

 彼女は安堵の色を浮かべた瞳で、俺達を見上げた。

 

 

「……助かったわ、二人とも。正直、私一人じゃ絶対に無理だった」

 

 

 ポンズが小声で、けれどはっきりとした感謝を口にする。

 ハンゾーは「何言ってんだ、俺たちダチだろ!」と豪快にポンズの背中を叩いて、「痛い!」と悲鳴を上げた彼女から冷たい目を向けられて慌てだす。

 その様子を見て、俺はわずかに笑った。

 

 

「まあ、そういう契約のビジネスライクな関係だからな」

 

 

 俺がそう言うと、ポンズは少しだけ意外そうな顔をしてから、悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

「……でも、二次試験も一緒にゴールできたし。約(・)束(・)は守ってくれたね、アンドーくん」

 

 

 そうして喜び合う俺達の姿を微笑ましいものでも見るように眺めたメンチは、周囲の他の受験生にも聞かせるように、やや声を高めた。

 

 

「観察力、判断力、注意力、そして協調性。

 あたしがこの課題で見たかったものを、あんたたちは確かに提示したわ。

 欲を言えば、未(・)知(・)の(・)も(・)の(・)に(・)対(・)し(・)て(・)挑(・)戦(・)す(・)る(・)気(・)概(・)……。

 包丁の種類から調理対象を模索、試行錯誤して欲しかったとこはあるけど。

 まあ、知識があることを理由に減点するのはフェアじゃないしね」

 

 

 そして「ちなみに」と笑って言葉を付け加える。

 

 

「酢締めじゃなくて炙(・)り(・)にすればもっと短時間で、かつ寄生虫も完全に排除できたわよ。

 厨房の引き出しには小型のバーナーも用意してあったから、よく見れば気づけたはず。

 あとあたしは別にネタをサカナに限定してないんだから、グレイトスタンプの炙り肉寿司もアリ。

 誰かが『サカナ!』って叫んだのに惑わされ過ぎたわね。

 ま、寄生虫のリスクはこっちも変わらないけど、加熱調理が基本なだけ魚より楽かしら。

 何にせよ注文を受けてから客を一時間も待たせるのは、料理人として論外。

 いくら時間制限が無いからって、時間を浪費するのはダメ。

 ……ハントはいつ不測の事態が起こるかわからないんだからね!」

 

 

 それは特に、俺だけに向けられたモノではなかったのだろう。

 だが──……俺には、時間制限があるのだ。

 心臓に突き刺さるかのような言葉に、息を呑み、短く「はい」とだけ答えるので精一杯だった。

 

 のっそりと、ブハラが身を起こす。

 巨漢の美食ハンターは、実に旨いものを食べたといいたげな、満足げな顔だった。

 

 

「あーあ、メンチが合格出すなんて珍しいこともあるもんだ。

 てっきり全員落とすかと思って、連絡いれちゃってたんだぜ、俺」

 

「失礼ね、ちゃんと課題に取り組む奴ら相手なら、ちゃんと審査するわよ。

 ……っていうか会長呼んだの? マジ?」

 

「マジマジ。大マジ。でも、結果オーライなんじゃない?

 あー、安心したら腹が減ってきちまった……」

 

 

 ブハラが笑いながら腹を叩いて「俺も食って良いかな?」というので、ポンズが「……これで足りるの?」と残りのスシを差し出している。

 その彼女を、周囲の受験者たちの、悔しさと羨望、そして一部の鋭い殺意が入り混じった視線が追いかけていく。

 ハンゾーがそれを警戒するように、すっと腰を深く落として空手の構えを取るのがわかった。

 そしてヒソカがトランプを指先で回しながら、ククッ、と小さく喉を鳴らしたのも。

 

 だが、俺はあえてそのすべてを無視した。

 大丈夫……道(・)は(・)平(・)坦(・)に(・)拓(・)け(・)る(・)。そのはずだ。

 

 

「……さて、あたしが合格を出したのは、この三人だけ。

 その判断に文句があるやつもいるでしょう。

 あたしも、二次審査に落ちたとはいえ、あんた達の資質をもうちょっと見極めたい……」

 

 

 メンチが立ち上がり、空を見上げる。

 そこには、遠く、小さな影。

 徐々に近づき、大きくなってくるにつれ、ハンター協会本部のマークが鮮やかに目に入る。

 巨大な飛行船が、夕闇を裂いて近づいてきていた。

 

 

「だから追(・)加(・)審(・)査(・)の申請を受理するかどうかは……

 あ(・)た(・)し(・)以(・)上(・)の(・)ハ(・)ン(・)タ(・)ー(・)が決めるわ」

 

 

 轟音と共に、風が巻き起こる。

 上空から飛び降りてきた、まるで重力を無視したような着地を見せる老人の姿に、俺は再びネクタイを締め直した。

 

 

(ハンター協会会長……ア(・)イ(・)ザ(・)ッ(・)ク(・)=(・)ネ(・)テ(・)ロ(・))

 

 

 原作の……運命の流れは、少しずつでも変わっているのだろうか。

 変えることができているのか。

 その流れに溺れながら藻掻いているだけの俺には、見当もつかない。

 

 わずかに熱を持つ左目の奥から、ネオンの明るく無邪気な笑い声が聞こえたような気がして、俺は息を吐いた。

 




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